準備
「お兄ちゃん!……起きて!お兄ちゃん!」
なんだか大変な事情を俺に与えた者の声がし、ゆさゆさと体を揺さぶられる。
「お兄ちゃん!もう~、起きて!」
その声はとても可愛いらしい声で、聞いていると心地よいのだが、その主は非常に鬼畜である。その主は人が必死にもがき苦しんでいる姿が見たいというのだから。
だから、俺はその主に起こされようと起きない。もっと余計なことが増えそうな気がするのだから。
「もぅ~しょうがないなぁ~……起きなさい!」
ボゴォ!
「ゴフゥ!」
無防備な腹部に衝撃が走る。たまらず声を出して上半身を起き上がらせる。
「あ、起きた♪おはよーお兄ちゃん!」
爽やかで愛らしい微笑みと強烈な両ニーキックで起こしてくれる自称妹リサさん。ミゾオチは避けてくれてるが…かなり痛い。おかげで心臓もバクバクと音を立てて気分がわるい。
「ようやく起きたの?ショータ」
凛として澄んだ声が聞こえる。恐らくはシャロであろう。視線を声の方に向けるとシャロが壁に背を預けて立っていた。いつもお美しい。
「……あぁ、おきたよ……おはよー!!!」
「きゃ!」
俺の腹の上に乗っているリサさんを払いのけてベッドから立ち上がる。
「ひどいよぉ!お兄ちゃーん…」
転げ落ちたリサさんはそう不満そうに訴えてくる。
「人を両ニーキックで起こしておいてヒドイもあるか!」
しかも全体重を乗せた強力なやつだし。おそらく、ジャンピングニーキックって奴になるんじゃないのか?
「それはお兄ちゃんが起きないからぁ~」
「俺はそんな風に起こせなんていった覚えないわ!」
妹モードなので兄対妹風に口調を合わせる。
「だって、確実に起きる方法だって……シャーロットさんが……」
「なんだって!?本当か?!シャロ!」
思わずシャロに聞く。
「え?だって…リサちゃんが『一発で起こす方法はないですか?多少危険でもいいです!』って聞いてくるから……腹部にダメージを与えればって……」
「殺す気か!?」
「あはは……ごめんなさい!次から気をつけるから!」
両手を顔の前で合わせて謝罪するシャロ。その様は砕けた感じがあってとても嬉しい。
旅をしながら会話をして解ったのだが……彼女はどうやら俺よりも年下でティーンエイジャーらしい。10代後半…恐らくは18、19だろう。
俺は20代前半。しかし、俺も敬語を使われるのは気持ちが悪い。なのでシャロが『双方敬語なしで』と言ってくれた。それで互いにタメ口になった。
この街に来てから異世界人を見てみたが、特別、俺たち人間と変わってるところは無かった。あえて言うなら大体の人の瞳の色が緑なだけだった。
つまり、シャロの美しさや大人びた雰囲気はシャロだからこそだという事だ。……うむ、恐るべしシャーロット。その美貌は大抵の男ならコロッと騙されるレベルだ。
「しかし、何の用だい?確か、出発はもう少し後からだったような気がしたんだが」
机の上のゼンマイ式懐中時計を手にとって開いてみる、その針はまだ6を刺していた。出発は9時ごろ、かなりはやい時間である。
この時計は旅に必要だろうとシャロが俺に買ってくれたものである。時計には一本の針しかなく、それは何時であるかを報せる機能しかなかった。
時計が金貨50枚した為、シャロは少し痛そうな顔をしていた。なお、この宿屋は素泊まりで銀貨1枚である。晩の食事を含めても銀貨1枚と銅貨3枚くらいである。
聞いたところ銅貨30枚=銀貨1枚、銀貨20枚=金貨1枚らしい。そう考えるとかなりの高価な物なのだろう。労働者の日銭がどのくらいなのか解らない為、実感がないが。
「うん、実はリサちゃんの武器を選びに行こうかと思って……」
「そうそう、私の武器を買い行くんだよ!お兄ちゃん!」
ひょこりと立ち上がってこちらにくるリサさん。
「リサの武器ねぇ……いらないんじゃないの?逃げ足早そうだし……」
さっきのニーキックの仕返しに意地悪を言ってみる。
「いや、ちょっと……さすがにそれは……ないと思う」
「ひどぉーい!お兄ちゃん!こんな可愛い妹が魔物とか盗賊に食べられちゃっても良いっていうの!」
「いや、冗談だよ冗談!」
責められる流れになったので焦って前言を取り消す。若干シャロには退かれてしまった……うぅむ、ちょっとミスったか。しかし、盗賊に食べられるとは……いかがわしい表現だな。
「さて、じゃぁ、そうなると準備しなければ……」
「はい、これ……」
「はい、お兄ちゃん!」
リサさんがムラサメを、シャロが無法の法衣を…同時に差し出す。
「あ、あぁ……ありがとう」
渡された物を受け取りながらお礼の言葉を口にする。
なんか手際良すぎないか?……あぁ、ベッドの傍に置いていたのを取っただけか。
そう思いながら、俺はムラサメを左腰につけて、法衣の左肩ボタンを留める。
「さぁ、行きましょ?ショータにリサちゃん」
法衣を着たのを見たシャロがローブのフードを被り、号令を掛けて、歩き出す。
それに追従して俺とリサさんも歩き始める。
部屋の扉を抜け、廊下を渡り、階段をおりて更に進みカウンターの横を通り宿屋から外へ。
「またのお越しを~」
受付の男のマニュアル通りの感情のこもってない台詞を聞きながら俺たちは外に出た。
朝も早く、まだ周りは明るいのを通りこして白い。霧でも出るのではないかと思うような空気の冷たさを感じる。
「すぅーーー。はぁーーーー」
「ん~、ベッドで寝て起きた日の早朝の空気は気持ちいい~」
深呼吸をしたシャロが気分よさそうにしている。
そういえばそうであった、出会ってから此処に来るまでずーっと野宿であったのだ。
「すぅ~……はぁ……。確かに……そうだなぁ」
疲労の取れた体に冷ややかで新鮮な朝の空気が体に染み渡る。腹部の痛みを除けばこんなにすっきりできる朝は久しぶりである。
そう考えると、なんとも気持ちの良い朝なんだろうか。
「私はずっと町にいたのでそういう気持ちは解らないですけど……空気は綺麗ですよね!」
そう仰るリサさん。そういう設定なんだろう。しかし、何故こんな役なのだろうか?後々聞いてみたいものである。
そんな風に朝の空気を楽しみながら俺たちは壁の向こう……内側へ向かうために門の方へ歩を進める。
辺りには畑が広がり、もう農民たちは畑を耕したりしている。その農民たちの体は痩せていて充分な栄養を取れてないように見える。そんな状態にも関わらず彼らは日銭のためなのか、必死に農地を耕す。
これは、この国の政策が悪いのか……それとも、この領地を仕切ってる貴族が悪いのかどちらなのだろうか。
どちらにせよ、見ていて気持ちのいい物ではない。それにしても
「畑が多いな……」
昨日も見たのだが、どこを見渡しても畑とそれに付随する家しかない。
「それはそうよ、だって主食は穀物だもの」
右前を歩いているシャロが疑問に答えてくれる。俺の左横にはリサさんが歩いている。
「米や肉の類はないのか?」
「コメ?米のこと?あるにはあるけど……あれ、美味しくないじゃない」
「そうか?俺の国ではよく食べていたが……」
「そう……あなたの言う『ニッポン』って国ではよく食べられてたのね」
「でも、あんな味が無くてパサパサした物が好きだなんて……変な国ね」
質問してきたシャロが不思議そうな顔をする。一応シャロには『日本』から来た旅人という事で話を通している。故に俺はほとんどこの国のことを知らない。
それを聞いたシャロは半信半疑ながら納得してくれた。
しかし、自分の故郷を変な国と言われると、とてもムッと来るものがある。だが、彼女が知らないのだから仕方の無い事だと片付ける。
「それと肉はあるけど農民はほとんど口にする機会は無いのよ」
「え?何故?」
「狩猟は貴族しか行えないし……食べれるとしたら家畜の肉くらいかしら?」
「ふむふむ」
「その肉も宴でしか食べられないし、大抵は塩漬け肉であまり美味しいものではないのよ。新鮮なのを食べようと思ったら12月頃になるの」
「宴そのものも月に1度あるかないかじゃないの?」
「ふむ、なるほど……。その口ぶりからするとシャロは農民出身じゃないんだね?」
「え?まぁ……そうなるのよね」
「……」
シャロが黙り込んでしまった。一緒に旅をしていると言っても、どうもまだ全てを教えてくれない。ところどころ黙ってしまう。
まぁ、それは俺だってそうなのだから責められた事ではない。だが、旅の本当の目的すらまだ話してくれてない。
それがとても困る点の一つである。こういうのは自ずと話してくれるまで待つしかないのだが。
「だとしても、農民があそこまでやせ細るとは……酷いな」
「そうかかもしれない」
「農民は卑劣で下劣な類の人種だってとは言うけど……」
「それはいくらなんでもおかしくないか?実際に会って話したのか?」
シャロのこの考え方は何なのだろうか?そこまで農民を見下すとは……もしや、この子は貴族の娘か何かなのだろうか?
「……そうね、確かにおかしい気がする。」
「私を助けてくれた農民もそんなに下劣な人には見えなかったし……」
「どちらかと言えば商人のほうが危険な人種だったのよね」
前を向いて歩いてそう答えるシャロの横顔を見ながら考え込む。実は俺の時計を買ったときも、かなりの金額と聞いたからおかしいな?とは思っていた。
そんな大金をどこで手に入れたのだろう……と。だが、前にリオレ侯爵の事を『出資者』といっていた。これが嘘で、もしシャロがリオレ侯爵の娘ならお金に置いて辻褄が合う。
しかし、父親に会いに行くのに出資者と嘘をつくだろうか?余程の事情が?それに姓も違う。俺とリサさんが演技しているのと同じで私生児なのだろうか?
だからリサさんに暖かな笑顔を向けていた?
「ん?どうしたの?私の顔をじーっと見て」
「え?いや……なんでもない」
「……なんかはずかしい」
「それは……すまない」
顔を赤くしてそっぽを向くシャロ……あぁ、なんか可愛いな。凛々しい彼女はところどころ愛らしい所作もあり男心をくすぐる。
対してリサさんは湾岸不遜で乱暴者だ。顔は可愛いのにちょっと素行がよくない。どうしてこうも差があるのか。まるで外見詐欺だ。
二人の性格を取り替えたら一番外見とあってるんじゃないだろうか?と思ってしまう。
あ、リサさんが俺の視線に気づいた。
「今失礼な事考えたでしょ?吹っ飛ばすわよ?」
俺を睨め付けながらリサさんが呟く。うん、やっぱり悪魔の類だな。
しかし、何故こうも俺の考えてる事を理解してるのだろうか?もしや、心でも読まれている?…通常それはありえない。
だが、神仏の類なのだろうからそうかもしれない。今度から迂闊な事は考えまい。
町の門を通り、中に入る。門の前には鎧を着けた槍兵が警戒していた。恐らくは外敵への警戒だろう。
門の中は外とは全く別世界である。外は土肌が丸出しの舗装されていない道路だったが、中の道は石で一面を舗装されていたのだった。
また、石造りの綺麗な家々が立ち並び……畑などどこにも存在しそうに無かった。
「思うのだが……門の中と外で変わりすぎじゃないか?」
見るのは二度目なのだが、やはりこのギャップはすごい。
「仕方ないのよ……畑を拡大したり、移動しようと思うとどうしても壁を作る訳にはいかないし」
「かといって、魔物がいるのだから壁を作らない訳にはいかない」
「じゃぁ、壁の外の人間は魔物に襲われたらどうするんだ?」
「それは……侯爵の私設自警団に助けてもらうか……そのままやられるか」
「ごめんなさい、リサちゃんには少し辛い話だったかも」
どうやらシャロはリサさんが農民の子だと判断したらしい。確かにリサさんのエプロンドレスは農民のような服だが。
「いえ……いいんです。大丈夫です……慣れましたから」
間髪を入れず演技を差し込むリサさん……演技するのに慣れすぎてませんか?
本当、この神様の方がシャロより色々と謎なんだが。まぁ、いいや。
「農民にはほとんど救済の手はない……か……」
素直な感想を呟く。今の日本ならば考えられない事がこの世界では起きている。
それなのに必死で生きている農民達。なんだか自分があちらの世界で生きていた時の事が情けなくなってくる。
「そうね……あれほど優しい人達もいるのに……」
シャロが憂鬱そうに俯く。しまった、またも空気が重くなっているな……話題を変えなければ!
「ところで今からどこへ行くんだい?」
空気を変えるために変えた話題が功を奏してシャロが顔を上げる。
「それは、町の南西部にある職人の組合で、鍛冶屋組合よ。そこが武器を売ってるの」
「ふぅ~ん、組合かぁ」
「そう、組合…この国では職人たちは組合を作って商売をしているの。そうして、自分たちの腕を磨いたり、日々の生活を養ったりしてるのよ」
「ふぅむ、なるほど」
俺の世界では労働組合とか有ったからそういう類か。個が弱いので団として動く事で使用者に立ち向かうという社会主義思想の構想だったが。まぁ、そのような物だろう。
市場をやっている町の中心広場を通る。そこにはフェルト帽を被り、長袖の上着をベルトで腰部を絞ってそこに財布を掛けているワイン売りの男がいる。
その男は長靴下を膝上で止め、更にふくらはぎまでの長靴を履いている。また、買い物籠を持った女性がおり、会話の内容からそのものは召使らしく主人から頼まれた物を買いに来たようだ。
すこし、視線を変えると豚や鳥などの家畜を売る者もいる。はたまた、宝石や織物を売る者も。そういった人達で市場は賑わっている。店の入り口はどれもアーチ状にくり貫かれており、外から様子が見える構造だ。
こんな賑わいはショッピングモールくらいでしか見た事がなかった。
「あぁ、そうだ」
「ん?」
シャロが急にある看板の前に止まる。どうやら宝石商の店のようだった。
「ちょっと此処に寄るね?」
「あぁ……」
何をする気なのか俺には解らなかったが一緒に入る。
「いらっしゃい!」
青い衣を纏って黒い帽子を被った小太りの男がシャロに応対する。恐らくは店の主人だろう。店の中にはドレスを着たこの世界の貴婦人とも見受けられる人が宝石を見ていたり、
先ほどの広場にいた召使と同じような服装をした人が他の店員に話をしていたりした。
「これの換金をお願い」
シャロの財布とは違う麻袋がカウンターに置かれる。
「ふぅむ、どれどれ」
宝石商の主人が麻袋を掴み上げ、中身を乱雑にぶちまける。すると、小さな白いダイヤの様な宝石が10粒ほど机に現れた。あれは俺たちが此処に来る途中でフェルウルフやモルベアを狩った時に出た宝石だ。
なるほど、あれを換金するためにわざわざ此処に寄ったのか と納得した。
それにしても、なんだろう……この雑さは。
「どれも小さいし、大した物狩ってないね。あんた」
「それはどうも。それで?」
嫌味を適当に流して先を促すシャロ。
「銀貨5枚程度だな……ほれ!」
「そう、ありがとう」
宝石商が銀貨5枚を麻袋と一緒に手渡す。それに御礼をし、受け取るシャロ。安くないか?普通の人は危険で倒すの大変だろうに。
「お待たせ」
「こんなものなのか?あれって」
戻ってきたシャロに疑問をぶつける。
「そうね……この国には傭兵もいっぱいいるし、それにあぁいうダイヤ系の宝石は…」
「魔物から出るせいで、価値が低いのよ」
「大体、小粒で銅貨15枚くらいかしら……まぁ、一日の農民の食事くらいは賄える程度ね」
「ヒドイ物価だなぁ」
「大方、護衛の依頼ついでに頂ける副産物だからあまり期待できた物じゃないのよ」
そうシャロが魔物が出す宝石について軽く説明してくれた。なるほど……だとすると尚の事シャロの大金はどこから来たのだろうか……それが気になる。
「さぁ、鍛冶屋に行きましょう」
「あぁ、そうだな」
そうして、俺たちは宝石商の店を後にした。
次に俺たちは少し先の鍛冶屋の看板を掲げる場所のうちの一つ入る。
「いらっしゃい」
「対魔物用の『教会指定品』を……」
店の主人であろう職人風のがっしりした男が無愛想に挨拶した。それに対してシャロが何かをいう。そして、主人に案内される。
棚には短剣やショートソードに類する剣。ツーハンドソード。槍、斧等々大体の武器が揃っていた。加えて防具の類も一通り揃っているようだ。
俺はその辺の棚を見ていた。が、ふと目に留まる。火薬と弾丸のセット売り。20発を銀貨10枚で売っていた。銃が存在するらしい。
だとすると、銃の方が射程や威力の面で明らかに便利なのに……何故シャロはあえて弓矢を使うのだろうか
「なぁ、シャロ」
「何?」
店の主人の説明を受けているシャロに声を掛けるが振り向くことなく先を促される。
「なんで銃を使わずに弓矢を使うんだ?」
「あぁ、それはね……銃自体が高いの」
「そうなのか?弾はそんなでもなさそうだが」
「弾はそうでもないけど……まぁ、弾でも同じだけの対魔物用の教会の加護を受けた矢を買う方が安いの」
「銃本体はどっかの裕福な侯爵が私設軍の何人かに配備できるかどうか?ってくらいに高価な物なの」
侯爵が数人にしか与えられない物……余程の値段がついているに違いない。
「それに、弾込めに時間がかかってとっさに撃てなくて不便なの」
弾込めに時間がかかる……ふむ火縄銃のような物か。
「なるほど」
「と言うか……少し疑問に思うのだけど」
「なんだい?」
「なんでショータは話したり、読めたりするのにこの国の文字を少しもかけないの?」
「いやー、それはー」
急にこちらに向き直り、そんな質問を投げかけられて言葉に詰まる。昨日の宿を取るときにシャロに宿帳に名前を書いてもらった為、自分がこの国の文字を書けないのがばれている。確かに何故なんだろうか?取り合えず誤魔化さなきゃ。
「あの、ほら、来てからずーっと聞いてたし見てたから覚えちゃったんだよ」
「ふぅ~ん。だとしてもそんなにペラペラに喋れないと思うのだけど」
腕組みして、首を傾げるシャロ。確かに…どうしたものか。
「まぁいいわ……ほら、リサちゃん、この中から選んで!」
店の主人が案内してくれた棚を指してリサさんに呼びかける。
「え?あ……はい」
先ほどから喋っていないリサさんが棚の前に移動する。棚には『教会指定品』と書いてあった。その上には先ほどと同じような色々な武器が置いてあった。
しかし、棚と比較してもリサさんの身長は低い。これは一番上は届かないのではないか?
「えぇっと……どうしようかなぁー」
リサさんが棚を見て迷っているようだった。
「あぁ、そうだ…お兄ちゃん!ちょっと!」
「うわ!?ちょっと!……」
急にグイグイと引っ張られ、法衣を後ろに引っ張られて倒れそうになる。シャロと店の主人とは反対の店の端に連れていかれた。
「なんだよ!リサ」
「いいから耳を貸して!お兄ちゃん!」
「ったく、仕方無いなぁ」
一体なんだろうか。珍しい事もある。壁を眼前に、俺はリサさんに耳を近づける。
「私、ああいうのと相性悪いみたいなの」
ああいうの?ああ武器の事か……。しかし
「なんでだ……じゃない、なんでです?」
「……どうも他の神様とかが加護を与えてる物は私の魔法の掛かりが悪いみたいで、なかなか効果を発揮できないの」
「更に悪い事に、あの類の魔法はこっちが怪我しちゃう事もあるのよ」
ふむふむと相槌を打ちながら聞く。
「なるほど……確かにそれは一大事ですね」
「だから、適当に加護のかかってないナイフとか、その辺を私に勧めてくれる?そうしたら、それに乗じるから」
「よし、解りました!」
「ありがとう」
そう言いつつも俺にはある案が浮かんでいた。上手くいけば睡眠を邪魔されずにすむかもしれないかも知れない案が。後々実行しよう。
「しかし、そういえば何故、俺は書くことだけができないんです?」
「あぁ、それは……最低限、それで何とかなるでしょ?」
「いや、それはそうですが……」
「私、面倒くさい事嫌いなの」
そっぽを向かれてしまう。面倒くさいって……それで困るこっちの身にもなって欲しい物である。
「ちょっと二人とも?どうしたの?」
「あぁいえ!こっちの用で」
「そうそう、ちょっとお兄ちゃんにしか言えない話をね!」
店の隅で小声話をしていた俺たちにシャロが声を掛けてきたので急いで二人で棚の前に戻り、そう答える。
「ふーん、そう……変なの……」
疑いの目をこちらに向けるシャロ。これはマズイ。早くせねば。
「えぇっと……どれにしようかなぁ?」
動揺しながら棚の中を選ぼうとする振りをするリサさん。
俺は手近に有った『教会指定品』以外の中からダガーナイフを手に取る。
「あぁ、これがいいんじゃないか?」
「あ!それがいい!」
「え!?ちょっとそれ、違う棚のじゃない!」
慌てるシャロと助け舟に乗っかるリサさん。これで上手くいけばいいのだが。
「お姉ちゃん、私、これがいいです!ねぇ、これじゃだめですか?」
きらきらと目を輝かせる演技でシャロを落としにかかるリサさん。
「でも、それは魔物に効かないのよ?」
「うん、でも、これがいいんです!」
「う~ん……同じような、これじゃダメ?」
『教会指定品』の棚からグラディウスのような剣を取ってシャロが聞く。
「嫌です!私、この可愛いのがいいんです!」
「う~ん……」
「やっぱり、ダメなんですか……」
しゅんとなり俯くリサさん。
「う~ん」
両腕を組みながら考える。とても悩んでいる様子でそういった表情も凛としている。
「はぁ……解った……」
「え、本当ですか!」
肩を落とし、溜息をついてから許可するシャロ。
そして、嬉しそうに満面の笑みを浮かべるリサさん。う~ん、すごい。
「ただし、町以外では絶対に私達から離れない事!それができるならそれでいいよ」
「はい!解りました!」
「はい、これで会計してきなさい」
銀貨を3枚渡すシャロ。それを手に店の主人の方へ駆けて行きお会計をし始める。
「ちょっと……ショータ」
「ん?」
「リサちゃんがあなたにニーキックしたのは甘えているからであって……」
「そんなの解ってるよ」
どうやら、俺がダガーナイフを選んだ理由は妹への仕返しの類だと思われたらしい。いや、本来は甘えてるとかの意味ではないと思うが。そう答えないと困る状況なのでそう返す。
「はぁ……ちゃんと守ってあげなさいよ?」
「あぁ、勿論……ん?シャロは一緒に守ってくれないのか?」
「私も守るけど……あなたの妹なんだから」
「あぁ……うん、そうだね」
返事をしながら『教会指定品』から鎖帷子を取り
「これも、いいかな?」
とシャロに聞く。
「え?なんで?ショータにはその変な強力な服があるじゃない」
「いや、一応ね!」
「?……まぁ、いいけど、はい」
「ありがとう」
お礼をいってシャロから銀貨5枚を受け取り、リサさんの後に会計をする俺であった。