性癖を晒す前に、叶えてほしい願いがあった。
10/27 修正しました。
シャワーを浴びていたのは、親父ではなく──金髪美少女だった。
身長は俺より高く、もしかしたら190センチを超えているのではないかというほどの長身だけれど、美少女というのには変わりなかった。
「おお、やっときたのか」
なんて言って、彼女はこちらを向く。腰まであった金髪が、優雅に舞った。
そうすることによって、まず目に入ってきたのは、男なら誰しもが釘付けになってしまうであろうその大きな双丘。いやいや、はっきり言ってしまえば、胸! 胸! 胸!
水に入れたら浮いてしまいそうな程大きく、まるで、甘い果実がたくさん入った大きな袋のようで、見入ってしまう。
しかし、先端にあるはずの突起は、垂れた金髪の所為で見えなかった。突起を囲む、ピンク色の乳輪の一部が僅かに見えている程度。見えそうで見えない、この絶妙な感じが、むしろ興奮してしまう。
そして、何と言っても足、である。
むっちりとした、肉付きの良い柔らかそうな太もも──からの、スラリと伸びた足。これでもかというくらいの合わせ技に、思わず言葉を失った。
「うむ、そうかそうか。そういえばそうだったな」
なんて、ひとりで勝手に納得して、ハッハッハと笑って。
「君は巨乳好きであり、太もも好きでもあったな。忘れるところだったぞ。なに、もっと見てもいいんだぞ? なんなら触っても──」
いやいやいやいやいや!
まあたしかに、触りたい、触りたいけれど!
「誰だお前は!!」
いくらそんなダイナマイトボディだからと言って、いくら誘惑してくるからと言って、それを忘れちゃあいけない。
堂々とシャワーを浴びているのだから、そりゃあ、泥棒じゃないとは思うけれど、しかし、じゃあ、こいつは誰なのだ、ということになる。
「? さっき会ったばかりじゃないか」
なんて。
「は?」
何言ってんだこいつ。
さっき会った?
そんなはずはない。こんな金髪、ましてや、こんな美少女には会ってないはずだ。
学校に行くときだって、学校から帰るときだって、コンビニに行くときだって、コンビニから帰るときだって。
「いやいや、お前とは会ってないぞ。お前の勘違いじゃないのか?」
勘違い。
それで勝手に人の家のシャワーを使われても困るけれど。
「いやいやいや、そんなはずはない」
しかしそれでも、彼女は俺の言葉を全力で否定した。
そんなはずがないと言われても、まあしかし、自分が気づいてないだけで、ということもあるかもしれないけれど。
「あ」
急に。
何かを思い出したかのように、声を出した。
「そういえばそうだったな」
そしてまた、ひとりで勝手に納得する。
「そういえば、この姿ではなかったんだな。忘れるところだったぞ、まったく、年を取るといけないねぇ」
年を取る、と言っても、まだ見た目は二十代、頑張れば十代でも通る(身長以外)けれど、年寄りのようなセリフを言っているのは、不思議に思うというか、不可思議に思うというか、不気味に思うというか、違和感があると言うか、そういうのを通り越して、少し面白くも見えてしまう。
「まあいい。見せてやるよ、魅せてやる。そうすれば、わかるはず。わからなきゃ、私は君を殺すまであるよね」
殺す、なんて、物騒なことを言う。
そんな綺麗な顔で、物騒なことを言われると、なんだか少し興奮してしまう。もうしてるけど。
「さあ、とくと見よ!」
そんな声が聞こえた、刹那──彼女の周りが光に包まれる。あんまり眩しかったので、俺は思わず目を瞑った。
「もう目を開けていいぞ──」
何分、いや、何時間。もしかしたら、一瞬なのかもしれない。
わからなかった。どれくらい経ったか、というのが。とにかく目を瞑るのに必死で、あまりにも眩しかったから、失明したくないから、ずっと目を瞑っていた。
「さ、これでわかるだろう?」
そして目を開け、目の前にあったのは──
「聖剣……?」
聖剣エクス・カリバー。
男心をくすぐる、白色をベースとした、金色の装飾が所々にある、そんな聖剣。
それが、お風呂の床にぶっ刺さってた。
床には大きな穴が空いていたけれど、そんなことには気付かず、目の前の光景を、ただ口を馬鹿みたいにポッカリ開けて、死んだ魚のような目で見ることしかできなかった。
目の前の光景が信じられない、と言うか。
受け入れたくない、と言うか。
どっちかと言うと、受けいれられない。
頭が追いついてこない、そんな状況であった。
「はあ、やっと理解してくれて、嬉しいよ。嬉しい嬉しい。じゃ──契約しよっか」
なんか知らんけど、喜んでくれたみたいだ。
「ん?」
いやいや、待て待て。
「契約ってなんだよ?」
すげぇさらっと言われたけれど、しかしまあ、なんだそれ。
「はぁ? 聖剣との契約だよ、契約」
「主従関係を結ぶとか、そんな契約?」
問う。
しかし、「ざんねぇ〜ん!」と、明らかに馬鹿にした顔(実際には見えないけれど、なんとなくそんな気がする)と態度で言われる。美少女だからなのか、いやいや、それ以外にはありえないけれど。とにかく、美少女だから、それさえも絵になってて、ムカつく。ムカつくけれど、なんかちょっと興奮する。まあ、もうしてるけど。
「何にもわかっちゃいないんだね、君は。普通、聖剣と言ったら勇者であろう?」
「ん? つまり、俺を、勇者にさせてくれるということか?」
勇者、とか。
『契約』と言うワードが出てきたときに、そりゃあ考えなかったわけではないけれど、それはないな、的な感じで除外したのだ。フェードアウトで墓地に送ったのだ。
「まあ、端的に言えば、そうなんだろうけれど、しかし、そう言うわけでもないと言えば、嘘になる、と言うわけでもないけれど……」
曖昧、と言うか、何だかよくわからない。
「うーん、簡単に言えばそうなのだろう。うん、そうだ」
と。
またひとりで納得して、ひとりで頷いて(頷くというのは、剣自体が曲がるということだ)。
「よし、契約しよう、そうしよう!」
「いやいや、契約って、何すんだ?」
何にも聞いていない。まあ、俺も何にも訊いていないけれど。
「簡単な話だよ」から始まったのはいいんだけれど、結局、数十分ほど無駄な話を聞かされたので、割愛。
◇◆◇
「そこでさ、私は言ってやったのさ──」
もう既に、話はまったく持って、意味のわからない方向に進んでいた。
お風呂にぶっ刺さった聖剣と話す、少年。ただでさえ意味のわからないこの状況で、こんな話を永遠とやるのだから、もう本当に、意味がわからなさすぎる。
「──んで、結局聖剣。俺はどうすればいいんだ?」
聖剣が三代目の持ち主に罵倒をしてやったという話の途中で、俺は訊く。
『俺はどうすればいいんだ?』
これについては、終始触れていない。
いやいや、これについてじゃなくても、全て無駄な話だ、雑談だ。
「おお、そうだったね、忘れるところだったぞ。まったく、年を取るといけんねぇ……」
それ、さっきも聞いたぞ、と言いたいところだったけれど、まあいいだろう。本当に年寄りなんだろう。
「なんせ、二千年とちょっと生きてるからねぇ……」
それ、キリストが生まれた頃に、こいつも生まれたってことかよ?
怖ぇよ、聖剣怖ぇよ。
「よし、教えてやろう。教えてやるぞ」
なんて言って、今度は光なしに人間の姿に戻った──いやいや、今度は服を着ているのかよ。
白いワンピース。
それは、金髪美少女の美しさを一層際立たせている。
ちゅうか、さっきの眩しい光は、多分演出だったのだろう。アニメとかの必殺技で、最初だけ派手な演出だけど、後から雑になっていくとか、そういうパターン。
「さあて、何から話すかなぁ…………そうだな。よし、じゃあ、まず君について話そう──君はね、寿命が長いんだ。どれくらい長いかと言うと、平均寿命の三倍くらい。いやいや、三倍以上だね、うん、そうだ」
うんうん頷いて。
いやいやいや、なんか、すげぇさらっと大事なこと言われた気がする。え? 寿命が長い? 平均の三倍以上? 舐めとんか。
「んで、寿命が長いから勇者になってもらう、というわけだね」
「いや、『わけだね』なんて言われても、どういうことか、いまいち、さっぱりわからないんだけれど」
わからない、と言うか、もう追いついてない。
衝撃の展開の連続で、頭が混乱していると言うか、ううん、やっぱり追いついていない、ということだわ。
「うーん、勇者は寿命使って戦うもんだろ?」
「いやいや、『もんだろ』とか言われても、聞いたことないから、そんなこと。聞いたことないのに、そんな『常識だよ?』みたいな顔をしないでくれ」
「勇者ってのは、チートな力を使うだろう? そんなのを使うのに、なんも代償と言うか、デメリットがなきゃおかしいじゃないか、と言うことで、アーサー王が勝手に考えた」
お、おう……?
なんとなくわかったような、でもやっぱりわからないような。
「ま、そういうことだから──」
くるりと一回転して、ニヤリと笑い。
「契約するから──願いを言いな?」
◇◆◇
願い──か。
「一応訊くけれど、何故、願いを訊く必要があるんだ?」
「うむ、簡単な話だよ。いくらチートな力が使えるからと言って、しかし、寿命を取るのはつまり、命を奪っていってると言うことだから、なんだかそれは、理不尽のように思えるから、と言うことで、アーサー王が決めた。勇者になるときに、ひとつ願いを叶えてやる、って」
「なるほどな……」
たしかにまあ、いくらチートな力を使えるからと言って、寿命を取るのだから、それなら、もうひとつ何かを追加してもいいだろう。
それで──願い。
「願い、ねぇ……」
「ああ、願いだ。お金持ちになりたいでもいいし、可愛い彼女が欲しいとか、有名人になりたいとか、何でも叶えてあげよう──何でも、だ」
「…………」
正直、叶えて欲しい願いなんて、いくらでもあった。何個でも、何十個でも、もしかしたら、何百個あったかもしれない。
しかし──『願い』と言われて、まず思いついたのが、思いついてしまったのは、最低で最悪の、ふざけた願いだった。
俺は思いっきり息を吸って、吐いて。
そしてもう一度吸って、ちゃんと彼女の目を見て。
「俺の母親を──殺してほしい……」