泣いて叫んで、抗って。
どうも。
長いと思います。
雨。
それはまるで、今の俺を嘲笑うかのような雨。
両肩で飛沫を弾けさせながら、目の前の男は笑う。嘲笑う。
ククッ、と、片頬を持ち上げて。
「こんなものなのかい……? 君の力は」
笑いながら、そう言う。
果たして、今の力は俺のものなのか。
違うだろう。今の力は聖剣の力。寿命130年を使って、手に入れた力。
もともと、これは聖剣の力なのだから。
なのだから、『君の力』というのは、聖剣のことを言っているのだろう。
「………」
しかし、聖剣は答えない。まるで、眠っているように。
もしかして、フルパワーだと話せなくなるとか……?
どちらにせよ、今のボロボロのこの体では、勝てなかった。
ボロボロの鎧は、もうその輝きを失っているほど。
体も、心も、ボロボロで。
今にも、崩れ落ちそうだった。
「うわああああ!!」
逃げた。まるで、あの時のように。
逃げた先は、森。ザーザーと雨の降る森の中、俺は、立ち尽くしていた。
「どうして……」
どうして──勝てないのか。
聖剣のフルパワーなら、勝てるはずではなかったのか。
何故、勝てないのだ。
「クソッ!」
俺は悔しくて、側にある木を殴った。
全身に鎧を着ている今、その木がどうなったか、なんてのは容易に想像がつく。
三十メートルはあろうかという大木は、ビキビキと音を立て、力なく倒れていった。巻き起こる砂埃が、視界を曇らせる。
「なんでなんだよ!」
◇◆◇
「聖剣! 130年だ!」
刹那、俺の体は光りだす。眩しいほどの光に、思わず目を瞑る。
やがて光は消え、聖剣の声が聞こえた。
「フルパワーは135年なのだがな。少しオマケしておくよ」
そう言う。
3年オマケしておくよ、と。
「いや、俺は130年って言ったはずだけど!?」
「フルパワーを望んでるみたいだったから……いけないか?」
「いけないわけじゃないが……」
まだ、寿命があるからいいのだろうか……?
「さて──君の本気を見せてもらおうか……」
青薔薇は、妖刀『村正』を鞘から抜く。
それはいつもより怪しく光っているような気がした。もちろん、気がしただけ。なのだけれど、なにか、違う気がした。あの時と、最初に会ったあの時と、なにかが違う気がした。
「わかった。始めよう──」
これで最後──だと思いたい。
もうこれ以上、こいつとは戦いたくない。
こんな不気味なやつとは。もう二度と戦いたくない。また、誰かを失ってしまいそうだから──
いや、最後ではあるが、最初でもある。
俺とこいつがまともに戦うのは最初で最後。
負けたくない。負けるわけにはいかない。
負けたら──ダメだ。
彼女たちは、死んでいった。俺が不甲斐ないばかりに。だから、俺は殺さなきゃいけない。殺さないと、彼女たちは悲しむばかり。
──殺す。
俺はそれだけしか考えない。考えられない。
これ以上はなにもいらない。こいつを倒したい、その一心で、俺は戦う。
そして──
「勝つ!」
◇◆◇
「それで──このありさまかよ……」
雨の降る森で、俺は立ち尽くす。
幸い、青薔薇は追いかけて来てなかった。
いつ、こちらに来るかもわからないから、辺りを警戒して。
「さて……」
さて──どうするか。
なぜ、勝てないのか。
勝てるはずじゃなかったのかよ。
「はぁ……」
ダメだ。頭がまわらない。
こういうときに限って、いい案が思いつかない。全国模試一位の実力は、果たしてどこにいったのか。
「おい、聖剣」
「ん、どした?」
いや、どしたじゃねぇよ。
「今までの見てなかったのかよ」
「あ、ごめん。寝てた」
は?
いやいやちょっと待て。
え?
「で、なんでこんな森にいるんだ?」
「なんでって、青薔薇から逃げてきたに決まってんだろ。勝てるはずがない、あんなやつに」
でもまあ、聖剣が寝てたのなら話は別。これならまだ、勝機はある──ありすぎる。
「じゃあ、行くか……」
怖くないと言えば、嘘になる。それでも、戦わなくては勝てない。
「おっと、こんなところにいましたかぁ……チヅルくん」
不意に前から、声がした。
薄気味悪い、気持ちが悪い、不気味な声が。
「青薔薇……」
ザク、ザク、と。音を立てながら。地面の落ち葉を踏む音を立てながら。こちらに、ゆっくりと、歩いてきていた。
好都合、と言うべきなのだろうか。
標的のほうからやってくるとはな。
「さあ、戦いの続きをしましょうか?」
丁寧な口調で、彼はそう言う。それも、お辞儀をしながら。
どれだけ、こいつは俺と戦いたいのか。
いや、俺と戦いたいのではない。聖剣の勇者と戦いたいのだ。
何時だって逃げてきた俺と、戦いたいわけがない。
こいつは、聖剣の勇者というのが邪魔でしょうがない。もしくは、嫌いでしょうがない。
どちらにせよ、俺を、聖剣の勇者を殺そうとしている。
「聖剣、今度は起きてろよ!」
そして俺は、聖剣を掴む手に力を込める。
目を見開き、相手を見る。
「絶対に殺してやる」
南乃花と、悠莉の分まで──お前を殺してやる。
◇◆◇
青薔薇の攻撃パターンはたった一つ。
ただ妖刀『村正』を振り回すのみ。
魔法なんて使わないし、技だってしない。
ただ、振り回すのみ。乱暴に振り回して。
それでも俺に当たるのだから、タチが悪い。
それでも──勝機はある。
あの刀を避けることは不可能。
ならば、受け止めるだけ。
あの馬鹿みたいな力を、力で押し返すだけ。
今の聖剣となら、いける。
絶対に、勝てる。
そう考えている間にも、青薔薇はこちらにゆっくりと、一歩一歩、距離を縮めていく。
そして青薔薇は、俺の目の前に来る。
五メートルほど。
そんなに近い間合いで、彼は笑う。
「ようやく起きたか──聖剣エクス・カリバー」
「うん、そうだね。おめめパッチリだよ、今は」
そしてまた、笑う。
ククッ、と。嘲笑うかのように。
「惨めだよね、チヅルくんも。聖剣の力を借りないとなぁんにもできないんだから!」
うるさい。その甲高い声が──耳障りだ。
「たしかに俺はなんにもできない! でもな、聖剣も俺がいないとなんにもできないんだ!」
聖剣は、俺に体を貸してもらっている状態。もし俺がいなければ、こいつは今ここにはいない。
俺のおかげで生きているようなもの。
俺の寿命のおかげで。
「ああ、そうかい。それはたしかにそうだ…………ククッ………でも──」
──自惚れるのもいい加減にしといたほうがいいよ。
彼は、そう言う。不気味な笑顔を浮かべて。
「自惚れてなんかいない」
そう、声に出すが、あながち間違いではないのかもしれない。
自惚れていた。
自分はきっと、特別なのだ、と。
いや、寿命が長いというところでは特別なのだが、それ以外、普通──それ以下だ。
唯一できるのは、勉強で。それも肝心なときに役に立たなくて。
自惚れていたのかもしれない。
「でも──」
今はそんなことは関係ない。
集中しろ。今やるべきことは、こいつを殺すことのみ。惑わされてはいけない。
「殺す! 殺してやる!」
気持ちが高ぶって、熱くなって、ついつい興奮してしまう。落ち着いて、冷静になって。深呼吸をして。そうしないと、こいつは倒せない。殺せない。
俺はもっと距離を詰める。標的はもう目と鼻の先。
「はあぁ!」
先に攻撃を仕掛けたのは俺。
聖剣を思いっきり振りかざし──振り落とす。
しかしそれは止められる。怪しく光る妖刀によって。
──このまま押し切る。力では負けてないはずだから。
そう、聞こえた。
聖剣の声。脳に直接話しかけているのか。
──わかってる!
それが聖剣に聞こえたのか、聞こえてないのか。それはわからない。
でも──力が少し、気持ち強くなった気がした。
「な…に……!」
あまりにも力が強かったのか、青薔薇は声を漏らす。
「このまま──押し切る!」
「ハハハッ! ザンネン、そうはいかないよ」
さっきまで驚いていた彼の顔は、またあの不気味な笑顔に戻っていた。
「え……」
気づいたときには、遅かった。
「暗黒薔薇」
そう、呟いたかと思うと、妖刀の光は増し──
「うわぁっ!」
俺の体は、宙を舞う。
一瞬、なにが起きたのかわからなかった。
しかし、衝撃。そして痛み。これで全てを理解した。
あいつは、力で俺を──聖剣を押し返したのだ。
「痛てぇ……」
幸い、下が土だったため、少しは衝撃を軽減できたと思う。それでも、痛い。どこか、骨が折れていてもおかしくないほど、体中が痛かった。
「頼む、聖剣……治してくれ」
寿命を五年使えば、怪我もなにもかも治る。何度もやってきたことだ。
しかし──
「本当にいいのかい……?」
今までは、そんなことは訊いてこなかった。少し、不思議に思ったのだけれども、
「あぁ、構わない」
そう、答えた。
だってそれが、普通のことだったのだから。
今まで、それでピンチを乗り越えてきたのだから。
「わかった。いいだろう」
そして聖剣は、詠唱を始めた。
「我、聖剣エクス・カリバー。聖剣の勇者、千鶴火憐と契約を結びし者なり。精霊よ、我に大いなる力をっ!」
みるみるうちに怪我は治り、痛みもなくなる。
よし、これで戦える、と。そう思ったときだった。
「……あれ……?」
なぜか俺の身体は、宙に浮いていた。真っ逆さまに落ちてゆく。
崖から落ちたのか。
気づかなかった。後ろが崖なんて、まさか踏み外すなんて、思ってもいなかった。
──だから言ったじゃん。
「……本当にいいのかって」
まさか──
「寿命が尽きた……?」
フフッ、と。そんな聖剣の笑い声が聞こえた。
「じゃあね、まあまあ楽しかったよ。695代目、聖剣の勇者様……」
プツリ、と。そんな音が聞こえると、全身の鎧が剥がれ落ちる。光となって、消えてゆく。
「なんで───」
悲しくて、悔しくて。
あいつを倒せなくて。殺せなくて。仇を打てなくて。
「なんで───」
惨めだ。あんなに殺したかった相手の、あの不気味な笑顔を壊せなくて。
嫌だ。まだ、死にたくない。死んじゃいけない。
あいつを殺してない。仇が打ててない。
「なんでなんでなんでなんで!!!」
そう叫んで、俺は涙を拭く。
もう、地面はすぐそこだ。
「あぁ………ごめん──南乃花」
そう呟くと、地面と激しく激突する。
そして、グシャリという音を立て、俺は──死んだ。
第2章 いつかあなたと見た世界 END




