甘えていた、そんなことさえも。
戦闘描写が苦手すぎて、今回やる予定だった戦闘はしなくなりました。展開変わりました。
シャワーを浴びる。傷なんかは全て聖剣が治してくれているので、染みるということもなく、気持ちよく浴びることができた。と言うか、最近風呂に入ってなかったな。
部屋に戻れば、日和桜と、正宗がお茶してた。呑気だなぁおい。
「む、帰ってきたか」
ふたりは湯呑みを置き、ほっと息を吐く。
陽気な政宗であったが、今は、少し真面目な顔をしていた。笑いを堪えているようにも見えるけど、たぶん気の所為。そう、木の精。
「それじゃあ──聞かせてもらおうじゃないか」
◇◆◇
俺は話した。南乃花が殺された。悠莉が殺された。そんなことを、ところどころ記憶が曖昧なところもあったが、しかし、なるべく、正確に。どもったりしているのはいつものことなので、敢えてそういうのは言わない。いや、もう言っちゃってるな、うん。
「ほう──」
日和桜は、顎に手を当て考える素振りをしていた。隣にいる政宗も同じポーズをとっているみたいだが、こいつがやると、何だか、やはりバカっぽく見えてしまうんだよなぁ……。
「政宗」
不意に突然、日和桜は正宗を呼ぶと。
「出て行ってくれるか……?」
「…………はい」
へらへらと陽気な彼であったが、彼女のその一言で何かを察したのか、今度こそ真剣な表情になり(さっきは笑いを堪えているようにも見えたが、今は真面目そのものである)、部屋を出ていく。
「おい」
呼ばれる。向けば。
──バチンッ。そんな音が、この静寂に包まれていた小さな部屋に、響き渡った。
頬を、思いっきり叩かれたのである。
「何すんだよっ!」
俺は反射的に、怒鳴った。いきなり頬を叩くもんだから、つい無意識的に、そうなってしまう。でも、そんなことに後悔なんてしていない。するはずもない。叩いてきたのは、彼女なのだから。
しかし彼女は、そんな俺を軽蔑するかのような目で見、そして、たっぷりと息を吸うと。
「甘えるなっ!」
叫んだ。
雑音ひとつない部屋に、キーン、と響く。
「全部お前の所為だろうがっ! 赤城南乃花も、千鶴悠莉も! その青薔薇ってやつの所為じゃない! お前の所為だ! お前の所為で、彼女達は死んだ! お前の所為で、何にも関係の無かった彼女達が死んだんだ! お前はただ、自分の所為にしたくない、臆病者だ! 他人に責任を押し付けて、甘えているだけの、卑怯者だっ!」
甘えていた。そんな言葉が、俺の胸にぐさりと突き刺さった。
…………そうなのだろうか。甘えている、と言う自覚はないけれど、しかし、客観的に見れば、相対的に見れば、果たして俺は甘えているのだろうか。
これは──俺の所為なのだろうか。
「いいや、違う! 俺の所為じゃない! 俺の所為なんかじゃない! 俺の所為じゃ、いけないんだ……」
──違う。
「いや……、そもそも、あいつらの所為だろ! 彼女等が弱かったから、殺されたんだ! 俺は何も悪くない! 悪いのは、弱い彼女等なんだよ!」
──違うんだよ。
「だから彼女等の、自業自得でしかないだ!」
自業自得。
これは、彼女に向けた言葉だったはずなのに、何故だか、自分に言っているような気になった。ブーメラン、と言うべきなのだろうか。
いやいや、そんなはずはない。
俺は、確実に正しいことを言った、つもりだ。
そうやって──何度も何度も何度も、自分に言い聞かせていた。
「そんなんだから……」
すると彼女は、肩をわなわな震わせ、眦に涙を浮かばせながらも、しかし、強気な眼差しで俺を一瞥すると。
「お前がそんなんだったから、彼女等は殺されたんじゃないのか!?」
まだ、俺の所為にするつもりなのか?
俺の所為なんかじゃない。
俺の所為なわけがない。
俺は何にも、悪くないはずなのだ。
「まだ……分からないのか……?」
分かりたくもなかった。
分かったところで、俺は何もできない。
彼女は言う。ただの、臆病な、卑怯者、だと。
その通りなのだ。胸に突き刺さったのは、的を射ているからなのだ。
臆病で。卑怯で。
いつも逃げてばかり。
そんな俺には、贅沢すぎた。
彼女なんていらないし、妹だっていらなかった。
俺には何もいらないんだ。
最初から、俺なんていなければよかった。
俺がいたから。
彼女たちが巻き込まれ。
そして──死んだ。
「うわああああああああっ!!」
叫ぶ。
何故、こんなにも叫ぶのか。
分からない。
何も分からない。
でも、叫んだ。
叫び続ければ──何かが分かって、何かが解決すると、思ったから。思い込んでいたから。
「はっ、はあ……はあ……」
しかし叫んでも、残るのは虚しさと、急に静かになったことで生まれた、妙な空気だけで。
「南乃花……悠莉……」
結局、彼女等を貶めるどころか、忘れることさえも出来なくて。
だから、俺は──
「今、千鶴火憐に出来ることは、いったい何だ?」
さっきまで黙って俺を、軽蔑する如く見ていた彼女は、今度は少し柔らかい視線を俺に向け、訊いてくる。
出来ること。
──何もなかった。
何もできない。本当に、何も出来ない。
青薔薇を倒すことだって。
そりゃあ、俺は仇を討ちたい。
でも。
そんなことは無理だ。
一度負けた相手。
そんなものに勝てるはずがない。最初から、そんなことは決まっているし、自分自身、分かりきっていることだ。
「そうやって……、諦めるのか……?」
彼女は問う。
『諦めたらそこで試合終了だよ』なんて言葉があるように、当然、諦めたらそこで終わりなのだ。んなことは、俺でさえ分かる。
しかしながら。
「どうしようもないってときも、あるだろう……」
どうしようもない。
どうにもできない。
──今の俺では。
「なら……」
彼女は重い腰を上げ、そして。
「私が手伝おう……」
静かに、呟やくように、しかしはっきりと、言った。
◇◆◇
いつもの公園へ行く。
マーズと地球を繋ぐ、唯一の場所。
そこに。
聖剣はいた。
不気味な笑みを浮かべ。
「やぁ、まだ死んでなかったのかい?」
笑いながらそう言った。
「あぁ、 "まだ" な」
「それ、何だか此処に死にに来た、って聞こえるんだけど、気の所為?」
それに、と聖剣は続ける。
「桜まで来ちゃって……」
俺の隣にいる日和桜に目線が行くのが分かった。
彼女は名刀正宗の柄を握りしめ、真剣な表情で立っている。
「桜、君も死にに来たのかい?」
聖剣の問いに、日和桜は首をふると。
「死にに来たんじゃない。大切な友達を、仲間を──助けるために、来た」
そうきっぱりと、彼女は言い放ったのであった。




