結果
斧を木に刺したまま考える。今朝はリサさんも俺に気を使ってか、ダブルニーキックはして来なかった。おかげで、今の体調は万全だ……アレを食らった後だと昼まで結構気分が悪いのが続くからな。
さて、移住の話をするにしてもどうやって話すか。タイミングは?根回しは?裏は取るか?そういった問題が俺の頭の中で朝起きてからずっと駆け巡っている。
裏……確証を取る方法……管理者でない俺が取るのは難しいな。お金がある場所が解ったところでそれを数え、計算するのを内密にやるのは難しいものがある。これは無しで踏み込むしかないか。
次にタイミングはどうするか。まぁ、今日の夜でいいだろう。昼間にいきなり言っても気まずい中、過ごすのはこちらとしてもごめんだ。とは言え、否定ないし拒否された時点で気まずいのは変わらないが。
そして、根回しか……。この場合の根回しと言えば、エリーゼさんが事前に話を知ったうえで事を運ぶのが一番という感じか?とすると、どのようにエリーゼさんに話を持っていくか……これも問題となる。
「どうしたものだろうか」
俺は斧を右手で引っ掴んで木を伐り始める。話すなら話すでなるべく早い方がいいだろう。そうであるならば、ここでの作業はさっさと終わらせなければならない。時間に余裕を持って説明しなければ納得されない可能性もある。
人に理解してもらうというのは、単純な様でいてとても難しい。誤解無く伝える事が簡単にできるならば、ヒューマンエラーももう少し楽な問題だろうに。
そういえば、少し古いアニメではNTという誤解無く物事の本質を捉えることができ、また、誤解無く伝え合うことができる人種が存在し、そのように人類が進化していくと定義していた。何と素晴らしい夢物語だろうか。まぁ、結局、空想の産物でしかないのだが。
うぅむ、どうやって話したものか……誤解無く話す方法……ストレートに伝えるしかないか?色々、教えた際の手ごたえから言って、エリーゼさんは理解が不十分であるならば、こちらにちゃんと聞き返してくる……と予想できる。
うん、そうしよう。ここで無駄に悩んでも事は進まない。さっさと仕事を片づけて、エリーゼさんに根回ししなければ。
そう決めた俺は斧ではなく、ムラサメに持ち替えて伐採作業を進める。ムラサメで木を切り倒し、枝葉を払って分割して荷車に乗せる。そして、切り株を除去して植林する。
獣道を歩いて森を抜け、家を横切り木材置場に着く。分割した木を荷台から下し、荷車を片付ける。
「さて……」
木材置場を後にして、俺は畑の方へ歩いていく。歩きながらも少し不安になる。拒否されてしまったらどうすか?と。エリーゼさんの段階で拒否されるのであれば、エルマさんにまで上げる必要性はない。
では、拒否された場合はその理由を聞いてまた考慮すればいいだけだ。そう、それだけだ……落ち着け。
小麦畑の方に目を向けると、必死で畑を耕しているエリーゼさんが居る。日の光で汗を流し、泥だらけになりながらも畑を耕している。到底、一人では耕し切れる量ではない。
エルマさん曰く、彼女がやれる作業量は父親の2分の一に満ちるかどうかであるそうである。実際、利益が出る目標量よりも少ない……というより、目標量自体が常人では耕し切れる物ではない。
働いても働いても利益が出ないだろう。体を酷使しすぎて痛いだろに。しかし、彼女は苦しい表情を見せず、いつもニコニコしながら動いている。母親から怒られることがあっても決して怒り返すこともなかった。
「あ~、ショータさん。どうかしたんですか~?」
こちらに気づいたエリーゼさんがそんな声を掛けてくれる。何故そんなにできるのだろうか?
「森での作業が終わったので手伝いにきました!」
「そうなんですね~、じゃぁ、道具がそこにありますので~、よろしくお願いします~」
「はい」
指示されるままに俺は木でできたクワを持ってエリーゼさんと違うところを耕し始める。
「いつも大変ではないですか?」
「何がですか~?」
「いえ、いつも畑仕事と家事と家畜の世話で大変だなぁ思いまして」
「苦じゃないですよ~?」
「何故です?」
「だって~、楽しいですから~」
「楽しい?」
少し理解できない。達成できない仕事のどこが楽しいのだろうか?
「はい~。土はいつも違う表情を見せてくれますし~、風も色んな匂いを運んできてくれます~。それに、動物達が育って行くのも嬉しいです」
「土の表情が違う?風に匂い?そんなものが有るんですか?」
「はい~。微妙な違いではありますがいつもそれぞれ違って面白いですよ~」
そう答えるエリーゼさんは本当に楽しそうにしている。その姿は美しいし、同時に胸を打つものが有った。
「なるほど、確かにそうならば苦にならないかもしれませんね」
「はい~」
質問するんじゃなかった……話を切り出しにくい。この移住を提案するというのは、彼女のこういった楽しみを奪うことになる。
それが忍びない。そして、今の生活で満足している人間に問題を提起して、移住を提案するのは自分の傲慢であるような気がしてくる。
最後には、本人たちがそれでいいならば、良いのではないか?という考えが湧いて来てしまう。
そう、彼女たちが望むならそれで……それでいいんじゃないのか?と。
……いや、ダメだ。それでは、いずれエリーゼさんとエルマさんは飢え死に等を起こしてしまう可能性がある。場合によっては、魔物に襲われてやっていけなくなる可能性もあるだろう。
俺は迷いそうな心を抑えて口を開くことにする。
「エリーゼ、少しよろしいですか?」
「はい~?」
できるだけ解りやすいように彼女に説明する。
「そうなんですか~」
眉根を寄らせて少し考え込むエリーゼさん。聞いてる様子を見た感じでは、それほど拒否反応は無さそうだったが……どうなる?
「その計算では~、家畜代金が入ってないのでは~?」
「あ……」
そういえば、そうだ……。咄嗟に頭の中でさらっと計算するが…餌代などを考えた場合……利益が出るかどうか怪しいものである。
「餌代とかを考えた場合は……利益がないかと」
「そうなんですか~?う~ん、そうかもしれませんね~」
立証としては不十分過ぎて、憶測の域をでない事ばかりだが……これで、賛成してもらえるか?
「どうでしょうか?提案してみてもよろしいでしょうか?」
「そうですね~。私には解らないですが~、大丈夫だと思いますよ~」
「エリーゼはよろしいのですか?」
「私はお母さまが良ければそれで良いですから~」
「そうなんですか?」
自らの道をそんな風に決めていいのだろうか?エリーゼさんは……。
「そうですよ~。……私は選ぶことなんてできませんから~」
そう呟いて彼女は遠くを見つめるのであった。
日も落ちて、夕食が終わり、誰もがゆったりとした時間を過ごしている。リサさんとエリーゼさんは台所で食器を洗っており、俺とエルマさんのみが椅子に座ってる状態である。
夜に話を切り出すとは宣言したものの、こう言った事を切り出すには勇気がいる。……というより、俺は間違ったことをしているのではないか?という負い目を拭い去れない。
その感覚が口火を切るのを躊躇わせる。
迷っているせいか……俺は幾度となくエリーゼさんに視線を送ってしまう。そんな俺に対して、エリーゼさんは小首を傾げるだけであった。
うん、まぁ、仕方ない。腹を決めなければ……俺は深く呼吸して気持ちを落ち着ける。
「エルマさん」
「何だい?」
「少し申し上げたいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「うん?言ってみな」
いつも仏頂面のエルマさんが更に厳しい顔つきをする。これは身構えた状態なのだろうな。
「実は……」
エルマさんに説明するのはエリーゼさんに説明するよりは楽であった。だが、俺が教えたことを理解したり、覚えたりできるという事を考えるに、エリーゼさんが頭が悪いという訳でもないだろう。
彼女がやけに頭がいいとでも言うべきか……一筋縄ではいかない何かがある……そんな感覚を俺に持たせる頭の良さがあった。
「という訳なんですが……どうでしょうか?」
「ふぅ~ん、なるほどねぇ」
いったん納得したように見せているが、これからどうでてくるのだろうか?
机に置いたプリルヴィッツ家からの手紙を眺めるエルマさん。彼女の口から次に出てくる言葉は何であろうか?否定か?肯定か?それとも……。
緊張のせいか、心拍数が高まってきた。ドクンドクンと心音が自分でも聞こえる程だ。呼吸ができない。
「だが、それはお前が勝手に計算して勝手に出した結論だろう?」
「え?えぇ、そうですね」
予想範囲内の突っ込みだが、若干気後れしてしまう。
「それが合っているかどうかは確かめもしなかったのかい?」
「それは越権行為に近いのでできませんでした……しかし、もし合っているのであれば移住することが一番だと思います」
「合ってようと、合って無かろうと私は賛成できないね」
彼女の口から出たのは拒否。しかも、かなり強めの。
「何故です?」
理由が知りたかった俺は、迂闊にも追撃して聞いてしまう。
「それは、あんたが知るべき事じゃないね」
最後に出たのは、強い拒絶……。こうなると俺ができることはない。理由が解らないと対処のしようがないが……仕方ない。
「解りました。出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」
謝罪の意を込めて、頭を下げる。
「ふん、この手紙はあんたに返しておくよ」
「はい」
出てけと言われないだけマシな状況だろう。危険すぎる綱渡りだった。
「さぁさぁ、みんな寝ようかね?」
「はい~」
「そうですね」
「……はい」
緊張の雰囲気を和らげる為に寝ることを提案するエルマさんに対して、みんな同調する。このまま終わってくれればいいが。
「では~、お母さま~……どうぞ~」
「ふん」
エリーゼさんの手を取って、エルマさんが立ち上がる。そして、そのまま杖を突きながら寝室へと入っていくエルマさん。
「おやすみ、エリーゼ」
「はい~。おやすみなさい~、お母さま~」
部屋の境目で二人が就寝の挨拶を交わす。それは親子の普通の会話。何事もなかったようにその会話は行われ、そのまま扉が締められるかと思ったその時、
「あぁ、それからショータ……さっきの話は二度としないでくれないかね?」
「え?あぁ、はい……すみません」
釘を刺される。相当怒っているだろうな。他人には不可侵な領域なのにそれを土足で踏みにじった訳なのだから、当たり前のことだ。
「じゃぁ、二人もおやすみ」
「おやすみなさいませ」
「おやすみなさい、エルマさん」
扉が閉じられる。それを見た俺は肩の力を抜く。
「ふぅ~」
緊張が一気に吹っ飛ぶ。
「あの~、ショータさん。私もお母さまが反対なので~」
「あぁ、はい。そうですよね。しかし、何故なんでしょうか?」
「さぁ~?私にも解りませんね~」
隠してる様子ではない。本当に知らないようである。ちらりとリサさんの方に目を向けるが、彼女は目を逸らすだけだった。
「では~、私たちも寝ますので~」
「あぁ、はい。俺も寝ますね」
俺も一人でもう少し考えるか。
「おやすみなさいです~」
「おやすみ!お兄ちゃん!」
「おやすみなさいです」
一礼して、自分の寝室に入る。いつもの寝室なのだが、どうもリラックスできなかった。
取りあえず、ベットに腰掛ける。
失敗した。もっといい方法が無かったのかと頭で考えてしまいそうになるが、それを抑えて俺は次をどうするかを考える。
エルマさんは俺の計算が合ってるかどうかは関係なしに断ると言ってきた。それが意味するのはどういうことなのだろうか?
例え、赤を打っていてもここを離れるつもりが無いという事なのだろうが、しかし、その理由は?俺には解らないとはどういうことだ?
その上で、地域介護が充実し、エリーゼさんの仕事もある場所への移住を断るほどの理由とは?よもや、俺の計算が間違ってる可能性も高いのか?
そんな考えが頭を巡る。だが、根本的解決になりそうにない。
いや、それよりも、全員で説得に掛かれば何とかなるか?とすれば、エリーゼさんからも言ってみるように相談してみるか?
それでもだめならば、俺がどこかで稼いでくるしかないかもしれない。それか、エリーゼさんやエルマさんでもできる利益率の良い商品を作って売るシステムを作るしかないだろうな。
稼ぐ方法は見当が着く。もう一つの利益率の良い商品を考えなければ……。
ベットに身を投げる。
さて、どうしたものか……うぅ……む。