決意を固めた彼は、死にたいと言う。
「南乃花……」
ベッドの上で、手を伸ばした。そして、掴む。しかし掴んだものは、せいぜい空気くらいで、後は何も無い。確かにあったはずのそれは、もう無かった。
「お兄ちゃーん!」
一階で、悠莉の声がした。聞きたくない。昨日と同じように、俺は耳を塞ぐ。布団に潜って耳を塞ぐ、まるで傍から見たら親から逃げるヒキニートそのまんまで、笑いすらでなかった。
悠莉が叫ぶのをやめたころに、俺はまた体勢を戻す。
しばらくして、もう一度手を伸ばす。でも、やっぱり、空気以外、特に掴むことのできるものは無かった。
もう何度手を伸ばしだろうか。何度彼女の呼びかけに、耳を塞いだだろうか。
今日で、二日目。彼女がいなくなって、二日目。あの学ラン姿の青薔薇と出会って、二日目。
昨日から外に出ていない。部屋の外から出ていない。ずっと、ベッドの上で、こんなしょうもないことを、ずっと、二日間もやっていた。
「南乃花……」
何度も何度も、彼女の名を呼ぶ。呼ぶ度に、涙が出てきて、虚しくなってくる。
──どうして。
どうして、彼女なのか。彼女が何か、悪いことをしたとでも言うのだろうか。
──それとも……、
「俺、か……」
俺の所為だ。完璧に、完全に、紛れもなく、俺の所為である。俺がもっと強かったならば、彼女を守ることなんて、容易に出来ただろう。
でも俺は、楽に強くなろうとして、強くなった気でいて、本当は弱かった。俺は弱い。そう、弱いのだ。聖剣の力に縋り、勇者という肩書きしか持たない、ただのひ弱な、普通の高校生なのだ。
「南乃花……」
また、呼ぶ。そしてまた、涙を流す。
あれから何時間経っただろうか。悠莉が帰ってきた音がした。ドアを開ける音、ドアを閉める音、廊下を歩く音、リビングのドアを開ける音。その全てが、不快に感じるようになった俺はもう、重症なのであろう。
「お兄ちゃーん!!」
またしばらくして、彼女の声が聞こえた。いつもの如く、ヒキニートよろしく、耳を塞ぐ。
やがて彼女の呼びかけも終わったのか、耳をすませても声も聞こえなくなったので、ゆっくりと体制を戻していると。
コンコンコンと、音がした。ドアをノックする音。しつこいな、面倒くさいな、なんて思いながらも、また耳を塞ごうとすると。
「お兄ちゃん! いるなら、返事ぐらいして!」
なんて声が聞こえてくる。一応彼女は、心配してくれているのだろう、そうだ、そうに違いない。
俺はそう思い、悠莉が大好きだと言うアニソンを、大音量で流す。それはそれは、騒音で近所迷惑になり、苦情が出そうなほどの大音量で、思わず俺も苦情を出したくなるほどである。あまりにもうるさいので、数秒でアニソンを止めた。
「よかった、いるね……。…………ねぇ、部屋から出てきてよ。このままだと、お兄ちゃん死んじゃうよ」
死ぬ? そうか。
──死ねば、南乃花とも会える。
簡単なことであった。この世、と言うかそれはあの世なのだがとにかく、兎にも角にも、天国と言う概念があるかは分からないけれど、しかし、聖剣なんていうお伽話じみたものがあるんだ、どうせ天国ではなくとも、似たようなものがあるはず。じゃあ、このまま死ねばいいんだ。盲点だった。
俺は、心の中で悠莉にありがとう、と言いながら、また寝ることにした。いや、また寝ると言っても、さっきまで寝ていたというわけでもなく、むしろ、最後に寝たのは昨日の夜というけっこう健康的な生活を送ろうとしているまである。二日間、何も食べていないので、もう声を出す元気すら無いわけなんだが。
もうちょっとだからね、南乃花。
──もうちょっとで会えるからね。
俺は死ぬ。たぶん、一週間ほどで。一刻も早く死にたい。しかし、気持ちの整理なんかもしたいので、じゃあ、それぐらい間があったほうがちょうどいいのだろう。
おやすみ、南乃花。俺、もうちょっとで死ぬからね。
こんな感じです。暑さで何も考えられません。ありがとうございました。




