/最後の魔法使いへ
その昔、お城のダンスパーティーにいけない娘にドレスと馬車を用意してやった。
その昔、死の呪いをかけられた娘の命を救うため、百年の眠りにつかせた。
その昔、ごうつくな女王の頼みに応え、なんでも答える魔法の鏡を作った。
その昔、人間の王子と結ばれたいと願う人魚の為に美声と引き換えに足が生える薬を与えた。
その昔、戯れで作ったお菓子の家に家出してきた子供たちがやってきたのでもてなした。
さまざまな人間の人生に足跡を残してきたが、ついぞ感謝をされたことはなかった。
ダンスパーティーにいった娘は王子と結婚したが、その結婚式には呼ばれなかった。
百年の眠りについた娘は、隣国の王子によりその呪いを解かれ幸せになったというが、その頃には存在を忘れられていた。
魔法の鏡を得たごうつくな女王はその後、娘の結婚式に真っ赤に焼けた靴を履かされ、死ぬまで踊らされたらしい。報酬はもらえなかった。
地上に出た人魚は声が出ないことで振られてしまい、あえなく泡になって海に消えたらしい。
あの頃は海に住みたいという気持ちだったが、後味悪くて引っ越した。
家出してきた子供たちに、親が心配するといけないから家に帰るようにと諭したら、逆上した兄妹にかまどに突き落とされた。
感謝してほしかったわけではない。
せいぜい、「ああ、良い事をしたなぁ」くらいの満足感が欲しかっただけだ。
長い長い時間の中で、周囲に取り残されるこの身は、誰かの役に立つことでしか語り継がれることもなく、忘れられていく存在だと思っていた。
だから、私は自分の持つ力を、助けを求める人間のために行使してきた。
ただ、こうして長い人生を生きてきたことで気付いたことがある。
歴史は、その時代を生きる人たちにとって都合の良いものに書き換えられる。
気が付けば私たちは人間社会にとって「悪」とされ、神々に背を向けた邪教の信徒であり悪魔の使いであり、隙あらば人々を誘惑する悪魔そのものになっていた。
なっていた、というのも、そもそもそういう奴もいただけで、それは人間の中でも同じことだとは今でも思う。
いいか?私たちはもう、この時代においては唯一の存在だ。
この力は人を幸せにもするが、幸せにしてもらえなかった人から見れば、悪魔の力でしかない。
妬みは憎しみに変わり、人々は私たちを弾圧するだろう。
私たちは人々の社会の中で、人間として生を全うし、ひっそりと朽ちていくことにしよう。
いずれこの力の使い方も廃れ、人々の記憶からも消えていく。
なんにせよ、この世界にはもう、お前と私のたった二人だけとなった。
お前には生きるために必要な知識も、力の使い方もすべて教えた。もう何も、伝え損ねたことはない。
あとは…そうだな。
これは謝らなければならないことだが、人間らしい生活をさせてやることができなかったな。
雲の上も、溶岩の中も、海の中も、あらゆるところにお前を連れまわしたが、ついぞ、友を作る機会を作ってやることができなかった。
この老いぼれに、どれだけのことがしてやれたか…。
これからお前が一人で生きていくことに、まぁ心配はしていない。
上手くやることだろう。何せ私の孫だ。器量もよいし、たくましく、優しく育った。
さぁ、旅立つがいい。お前が、光多き道を歩めるよう、願っている。
この世でたった一人の魔法使いよ。そなたの人生に幸多からんことを。
…いかん。ちょっと涙もろくなってる。
いかんな。ばーちゃんももう歳だ。
早く行け。森を抜ける前に暗くなるといかんからな。荷物の確認はもう大丈夫か?水筒は余分に持って行けよ?
毛布も替えを…あぁ、いかん。キリがない。
では、行ってこい…。