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問題

 いつものように木を切る。ただ、そんな単純な作業をしながら思考する。街で買い物をした日から数週間経った。

 一回目の買い物の帰り道にエリーゼさんに報酬で貰ったお金を見せてもらい、収入と支出をさらりと計算したところ……利益は確かにあった。

しかし、それは畑の作物が含まれた上での話で……更に、それは俺が木を切り、リサさんがエルマさんを手伝った上での利益。これには作物が取れない間の生活費も含まれる。

どのくらいかは予測でしかないが、計算した感じでは作物がないときの生活費をマイナスすると純利益は微々たるものだった。

つまり、労働力としての俺とリサさんがエルマさんに付きっきりの部分を消すと……利益は出ない。いや、下手をするとマイナスになる可能性もある。

 ちなみに、二回目の買い物も三回目の買い物も確認したところ、やはり同じような結果だった。

『あんたの稼ぎでは足らないから言ってるんだよ!』

エルマさんが最初に言っていた言葉を思い出す。あれは、俺達を養うだけの力がないから俺たちが自分で稼ぐしかない……という意味かと思っていたが……それは、違いそうだ。

 だからか?……俺達にしばらく住めと言ったのは。どうもおかしい……そんな思考も過ぎった。だが、それは憶測でしかない。そう言い聞かせて俺は抑えてきた。

確認の方法としては、直接聞くか若しくは自分で勝手に計算するかだが……前者はそんな事は答えるはずはない。後者は勝手に貨幣の入った袋を触るのは怪しまれる。

というより、街への帰り際に確認しているのをエリーゼさんが報告してる可能性もあるのだから、現状でも十分怪しまれてる可能性はある。

 故に、最後の手としてリサさんに確認を取ってみた……『俺がどうにかすべき問題とは金銭の問題ですか?』と。

その問いに対してリサさんは『そうね、それが大部分を占めるかもね』と答えてくれた。曖昧ではあるが『大方合っている』という回答でいいだろう。

 なので、俺はその為の対策に要望の手紙をある人に送った。……それが功を奏せばいいが。

「あ……」

引き千切られた様な大きい音を立てて木が倒れた。思考に気を取られていて、雑に切り倒してしまった。切り倒された木は切り口が雑で、縦に切れ目も入ってしまっていた。

「これでは売り物にならないな」

教会に届ける木が全て『聖灰』になる訳ではないらしく、違う加工職人にも渡されるらしい。なので、このように縦に切れ目が入った物は売り物として取れる部分が少なくなり、ロスとなる。

「こんなロスをしている場合ではないというのに……」

これでロスをしてしまっては、更に儲けが出なくなる。それは一番のナンセンスだ。仕方なく切り株を除去し、その場所に植林をする。

 実を言うと、ムラサメを使ってでも一日の伐採量を増やそうかと思ったが、植林作業があることを思い出してやめた。ちゃんと伐採量を調整し、木を再生させることで長期的な収入を得ることをリーベルト家は行っている。

その趣旨に照らし合わせた場合、一日の収穫量を一定以上にあげるのは趣旨に反する。

「さて、どうしたものか」

一番いい方法はあれしかないが……。

「ショ~タ~」

ほんわかと間延びする声に呼ばれ、俺は手を止めて振り返る。その声の主は手を振りながら少しずつこちらに向かって来ていた。

「どうしたんですか?エリーゼ」

「はい~。ショータ宛に手紙です~」

彼女の振る手の中には確かに手紙が握られていた。そうか、来たか……。

「わざわざ持って来てくれたんですね!ありがとうございます!」

「いえいえ~。これ~、渡しておきますね~」

「はい!確かに受け取りました!」

「では~」

「はい!」

去っていくエリーゼさんを見つめる。彼女は……顔やドレスは泥だらけ、手も女性の手とは思えないほど荒れている。だが、そんな彼女を俺は美しいと思う。これはおかしいことだろうか?

あれこそ、今を一生懸命に生きている人間の姿だ。誰にも馬鹿にできない。いや、すべきものではない。いいや、されるべきではない。

 手紙は羊皮紙で作られており、更に封書には(恐らくだが)プリルヴィッツ家の家紋が刻んである蝋で封がしてあった。

さて、問題は回答だが……。俺は蝋をムラサメで切って中身を確認する。

「よし、これでいい……が」

そこに書かれてあることは、確かに俺の願い通りの事だった。しかし、問題はこの事象にリーベルト家の家族でもない俺が踏み込んでよい物か?という問題だ。

 俺は終始、それを悩み……夜を迎えた。

 寝床に入ったものの、やはり、どうしたものかと頭の中で巡る。

「眠れないな」

起き上がり、ベットから出る。どうしても心が落ち着かず、寝付けない。

 俺は棚に立て掛けたムラサメを持つ。この家から少し離れた場所に寝そべれる程度に草が生えた場所がある。そこで少し宇宙を見上げよう。

そう思い、俺は部屋を出て、夜の冷たく静かな空間に入る。

「この綺麗な星々だけは変わらないな」

今見ている夜空から田舎の夜空を思い出してしまうほどだ。いや、それよりもよく見える。一等星は自らを示すかの如く煌めき、二等星もそれに負けじと力強く光る。

三等星は前者二つよりも弱々しいが、確かに存在するほどである。それらが空一面にばら撒かれている。

 家から少し離れた草の上に寝そべる。広い。とても広大で、際限のないとも感じれる程に空を贅沢に使い、俺に自らを訴えかけて美しさを主張する星々。それらをその広い器を持ってして、受け止める宇宙。

そこには無限の可能性や希望……ありとあらゆる物が存在しそうだ。俺が思い悩んでいることなど小さいとでも言わんばかりである。

 いや、実際のところは小さいことに悩んでいるのは変わりはない。だが、往々にして人の悩みとはそんなものであろう。

 お金がないのであるから、移住を提案するというのは彼女らの主観的事情を考慮しない全くもって無慈悲な客観的見解でしかない。しかも、俺の主観入りの。

しかし、エルマさんを手伝っているリサさんを見る限りでは、それは仕方ないことの様な気がする。家の中のどこへ移動する時にもリサさんの手を借りる必要性がある事態が起こる可能性を考慮する為、ほぼ付きっきりに近いようだった。

唯一、手が必要ないとすればエルマさんが座っていたりする時であろうな。

 だからと言って、第三者である俺がそれを勧め推進してよい物だろうか?

 ふと、大学時代の友人である江守を思い出す。彼の母親は『変形性股関節症』を患っており、少し歩くとすぐに動けなくなるほどであった。故に、彼は大学から帰るなり車を出したり、母親を手伝ったりで自分の時間が取れないようではあった。

そう、少し体に不自由があれば、その人を介護するためにかなりの時間を割かなければ上手く動けない。

 江守に対して俺は何故そこまでするのか?と聞いた事がある。

『……随分と将太らしくない、妙な事を聞くなぁ。そうだな……君も祖父が衰えていくのを見たことあるだろ?その時どう感じた?』

祖父が衰えていく様を見るのは、俺には耐え難かった。何かしてあげたい……けれど、何もできない。そんな無力さを感じるほどに。

 自分が衰えてく様に抗っていこうと自分の体に文句を言う祖父も心を締め付けたが、それよりも、最後にはそれを受け入れていった祖父を見るのはもっと心が痛かった。

俺は祖父が元気だったころの姿を知っているからこそ、なおの事、それは響いた。

 確かに、何かしてあげたいからこそ、母親を手伝うのは解る。なので後日、俺は何か手立てはないかと、調べ……酒の席で江守に手術はしないのか?と聞いた。だが

『あぁ、そうだねぇ。そうすれば幾分か楽かもしれないけどねぇ~』

そう言って彼は渋っていた。何で渋っているのだろうかと疑問を口にすると

『将太も俺と同じ学問を習っているなら解るだろ?本人が納得し、同意することが一番大事だって……』

そう彼は苦々しい顔をするのであった。

 しかし、それでも手術する方へと持っていくべきではないのだろうか?と彼に問うと

『まぁ、それは俺の事情だし……それに、無理に進めても彼女がやる気……いや、生きる気力を無くしてしまう方が問題さ』

その言葉にはそうだなとしか俺は答えようがなかった。生きる気力を無くした者……それが、近親者であるならば当事者は更に悲しいもの。これにはあまり差異はない……と思う。

 これと同じ状況が今ここで、起こっている。いや、エルマさんはもっとひどい状態ではある。

だとすれば、これに口を出すのは野蛮人若しくは責任を全て取れる人間がやるべきであって、いつか出て行ってしまう居候な俺がやることではない。

「何しているの?」

「え?」

急に声がしたので驚いて体を起こし、声のした方を確認する。そこにはリサさんが居た。

「眠れないのかしら?」

「えぇ、まぁ、そんなところです」

俺は安心して、また寝転び宇宙を見上げる。

「安心するのはいいけど……自分が家から出たら、鍵を掛けられないって気付かないかしら?」

「あ……」

頭の中が一杯過ぎてそんな事すら気づかないとは……俺はダメな奴だな、全く。だとすると、家が危険だな。早く戻るべきか?

「安心しなさい。私が外から締めておいたから大丈夫よ」

「ありがとうございます」

外から閉めるってどうやって閉めたんだろうか?確か、あそこはかんぬき形式だから、外から閉められるはずは……まぁ、この人は何でもありだからいいか。

 決心がつかない。

「リサさん、これは本当に俺がやらなければいけないことでしょうか?」

「何が?」

解っていて聞いているのだろう。こっちとしては言い辛いのを楽しんでいるのだろうな。

「俺が……移住を勧める事です」

「……別にしなくてもいいわよ?このままここに住みたいのならね」

「それは……できません」

俺はシャロの所へ戻るつもりなのだから。いや、シャロのところへ戻りたいのだから。とすれば、

「やらなければいけませんか」

「私はそう思うわよ?」

やりたくはない。が、やらなければ前へ進めないというならば……今までやってきたのと同じように自分の心を抑えてやるだけだ。

 そう、全ては前へ進むために。そう言い聞かせる俺であった。

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