目的
目の前にスープとパンがあるにも関わらず食べることができない。どうしたものかと思案してしまう。
あれから1週間掛けて王都方面の都市の一つに着いた。なので、食事を部屋で取って宮殿図を見ようという事になり、料理を俺の部屋に持ち込んだのだが。
俺の右隣の席にはシャロ、左隣の席にはリサさんが座っている……が、どちらも手を繋がれてしまって離せない。いや、どっちを離せばいいのだろうか?
「なぁ、シャロ……これでは俺が食べれないのだけれど」
「そう?じゃぁ、食べさせてあげるね?」
ニコニコとしているシャロがそんな事を口にする。うん?そういう問題か?いやいや、違うだろう?手を離す選択肢は存在しないのか?
「はい!あ~んして!」
「あー!お兄ちゃんに『あ~ん』するなら私もする!」
俺の皿のパンを上手に片手で割いて俺の口の前にパンを持ってきたシャロを見たリサさんがそう反応する。
「はい、お兄ちゃん!あ~んして!」
「何かがおかしい気がするのは気のせいかな?」
眉根を寄せざるを得ない。どうしたものだか。
「嫌だった?」
上目遣いで不安そうに聞いてくるシャロ……そんな顔をされると要望に応えたくなってしまう。初めての事なので、恐る恐るシャロが持っているパンのかけらに口を持って行き、ゆっくりとそれを口に含む。
「おいしい?」
「あぁ、おいしいよ」
「よかった」
嬉しそうに……幸せそうに微笑む彼女を見て、俺もまた嬉しくなる。おかげで何故シャロが急にこんなに密着してくるのか理由が解らないが、それでもいいかと思える。
「って、私が作った訳じゃなかった」
えへっと照れ笑いする彼女もまた可愛い。
「むぅ、お兄ちゃん!」
「なんだ……うっ!?」
「はい!あ~んして、あ~ん!」
「えぇっと…」
とても可愛いく兄の あーん を迫る妹ではあるが……なんだろうかそのパンのでかさは。ほぼ半分近くないか?
「むぅ、あ~ん!」
可愛さを維持しつつ若干怒り気味な口調でしかも繋いでいる俺の左手を痛いくらい握り締めてくる。これはもしや暗に早くしろよ?と脅されてませんかね?
「あ…あ~ん」
今度は違う意味で恐る恐る口をあける。
「んごっ!」
「おいしい?お兄ちゃん」
「おい…しい…よ」
「良かったぁ」
半分くらいあるパンの塊をそのまま押し込まれたので、咀嚼しながら答える。屈託なく笑うその顔が怖い。やっぱりこれ、リサさんはさっさとこの状況を終わらせたいんだな。間違いなく。
これは早く済ませないとなぁ。食事の間はずっとそんな調子であった。
「さて、俺はアレを取ってくるよ」
「あっ…」
食事が終わって、宮殿図を取りに行こうと立ち上がる為にリサさんと繋いでいた左手を離して歩き出す。
「あ、待って!」
「…あれ?」
ついでにシャロと繋いだ右手も歩く勢いで剥がそうとする。が、シャロがより強く手を握ってしまい、ただ右腕がねじれた上で引っ張られて痛いだけになってしまった。
体の向きが机に戻る。シャロが椅子を後ろに下げて立ち上がる。
「はい、いいよ!」
「あぁ」
満面の笑みで俺を促すシャロ……まさか、これほどとは。いや、此処に来るまでの旅の最中では確かにリサさんを除いた人がいなければ、歩くときに手を繋ぎっぱなしではあったが。
何か物事をしなければならない時はシャロから離すか俺から離す事が普通だった。それが此処に来て、離してくれないとなると。……一体これはどういうことだ?
宮殿図を取りに行く為に歩きながら思考する。人がいるところではせいぜい見えないように手を繋ぐ程度で終わっていた。それが俺の部屋となると両手がふさがってるからとは言え、パンやスープなどを食べさせてまでくれるようになった。
単純に考えれば、シャロは人目につかないところにいれば、ずっとイチャイチャしたいのではないのか?と結論できる。が、そこが問題ではない。
問題は『何故、そうもシャロがベッタリしたいのか?』という点だろう。彼女を傍で見ていたが、そこまでイチャイチャしたいタイプに見えなかったのだが、これは俺の推測ミスなのだろうか?
「どうかしたの?ショータ」
「いや、なんでもない」
ベットの横に置いている黒い筒を左手で持ち上げて、机の方へ向かう。……そもそも、とてもイチャイチャしたいタイプならもっと独占してくると思うのだが。そんな様子はない。
また、そういう人は、恋に恋する女の子のようにその行為をする事に溺れてる様な表情をするはずである。だが、シャロにそういったものは存在しない。
俺がシャロから受ける感じではイチャイチャすることが目的ではないと感じ取れる。
「ショータ、それは何?」
「ん?あぁ、これはね……はい、そっちを持ってくれるかい?」
「うん」
思考を止めて、シャロに右手で筒の蓋に相当する部分を持ってもらう。
「よ!っと」
空気を切る音が鳴って蓋が外れる。そして、本体にあたる部分を机に立てて置き、中身を左手で取り出して、机の上に広げる。
「これは……」
「リオレ侯爵から預か…いや、託された『宮殿及び警備案内図』だ」
「……叔父様」
俺の右手がより強く掴まれる。シャロの表情が俺では読み取れない複雑な様相を呈していた。それは悲しみなのか……決意なのか……それともどちらでもないのか。そんな感じだった。
「すごく大きな宮殿ですね……」
「…お父様が言うには作るのに30年は掛かったみたい」
「30年か……すごいな」
机の上の紙にはコの字を90度回転させて、下に口が開くような形の建物が二つ連なったような図が描かれている。
その建物の至る所に長さや素材等の細かな事が書かれており、まるで設計図でも見ているような感覚に陥る。
「しかし、すごい数の警備だ」
「…そうね」
「これでは真正面から入るのは無理そうですね」
一番最初のコの部分でも10人以上。その次の中庭には草木が壁の様に成っているがその間を幾人かの兵士が巡回するようになっている。
そして、中庭を抜けた最後の建物の中には玉座に行くまでに柱の前で待ち構えている兵士たちが存在する。
「ふむ、こうなると……義勇兵を募ってどこかに誘導させるほうがいいかもしれないか?」
「…それは無理」
「なんでだ?」
「今のレイナルドに逆らうことは『託宣』に背く事になるから……」
「ふむ、なるほど」
つまり、教会を敵にするという事か。大体の人間がその宗教を信仰しているのだから、そんな酔狂な奴はいないという事か。
「でも、そんなに『託宣』はおそろしい物なのか?」
「そうね……『託宣』を無視した国が滅びたと言い伝えが残ってる位だから…誰も背かないの」
「そうか……厄介だな」
「本物の『託宣』ならね」
「ん?それは…どういうことだ?」
「……私はあの『託宣』は偽物だと思ってるの」
「そういえば、リオレ侯爵に従った人達はそう思ってるみたいでしたね」
リサさんがそんな事を口にする。ふむ、一部の人間がそう思っているのであれば少なからずの人も同じように感じているはずだ。
「だったら、義勇兵も集まるだろうに」
「…一般の人はそう思ってないの。だって、お父様は『戦争』反対派の人だったから」
「気になっていたのだが、『戦争』ってどことするんだ?」
侯爵も言っていた戦争。それがあるのだとすれば、この国は何の為にそんな事をして、何と戦うのだろうか?
「レイナルドは魔物と『戦争』するつもりなの」
「……魔物と?」
「えぇ」
聞き間違いかと思ったら……やはり、魔物と戦争するらしい。
「しかし、どうやって?魔物の本拠地が解っているのか?」
「……私は知らないけど、お父様と叔父様は知っていたみたい」
「侯爵とシャロのお父さんが……か」
二人とも故人、しかも、『戦争』反対派。それがレイナルドに殺された。これが意味するところは……。
「もしかして、国内一色『戦争』賛成状態かな?」
「そういう事になるの」
シャロの表情に少し影が掛かる。つまり、国民誰もが戦争に賛成している状態での現国王暗殺計画か。しかも、現国王は戦争推進派。
魔物を倒すための戦争なのだから反対する者も自己を正当化する論理に説得力を持たせ辛い状態。加えて、ターゲットとなる人物は『託宣』付。
確かに、誰も立ち上がらないだろうな。というより、目の前の多少の『疑惑』よりも未来への『希望』を掴みたいのだろう。その気持ちはよく解る。
「しかし、なんで二人は反対してたんだ?」
「そこも私……解らないの」
「お父さんや侯爵からは聞かなかったのかい?」
「いえ……聞いても答えてくれなかったの。ただ優しく困ったような笑みを浮かべるだけで。叔父様は逆に顔をしかめる程だった」
「そうか……解った」
「ごめんなさい」
「いや、シャロのせいじゃないさ」
こうなると俺たちだけでやることになるか。とすると。
「…どこかから建物を切り崩して中に入れないだろうか?」
「……どうやって?」
「俺のムラサメで穴を開けるんだ」
法衣の下のムラサメの柄を見せる。
「確かにその剣はすごい切れ味だけど……できるの?」
「さぁ?やってみないとなぁ……」
ちらりとリサさんの方に視線をやり、すぐに図面の上に落とす。
「それは……解らないですね……切れればいいのですけど」
ふむ、リサさんが微妙な反応をしているのであれば……やってみなければ解らないという事か。
「よし、取りあえずは……俺のムラサメで横から入れる事を祈ろう」
「……そうでなければ?」
「……リサが門番を誘導する」
「え?私なの!?お兄ちゃん!」
驚きの声をあげるリサさん。いや、心が読めてるなら普通に解っていたことだろうに。演技かな?
「シャロが玉座にたどり着けなければ意味がないし、中に入れば侵入者扱いだからリサは逃げられなくなる」
「だから、俺とシャロが門番の囮役をする訳にはいかないからさ」
「……うぅー、解った。私がやる」
渋々了解してくれたようだ。
「でも、お兄ちゃん……気をつけてね?」
「あぁ、大丈夫だ」
「待って!」
突然シャロが俺たちを止める。
「どうしたんだ?シャロ」
「本当に私を手伝っていいの?ショータ……命を落とすかも知れないのに」
俺を心配そうに見つめるシャロ。そんな事をこの娘は気にしていたというのか。いや、それが普通か?だが、その普通な事が俺にとってとても嬉しい。
「…いいんだ。俺にとってシャロが前に進むためならば命なんて安い……じゃなくて。命を賭けてもいいのだから」
「でも……」
「それに、最悪リサだけは逃げられるしな。だから、たとえ俺はシャロのためならこの命を燃やし尽くしてもいい」
「……」
シャロが俯く。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
「勝手に私が逃げる前提で言わないで!お兄ちゃんが死ぬなら私も死ぬに決まってるでしょ!私のたった一人のお兄ちゃんなんだから」
「ははは、そうか……ありがとう」
死ぬ気はさらさら無さそうな気がするが。言われるだけでも嬉しいものだ。
「…解った。……ありがとう二人とも。私、頑張るから……」
「あぁ」
シャロは描かれた玉座の印を見つめ、俺の手をより強く握り締めてくる。その表情は色々な感情がない交ぜになった物なのか……俺には複雑すぎて、シャロが何を感じ、何を思っているか察することができなかった。