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ダメ男の異世界転生記  作者: 根無草
葬送花
2/20

出会い

「ほら、ついたわよ。目を開けていいわ」

そんな声を掛けられたので瞼を上げる。空は青く正面には平地で踝ほどの草葉が生い茂った場所が広がる。奥のほうには森林があるもののそれほど大きくなかった。

そして、辺りもついでに見回す。周りは山々に囲まれており、後ろにも森林があった。所謂盆地に近い場所なのだろうか。声の主は右前にいて地面に足を着かず浮遊しているようだった。

付いて来ない予定ではなかったのだろうか?

「なんで此処にいるんだ?リサ」

「説明は必要でしょ?それとも、説明なんかいらない?それはたくましい事ね」

俺をこの世界に飛ばした閻魔的な位置に該当するらしいリサという少女が皮肉を込めて応える。

「…いや、それは必要だよ」

皮肉にむっと来たが、流石にここで食って掛かると話が進まないと思われるので堪える。

「それよりも…」

どうしたのだろうか?説明より先んじて何か言わなければいけない事があるらしい。

「そろそろ私に少しは敬語つかいなさいよ!これでもあなたよりも上位な存在なんだから!」

「え…」

急な叱咤に言葉を失う。

「色んなことがあっていくら投げやりな気分だったとは言え、私は目上の存在だし。それに、いつまでも不貞腐れていて良いわけがないでしょ!」

「あぁ、いや…すみませんでした」

「それと…私を呼ぶ時は最低でも『リサさん』と呼びなさいよね!」

「あ、はい…すみません…リサさん」

親しみやすい閻魔さんなのかと思っていた矢先、急に神仏の類であるかのような風を吹かし始めたリサにびっくりしつつも、急いで頭を下げる。

しかも、なんで俺が不貞腐れてたのが解ったのか…あぁ、そういえば彼女は閻魔のような者だといったから俺がどうやって死んだかの流れがわかってるのか。

「本当は『様』付けさせたいところだけど…まぁいいわ」

「ありがとうございます」

傍から見ると自分は浮遊している少女に怒られてる青年だろうなぁ…かっこわるい物だ。

あ、そういえば、肉体とか顔はどうなったのだろか?注文どおり強靭でイケメンに成れたのだろうか。

そう思い、自分の体を捻ったりして体の各部位を見る。

「あぁ、注文通りイケメンで強靭な肉体にしたわよ?」

俺は要望通りされたのかを確認したいのを気づいたのか、姿見を取り出してくれる。

ふむ確かに、顔は垂れ目気味の優男である。瞳の色は日本人特有の茶色で髪の毛も黒のようだった。しかし、肉体が…

「あの、体が細身なのですが」

「その顔でガチムチはアンバランスでしょ?」

いやまぁ、そうだけど…。イメージしていたのと違うのだが。

「あなたの想像していたイメージを見させてもらったけどアンバランスだから手直しさせてもらったわ」

「えぇー」

「何、不満?それでも、その体は100mを4秒フラットで走れる体よ?俗に言う『細マッチョ』ってやつね」

俺がイメージしていたのは筋骨隆々な筋肉偉丈夫的な体だったのだが…と肩を落とす。

「日本人には合わないのよ…顔的に」

「あぁ、そうですか」

形からでも入ろうと思った矢先にこれである。気力が随分とそがれた気分がした。

「まぁ、それよりも…」

「この世界は魔物がいるから装備はきっちりしてあるわ。その体とその装備があれば『一応誰にも負けない』わ」

「一応?」

誰にも負けないなら世界最強なのかと思ったのだが…何かには負けるのだろうか?しかも、今物騒なことを言わなかったか?

「まぁ、完璧なものなんて存在しないもの…。それにそれができたら私は苦労しないわ」

苦虫を噛み潰したかような顔をリサさんがする。

「それって…誰にも負けない訳じゃないような気がするのですが」

「うるさい!いいから説明するわよ!」

何やらこっちに来てからずっと機嫌が悪そうなリサさんである。

「まず、腰に刺してるそれ…そう、それ」

俺の左腰に刺してある棒状の物を取り出す。一見したところ鍔が有り、日本刀のようなデザインであった。

「それは…名実共に何でも切れる刀よ」

「へぇ~、なんでもですか?」

「そう、なんでも」

「じゃぁ、どんな硬い物も?」

「えぇ、そう。例えば、どんな鋼鉄だろうとダイヤモンドだろうと切れるわ」

「へぇ~」

試し切りする物がないため、本当か嘘か解らないが。取り合えず信じておこう。

「それで、これの名前は?」

「え?名前?」

「名前は無いなんですか?」

「ん~、そうねぇ…ムラサメでいいんじゃない?刃紋が波のようだし、刀身の温度も常時低くしてあるから」

「ムラサメ?村雨ってあれですか?」

「そうそう、『人に会っては人を斬る、鬼に会っては鬼を斬る』あれね」

刀を鞘から抜いてみる。確かに刃紋が波のような感じで刀身が冷たい。

「ムラサメか…かっこいいな!」

中二病心をくすぐる名前だ。しかも、曰く付きの名前であるからなおさらだ。

「それから、その肌着は魔法が施されてるから物理攻撃なら全部防ぐわよ」

見てみると手首まである黒のぴっちりと体に張り付いたインナーを俺は着ていた。

「そして、そのズボンも同じね」

黒色のスラックスが俺の目に映る。足を曲げてみると楽に動いたので、動きやすい素材でできているようだった。

「両方あわせて魔呪の衣とでも命名するわ」

また男の子の心をくすぐる様な名前を…。

「最後にその茶色のマントは火や水、着用者に不利な事象を全て跳ね返すわ」

「あぁ、でも、物理攻撃にはそこまで強くないから気をつけてね」

どうやらマントは左肩にボタンがあり、そこに留めるようになっているらしい。

加えてこのマントは体全体を包むようになっている。これなら四方から攻撃が来ても大丈夫だろう。

「そうね、名前は無法の法衣とでも名付けとくわ」

無法か…なんだかワクワクしてくるな。

「装備はそんなところね」

これから色々起こるかもしれないが、どうにかなりそうな気がしてきたぞ…。

むしろ、矢でも鉄砲でも持って来いって感じだ。

「ところで、この世界の名前は何ですか?」

「名前なんて無いわよ?」

「え?」

「ある訳ないじゃない。あなたの世界にも名前なんてないでしょ?」

確かに…相対する物がなければ世界に名前などいらないだろう。しかし、そうなるとリサさんはどうやって世界を分けているのだろうか?

あぁ、そういえば

「さっき魔物だとかなんだとかいわれておられましたがそれは何ですか?」

「あぁ、うん…それは実際に会ってみれば解るわよ。まぁ、取り合えず人と獣以外で禍々しい存在の事ね」

「ふーん」

「まぁ、その辺はやっていけば追い追いわかるわ」

「そうですか」

キョロキョロとリサさんが辺りを見回す。

「あぁ、居た居た」

何かを見つけたのかそう呟くリサさん

「ちょっとこっちにきてあれを見て」

「え、あ…はぁ」

リサさんに近寄り指し示すほうをみつめる。そこには草葉はなく、道のようなもの…恐らく街道であろう物が見える。

「もうちょっと右を見て」

「違う違う、もうちょっと左」

言われるがままに視線を動かすと人通りの無い街道を誰かが歩いていた。よく見てみると金髪の女性のようだった。

「あの娘を救うのがあなたの今回の役目よ」

「えぇ?」

思わず声が出る。

「何?不満なの?」

「いや、別に俺の助けなんていらなくないかなぁっと思いまして…」

彼女は一人でとても凛々しく歩いていて、きっちりと自分のことは自分で何とかしてそうな雰囲気を醸し出している。

そんな人が人の助けを必要とするのだろうか。

「そう?私はああいうタイプは一番人の手がいるタイプだと思うけど」

あれ?あの人の事情をこの閻魔さんは知らないのだろうか。

「あのリサさん…?」

「何?」

「あの人の内情をご存知ではないのですか?」

「知らないわよ?」

またもや衝撃事実…なんで知らないのだろか。どうなっているのだろうこの状況は。

これからこれで本当に大丈夫なのだろうかと思ってしまう。

そう深く思い悩み始めたとき。


「――――!!」


背筋が凍るほどの咆哮が辺りに鳴り響く。それはまるで狼の雄叫びのようなものだった。

「なんだ!?どこからだ!?」

咄嗟に狼狽してしまう。

「この声は…フェルウルフね」

「フェルウルフ…?」

「えぇぇっと…あ、あそこあそこ」

指を差す方向を見てみる。そこには黒いドーベルマンのような輪郭をした獣がいたが

その獣自体に黒い靄が掛かっていてはっきりとは見て取ることができなかった。そんな獣が三匹、山の方にいる。

「もうあれ、戦闘態勢に入ってるわね…しかも、ターゲットは彼女みたい」

彼女とは恐らく街道を歩いていた女性のことだろう。その女性はどうしてるのかと顔を向けると

すでに女性は背中に担いでいた弓を取り出し、矢を番えていた。

「やっぱり、俺、いらないような気がするのですが」

すばやく戦闘態勢に入ってるし、距離的にも三匹なら弓矢で仕留められないことはないだろう。

あのような小物っぽい奴相手なら何度か対処してるだろうから、一匹に一矢でしとめれるんじゃないのだろうか。

「フェルウルフは群れで襲ってくるのよ…だから…」


「―!」


フェルウルフは今度は短く咆哮すると共に三匹とも女性に向かって走り出した。

その後ろを数匹のフェルウルフが追従する。

明らかに女性の方が分が悪くなっている。女性も少し狼狽した様子だったが、すぐに狙いに入る。

名前の通り狼系の速さを持っているフェルウルフの全てが女性の方に向かう。あまりにも速くて弓矢で3匹以上を仕留めるのは至難の技だろう。やばいのではないだろうか。

「どうするんですか!?あれ!」

「ちょうどいいじゃない…かっこよく登場して助けてあげれば」

「いや、俺無理ですよ!」

「この根性無し!何のための武器よ!いいから行きなさい!」

怒りながら蹴っ飛ばされてしまった為、走らざるを得ない。刀なんて扱ったことないというのに。

俺が走って距離をつめる間に彼女は一射、二射と矢を放ち、動く的の数を減らす。かなり的確にフェルウルフの頭を射抜いていた。

だが、予想よりも狙いが上手くつけられなかったのか。三射目を撃つ前にかなりの距離を詰められていた。

「くっ!」

女性は弓を背中に戻し、迎撃の為に腰から通常の剣よりも短めな剣を取り出す。

あぁ、もうそれらが自分の目の前まで近づいている。

こうなったらヤケクソだ!

左手で持って走っていた刀の柄を体の前に置き、右手でそれを掴みながら引き抜く。

そして、そのまま体を女性に襲い掛かかる為に飛んだフェルウルフと垂直にして右腕を真横に薙ぎ払う。

一瞬、何が起こったかは解らなかった。

絶命の叫びも無く、更に何の抵抗も無くその物体は切れてしまった。

普通、何かを切る時にはかなりの抵抗を伴うものだ。例えば、包丁で肉を切るときの感触や骨を断ち切る時の抵抗。

二つとも当たった瞬間に包丁に何かしら自分の力とは別の力が掛かる。それが今の瞬間には無かったのだ。

加えて、この刀は手に馴染むかのごとく軽い。とすると…。


総じて…これなら…いける!


そう思い、右手を振り上げながら女性の左前に位置する次の獲物に襲い掛かる。

それを見ていたフェルウルフは一瞬身を引きかけたが、俺に対して瞬時に戦闘態勢を取って飛び掛ってくる。

そのフェルウルフをそのまま正面で右袈裟斬りのような形で断ち切る。

斬り落としたのを見届けたら次は両手で刀を持って女性の右前に位置していたフェルウルフに向かう。

群れをやられた恨みだろうか、それとも恐怖からだろうか…フェルウルフは逃げることなく俺に向かって飛び掛る。

今度は逆右袈裟斬りを真似して左下から右上に振り上げる。


息つく間もなく二体を切り伏せることができた。


自分が切ったフェルウルフ3体を見る。自分でもびっくりするくらい見事なものだ。

体が思うように動くし、刀も難なく振り回せる。すばらしい強さだ。

そして、何より抵抗も無く肉と骨を断ち切るこの刀。

これらがあれば何も苦労しない!そう、これらさえあればもう人の顔や周りを気にしなくてすむ!

この世界でなら余裕で生きていけるではないか!やった!これで俺は人生の勝ち組だ!

もう社会に怯えるような生活をしなくてすむ!

加えて、優面のイケメンというのだから何不自由ないはずだ!

そう考えると喜びで体が打ち震えた。

よし!これで、この顔でそこの金髪のポニーテールの女性に『大丈夫ですか?お怪我は有りませんか』とでも言えばイチコロだぜ!

女にも困らない!やったね!

もはや、気分は有頂天状態だぜ。そんな気分で目の前の凛とした女性の傍に近寄り

「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」

と最高の笑みで声をかける。完璧である。この子猫ちゃんなんて『あ、はい…』ポッ…って成るに決まってる。


スパーーーーーン!!!


小気味のいい音が響くと共に左頬に強烈な痛みが走る。その痛みで現実に引き戻されてしまう。

目の前の女性は思いっきり俺を睨んでいた。

「さようなら」

そう言い放ち、女性は俺の横を通り抜けていく。え?どういうことだ?

「え?ちょっと…」

理由を尋ねようかと思って彼女に振り向いて声をかけるが、そのまま無言で進んで行ってしまう。

あまりの予想に反した事象に目をパチクリしてしまう。

…まぁ、いいか。助けたんだし。今のが彼女の危機で…救った事になるだろう。もういいだろうな。

そう思い直して、リサさんの所に納刀して歩いて戻る。

「あら?なんで戻ってきたの?」

頭にはてなマークが飛びそうな顔をして俺に尋ねるリサさん。

「え?もう彼女救ったからですよ?」

「え?…えぇ~~っと…」

またも左手の甲に右ひじを当てて可愛らしい唇に右手の人差し指を当てながら考えるリサさん。

「うぅぅ~ん?」

眉間に皺が寄りはじめる。困ってる顔もなかなか可愛らしい。しかし、思うに、この人(人ではないが)の顔は日本人離れしている。ハーフの類なのだろうか。左右の目の色も違うのも気になる。

今度はガクッと首を落とし、額に右手を当てる。

「あぁ、そうよね…そうだもんね…そうじゃないと籠る訳ないわよね。私が馬鹿だったのね…」

落ち込みと呆れの混ざった声でそう呟くリサさん。

「もう一度今のみたいなのにあの子が遭ったらどうするの?」

「え?…いや、考えてなかった」

「しかも、もう一度人生歩める交換条件がそんなにゆるい物だと思ってたの?」

「え?違うんですか?」

「…そんな訳無いに決まってるでしょ!さっさとあの子の所に行って旅のお供してきなさーーーい!!」

「えぇぇぇぇーーー!!!」

理不尽な暴力を振るわれた人間の下につけだって!そんなの地獄じゃないか!

何でそんな事を…第一ポニーテールの彼女の旅に付き合うための理由がない。

「そもそもどうやってお供になればいいんですか!」

「そんなもの『君を助けたい…』とかなんとか言ってしまいなさい!」

「えぇ~~~」

嘘くさい。なんとも嘘くさい理由であるのだろうか。

「さっさと行け!このお馬鹿ーーー!」

またも蹴られてしまった。なんて手荒い閻魔さまなのだろうか…。いやはや、こんなのを上司にはしたくないなぁ。

とはいえ、折角生き返してもらったのだから、ちゃんと責務は全うしなければ。

さきほどの金髪ポニーテールの女性は…っと、あぁ、いたいた。

怒って早足で去っていったもののそれほど遠くまでは走っていっては無く。割とすぐに追いつけた。

「おーーーい!」

俺の呼び声に彼女は止まってくれる。ありがたい。

「何?」

左手を腰にやり不機嫌そうな顔と声で俺を迎える金髪の彼女。

「えぇっと…その…あの…旅をご一緒させてくれないかな?」

対人での緊張の為、息を整えつつ、言葉を紡ぐ。彼女はフードのあるローブを着ているのだが、腰に手を当てているため服装が目に入る。よく見ると彼女は弓矢を扱う者の身軽な茶色の服に身を包んでいた。

その顔には遠めで見たように凛々しさを感じさせる一本筋の綺麗な眉に大きな釣り目がある。身長は俺よりも少し低い程度である。胸はさほど大きくないが小振りながらも柔らかそうだ。

「は?何で?」

「いや、その…えぇっと…『君を助けたい』からだよ…」

「!?」

一瞬彼女が固まる。え?こんな理由でいいのだろうか?もう堕ちたのか?

やっぱイケメンって得だなぁ。そう思いかけたとき。

「…ふ…ざ…」

「ん?」

何を言ったのか聞こえなかった。しかし、彼女の肩が小刻みに震えているのは解る。

「ふざけないで!」

「えっ…」

絶句してしまう。何故怒られるのだ。

「なんであんたみたいな奴に助けられなきゃいけないの!?

自分の力を誇示したいだけの子供みたいなあんたみたいな奴に!!

さっきのだって…私一人で何とか成ったわ!ただ…そう、ただあなたが邪魔しただけよ!調子に乗らないで!」

自分の力を誇示したいだけ…その言葉が俺の胸に刺さる。逃げ出した先で自分の力でないもので

良い気に成っていた自分を戒めるかの如くそれが深く刺さる。

「それに、私の旅の目的が何か解ってるの!?知らないでしょ?!」

「…」

事実知らない為、答えようがない。

「ほら、知らない。そのくせに軽々しく『君を助けたい』だなんていわないでよ!私をからかわないでよ!!」

地雷を踏んだというのだろうか…どうすればいいんだろうか。だが、俺はそんな事を考えながらも彼女の声には何か切羽詰った物を感じた。

「もう付いて来ないで!!」

そう言って彼女は俺の前を走り去る。

あまりのことに途方にくれてしまう。またも俺はリサさんのところにしょぼしょぼと歩いて戻る。

「あら?また戻ってきたの?」

胸の辺りに花のような模様が付いた紫と白のロングワンピースを着たリサさんが疑問をぶつけてくる。

「えぇ、まぁ、ところで着替えたのですか?」

「そ、可愛いでしょ?こっちの服装に合わせようと思ってね」

クルクルと回る姿はまるで洋服を買ってもらった幼子のような感じを受ける。ずいぶんとご機嫌な様子だ。

そのワンピースは腕の部分と首の辺りは白で、その他はすべて藍色だが、スカートの裾にはフリルが付いていたのだった。

「それで?何があったの?」

言い辛いから服装に話題を振ったのだが、戻されてしまう。まぁ、解っていたことだが。

先ほど言われたことをリサさんに話す。

話していくと、リサさんのご機嫌な表情がみるみるうちに呆れ返った表情に変わって行く。

「馬っ鹿じゃない!!」

またも罵倒される…こっちに来てから怒られてばかりではないだろうか?俺…。

「なんでそんなので引き下がれるの?」

「なんで食い下がれないの?」

「いや、それは…」

いやいや、しかし、『助けたいんだ』って言えっていったのはリサさんなんだが。

「なんなの?」

「いや、『助けたい』って言えっていったのはリサさんですし…」

「なに?それ…」

険しい顔の上にリサさんの目が大きく見開かれる。

「あぁ、そうよ!そうですよ!あの子が思いっきり怒ったのは私のせいかもしれないわよ!」

「だから何だっての言うのよ!だから引き下がるの?ちょっと怒られたぐらいですぐ引き下がるの?」

「…」

「あぁ、まぁ、そうよね!少し自分を否定されて引きこもったぐらいだ物ね!そんな根性なんてある訳ないわよね!少しでも期待してたこっちが損したわ!」

熾烈で苛烈な言葉が俺に叩きつけられる。さすがに我慢の限界だった。

「な…に…が」

「何よ?」

「お前に何が解る!ずっと自分の信じて歩んでた道を否定され、理想からも否定され。

それでもなお、何とかしようしてた矢先に失敗をし。どうすることもできなくなったんだぞ!」

「それが子供だっていうのよ!!」

「ふざけるな!お前の方が餓鬼の癖に!」

「馬鹿を言わないで!私のほうがあなたの何百倍も生きてるわよ!」

そうだった…一応、閻魔様の類である。クソ!どうしてこうなった!なんでこんなことをしなければならない!俺はどうしてこんなことを言われなきゃいけないんだ!

引きこもったからか!そうだ!引きこもることさえなければ!そうさ、奴だ!奴さえ……。

「あいつが……あいつが俺を否定しなければ!あれも間に合っていれば!」

「そうやって人のせいにし続けるの?物事のせいにし続けるの?それで満足?人生楽しい?」

「うるさい!」

「根性無し!」

「意気地なし!」

「根暗クソ男!」

「うるさい…うるさいうるさいうるさーい!」

「あ、逃げる気!?」

もう嫌だ!なんでこんな事に成るんだ。もういいじゃないか。俺はもう頑張ったんだ!

もう嫌なんだ!裏切られるのが…。頑張るのが怖いんだ!誰も彼も何もかも俺を裏切る。

信じられる物なんてない。


「はぁ…はぁ…」

無意識に息が切れるほど走ったようだった。おかげで大分頭に上った血が冷めた。ここはどこだろう。

辺りを見回して見る。

どうやら辺りに木々が立ち並んでいて暗い。森の方に走ってきてしまったらしい。

しかし、木と木の間から見える空は虹色とも取れぬ不思議で異様な色をしていた。それでいて、太陽も月も無い。

おかげでずいぶんと暗い。段々と心細くなってきた。どこかに明かりは無い物だろうか。

そう思って少し歩を進めると、奥の木の方から明かりが漏れていた。

人がいるのかもしれない…そう思って近寄る。


バチッバチッ


そこには焚き火をしている老人が倒れた木に座っていた。よかった、人がいた。

「あの…」

「…」

何と無く声を掛けてみるが返事がない。よく見てみると老人は大きな錫の鍋をかき混ぜているようだった。

老人の倒木と対となる目の前にも倒れた木がある。

「あの…いいですか?」

倒木を指差して聞くが老人は一瞥するだけだった。

一瞬考えたが…取りあえずは座ることにした。

俺と老人は向かい合って座る形となった。

「…」

「…」

パチッパチッと焚き火の音だけが聞こえる。気まずい。なんとかこの状況を打破しないと。

「あの、ここはどこですか?」

「…」

老人はただ鍋をかき混ぜている。話しかける際にその老人の顔をよく見る事になった。

老人は左目の方に縦に三本傷があり、顔は皺に塗れ、髭は伸び放題ながらも勇ましい雰囲気と同時に諦観がその瞳に混在していた。

白いローブを着ているため、体の方は解らないが先ほどから老人は左手を使っていない。

加えてローブから出ている右足は筋肉のしっかりした動きを感じるのだが、右腕と左足にはそれが感じられない。

「あの…」

尋ねようと思ったが止めた。先ほどのように地雷を踏むのは御免であったからである。

「旅をしていらっしゃるのですか?」

他愛もない会話しようとする。

「…」

それでも無言なご老人である。こうなると、自分の中から相手の興味を引き出すものを放つしかない。そうでもしないと心苦しかった。

「一大決心をして僕も旅をするつもりだったのですが、色々ありまして…」

語尾を濁して苦笑する。恥ずかしいのである。

「一緒に旅をする予定だった人にちょっと余計なことを言って怒らせちゃいまして…」

「それで、しょぼしょぼと帰ったら旅をして来いと言われた人にも怒られちゃいまして」

「八方塞なんですよ…ははは」

何の為でもない、自分の為に言い訳をする。

「頑張ろうと思った矢先に躓くとやりたくなくなりますよね~」

「…」

出だしからこけるととてもむずかしい。しかし、それは言い訳に過ぎない。

「いえ、解ってるんです。ある人にも『だから子供だ』って怒られたんですよ」

老人の無言がそんな自分を責めているかのような感覚に陥り、そう弁明する。

もちろんそんなことはないはずだ。

「でもね、自分の信じていた物がすべて崩れた俺にどうしろというのでしょうか…」

頭をガクリと下に向け、掌を見る。信じていた物が手から崩れ落ちたような気持ちを思い出す。それはもう二度と味わいたく無い感覚。自分がやってきた事、何もかもを否定される感覚。

「自分も信じれない、他人も信じれない。そんな俺に何ができるのでしょう…信じる物がないと人って動けなくないですか?」

「…」

手を開いたり、閉じたりしつつ話を続ける。

「痛っ!?」

左手の親指と人差し指の間に痛みが走る。どうやら切れて血が出ていたようだ。恐らく抜刀したときにできたものだろう。

結局、少し頑張っても世の中は認めてくれない。褒めてもくれない。むしろ批判される。

そんなこと跳ね返せばいいのだが、それを跳ね返すだけの心の強さもない。

そう…心の強さ…それさえあれば何とでもなるのかもしれない。

しかし、こればかりは自分自身で変えるしかない。周りがどうやっても本人が強く有らねば。

そういう意味では、中学までの同級生である海野は強かった。そして、俺に名刺を渡すくらいだ、今も変わらず強いのだろう。だからこそ、俺は昔、あいつの傍にいた。

あいつだったらどうするだろう?この状況。

そういえば昔、あいつに『迷ったときにどうするんだ?』と聞いた事がある。

『助けたいと思った自分の心を信じる』と答えてきた。あいつらしい解答だった。

『助けたい』…か、脳裏に先ほどのブロンドの彼女が思い浮かぶ。

明らかに彼女は切羽詰ったような感じではあった。そして、どことなく涙声に近い物を彼女の怒りの声の中に感じた。

それを確かに『助けたい』と思う気持ちが微動だが自分の心にもあった。

しかし、自分を信じれない俺がどうやって人を助けるのだろうか。


コトリっ


音の方を見ると、老人が木のヘラを鍋から出し、横の方にあるスープの器を鍋の手前に置こうとしていたようだった。

もう一度目を伏せる。海野のように自分の心を信じるに値するかどうか。

すべての原動力は心である。しかし、それすらも間違っているかもしれない。他人には迷惑であるかもしれない。

そういった疑念が自分の中から払えない。

そもそも、彼女は人と関わりたくないのかもしれない。

そう思い悩んでいたときに暖かい空気が俺の頬に触れる。


「…」


無言でスープの入った器…形状はコップだが。を差し出す老人。

「あ、ありがとうございます」

それを受け取る。…暖かい。とても暖かい。

中を見てみるとそれはとても澄んだ色をしていた。澄み切った透明さ。

俺は何を考えるでもなく、そのスープを口にする。

コンソメスープのような味がした。ただそれだけ…他には具材も何も無く。混じりけもない。

にも関わらず、とても美味しい。

コンソメスープと言えば色々な物を煮込んだものなはずだが。

それでも、このように透明である。煮込む…極める。

極めても透明で、それでいて味わい深い。

そんな風に成りたい。

真っ直ぐに透明でそれでいて味わい深い人間に。

しかし、成れるのだろうか…。どうすれば…。

そんなときに海野のある言葉を思い出す。

『恐い時?そうだなぁ…考えずに心に従うんだよ!そうすれば、そのうち怖さも消えるさ!』

これはさっきの言葉に続いて質問した時の解答だった。

そう言えば…割と考え無しに動いてるときも海野にはあったな。

そういった所が人をひきつけていた部分もある。

そう…なら、俺もこのコンソメスープになれるように…海野のように行動してみる価値があるかもしれない。

俺が感じたのはブロンドの彼女を『助けたいという心』。

それに間違いなんてない。いや、あってもいい。なんだっていい。考えたって仕方無い。

そこで助けを本当に必要としてないのならばそれでいいじゃないか。今はそうやって俺が動きたいんだ!

顔を上げる。



「心は決まったようだのう」


老人が初めて言葉を掛けてくれる。何故かそれだけの事が今は妙に嬉しかった。

「はい!これ、ありがとうございます」

明るく返事をし、コップを返す。

「おじいさん…俺は戻ろうと思います」

「そうか…」

老人は俺を見てそう相槌をうつ。その瞳には俺を祝福するかのような色合いが見えた。

「戻る道はどっちですか?おじいさん」

スープをかき混ぜる手を止めてゆっくりと右の方を指す。俺の明日はその老人が指す方向にある気がした。

「お世話になりました!それでは!」

そう一礼して俺は老人の指した方向へ走り出した。


木々の間を通り抜けて全力で走る。どんどんと木が前から後ろに吹き飛んで行く。

この先辛い事が多く待ち受けてるかもしれない。

でも、そんな事はその時その都度考えればいい。ただ今は俺の素直な心に従うだけ。

それだけでいい。

まずは二人に謝らなければ。そして、もう一度素直に助けたいという気持ちを彼女に伝えよう。

そう心に決めて走り続ける。そこに迷いは無く。疑問も無かった。清々しいほどの気分で走る。

奥のほうに光が見えてくる。

「やった、出口だ!」

思っていた事を口にしてしまうほど気分は高揚していた。そのまま光の中に突っ込んで行く。


バサッ!


森を抜けたところで目の前に盆地が広がる。もう夕暮れ時なのだろう。辺りはもはやオレンジ色に染まっていた。

視界の右奥にリサさんが立っている。

さっきの事を謝まらなければと思い走って向かう。

「おーい」

「ん?あ、戻ってきた…」


「あのね…」

俺の呼び声に気づいたリサさんが俺が目の前に着くのを待ってから何かを話し始めようとする。

「待った!はぁ…はぁ…づはぁー!」

リサさんが話し始めるのを止めてから息を整える。よし、充分息は整った。

「先ほどはすみませんでした!」

顔を上げてリサさんの目を見てから頭を下げる。

「え?」

困惑した様子のリサさんであったがそんな事はお構いなく続ける。

「いくらなんでも俺、後ろ向き過ぎましたよね…本当にすみませんでした」

「え…えぇ、うん、そう」

「俺頑張ります!」

自然と笑顔でそう決意を表明する。

「そう、それなら良かったわ」

リサさんも柔らかく微笑む。よかった許してもらえた。

「ところで、さっき何を言おうと思ったんですか?」

「え?いや、別に…もういいのよ」

罰の悪そうな顔をしている気がするが気のせいだろう。

「そうですか…さっきのブロンドの女性はどこに?」

「ん~っと、そうねぇ…さすがにここからでは解らないわね」

「早く彼女と合流したいのですが…」

「そう、それが一番よね」

「私の探索魔法を使えば位置は解るけど…ん?」

「どうしました?」

突然くんくんと匂いを嗅ぎ始めるリサさん。

「いえ、あなた…誰かと会ってきた?」

「え?あ、はい」

「ふ~ん…男の人だった?」

「え…えぇ、そうでしたけど…うわっ!」

急に俺の服に顔を近づけるリサさん。顔が近い。最早、服を直接嗅いでいる様な距離だ。人生でこんな経験なかったからとても困る。

しかも、可愛いから尚の事こっちが恥ずかしい。

「ふむふむ…」

スンスンと俺の服を嗅ぎ続けるリサさんである…まるで自分の体臭を嗅がれてる様でなんだかどきどきしてしまう。

恐らくはそんなことはないと自分に言い聞かせるがそんなものは効果がない。

その上、匂いを嗅いでる彼女の顔は艶っぽく見える。そんな顔にもドキッとする。

俺は取り合えず顔を逸らす。

しかし、彼女の清潔感漂う石鹸の香りもこちらに匂ってくる。その香りが俺の理性をどこかへ飛ばしそうなくらいだった。

「若い男の人だった?」

そうやって質問する息もこちらの服の上からでも当たるのでドキドキが止まらない。できれば早く離れて欲しい。

「い…いえ…、ご老人でしたよ」

その答えを聞いた瞬間、ピタリと匂いを嗅ぐのを止めた。

「そう…」

シュンとした雰囲気を漂わせながら俺の服から離れるリサさんである。

ドキドキが止まらなかったから、丁度いいと言えば丁度よいのだが…しょぼくれられると何と無く申し訳ない気分に成る。

「ふぅ~…あの…リサさん?」

「さ!彼女の位置を調べるわよ」

瞬時に切り替えて俺との距離を取り、背中を向けるリサさんである…。なんだろうか男として凄く切ない気分になる。

「いいわよね?」

「あ、はい…よろしくお願いします」

取り合えず一礼して頼み込む。さっきのは一体なんだったのだろうか?

「…」

「…」

突然リサさんの周りだけ暗くなる。そして、次にリサさんを中心に光の輪が広がって行く。それは速く、あっという間に街道の向こう、山の向こうの方に広がっていった。

その光の輪は通るときに風でも発生しているのか、草をざわめかせていった。

リサさんの周りが元の明るさに戻る。

「うん、だいたい街道沿いに走って30km位行った場所を歩いているようね」

「30kmって…」

家から駅までの距離より遠くないだろうか。

「だいたい30分間全力で走れば追いつけるわ」

「30分全力か…」

体が持つのだろうか…先ほど全力で走り抜けてきたばかりだというのに。

いや、それは関係無いな…ただ全力でやるのみ。それが一番の方法だ。

両頬を二度両手で叩きながら気合を入れる。

「よし!じゃぁ、行ってきます!」

「えぇ、いってらっしゃい。そうそう、言葉に関しては私の加護に有る限り、通じるから心配しないでも大丈夫よ」

「そうですか、それはありがとうございます」

「では!」

手を横に振っているリサさんに一礼をしてから走り出す。少し体が疲れで重い気がするが、そんな事は気にせず走る。

少しでも早く彼女に会い、この気持ちをぶつけたい。その一心で。


走り続けてどのくらい経ったかは解らないが、もう日も暮れて辺りは真っ暗になった。

時間感覚なんてものは引きこもってるとほとんど劣化してしまう物だ。

まぁ、他にも劣化・衰退してしまうのだが…とにかく、今回は時間感覚がないため、どのくらい走ったのかよく解らない。

長く走っているような気がするが…まだ追いついてもないのだから、リサさんの言葉通りならばそうでもないはずである。

だとすれば、この狂った状態の感覚で果たしてこれからの旅が耐えられるのだろうか?と一抹の不安を感じ始めていた。

いつもの余計な心配性と余計な考えである。

頭を左右に二・三度振って余計な考えをしまいとする。

確かにこの考え方で幾度か過去に置いて危機を乗り越えた事があるが、前を向いて歩き始めてる今の自分には余計な考えでしかない。

落ちぶれているときこそ、自分を客観視しつつも諦めず希望を抱いて動く方が漸進的だ。

『熱くなれよ!』とどこかのスポーツ選手が言っていた気がするが、それは確かに一理ある。

熱くなる事で人はよりそれに関心を持ち、集中する事ができる可能性が高い。

『情熱』これこそが活力の原点の一つにもなる。

その『情熱』が思春期の頃の俺にも有った。しかし、今はそんなものは『なくなったと思っていた』

しかし、現在『情熱』は俺の胸の内にある。これはとてもよろこばしい事だ。

そもそも…。


ん?道の先に焚き火が見える。焚き火の主はブロンドの彼女であるのだろか?

どんどん近づいて行く…あぁ、確かに彼女の様なシルエットだが…その周りにいるのはなんだ?

彼女の周りには、剣を持った人のようなシルエットが4~5人あった。

暗い中での抜刀…そして、旅人を取り囲む…。まさか…。

これは彼女を助けなければ!


「待てぇ!」

「あぁ?!」

「え?」

俺は悪漢らしき者に囲まれたブロンドの彼女を庇うように立つ。

「んだてめぇーは!」

「ちょっと!あなた何してるの!?」

「俺は…俺は…彼女に用があるものだ!」

「…」

「…」

正直に真顔で返すと沈黙が走った…何故だ?

「ぶっ…ぶはははは!」

周りの悪漢達が全員笑い出す。そこでようやく意味が解った。滑稽であるのだという事が。少し恥ずかしい気分になったが、気にせず悪漢を睨みつける。

「それで?その用がある人さんは俺らの邪魔をしようってのかい?」

一番俺から近い悪漢が俺をからかいながら尋ねてくる。

「…」

全員で襲われたらひとたまりも無い。どうする?…そういえば、とある兵法では頭を潰せとあったな。

「ふん!だからどうした?お前らなんか相手にならねぇ…お前らの頭はどいつだ!出て来い!」

「ちょっと…何言ってんの!?」

俺が庇っているブロンドの彼女がびっくりして焦っているようだった。

「んだとゴラァァァ!!!」

「調子のんじゃねぇぞ!このクソ餓鬼ぁぁ!」

「兄貴!やっちまおうぜ!こんな奴」

「あぁ、そうだなぁ…こんなふざけた奴」

「みんな!やっちまえー!」

「おおおおぉぉーー!」

ぐぅ…そう上手くはいかないか…そう思い、ムラサメの柄に手をかけた所。

「待てぇい!」

そんな野太く大きな声が聞こえる。悪漢達が咄嗟に止まる。これは…何とか上手くいったか?

「くくくく…小僧…怯えてる割に言うじゃねぇか」

「どけ!お前ら!」

「へい!親分!」

奥のほうの悪漢が二人退いた。そして、その先から2mは越す大男が現れてくる。

「あんたが親分か?」

「おぅよ…」

俺の方にきて止まる大男。大きい。大きさのせいか、かなりの威圧感を感じる。

そいつは首に金のネックレスをしており、指にはこれまた金の指輪をいくつも嵌めていた。

頭には角の付いた兜…バイキングヘルムとでも言うのだろうか。を被っており、鎧は体のサイズより少し小さい鎧を身にまとっていた。

何とも悪趣味なんだろうか。しかし、その手には小さな人間分くらいの長さのある大斧の柄が握られていた。

こいつを倒すのか…弱気になりそうだ…だが、ここでやられてたまるか!そう思いその大男をより強く睨みつける。

「なかなか腹ぁ据えた目ぇしてやがんなぁ」

「…」

ニヤリと大男が笑う。後ろのブロンドの彼女の息を飲む音が聞こえるような気がした。

「一丁前に大口叩きやがって…試してやらぁ!!」

その言葉とともに右手に持っている大斧の刃を俺に叩きつけてくる大男。

「くっ!」

俺は咄嗟に左腕でそれを受け止めようとして腕を顔の前に出す。と同時に恐怖で目を閉じた。

腕が斧に当たると同時に左足が地面にめり込む。体の左半分にかなりの衝撃を受ける。しかし、それは元の世界で車に引かれたときの衝撃に比べればなんとも無かった。

「っ!?」

「なんだとっ!?」

大男が驚愕の声をあげた。死ぬかと思ったがどうやら生きてるらしい。目を開けて状況を確認する。

自分の黒い布に覆われた左腕がきっちり大斧を受け止めていた。良かったと一安心した。

説明は受けたものの、試してないので怖かった。


ビキッ ビキビキッ


音と共に接触部から大斧にひびが入って行く。それは数センチに達した。

「なにぃ!?」

バラバラと音を立ててひびの入った大斧の刃が崩れ落ちた。これではもう使い物にならないだろうなぁ。

「くそ!てめぇぇ!」

「でぇやぁぁ!」

大男が近寄りながら左腕を突き出して俺を掴もうしてくる。それに対して俺は低く姿勢を取り、相手の伸ばしてきた左腕を目掛けて抜刀する。

彼の左腕が地面に落ちる。

「ぐ…ぐあぁぁぁぁ!?!!?俺の腕がぁぁ!腕がぁ!?」

血が吹き出る左腕を右手で押さえながら後ろに倒れてもがき苦しむ。落ちた左腕を見て、自分のやった行為に吐き気を催しかけるが、何とか耐える。

「親分!!」

悪漢たちがうろたえる。今がチャンスだ!

「話にならん!消え失せろ!」

勢いに乗って悪漢達を一喝する。これで逃げてくれればいいのだが。

「ぐ…」

「くそ!みんな!一斉に掛かればなんてこたぁねぇはずだ!やっちまえぇーー」

怯んでいた悪漢の一人が余計なことを口走り、他の悪漢たちに火が付く。やはりそう上手くはいかないか。

俺は両手でムラサメを持つ。

「馬鹿やろう!親分の手当てが先だ!」

「しかし、兄貴ぃ?」

「親分が死んでもいいのか!?このウスラトンカチ共が!」

「そ…それは」

「おら!手伝え!」

兄貴と呼ばれた男が大男を引きずりながら全員に指示する。

「へ…へぇい!」

その掛け声と共に悪漢たち全員が親分を持ち上げる。その内の一人が切り離された左腕を持っていた。

「クソが!覚えてろよぉ!」

兄貴とよばれた男は『いてぇいてぇ…いてぇよぉ』と大泣きしている親分格を運んで後退しながら、そう吐き捨てて行った。

そのまま彼らが焚き火から離れていき、見えなくなるまでじっと待つ。


「ちょっとあなた何のつもり!?」

彼女のその言葉が早いか否かの瞬間に俺は足の力が抜けて崩れる。

体勢を立て直すことができず後ろの地面に尻餅を着く。

「え?」

「はぁ…助かったぁ~」

急死に一生を得たとはこの事だろう。今頃になって心臓の早鐘に気づいた。

そして、多少なりとも体が痛い。斧を受け止めたときの衝撃による痛みが来たようだ。

「…大丈夫?立てる?」

「あぁ、ありがとう」

彼女が差し出してくれた手を左手で掴み立ち上がる。

「いえ、こちらこそ…助けてくれてありがとう」

「いや、大した事じゃないよ」

照れ隠しにそんな事を言う。一気に緊張が解けて足から崩れた男が言うことではないが。

「ところで私に何の用?」

「あぁ…そうだった」

俺は彼女に謝り、そして素直な気持ちを伝えに来たのだった。あまりの出来事にそれを忘れていた。

「さっきはすみませんでした!」

「え?」

「あなたの事も知らずに軽々しく『助けたい』だなんて言ってしまって」

突然の頭を下げての謝罪に彼女が驚いた声を上げるが、そのまま続ける。

「でも、俺、本当にあなたを『助けたい』んです」

「変な話かもしれませんが、あなたがさっき怒っていた時にそう思ったんです」

「だから…俺にあなたの手伝いをさせてください!」

「…」

無言が流れる…やっぱりだめかも知れない。でも、それはそれでいいんだ…。

ここでこうやって素直に前向きに言えた時点で俺にとっては進歩なのだから。そう思っていた。

「…本当に?」

そんな言葉が投げかけられ、思わず頭を上げてしまう。

「はい」

「後悔しない?」

「しない…と思います」

「そう…」

彼女は腕を組んで少し考える。俺は次の返事に期待する。と同時にやっぱり断られるのかと不安になる。

次の言葉が待ちどおしい。彼女の唇が動き始める。

「…わかった」

「私はシャーロット・バレーヌ…あなたは?」

「俺は…俺は…山上翔太です!」

喜びに全身が震えるような錯覚を起こす。それほどまでに彼女のその言葉は嬉しかった。

「ヤマガミ・ショータ…ね。これからよろしくね!」

「こちらこそ!よろしくお願いします」

小躍りしてしまいたいくらいの気分だ。

「ところで、あなた路銀はある?」

「え?…いや、そういうのはないです」

そういえば、リサさんは路銀とかの類はくれなかった。どうやって俺に旅をさせるつもりだったのだろうか。

「え!?じゃぁ、どうやって旅してきたの?」

確かに…これでは説明が付かない。どうしたものか…取り合えず、

「いやぁ、心優しい人に色々手伝ってもらって…」

情けない理由付けである。

「呆れた…まぁ、でも、宝石くらいは持ってるんでしょ?」

「いえ、持ってないです…」

「え!?」

溜息を付いたシャーロットさんが今度は驚愕の声をあげる。

「さっきのフェルウルフの宝石はどうしたの?まさか取り忘れたの?」

「え?何ですかそれ?」

フェルウルフってさっきの魔物の事だろう。だが、あの魔物に宝石なんてあったか?

「え!?魔物を倒すと宝石が出てくるって…知らないの!?」

「え!?そうだったんですか!?」

リサさん…『その辺は追い追いわかる』じゃないよ!一般常識みたいじゃないか!

とにかく、なんとかして言い訳を考えないと。

「いやぁ、実はこの国に来てから日が浅くて…」

「ん?何いってるの?ここは港から遠いし、一般の旅人は通らない道なんだけど?」

「あぁ…うん…そうでしたね」

詰み手である。説明のしようがない。もうちょっといい場所に落としてくれればよかったのに。リサさんめ。

シャーロットさんがジト目でこちらを見ていらっしゃる。痛い…痛いよ…その視線。釣り目なおかげで余計に怖いよ。

「まぁ、いいや…さぁ、取り合えず、もう夜も遅いし寝ましょう?」

「あ、はい」

焚き火の前で体を横にするシャーロットさん。どうすればいいかわからないので、焚き火を挟んで寝転がる。

これから始まる旅に期待と夢を躍らせながら意識を手放す。しかし、俺はまだ知らなかった。自分がこうなったもう一つの原因にまた裏切られることになるとは。

それは過酷で何度も降りかかって来ることになるとは予想する事すらできなかったのである。

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