愛の言葉は、単純なほうがいい。
11/14 修正しました。
さて。
母親が死んだのを、なかったことにした俺たちであったが。
しかし、本当に本当に、実感が湧かない。
悠莉はいつも通りツンデレのデレをなくしたような態度だし、やっぱり俺は学校ではぼっちだし。
だから、いまいち、実感が湧かないのだ。
いつも通りの日常を過ごしているから。
本当に死んだんだと、思う。たぶん、知らんけど。
だって、遺体は聖剣が消してしまったから、もしかしたら、生きているのかもしれないけれど。
でも、俺はそれについて、深く考えないようにした。
深く考えたら、罪悪感と後悔に押しつぶされそうになるから。
だから、心機一転。心を入れ替えて、生活することにする。
それが、一番の方法だと思ったから──
◇◆◇
『千鶴火憐くんへ
私、赤城南乃花というものです。
いきなりで申し訳ないのですが、お伝えしたいことがあるので、放課後、屋上に来ていただけると幸いです。』
そう書かれた手紙を見つけたのは、ついさっき。帰ろかなぁ、とか思いながらテキストやらなんやらをカバンに詰めてると、ポトリと落ちた。
本当は朝から、もしかしたら昨日からあったのかもしれないけれど、普通、テキストの中に入れないよね? 気づかなかったらどうすんのさ!
しかし、『放課後』『屋上』『伝えたいこと』なんていうワードを聞くと、過去のトラウマを思い出してしまう。
嘘告白。
今となっては笑い話にできるようなことではあったが、当時、中学生だった俺には、ちとくるものがあったのだ。
告白をオーケーすれば、傍に隠れていた女子に散々罵倒され馬鹿にされ、次の日にはクラス中どころか学校中の噂にまでなり、俺を追い詰めた。
行かたくなかった。学校に行けば、嫌でも噂について話す声が聞こえてしまうから。
『馬鹿だよね〜』『身の程知らずにも程があるよ』なんていう声が、俺の心を抉ってゆくから。
しかし、不登校になってしまえば、最悪死んでしまうかもしれない。死ぬと言うか、殺されてしまうかもしれない。
だから俺は、三年間休むことなく学校に通い続けた。
──と、話が少しズレてしまったが、まあ、もう勘違いはしない。勘違いをしたところで、無駄なことだってわかっているから。
そう思いながら、俺は、屋上へと続く階段の前に立っていた。
──ここを上がれば、屋上。
一歩一歩、一段一段階段を上りながら、俺は何度も深呼吸をした。
勘違いだとわかっていて、それでも、その勘違いをやめることができない。
実際、そういうものなんだろう。男という、生き物なんて。
そして。
「…………」
階段を上り終わった。
目の前の扉を開ければ、屋上である。彼女──赤城南乃花が、そこにいるはずだ。
「よし──」
もう一度、大きく深呼吸をして──俺は扉を開けた。
◇◆◇
──扉を開ければ、美少女がいた。
肩まで伸びた黒髪は、風に靡いている。
なんだか、すごく清楚な雰囲気である。
…………ごめん、やっぱ嘘。清楚なんかじゃねぇよ、マジで。
その原因は、胸にあった。
白いブラウスを盛り上げて、ボタンが弾け飛びそうなほどの巨乳である。
それ以外は、至って普通。地味でもないし、しかし、派手でもない。
でも、やっぱり胸が気になってしょうがない。目がついついそこにいってしまう。というか、そこにしかいかない。これが万乳引力の力か。乳トン先生はやっぱすごいねっ!
「あ、あのっ……!」
胸に気を取られていた所為で、彼女のことを完全に忘れていた。
改めて、真正面から顔を見るけれど、やっぱり美少女だ。メイクは薄めだけど、それでも、可愛い。
「そのぉ……」
俺と目が合うと、今にも消えそうな声を出して、下を向いてしまう。
しかし、意を決したように、彼女は俺の顔を見て、大きく息を吸った。そして吐いたっ! 深呼吸! ただの深呼吸! なんか言うのかと思っちゃったっ!
「あなたのことが好きですっ! 私と、付き合ってください!」
「…………ふぇあ?」
彼女は深呼吸をしたあと、唐突に、本っ当に唐突に、そんなことを言ったため、思わず変な声が出てしまった。やべ、超恥ずかしい……。
「付き、合う……?」
その言葉には、聞き覚えがあった。
中学のときの、トラウマ。
だから、本当にこの人は俺を好きなのか、わからなかった。
…………そうか! これは夢か! 期待させておいて夢オチなパターンか!
──そう思い、頬をつねってみる。
「あの、夢じゃないですよ……」
さっきまでオドオドしていた彼女は、いつの間にか、呆れたような顔で俺を見ていた。
そうか……。夢じゃないということは、やはり、ドッキリやら罰ゲームやらの嘘告白なんじゃ……。
「あの、嘘告白でもないですよ……」
なに! 嘘告白じゃないのか……? いやいや、まだ信じるな。ここで完全に信じてしまったら、明日は学校中が敵に回るぞ! まあ、もう既に敵になってるようなもんだけどね……。
…………ん? 待てよ。
「俺、声に出てた?」
そうだとしたなら、本当に独り言が増えたんだなぁ、って思ってしまうんだけど……。
「あ、いえ。そんな顔をしていたので」
おいおい、なんでわかるんだよ。エスパーかよ。
「いえ、エスパーじゃないですよ?」
「──エスパーじゃねぇか!!!」
◇◆◇
「んで、まあ、本当の告白だ、ってことは認めるよ、認めるけどさ。でも、なんで、俺なんだよ、俺のどこがいいのさ?」
結局、本当の告白と認めた。いや、認めさせられた。
「いやいや、むしろ、今まで誰も告白しなかったのが嘘みたいですよ。だって、かなり人気なんですよ、千鶴くん。自覚ないんですか?」
「は? そんなことねぇだろ。むしろ、ぼっちで根暗だからキモがられてると自分では思ってたんだが。ちゅうか、実際そうだろ」
俺がそう言うと、一瞬驚いたが、しかし、すぐに肩を竦めて、呆れ混じりの溜息を吐いた。
「そんなことないですよ。クラスに十人はいますよ? 千鶴くんが好きな人」
「…………」
…………。
「……いや、でも、こんな俺のどこがいいんだ……?」
…………。
「いや、だってまず、イケメンじゃないですかー?」
「『じゃないですかー?』って言われても、知らないから。今の今まで自分のことをブサイクだと思ってたから」
と、言うか。
なんて言って、俺は続けた。
「敬語じゃなくていいと思うんだけど。えっと、同級生……だよね?」
「ですね、なんなら、同じクラスなまであるんですけど……?」
…………。
気づかなかったなぁ……。
「でも、じゃあ、なぜ。俺は中学のときに嘘告白にされてたんだ?」
「嘘告白……?」
「そうそう、告白オーケーしたら、散々女子に罵倒され馬鹿にされ、次の日には噂が広がってて……みたいな」
「…………」
…………?
「それって本当に、千鶴くんに言ってたんですかね?」
「…………どういうことだ?」
「つまり、告白した女の子を罵倒していた……とか?」
…………。
有り得なくもない、のだろうか。
もし。もしのもし。もしのもしのもしのもし。
…………そういや明日模試だな。
いやいや、そういうことじゃくて。
もし、本当に、俺がモテるのだとしたら。
それも、ありえなくないのだろうか。
なんて、妄想じみた、夢のようなことを、少し考えてみた。
「とゆうか、さっきから話ばっかしてて、結局、お返事まだなんですけど?」
「ん、あぁ、そうだったな」
と、俺はそこで一旦間を置いて、大きく息を吸うと。
「もちろん、オッケーだよ。むしろ、断るわけがない」
爽やかな笑顔で(キモイとか言うな)、俺はそう言った。