死んでしまっても、悲しむのは一人ぐらいで。
11/12 修正しました。
実の親、だとか。
そんなもの、関係がなかった。
たしかに、生みの親を殺すなんて、間違えても、噛んでも言っちゃいけないことだし、親不孝この上ない発言である。
しかし、あいつ──俺の母親は、別なんだと思う。
ここからは、人それぞれで考えが別れるとは思うけれど、甘えるな、と言う意見もあると思うけれど、俺は耐えられなかった。この、地獄のような毎日に。耐えられなくて、思わず言ってしまった。
「母親を──殺してくれ」
間違ってなんかいない。噛んでなんかいない。
親不孝だとかなんだとか、関係ない。
俺は許せない。
だから、殺してもらうのだ──聖剣に。
◇◆◇
「殺してほしい──ね」
当然の反応だ。
母親を殺して欲しいなんて、彼女に言ったやつは、いるのだろうか。
それくらい、なんだと思う。
それくらい、俺は普通じゃないし、そして、母親も普通じゃない。
普通じゃないから、これを願う。
最低で最悪で、笑ってしまうような願いを、俺は望む。
真正面から立ち向かうこともできず、こうやって、卑怯に、やることしかできない。
それが俺であり、千鶴火憐という人間なのだ。
そうやって、いつまでも、卑怯に生きていくのだ。
これまでも──これからも。
さて、では、何故。俺はこうなってしまったのか。簡単な話──で済ませていいのかわからないけれど、でも、結局は、よくありそうな、悲しい物語なのだ。
◇◆◇
──勉強をしなければ死ぬ環境。
それが、どれほどの苦痛なのか、分かるだろうか。
分かるはずがないだろう。だって、誰も体験したことがないから。
もしかしたらいるかもしれない。されど、この御時世、そんなのがあるのなら、本当に驚く。
勉強をしなければ死ぬ環境──それは、俺が生まれたときからはじまっていた。
…………いや、さすがにそれは言い過ぎか。
だとしても、だ。小さい頃から、俺は勉強をしていた。していたというか、やらされていた。
勉強をしなければ死ぬ環境、なのだ。
やらなければ、殺される──のは言い過ぎだろう。それに、どちらかと言うと、殺されかける、のほうが正しいのだろう。
やらなければ、暴言暴力当たり前。しかも、友達も、ましてや彼女さえも作ることも許されず。学校に行く時と、本当に大事な用事がある場合しか外に出てはいけず。
殴る時は、顔は目立つから腹にしな的な考えで、周りの人間にバレることもなく。しかし、人にも言えず。
だから、殺したい。殺してやりたい。
「あれ、なにしてんの?」
ほーら、また来た。
「え、宿題だけど……」
──バチンッ!
痛々しいそ音が、静かな俺の部屋に響きわたる。
親父にもぶたれたことないのに!?
いや、今はそんなことじゃないな。
「あなた、今日何日だと思ってるの!?」
俺は、壁にあるカレンダーをちらと見た。
「えっと──八月二日……?」
「…………そうね。じゃあ、今あなたがやっているのは、何?」
「え? だから、夏休みの宿題って言っ」
──バチンッ!
最後まで言い終えることなく、また、叩かれる。今度は、逆の頬を。
「なん……で……?」
「あたりまえじゃない!!」
「…………え?」
母親は、ギラリと光る、何かを持っていた。
紛れもなく、それは、ナイフ。
刃渡り十数センチの、ナイフ。
「…………ちょっと待って、なんで!?」
こいつは殺す気か、と。そう思った。そう思わざるを得なかった。
「あと三十分以内に終わらせないと……!」
「わ、分かった! 分かったから!!」
…………三十分後。
「これで……どう?」
俺は、最後まで埋めた宿題を見せる。
そして、ペラッペラッと捲り。
「間違えてる──失格」
言うと、宿題を投げ捨て───ナイフを構える。
まさか。
そんなわけ───
「うそ……でしょ……?」
腹部に、激痛が走った。
刺されたのだ。腹部を。ナイフで。
「うわああああああああ!!!」
◇◆◇
「うわああああああああ!!!」
飛び起きる。
「なんだ……夢か……」
夢──と言っても、実際、同じようなことをされたけれど。
思いながら、手の甲にある傷あとをなでる。
これは、五年前。母に切られたあと。さっきの夢と同じような状況で──切られた。
「正夢にならなきゃいいけど………」
時間を確認するため、スマホの電源をいれる。うわ、まだ五時半じゃねぇか。寝よ。
そう思い目を瞑ろうとした。しかし気配を感じ、不思議に思って隣を見てみると、金髪美少女がいた。しかも裸で。これ何てエロゲ? いや、これなんて聖剣? これは聖剣エクス・カリバーでっす!
「おいこら、起きろ」
言いながら、彼女の体を揺さぶる。やわらかっ! 女子の体やわらかっ!
「なんだい、少年?」
薄く目を開きながら、返事をしてきた。
「『なんだい?』じゃねぇよ! なんで人のベッドで勝手に寝てんの!?」
「いや寝る場所がなかったし、君の隣が空いていたし」
「床で寝ろよ」
「いやいや、そこは、『しょうがねぇな〜俺が床で寝るよ(キリッ』じゃないのかい?」
「るせぇ、人んちに勝手に住みやがって」
そう言いながら、彼女をベッドから落とす。
「キャッ!」
ドンッという鈍い音と、短い悲鳴が聞こえた。
「君は酷いなぁ」
なんか聞こえた気がするが、まあ寝よう。眠い。
◇◆◇
水曜日。どうやら今日、母親を殺してくれるらしい。殺し方は聞いてないが、「朝はリビングにいろ」ということなので、ただいまリビングなう。
今日も今日とて朝の悠莉との喧嘩も終わり、朝食を食べていた。するとリビングのドアが開き、のそのそと歩いてくる奴がいた。あ、俺の母親か。
「おはよーう、火憐」
「おはよ」
そんなやる気のない挨拶を終えると、聖剣がリビングに来る。
どうやらこいつ、俺以外の人には見えないみたいだ。なんだよそれ。
そうして母親は、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出す。すかさず聖剣は母親に近づき、蓋が開くと同時に白い粉を入れた。
「なるほど……」
思わず、声が漏れる。
「ん、どうした?」
不思議に思った母親が、俺に訊いた。
「あぁ、いやなんでもない! こっちの話!」
焦った……マジ焦った。
聖剣は、母親の隣で仁王立ちになり、腕を組みながら、ニヤニヤと見ている。
もちろん母親には見えていないので、なんの躊躇いもなくコーヒーを飲む──刹那、母親は喉を抑えて苦しみだした。おい、毒効くのはやくね? 即死なの?
「大丈夫!? お母さん!」
悠莉が苦しんでいる母親の元に駆け寄る。俺も一応行くか。
「おい、大丈夫かよ!?」
言うが、苦しんで、呻き声しかあげない。
「悠莉! 救急車だ!」
「…………」
母親を抱いたまま、瞬きひとつせず、彼女は無言でいた。
その間に母親は、なおも苦しみ、そしてやがて、動かなくなる。
「ゆう……り……?」
不思議に思い、彼女に近づくと──
「はは……よかった、じゃん……」
乾いた笑いをして、彼女は言う。
「これでよかったんだよ、兄貴。だからさ、秘密にしよ? ふたりだけの秘密に、さ?」
「…………どういうことだ?」
問うと、引き攣っていた笑顔を真顔に戻して、答えた。
「母親なんて、死んでいない。いや、そもそも、母親はいなかったんだ──ということに、しようよ?」
「…………」
良いのだろうか。
…………良いのだろう。
だって、彼女も受けていたから。
俺ほどではなくとも、それでも、暴力を振るわれていたんだから。
◇◆◇
…………こうして俺たちは、このことについては触れないことにした。
蓋をして、これ以上、触れないようにしたのだ。
更新がクソ遅いのである。