首
トイレに行ったら、首が浮かんでいる。どこにも設置面がなく、ぶらんとぶら下がっていた。
目は閉じられているが、口はだらしなく半開きだ。
首はいきなり、目をあけてくれ、と言った。額にべったりとはりついた髪の毛も払いのけられないくせに、目をあけたいのだと言う。瞼は、豚肉を結んだ凧糸のようなもので縫い止められている。
慌ててはさみを持ってきて、肌と同化しかけた糸を切った。切るたび、不思議な臭いが鼻を突く。花のような、実のような。
右側の、最後の一カ所を切ろうとしたとき、首が昔語りを始めた。
首は、人間であった頃、使用人の首をはねた。森の中、人のこない時代であったから、使用人が減っても誰も気づかなかった。旅の者に返り討ちにあい、首と胴を離され、その上にあちらこちらを縫いつけられた。
ようやくこれで、目にうつるものを食い殺すことができる。
首は、そう語った。
はさみの使い方に苦戦しているふりをして、首の様子を観察する。唇にも、太い穴がいくつかあいている。両の耳にも。
自分の前にも、誰かが耳をあけたのか。聞いてみると、そうだと首が答える。その女は、首をはねてやった。
はさみの切れ味が悪いふりをして、いったんトイレから出る。
外に古い雑誌やいすを積んで、ドアの開閉を妨げた。
数日して、友人とドアを開けると、タイルがぼろぼろにはがされていたが、首の姿はどこにもなかった。