居候
「さぁ、目を開けて」
そう促されてゆっくりと瞼を上げる。目の左端にはリサさんが浮いている。そんなことはいつものことなので、俺は辺りを観察する。
辺りは暗く、光といえば月明りしかない。その明るさの中で解ることは、ここは町から程遠い場所で、やはり草の茂った場所ではある事と自分が立っている場所が道であることだけ。
その道の先には森があり、そして、その手前には大きな建物らしきものがあった。この薄暗い明かり以外では、そこだけが明るさを保っていた。
「あれは何ですか?」
「あそこが今からあなたの住むところよ?」
「え?」
推察する事ができない……いや、正確に言えば理解できない。何がどうなって俺があそこに住むという話になるのだろうか?
「あなたはあそこで生活して、ある子を救うの……それが今回のあなたの役割」
「目的も意味も解りません」
「行ってみれば解るわ」
行けば解るって……何か行き当たりばったりな物を感じるが…大丈夫なのだろうか?
「……さぁ、行きましょう?お兄ちゃん?」
動揺している俺を尻目にリサさんはふわりと地面に降りて、そう俺に問いかける。つまりは……答える気もないし、同じように兄弟を演じて様子見をするということだろうか。
「……あぁ、解ったよ」
仕方なく歩みを建物に向ける。明かりが点いていると言う事は無人ではない。しかし、中にはどんな人が居るのかは解らない。
つまり、相手も解らずアクションを自分で起こさなければならない。これほど難しいものはない。
どんどんと建物に近づいていく。故にどんな建物なのかはっきりとしてくる。なるほど……一階は石造りだが、二階や屋根は木造の建物である。
しかし、その形や構造は都市部でよく見た石の間から木が見えるような構造ではなく。一階が石造りで、二階と屋根が木造とはっきりと分かれた作りをしている。
暗いながら近づいていく途中には畑のような物が周りに見えた。目の前の大きな石造りの建物以外にも全て木で作られた建物も見える。
勘案するに……ここは農家の家なのだろうか?だとしたら、都市部の周りの木造でしかない農家とは全く違う。
石造りであると言う事はずっと住むことを念頭に置いた建物なのは間違いないだろう。対して、今まで見た農家は大方、裕福でも建物は木造でいつでも捨てたり、作り直せるような建物だった。
「……さて、どうする」
木製の扉の前まで来て考える。扉の横に付けられている蝋燭立ての蝋燭が俺の顔を明るくする。ここは素直にノックをするべきか……それとも、隠れて様子を見るべき……
コンッ!コンッ!
「え゛ぇ゛!?」
俺が思案しているにも関わらず、リサさんがさっさとノックしてしまった。
「はい~?」
ほのぼのとしたような声がドアの向こうから返ってきた。
……不味い!俺はどう立ち回ればいいんだ!?
「あの~、どなた様でしょうか~?」
その問いには困る…俺はどう答えればいいんだろうか?咄嗟の事で、答えを用意してなかった。
「夜分遅くにすみません、旅をしているものなのですが……宿もなく、暗いため、泊めてもらえませんか?」
スラスラとそんな言葉が俺の横のリサさんから発せられる。なるほど……そう言う設定か。
ガチャリ……
そんな音と共に目の前の扉が開かれる。そこには長い金髪に目が垂れ目なほんわかした雰囲気を纏った女性が立っていた。その女性は農民が着る青いドレスを着ており、腰はくびれ、胸もドレスの上からでも解るほど大きかった。
所謂、セクシーな体形であるのだが、その顔は小顔で可愛らしい部類に入るだろう。
その瞳はグレーであった。
そして、恐らくだが、彼女の金髪は腰辺りまで有りそうだった。
「大変ですね~。どうぞお入りください~」
「すみません、ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
俺たちは招かれるままに家の中に入る。
これほどあっさり入れてしまうとは……。警戒心がないというべきなのだろうか?
壁は石を積み上げて作られており、俺から見て家の右側の真ん中に暖炉がある。そして、その奥に台所らしき物がある。
部屋の中央には木でできた長机と椅子が置いてある。更に、地面は土肌が丸出しではなく、一枚物の石が敷かれたような部屋だった。
「お前たちはどこからきたんだい?」
長机の一番奥の席の後ろに立っている女性が怪しんで尋ねてくる。その女性は先ほどの女性よりも年を召しており、あちらこちらに少し皺と老いを感じる様相を呈していた。
察するに、俺よりも一回り上でないかと思われる。
「私たちはラフスン王国から来ました……」
「ラフスン王国?にしては、そこの坊やはラフスン人ではなさそうだね」
それはそうだろうな。俺は日本人にされているのだから。しかし、黒髪で茶色の瞳がそんなに珍しいものなのだろうか?
「私は、ニッポンという国から来た旅人でして…」
「ニッポン?聞いたことないね」
「えぇ、まぁ、私が初めてならしく……行く先々で驚かれます」
「まぁ~!隣国以外から来られたのですか~。それはお疲れでしょう~。どうかお座りになってください~」
間延びするような言い方で俺達を椅子に誘導する扉を開けてくれた女性。
「あの?よろしいのでしょうか?」
「ふん、好きにしな」
家の主らしき奥の女性はそう素っ気なく答える。
「では、お言葉に甘えさせていただきますね?」
「私もそう致します」
リサさんが先んじて家主の横の席に向かうため、俺もそれに付いて座る。それを見て家主も座る。
「まぁ~まぁ~、お母さま~。そんなに怒らないでください~」
「お前がそんなだから私は怒ってるんだ!」
「そうなんですか~?」
席に着くなりそんな会話が繰り広げられる。これはやはり俺たちは招かれざる客なのではないだろうか?
「でも~、困っている人を助けなさい~というのが神様の教えですから~」
「ふん、そうだね……じゃぁ、その子たちに何か飲み物でも作っておやり」
「はい~」
ゆっくりと扉を開けてくれた女性が台所へ向かう。いつも彼女はあんな感じなのだろうか?
「で?名前は?」
「え?」
「リサ・オリオールと申します」
ささっと答えるリサさん……この人はこうなることを想定していたのだろうか?あまりにも早い。
「えぇっと、山上将太と言います」
「ふぅ~ん、なんでこんな辺鄙なところに来たんだい?」
「実は私たちは故郷を魔物に追われて、彷徨っているんです」
「ふん、なるほどね」
家主は一応納得したようだ。
「それで、貴方様のお名前をお聞きしてよろしいでしょうか?」
急に家主がニヤリとする。何だというのだろうか?
「私はエルマ・リーベルト…あっちのトロいのは私の娘でエリーゼって言うのさ」
「お母さま~。トロいだなんて酷いです~」
エリーゼが力のない抗議をしつつ、俺たちの前に木のコップを持ってくる。なるほど、確かに容姿は似ている…が性格は真反対なのではないのだろうか?
「ただ注いで来るだけなのにどれだけ時間がかかってるんだい!このノロマ!」
「そんな~」
何故だろうか…エリーゼさんの言葉と雰囲気のせいか、どうも気が抜けてしまうな。
「ありがとうございます。エルマさん」
「ありがとうございます。エリーゼさん」
コップを受け取り、リサさんはエルマさんに、俺はエリーゼさんにお礼をした。
「それで~、なんでお二人は苗字が違うのに一緒にいるんですか~?」
「エリーゼ、そういうのは聞いてはダメだと毎日言っているだろう!」
「でも~、お母さま~。私は不思議です~」
確かに、外から見ると何故一緒に行動してるか不思議だろうな。
「えっと、簡単に言いますと腹違いの兄妹でして」
「そうなんです……私の故郷で私の家族が…魔物に……うっうっ……それで私はたった一人の家族であるお兄ちゃんを頼りに……一緒に旅を続けてるんです」
泣きの演技をさらりと入れるリサさん。
「そうなんですか~。それは可哀想に~」
釣られてエリーゼさんも泣き始める。何だこの構図は。
「それで?なんで、ショータの家族のところには戻らないんだい?」
「え?えぇ~っと」
鋭い突っ込みが入る。そう言えばそうだ……旅の途中で会ったのならば引き返して一緒に家族として迎えればいいことだ。これでは二人だけで旅をしている理由にはならない。
「……申し上げにくいのですが、私も家族から縁を切られていまして」
「一体何で切られたんだい?」
「えぇ、ちょっと『世界を旅したい』と言ったらとてもとても怒られまして……『二度と家の敷居を跨ぐな!』と」
情けない理由付けである。何だこの理由は……本当は帰ろうと思っても帰れないのだが、まぁ、仕方ない。
「なるほどね……あんたもろくな男じゃないね」
「はぁ、すみません」
いきなり碌な男ではない判定を下されたのだが……大丈夫なのだろうか?
「そう言う事なら仕方ないね……しばらく家にいな」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「それは助かります」
リサさんが目を輝かせるようにして喜んで見せる。俺もエルマさんに有り難いことを伝える。
「但し、家事や仕事の手伝いをしてもらうからね!」
「えぇ!何でも致します!この兄も馬車馬の如く使ってくださっても構いません!」
「えぇ?リサ、馬車馬の如くって…それはちょっと」
馬車馬の如くってことはほぼ奴隷状態じゃないか。そんなのは嫌だぞ?
「男であるあんたが働かなくて誰が働くんだい?まさか、こんな小さな妹に身売りしろってのかい?情けないねぇ!そんなだから縁を切られちまうのさ!」
一喝されてしまった……いや、確かに俺が働くしかないのはよくわかるが。
「まぁ~、まぁ~。お母さま~。私も働いておりますから~」
「あんたの稼ぎだけじゃ足らないからだろ!」
「そうなんですか~。すみません~お母さま~」
エリーゼさんがしょんぼりとする。まぁ、居候は自分達の分くらいは自分で稼がなければならないのが普通だから仕方ないのだが。
「明日からあんたにはバンバン働いてもらうからね!」
「はぁ……解りました」
俺はそう答えてコップの中の液体を口に入れて飲み込む。……どうやら、野菜を煮た汁の様だった。カブのような味がする。
「美味しいね!お兄ちゃん!」
「あぁ、そうだな」
何はともあれここに住むことになって良かった。ここから誰かを救わなければならないのだから住めなくては意味がない。
「ところで~。ニッポンってどんな国なんですか~?」
エリーゼさんが少しだけワクワクしたような雰囲気で俺にそんな質問をぶつけてくる。そんなに他の国の事を聞きたいものなのだろうか?俺にはよく解らないが。
「そうですね~。……ではなかった。そうですね、物が溢れてて比較的安全な国です」
「物が溢れてる~?牛とか豚とか鶏がいっぱいいるんですか~?」
「いえ、そう言う物だけでなく……食べ物とか……例えばコップとかも一杯あるんですよ」
「ん~、想像ができませ~ん。でも、すごいですね~」
「へぇ~、何でまたあんたはそんな国から出たんだい?」
「あぁ~、やっぱり『世界を見てみたくて』ですかね?」
用意してないので重複してでもそんな理由を使う。気が抜けないな。
「変な男だねぇ。あんたは」
「あはは、確かに、友人にも変わってると言われたことがありますね」
「他にはどんなことがあるんですか~?私、もっと聞きたいです~。」
「そうですね。一応、みんなの意見を聞いた政治をしていてみんな自由に職業を選べたりしますね」
「セイジ?ショクギョウ?」
「へぇ~そりゃぁ、凄いところだねぇ」
エルマさんは素直に感心し、エリーゼさんは不思議そうな顔をしている。
「だとしたら、このポニーリア共和国やラフスン王国で旅をしたときに帰りたいとは思わなかったのかい?」
「え?えぇ、まぁ……それは思いませんでした」
俺は素早く否定する。ここで帰りたいと思ったことを言ってしまえば、この家に居られない可能性も高い。
「なるほどね…もっと聞いてみたいけど、もう夜も遅い……エリーゼ!就寝の準備をするよ?」
「あ、はい~」
机に立て掛けてあった杖をエルマさんが左手で持って立ち上がる。俺は杖の意味を知りたくて、足元の方をちらりと見る。
エルマさんの左足の太ももから下に違和感を覚える。
「じゃぁ、私はこれで失礼するよ?あんたは私の旦那の部屋を使いな」
「あ、はい……ありがとうございます」
立ち上がり、俺は一礼する。旦那の部屋を使えというのはどういう事だろうか?今日は帰ってこないと言う事なのだろうか?
「お嬢ちゃんは…エリーゼ!あんたの部屋でいいね?」
「はい~。リサちゃん、よろしく~」
「はい!よろしくお願いします!」
俺の疑問を余所に、割り振りは進み……エルマさんが俺たちに背中を向けて台所の横の扉へ歩いて行く。その横をエリーゼさんが付き添う。
そのエルマさんの歩き方はまるで、体で左足を持ち上げるかのような歩き方だった。そこで俺はようやく気付いた。エルマさんの左足が義足であることに。
「では~、お休みなさいです~。お母さま~」
「あぁ、お休みエリーゼ」
ゆっくりと扉を閉めたエルマさんを見届けてからこちらに振り返るエリーゼさん。
「では~、リサちゃんはこちらへ~。ショータさんはあちらの部屋でお願いしますね~」
エリーゼさんが俺の左後ろの部屋……つまり、出入り口から一番近い部屋を手で指し示す。
「はい、解りました」
「服はお父さんのが部屋にありますので~。それを使ってくださいね~」
「はい、ありがとうございます」
扉に向かいつつそう受け答えする。服?寝間着の事だろうか?
「朝になったら私が服を取りに行って、お洗濯しますので~着替えていてくださいね~」
なるほど……この服を洗ってくれると言う事か。有り難いな。
「リサちゃんには私の古いのを貸しますね~」
「はい!ありがとうございます!」
リサさんが喜んだような声をあげている。あれも演技なのだろうか?
「では、お部屋を借ります。おやすみなさい」
「はい~、どうぞ~。おやすみなさい~」
「お兄ちゃん、おやすみー!」
一礼をし、就寝の挨拶をしてから寝室に入る。
「ふむ、なるほど」
右にベットがあり、その横には棚がある。そしてベットの向かいにはタンスの様な物が配置されていた。
棚に近づく……木目も作りもとても綺麗で、丁寧に作ってあるが、どこか素人が作ったような雑さが見える。それに、少し埃をかぶっているようだった
ふと、目線を上げる。すると、そこにはエルマさんとエリーゼさん、そして、一人の男性が仲睦まじく寄り添っている姿が描かれた絵画が飾られていた。
二人に寄り添っている男性は体格がよく、少し小太りで顔は陽気な笑顔を携えている。
この男性がエリーゼさんのお父さんで、エルマさんの旦那さんになるのだろうな。
しかし、それよりも気になるのがエルマさんが他の二人よりも小奇麗に描かれていると言う事だろうか?
この絵画のエルマさんが着けているドレスや装飾品が、とても今の彼女たちの物とは思えないほど違った。少し高級感に溢れている。
いや、よく見ればこの絵画のエリーゼさんが着ている服も少し違う。
……何故だろうか?……もしかしたら、晴れ舞台なのだから取って置きを出して描いてもらったのかもしれない。男はそういうのには無関心だからこの絵画の男性は素朴な服装なままなのかもしれない。
「ふむ、まぁいいか」
無法の法衣を脱いで棚に置き、ムラサメもその棚に立て掛けて、俺はベットに転がる。
「ぶはっ!ゲホゲホッ!」
やはり、少し埃っぽい。何故これほど埃っぽいのか……よく解らないな。まぁ、寝床があるだけマシだろう。
…さて、どういう事だろうか。ここで何をしろというのだろうか?ここでの目的は何だろうか?そんな疑問が俺を支配する。
まずは状況から考えてみよう。先ほどエルマさんはここをポニーリア共和国だと言った。ここはラフスン王国ではないらしい。しかし、それがどう関係してくるのだろうか?
いや、寧ろ……この家にいる人物の誰を救えというのだろうか?普通に考えれば、エリーゼさんだが……救うべき事象があるのだろうか?
では、エルマさんか?確かに、リサさんの年齢がいくつか解らないが、何千年も生きていると言っていた事から考えれば……範囲に含まれなくはない。
しかし、そこでもこの家に助けるべき事象が存在しないのではないか?という事が考えられる。
ダメだな……一つも手掛かりがない。ここは様子見をするしかないだろう。ここでは何が求められ、何をしなければならないか。
それを見抜かなければ……早くシャロのところに帰るためにも。
情報……収集…も…兼ねて……かい……わを。