奮起
教会の鐘が鳴って昼が過ぎた頃だ。畑が無く、ただ踝ほどの長さの野草が生えた平らな土地。そこに立ちながら、俺は自分の偽者6体と向き合っている。
右に3体、左に3体……それぞれの位置を確認する。少し離れた所から一気に間合いを詰めて戦うことが想定されているのだから距離は少しある。
囲まれた状況を想定して訓練してはどうか?とも提案したが『囲まれる前にやりなさい!』と一蹴されてしまった。それに彼女曰く、囲まれても同じような事をして戦うだけ……らしい。
ムラサメの柄を握り締める。
「始め!」
「よし!」
「ぐわっ」
まずは左最手前を左袈裟で斬る。そのまま、逆右袈裟斬りをするつもりで右最手前の偽者との間合いを詰める。
「くっ!?」
「遅いな!」
目の前の偽者は刀を縦にし、ガードをしようとするがそんな物は無意味だった。瞬時に上半身を切り上げつつ、左を確認する。
後ろからもこちらに駆けてくる音が聞こえるし、目の前の二人も俺の面と胴を取ろうとこちらに来ている。
「はぁ!」
「やぁ!」
「もらった!」
「てめぇ!」
それぞれが気合と共に刀を振り切る。訓練どおり刃が届く前に右に飛びながら向きを変え、それらを真正面に捉える。ついでに飛んで避けながらムラサメを左手に持ち変える。
「ぐあぁぁ!」
「あぁぁっ」
「これで4体!」
着地してすぐ動き出し、左最手前の偽者を薙ぎ払う。そして、更に逆左袈裟で一番右を断ち切る。やはり、振りながら左を確認する。
真隣は袈裟切りに、正面の敵は突くために腕を引いている。
「このぉ!」
「おらぁ!」
またも二人が斬りと突きを繰り出すが、それを左後ろに飛びのいて避ける。
「ぎゃぁ!」
飛びながら、相手の心臓の位置に刀の先端を持っていった為、突きを繰り出していた偽者に刀が刺さる。
「おのれ!」
斬り返しを行うためにこちらに一歩踏み込んでくる袈裟切りを放った偽者。それを確認しながら右手に刀を持ち変える。
「せいや!」
逆袈裟で相手が振るった刀を少し身を引くことで交わし、切り上げたところを横に断ち切る。
「ぐぅ!」
「ふぅ」
真っ二つになり、上半身が落ちたのを確認してから刀を見つめる。血がこびり付く事無く流れている。刀身がまるで水で洗い流されてるかのような感覚だ。
「ようやく安定してできるようになったわね」
「それはそうでしょう……一週間練習し続けたのですから」
「そうね……じゃぁ、次はどうかしら?」
そんな言葉と共にリサさんが手を振る。すると、切り捨てた者達は姿を消した。ん?どういうことだ?まだやるのだろうか?
いつものように地面から何かがうにょうにょと生えてきて、それが形を作っていく。おかしいな……いつもならもっと数が多いはずなのに今回は一体だけだぞ?
目の前の塊を注視する。だんだんと形が整うが、なんだ?どうなってるんだ?形が違うぞ?俺ではない。しかも、手に持っているのは刀ではない。
目を凝らしてみるが、どうやら完成したようだった。なんだ?こいつは……これは俺じゃない。
そこには金色の瞳にハワイの海のように鮮やかな水色の長髪で、自分の身長ほどの長さを持った鉄板の様な剣を持ち、マントを着た男が立っていた。
彼の顔は少し釣り目で顔が整っているのだが、口元に笑顔がある為、そのきつい印象が和らいでいた。年齢で言えば20代くらいなのだが、まとう雰囲気は落ち着きが強く、年配のような包容力があるようにも見える。
「くっ!?」
男が俺に鉄板を叩きつけてきた。それをなんとか距離をとってかわす。
「なに!?」
速い!?もう鉄板を持ち上げてこちらに向かってきている。くそ!こうなったら……。
こちらも間合いを詰める為に走り出し、ムラサメを振り上げる。
そのまま鍔迫り合いの形に持っていく。あちらも鍔迫り合いを受けてたつ勢いで剣を合わしてくる。
「むっ!?」
「よし!」
刀がぶつかり合った…が、そのまま俺のムラサメが相手の大剣を何も無いかのように斬って行く。相手も驚きの表情と声をあげてしまったようだ。
よし、このまま相手を断ち切……
「なに!?」
「くっ!」
刀に抵抗が走る。これはムラサメを扱っている状況で今までではありえなかった。相手が右手で大剣を持ち、刀の横を左手で押しているようだ。だから、斬るための抵抗は無くても擦れ合う抵抗が重くなる。
くっ、このまま断ち切ってやる!
「うおぉぉ!」
ちっ!気合を入れて斬り進めたが、寸でのところでかわされる。刀を左に押しながら体勢を崩して避けきりやがった!なんだこいつは!?
相手の大剣の切られた先が落ちる。と同時に男が距離を取るために下がって行く。逃がすか!
「でやぁ!」
「はぁぁ!」
間合いをつめ、袈裟切りや横切りを繰り出すが、全て左右に体を移動させたり、後ろに下がることで避けられる。ここまで避けられるとは……こうなれば。
「せいやぁ!」
すこし大きく間合いを詰めて薙ぎ、相手を後ろに飛ばさせる。よし!計算どおり。今だ!
俺は右手を引いて、突く為の動作を行い、相手が着地する前に走って突きの間合いに入る。
そして、そのまま相手の心臓を狙って突きを繰り出す。これで決まりだ!
だが、現実はそれほど甘くなかった。男は腕をまたも左手で掴んで押して刀を逸らし、突きを避ける。
「うわっ!っとと」
転げそうに成るのを何とか立て直して、男のほうへ振り返る。
「うっ……」
絶句してしまう。折れた刃が俺の目の前に突き付けられていた。完全にこの状況は殺されていてもおかしくない状況だ。
「弱い」
そう男は呟くと俺に背中を向け、折れた刃先を拾う。そして、そのまま彼は黒くなって消えていった。
「はぁ……はぁ……」
額から汗が出て、心臓が高鳴る。これほど自分が死ぬ可能性を示唆されるとは……。
「これで解ったかしら?今のあなたの実力は」
「一体今のは誰なんです?」
汗を拭ってたずねる。
「彼?彼は私の知る中での最強の男よ?でも、あれはかなり弱かった時期の姿だし、手加減すらされてたわね」
「……あなたが最強と呼ぶとは……一体どれほどの」
「そうね……本気の私と喧嘩して優劣がつかないくらいよ?」
「なら、俺が負けても仕方ないですね」
それほどの人間ならばいくら弱い時期と言えど、かなりの強さなはずだ……勝てる訳がない。
「ふぅ~ん、解ってないわね……あなた」
「あんなのには誰でも負けるに決まってるではないですか」
「……じゃぁ、私と勝負してみる?」
唐突にリサさんがそんな事をいい始める。何を言っているのだろうか?俺の生殺与奪の権利を握っている神様に挑むなど愚の骨頂だろう。
「馬鹿を言わないでください。勝てる訳がないじゃないですか?」
「このナイフしか使わなくても?」
いつも腰の横に付けているシャロに買って貰ったダガーナイフを取り出してそう提案してくる。
いや、だとしても魔法を使われてしまえば終わりであるし。
「魔法も何も使わないし、この状態でできることしか行わないわよ?」
「……そこまで言うなら、解りました」
「そう、じゃぁ…」
少し離れた場所に移動し、こちらに向いてナイフを構えてくる。
要約すると、その辺の少女がナイフを持って襲い掛かって来た状態で勝負をしようと言うことだろう。そんな状態で大の大人が負ける訳が無い。舐められているとしか思えない。
故に渋々了解した。
「始めるわよ?」
「いつでもどうぞ」
そう言われるや否や先ほどの男との戦いで削れた地面の土を拾って走り出すリサさん。ムラサメを固く握る。
しかし、土を拾った?どういうことだ?まさか……。
「うわっ!」
考えるよりも先に俺の顔を狙って土が飛んできていたため目に土が入ってしまう。
「くそっ!」
目を擦って土を払う。
「うわっ!」
「はい、私の勝ち」
前の方へと体が引っ張られ、ナイフが顔に突き付けられる。
「これは……卑怯ではありませんか?」
「戦いに卑怯も汚いもないわよ?」
「しかし……」
「……しょうがないわね。じゃぁ、もう一回やってみる?」
「はい」
「解ったわ」
もう一度リサさんが距離を取る。
土さえ無ければちゃんと対処できたし、こんなに接近されることも無かったはずだ。
それにもう一度、同じ手を使われたとしても対処はできるはずだ。
「いい?」
「どうぞ」
またも声と同時に走り始めるリサさん。今度は土を掴んでない。とすると真正面から切り伏せるのみ。
「はあ!」
間合いに入ってきたリサさんを右袈裟で叩ききろうとする。が……それをリサさんは左にステップする事で避ける。
こうなれば、切り返しで……
「痛っ!?」
「はい。私の勝ち」
ムラサメが俺の顔に向けられる。なんてことだ……切り返しをする前に右手にナイフを刺され、刀を奪われて突き付けられてしまった。
「……奪うのは有りですか」
「まだ不服?」
「えぇ、まだ負けた気がしません」
強がりを言う。
「いいわよ……相手してあげる」
そう言うとリサさんが不敵な笑みを浮かべた。
「はぁ……はぁ……」
「これで解った?自分の強さは」
結局、何度やってもリサさんには勝てなかった。薙いでもかわされ、連続で攻めてもかわされ、最後は頭を取られる。俺の肩に飛び乗って、頭を取られたパターンもあった。
それを繰り返すうちに息が切れて、膝をつく事になった。
「……はぁ……一体、はぁ……今の俺は……どのくらいの強さ……なのですか?」
「うん、そうね……ムラサメが無ければ、シャロよりも弱いわね」
息が切れるほどに負けていたのだから、薄々は感じていたが……やはり、そうだったのか。
「もっと強くしてください!」
「…それは無理ね」
「何故ですか!」
「だって、もっと時間が掛かる上に……あの子をこれ以上放っておいていいの?」
「それは……確かに」
あの子とはシャロのことであろう。あれからずーっとシャロは部屋から出てこない。食事もリサさんが運んでくれてるから少しは食べているようではあるが、食べている量もいつもより少ないようだった。
具体的に言うと、パンを半分も食べていないようだった。別段、ここの宿のパンやスープが不味い訳ではない。寧ろ、今までの旅の中では美味しい方ではある。
侯爵のところで食べた料理ほどではないが、白いパンや多少の具材や香辛料の入ったスープなのだから味や触感に問題はない。
このままにしていて良い訳が無い。いや、違うな……俺が見ていられないのだろう。このふつふつと湧き上がる心苦しさは……恐らく期待に対する失望に似ており、それでありながらもどこか期待している。
恐らくは自分の中でその物事を何とかしなければどうにも成らないのだろうから自分が手を出すべきではないのかも知れないという思考。と同時にどうにかして前を向いて歩いて欲しいという感覚。
このままいけば、彼女は色々と失ってしまうだろう。それだけは何としても避けてほしい。そんな願いを抱く。
「あぁ、なるほど」
ふと、気がつく。これは俺を見ていた家族の気持ちなのか……と。あぁ、随分と申し訳のない事をした。これほどにまで心が苦しく、悲しく……自分の不甲斐なさを感じる物とは。……辛い。
「俺は愚かですね」
「……そうね」
頬から何かが伝い落ちるのを感じた。
木作りであるシャロの部屋の扉の前に立つ。これからシャロを励まそうと思うのだが……正直に言うと、怖い。これは彼女の心に踏み込む事だからだ。
時に任せて彼女が癒えるのを待っていたが……このまま放っておけば俺と同じに成ってしまうのではないか?と言う不安もあり、慰めに来たのだが……ここで嫌われるのが怖い。
好きだからこそ、怖い。だが、好きだからこそ前を向いて歩いてほしい。なんと矛盾した考えなのだろうか。
考えていても仕方ない!えぇい!ままよ!
コツコツとドアを叩く。……しかし、返事がない。
「シャロ、俺なんだけど……入っていいかな?」
少し間を置くがやはり返事がない。これは入っていいのだろうか?これは拒否の意思表示ではないのだろうか?……うぅむ。いや!此処で退く訳には行かない!
「入るよ?」
そう一言断って扉を開けて入室する。夕日の差し込む寝室の中で、彼女は肌着のままベットに足を抱えて座り込んでいた。顔は足に埋めている。いつも結んでいる髪は無造作な状態であった。
あられもない姿に痛々しさを感じるほどだ。
俺の部屋とは違い、入り口の近くに椅子と机があるので、その椅子に座る。
さて、どうやって話し掛けよう。大丈夫な訳ないので、大丈夫かい?なんて事は言えない。心配しているよ?でもただの負担でしかない。そもそも、俺が慰めるとしても不器用な言葉しか出ない。
いや、根本的に俺がシャロに前を向いて欲しいという願いや思いもただの俺の我侭でしかない。でも、俺は塞ぎこむ事で色んな物を失ってしまった。それをシャロにさせたくはない。いやはや、それもまた我侭だが。
「……どうかしたの?」
「……いや、すまない。慰める言葉が見つからなくて」
顔をこちらに向ける事無く、彼女が問い掛けてくれたので正直にそう返す。慰めの言葉一つも浮かばないなんて……ダメだな俺は。
「……」
「……」
「……何を悩んでいるんだい?俺でいいなら話してくれないか?」
無言の中で必死に出した言葉がそれだけであった。いや、大方の予想がついてるはずだが……なんでこの言葉を選んだのか。自分でもよくわからなかった。
「……侯爵の事と自分の事」
「……侯爵の事は……俺を怨んでくれて構わないよ?」
「そんなことできる訳ないでしょ?」
「シャロがそれで前に進めるなら、俺を恨んでくれたって構わない」
「……そんなに単純じゃないの」
「そうか…」
俯いてしまう。いやいや、これじゃダメだ。
「……それじゃぁ、自分の事って?」
「それは……」
視線は膝に落としたまま少しだけ顔をあげるシャロ……その瞳はやはり、迷いと後悔が見えた。
「……」
またも黙り込んでしまう。どうする?よし!こうなれば……。
「俺は今のシャロを見ていたくない」
「それは……私も自分で情けないと思ってるの」
「違うんだ。俺はシャロが好きだから……そんな顔をして欲しくないんだ!」
「何かの為に気張っているシャロも好きだ!そして、リサに向けた優しい笑顔をしたシャロも好きだ!名前を呼び合って嬉しがっていたシャロも好きだ!
でも、そうやって落ち込んでいるシャロも嫌いじゃないけど……見ていると俺が心苦しい。胸が締め付けられる。できれば前を向いてほしい!なんでもいい!俺を怨んだっていいんだ!
シャロが笑顔を取り戻すために必要なら俺は何だっていいんだ!」
「だから頼む!落ち込んだまま自分を殺さないでくれ!」
ありったけのそのままの思いシャロに伝える。これくらいしか方法がないような気がしたから。少しだけ俺の勢いに飲まれたのかこちらに悲しげな顔を向けてくれる。
「……でも、私がやろうとしてることは正しくないの」
「それでも良いじゃないか!シャロが前を向くために必要な事ならやればいいじゃないか!」
「でも……それをした所で喜んでくれる人はもう私にはいない」
「だったら、俺が祝福するよ!シャロが前に進むために必要な事を達成した時に思いっきりおめでとうって言うよ!」
「……本当に?」
シャロが驚いたように大きく目を開く。
「あぁ、本当だ!」
「だからお願いだ!落ち込まずに前を歩いてくれ!」
「……解った」
少し考えた後にシャロはそう答えてベットから立ち上がる。
「……私がやりたいようにする。いいえ、やってみる!だから、ショータ!一緒にいて!」
「あぁ!もちろんだ!」
明るくなったシャロの顔に魅かれて俺もつい立ち上がる。
「え?」
「お願い、そのままで」
急にシャロが抱き着いてきた。シャロの顔が近い。……いや、そんなこと気にしなくていいくらいシャロから伝わる温もりが嬉しい。何か満たされる気分がする。
シャロを抱き締め返した。あぁ、この人はあんなにも強くて優しく、凛々しいのに……こんなにも小さく普通の女性なのかと愛おしさが溢れ出す。
彼女の温もりを体で感じれることに幸せを覚える。幸せの中、トクン…トクン…と心の音だけが刻をきざんでいく。
迷いから開放され、眠りについた綺麗なシャロの顔を左手で起こさないように優しく撫でる。俺の右手はシャロの左手と5指を全部絡めあってるため、使えない。いや、彼女の暖かさを感じれる右手は離したくなかった。
「ん…」
こちらに頭を寄せてきたシャロ。その表情に今までの憂いは存在せず、幸せそうな表情だ。
そんな表情を見ていると、こちらまで嬉しく、幸せで……満たされた気分になる。
『眠るまで手を繋いでいて』とせがまれたので、彼女が寝るまでずっと繋いでいた。いや、俺のほうも繋いでいたかった為に繋いでいた。
彼女が眠るまでの間に色々話をした。リサさんのことは伏せてだが、俺が転生したことや元の世界では引きこもっていたことや祖父のこと。祖父に関してどう思っているか…も。
逆にシャロの話も聞いた。シャロの家族……特に父親が大好きであったことや謀反された後の何もできないお嬢様育ちの自分に気づいたこと。
そんな自分を育ててくれた傭兵の女性が自分を庇って死んだ事への悲しみや怒り。そして、ずっと一人で旅をしていて寂しかった事。だから、俺と愛称で呼び合えた時に嬉しかったらしい。
手を離したくないが……ここはリサさんと交代しなければならない。
ゆっくりとベットから離れ、最後に右手を離す。とても……とてもせつない気分がしたが、それを振り払って離す。
戸を音を立てないようして開けて、廊下を渡り……自分の部屋の扉を押す。
月明かりと蜜蝋の火の明かりが辺りを包んでいる。
「おかえり」
「ただいま」
そんなくだらない挨拶をベットの向こうの椅子に座ってるリサさんと交わして寝床に座る。
「……それでいいの?」
「ん?」
満たされた気分に浸っていた俺に疑問が投げかけられた。
「それはただの傷のなめあいよ?」
一番突かれたくないところを指摘されたため、振り向き、ムラサメに手を掛ける。
「私を斬るなら斬りなさい……それであなたが前に進めるなら」
臆面もなくリサさんは続ける。目の前の小さな女性をここまで憎らしく思ったのは初めてだ。
「俺にとってはそうでも……彼女にはそうではないはずだ!」
「彼女は前に進もうとしているのだから!」
「……そう」
少し考えてからリサさんは同意した。確かに、俺はまだ前に進めてるとはいい難い。だが、シャロは違う。俺と違って、必死に前に進むための努力はしているのだから。
そう……俺は未だに立ち止まったままだ。だから、シャロの手伝いをして、見届けることで俺の中で進むヒントが得られると思っている。
そして、何より苦しくても健気に前へ進もうとしていた勇ましいシャロがかっこよかった。でも、そんな中でも優しくいれる彼女が更に愛おしかった。
だから……俺にとってただの傷のなめあいであっても……シャロにとっては前に進むために必要な事だと思って受け止めた。
「……馬鹿な男ね」
後ろで窓を開けて外へ出る音がする。……恐らくはリサさんが出て行ったのだろう。
そう……俺は馬鹿だ。このままではシャロと釣り合わない位に。情けないばかり。胸を張れる物など一つもない。
あぁ、なんと俺はくだらない男だろうか。そんな思いに苛まれて眠りにつく。
差し込む朝日に目が覚める。昨日は色々あったがあまり思い出したくないことも存在したような気がする。
起き上がり、ベットから出て準備を始める。これから起こすことは冗談でもなんでもない。気を引き締めていかなければ成らない事だ。
もう寝坊なんかしていられないだろう。シャロは俺の叫びに応えてくれた……本当に強い人だ。ならばとて、俺は全力で彼女をサポートしなければならない。奮起させた責任が存在する。
「あれ?お兄ちゃん起きてたの?」
「あぁ、まぁな」
いつもの如くリサさんが起しにきてくれたようだ。毎度ご苦労なことである。
「ちぇ……つまらないの」
「……今日くらいはダブルニーキックはくらいたくないからさ」
「……そう。じゃぁ、私はシャロさんと一緒に食堂に降りておくね」
あっさりと引き、俺の部屋から去るリサさん。気分は穏やかだが気の抜けない重さが俺の中にあるのが解ったのだろうか?それはそれで構わないが。
ムラサメを帯刀してから宮殿図の入った筒を背中に回し、紐で体に括り付けてその上に法衣を羽織る。
「よし!行くか」
戸を開き、廊下を渡って絨毯の敷かれた石造りの階段を降りる。
「おはようございます」
「おはよう」
受付の男性に挨拶をして、その横を通って食堂へと足を踏み入れた。木のテーブルや椅子に座った傭兵や冒険者らしき人々の中からシャロとリサさんを探す。
「お兄ちゃん!こっちこっち!」
声のするほうを向くと手を振るリサさんとフードを被って顔を隠しているシャロが見えた。近づいてシャロの対面であるリサさんの横の席に座る。
「おはよう、ショータ」
「おはよう。シャロ」
フードの下から除く表情はとても柔らかな笑顔であった。その笑顔に嬉しさのあまり、こちらも自然と笑顔になる。
「……むむぅ、お兄ちゃんたちなにかあった?」
「いや、別に?」
「本当かなぁ?」
実際何かあったわけではないので間違いではない。しかし、知ってて聞いてくる流れは何とかならないものか。いや、そういう役であるから仕方ないのか。
「さて……これからどうする?シャロ?」
「もちろん……王都を目指すの」
「解った」
彼女の瞳にはもう全くの迷いはない。それは今まで一緒にいた時に見せていた顔よりも希望に満ちた強固な意志が感じとれた。
もう迷うことはないだろう。
「だから……傍にいてね?」
「え?……もちろん」
机の上に置いていた俺の右手にシャロが左手を伸ばして指を絡めてきた。俺はそれを言葉と共に握り返す。すこしびっくりしたが……ここまで想ってくれているのは嬉しい。こちらも幸せな気分になる。
「うぅ~、本当に何もなかったんですか?シャロさん」
「ふふふ、リサちゃんには内緒」
「そういうのはズルイです」
そんな俺たちにしょんぼりするリサさんであった。とはいえ、俺も気恥ずかしさから持ってこられたスープやパンをシャロと繋いだ手を離して素早く食べてしまう。
シャロやリサさんもそんな俺に合わせてか……手早く食事を済ませた。なので俺たちは宿をそそくさと出る。
朝日の暖かさが俺たちを包む。空も晴れやかに澄んでるいて気持ちのいいものだ。
「さぁ、行きましょう?」
「そうだな」
「ん?何を…?」
出発を告げたシャロが急にこちらに近寄って来て、俺の右手と彼女の左手の指を絡めてきた。
「傍にいてくれるんでしょ?それとも……嫌?」
蒼い瞳で上目遣いをしてシャロが尋ねてくる。これは……断れないな。
「いや、嬉しいよ」
右手を握り返す。やはり彼女と手を繋げる事に安心感を覚える。
「あぁ~!私のお兄ちゃんなのに!」
「うぅぅ~、だったら私も手を繋ぐんだから!」
「じゃぁ、リサちゃんはショータの左手でお願いね!」
そんな流れで俺の左手を掴んでくるリサさん。兄を取られそうになる妹……なのだろうなぁ。
「じゃぁ、いつも私はこっちでリサちゃんはそっちって事でいいかな?」
「うん!これでいいです!」
二人は位置取りについての合意が完成しているが……あれ?今、いつもって言わなかった?気のせいかな?
「じゃぁ、改めて……これからよろしくね!ショータ!」
「あぁ……もちろん!」
なんだか知らないが……考えてみれば両手を繋いで歩くのは子供の時以来で、おかげで懐かしい安堵と充足感を得られたのだった。