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きみと出会わぬ異世界  作者: めあり
第二章 いつかあなたと見た世界
30/45

泣いて叫んで、抗って。

どうも。

長いと思います。

 雨。


 それはまるで、今の俺を嘲笑うかのような雨。


 両肩で飛沫を弾けさせながら、目の前の男は笑う。嘲笑う。

 ククッ、と、片頬を持ち上げて。


「こんなものなのかい……? 君の力は」


 笑いながら、そう言う。

 果たして、今の力は俺のものなのか。

 違うだろう。今の力は聖剣の力。寿命130年を使って、手に入れた力。

 もともと、これは聖剣の力なのだから。

 なのだから、『君の力』というのは、聖剣のことを言っているのだろう。


「………」


 しかし、聖剣は答えない。まるで、眠っているように。

 もしかして、フルパワーだと話せなくなるとか……?


 どちらにせよ、今のボロボロのこの体では、勝てなかった。

 ボロボロの鎧は、もうその輝きを失っているほど。

 体も、心も、ボロボロで。


 今にも、崩れ落ちそうだった。


「うわああああ!!」


 逃げた。まるで、あの時のように。



 逃げた先は、森。ザーザーと雨の降る森の中、俺は、立ち尽くしていた。


「どうして……」


 どうして──勝てないのか。


 聖剣のフルパワーなら、勝てるはずではなかったのか。


 何故、勝てないのだ。


「クソッ!」


 俺は悔しくて、側にある木を殴った。

 全身に鎧を着ている今、その木がどうなったか、なんてのは容易に想像がつく。


 三十メートルはあろうかという大木は、ビキビキと音を立て、力なく倒れていった。巻き起こる砂埃が、視界を曇らせる。


「なんでなんだよ!」


 ◇◆◇


「聖剣! 130年だ!」


 刹那、俺の体は光りだす。眩しいほどの光に、思わず目を瞑る。

 やがて光は消え、聖剣の声が聞こえた。


「フルパワーは135年なのだがな。少しオマケしておくよ」


 そう言う。

 3年オマケしておくよ、と。


「いや、俺は130年って言ったはずだけど!?」

「フルパワーを望んでるみたいだったから……いけないか?」

「いけないわけじゃないが……」


 まだ、寿命があるからいいのだろうか……?


「さて──君の本気を見せてもらおうか……」


 青薔薇は、妖刀『村正』を鞘から抜く。

 それはいつもより怪しく光っているような気がした。もちろん、気がしただけ。なのだけれど、なにか、違う気がした。あの時と、最初に会ったあの時と、なにかが違う気がした。


「わかった。始めよう──」


 これで最後──だと思いたい。

 もうこれ以上、こいつとは戦いたくない。

 こんな不気味なやつとは。もう二度と戦いたくない。また、誰かを失ってしまいそうだから──


 いや、最後ではあるが、最初でもある。

 俺とこいつがまともに戦うのは最初で最後。

 負けたくない。負けるわけにはいかない。

 負けたら──ダメだ。


 彼女たちは、死んでいった。俺が不甲斐ないばかりに。だから、俺は殺さなきゃいけない。殺さないと、彼女たちは悲しむばかり。


 ──殺す。


 俺はそれだけしか考えない。考えられない。

 これ以上はなにもいらない。こいつを倒したい、その一心で、俺は戦う。


 そして──


「勝つ!」


 ◇◆◇


「それで──このありさまかよ……」


 雨の降る森で、俺は立ち尽くす。

 幸い、青薔薇は追いかけて来てなかった。

 いつ、こちらに来るかもわからないから、辺りを警戒して。


「さて……」


 さて──どうするか。

 なぜ、勝てないのか。

 勝てるはずじゃなかったのかよ。


「はぁ……」


 ダメだ。頭がまわらない。

 こういうときに限って、いい案が思いつかない。全国模試一位の実力は、果たしてどこにいったのか。


「おい、聖剣」

「ん、どした?」


 いや、どしたじゃねぇよ。


「今までの見てなかったのかよ」

「あ、ごめん。寝てた」


 は?


 いやいやちょっと待て。


 え?


「で、なんでこんな森にいるんだ?」

「なんでって、青薔薇から逃げてきたに決まってんだろ。勝てるはずがない、あんなやつに」


 でもまあ、聖剣が寝てたのなら話は別。これならまだ、勝機はある──ありすぎる。


「じゃあ、行くか……」


 怖くないと言えば、嘘になる。それでも、戦わなくては勝てない。




「おっと、こんなところにいましたかぁ……チヅルくん」




 不意に前から、声がした。

 薄気味悪い、気持ちが悪い、不気味な声が。


「青薔薇……」


 ザク、ザク、と。音を立てながら。地面の落ち葉を踏む音を立てながら。こちらに、ゆっくりと、歩いてきていた。

 好都合、と言うべきなのだろうか。

 標的のほうからやってくるとはな。


「さあ、戦いの続きをしましょうか?」


 丁寧な口調で、彼はそう言う。それも、お辞儀をしながら。

 どれだけ、こいつは俺と戦いたいのか。


 いや、俺と戦いたいのではない。聖剣の勇者と戦いたいのだ。

 何時だって逃げてきた俺と、戦いたいわけがない。

 こいつは、聖剣の勇者というのが邪魔でしょうがない。もしくは、嫌いでしょうがない。

 どちらにせよ、俺を、聖剣の勇者を殺そうとしている。


「聖剣、今度は起きてろよ!」


 そして俺は、聖剣を掴む手に力を込める。

 目を見開き、相手を見る。


「絶対に殺してやる」


 南乃花と、悠莉の分まで──お前を殺してやる。


 ◇◆◇


 青薔薇の攻撃パターンはたった一つ。

 ただ妖刀『村正』を振り回すのみ。

 魔法なんて使わないし、技だってしない。

 ただ、振り回すのみ。乱暴に振り回して。

 それでも俺に当たるのだから、タチが悪い。


 それでも──勝機はある。


 あの刀を避けることは不可能。

 ならば、受け止めるだけ。

 あの馬鹿みたいな力を、力で押し返すだけ。


 今の聖剣となら、いける。

 絶対に、勝てる。



 そう考えている間にも、青薔薇はこちらにゆっくりと、一歩一歩、距離を縮めていく。

 そして青薔薇は、俺の目の前に来る。

 五メートルほど。

 そんなに近い間合いで、彼は笑う。


「ようやく起きたか──聖剣エクス・カリバー」

「うん、そうだね。おめめパッチリだよ、今は」


 そしてまた、笑う。

 ククッ、と。嘲笑うかのように。


「惨めだよね、チヅルくんも。聖剣の力を借りないとなぁんにもできないんだから!」


 うるさい。その甲高い声が──耳障りだ。


「たしかに俺はなんにもできない! でもな、聖剣も俺がいないとなんにもできないんだ!」


 聖剣は、俺に体を貸してもらっている状態。もし俺がいなければ、こいつは今ここにはいない。


 俺のおかげで生きているようなもの。

 俺の寿命のおかげで。


「ああ、そうかい。それはたしかにそうだ…………ククッ………でも──」




 ──自惚れるのもいい加減にしといたほうがいいよ。




 彼は、そう言う。不気味な笑顔を浮かべて。


「自惚れてなんかいない」


 そう、声に出すが、あながち間違いではないのかもしれない。

 自惚れていた。

 自分はきっと、特別なのだ、と。

 いや、寿命が長いというところでは特別なのだが、それ以外、普通──それ以下だ。

 唯一できるのは、勉強で。それも肝心なときに役に立たなくて。


 自惚れていたのかもしれない。


「でも──」


 今はそんなことは関係ない。

 集中しろ。今やるべきことは、こいつを殺すことのみ。惑わされてはいけない。


「殺す! 殺してやる!」


 気持ちが高ぶって、熱くなって、ついつい興奮してしまう。落ち着いて、冷静になって。深呼吸をして。そうしないと、こいつは倒せない。殺せない。


 俺はもっと距離を詰める。標的はもう目と鼻の先。


「はあぁ!」


 先に攻撃を仕掛けたのは俺。


 聖剣を思いっきり振りかざし──振り落とす。

 しかしそれは止められる。怪しく光る妖刀によって。



 ──このまま押し切る。力では負けてないはずだから。



 そう、聞こえた。

 聖剣の声。脳に直接話しかけているのか。



 ──わかってる!



 それが聖剣に聞こえたのか、聞こえてないのか。それはわからない。

 でも──力が少し、気持ち強くなった気がした。


「な…に……!」


 あまりにも力が強かったのか、青薔薇は声を漏らす。


「このまま──押し切る!」




「ハハハッ! ザンネン、そうはいかないよ」




 さっきまで驚いていた彼の顔は、またあの不気味な笑顔に戻っていた。


「え……」


 気づいたときには、遅かった。


暗黒薔薇シュバルツ・グラッジ


 そう、呟いたかと思うと、妖刀の光は増し──


「うわぁっ!」


 俺の体は、宙を舞う。

 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。

 しかし、衝撃。そして痛み。これで全てを理解した。


 あいつは、力で俺を──聖剣を押し返したのだ。


「痛てぇ……」


 幸い、下が土だったため、少しは衝撃を軽減できたと思う。それでも、痛い。どこか、骨が折れていてもおかしくないほど、体中が痛かった。


「頼む、聖剣……治してくれ」


 寿命を五年使えば、怪我もなにもかも治る。何度もやってきたことだ。


 しかし──


「本当にいいのかい……?」


 今までは、そんなことは訊いてこなかった。少し、不思議に思ったのだけれども、


「あぁ、構わない」


 そう、答えた。


 だってそれが、普通のことだったのだから。

 今まで、それでピンチを乗り越えてきたのだから。


「わかった。いいだろう」


 そして聖剣は、詠唱を始めた。


「我、聖剣エクス・カリバー。聖剣の勇者、千鶴火憐と契約を結びし者なり。精霊よ、我に大いなる力をっ!」


 みるみるうちに怪我は治り、痛みもなくなる。


 よし、これで戦える、と。そう思ったときだった。


「……あれ……?」


 なぜか俺の身体からだは、宙に浮いていた。真っ逆さまに落ちてゆく。

 崖から落ちたのか。

 気づかなかった。後ろが崖なんて、まさか踏み外すなんて、思ってもいなかった。


 ──だから言ったじゃん。


「……本当にいいのかって」


 まさか──


「寿命が尽きた……?」


 フフッ、と。そんな聖剣の笑い声が聞こえた。


「じゃあね、まあまあ楽しかったよ。695代目、聖剣の勇者様……」


 プツリ、と。そんな音が聞こえると、全身の鎧が剥がれ落ちる。光となって、消えてゆく。


「なんで───」


 悲しくて、悔しくて。

 あいつを倒せなくて。殺せなくて。仇を打てなくて。


「なんで───」


 惨めだ。あんなに殺したかった相手の、あの不気味な笑顔を壊せなくて。

 嫌だ。まだ、死にたくない。死んじゃいけない。

 あいつを殺してない。仇が打ててない。

 

「なんでなんでなんでなんで!!!」


 そう叫んで、俺は涙を拭く。

 もう、地面はすぐそこだ。


「あぁ………ごめん──南乃花」


 そう呟くと、地面と激しく激突する。

 そして、グシャリという音を立て、俺は──死んだ。





第2章 いつかあなたと見た世界 END

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