第6話 再びの失態、近づく救い
QOでは今日からまたイベントが開催される。
エントリーしたプレイヤー達が5人ずつの2チームに分かれて行うバトルロワイヤルだ。期間内なら何度でも参加可能。
制限時間は5分で、HPが残っている人数の多いチームが勝利となる。同数の場合は、全員がHP100の状態で始まるサドンデス形式で勝利チームを決定する。
報酬は勝利したチームと最もダメージを与えたプレイヤーに与えられる。
普段は他のプレイヤーに攻撃することはできないが、このときのみその制限が解除される。また、レベルは全員固定の値に揃えられる。
また、回復技と状態異常技はそれぞれ1チームにつき3回しか使えない。
対戦ステージは3種類あり、その全てに異なるギミックが設置されている。対戦時には3つのステージからランダムで選ばれたものを舞台に戦うことになる。
定期的に開催されているのだが、最近は新ステージの追加や報酬の変更などもほとんどなく、プレイヤーからはマンネリ化しててつまらないと言われ不人気となっていた。
これではいけないということで、今回からは大幅に変更を加えての開催となる。
具体的には新ステージの追加、既存ステージのギミック調整、報酬の見直し、そして新システム「反逆ルーレット」の実装だ。
今のところは、ステージのギミック調整と反逆ルーレットについてのみ簡潔に解説する。
既存ステージのギミック調整については、一例を挙げるにとどめることとする。
開始時は何もないシンプルな正方形の空間だが、壁から仕切りが飛び出したり引っ込んだりすることによって複数の空間に区切られるというステージがある。
しかし、あまりにも区切り方のパターンが多すぎて覚えきれないというプレイヤーからの意見が出て、今回からパターンが適度に単純化された。
反逆ルーレットとは、両チームの残り人数に2人差がついたときに、1回だけ残り人数の少ないチームにルーレットで選ばれた効果が発生するシステムだ。
効果には残っているプレイヤーのHP回復、プレイヤー1人復活、相手チームが全員何かの状態異常にかかる、などがある。
これらのテコ入れの内、良人は主に新ステージと反逆ルーレットに関わった。
時刻はもうすぐ午後3時。あと数分でイベント開始だ。
運営チームの皆が真剣な表情で待機している。
――さて、彼らの努力は実を結ぶのか否か。
※
その4日後、イベントが終了した。
結果から言うと、テコ入れのほとんどが大失敗に終わった。成功と言えるのは既存ステージのギミック調整くらいだ。これだけはプレイヤーのほとんどが満足した。
では、それ以外について何が悪かったのか見ていこう。
まずは追加された新ステージからだ。
QO四大都市の一つであるユレミーの街に似た、うろのある巨大な樹木どうしに橋を架けたステージだ。樹上へは縄はしごで登るのも一緒だ。
ただ、ユレミーと違うのは橋が吊り橋になっていて不安定なところと、たまに木の根が動き出してプレイヤーを襲うところ。……あ、全体的に暗いということもそうだ。
これの何が悪かったのか。それは、役職の一つである忍との相性が良すぎたことだ。
忍はLv.85で足音を一切立てなくなる特性を手に入れ、またLv.108で10秒間だけ周りから姿が見えなくなる(ただし影は見える)《忍法布隠れ》という技を習得する。さらに忍の敏捷力ステータスは高い。
これらの特性と新ステージの特徴が合わさると……
1.忍が姿を消す
↓
2.うろへ忍者刀でプレイヤーを切り裂きつつ移動するかor普通に移動してから、ほとんど真っ暗で中が見えないうろから手裏剣やくないなどの遠距離武器で攻撃
↓
3.攻撃せずにうろからうろへの移動を数回繰り返して撹乱
↓
4.切り裂きつつ移動orうろから手裏剣やくないなど(以下2と3をループ)
というコンボができる。
これには、布隠れが発動してから再使用可能になるまでの時間が13秒と極端に短いことと(つまり効果が切れてから再使用まではたったの3秒)、前述の通りうろの中はとても暗いので効果が切れていてもよほど近づかなければ見えないという仕様が絡んでいる。
対策はほとんどないに等しい。
例えば、木は大量にあるので、うろで待ち伏せするという戦法は5人程度では機能しない。
また、地面の草が踏みしめられるのをみて位置を把握するという戦法も、ステージが暗いためほとんど地面が見えず不可能に近い。
これらの理由から、忍は新ステージでそれはそれは猛威を振るった。
当然のことながら、忍以外のプレイヤーは不公平を嘆き、運営に改善を求めた。
しかし、イベントにおいて発生したとあるバグの修正作業で忙しかったこともあり(やはり良人が調べに行った)、運営チームの対応は遅れた。
そのせいでさらに批判は膨れ上がった。
ちなみに、運営チームは木のうろを廃止する代わりに、定期的に風で葉っぱが飛び散り、それに当たると僅かではあるがダメージを受けるギミックを追加するという対応をとった。これは比較的受け入れられた。
また、イベント終了後には忍法布隠れの再使用にかかる時間を13→25秒へと延長した。当然イベントも関係あるが、この効果でこの待機時間というのは短すぎたことに運営は気付いたのだ。
次は反逆ルーレットについてだ。劣勢から反撃へ転じるためのものなのに、ルーレットの中に1つだけ、劣勢のチームがさらに不利になる効果があったのだ。自分たちの攻撃力(魔法、物理両方とも)が下がるというのがそれだ。
これを提案したのは良人容疑者で、ギャンブル性を加えたかったと供述している。余計なことを。
当然プレイヤーからの評判は散々だった。
最後は報酬についてだ。
前よりは良くなったがもう一声ほしいという意見が多かった。
解説の量が後になるにつれて減っている気がするのは気のせいだと思いたい。
※
こんな体たらくで、イベントは大失敗だった。
イベント終了日の運営チームは、空気がひどく重苦しかった。
「今日はこれから反省会ね……酒飲みながらとかじゃなくてマジなやつよ」
「やっちまいましたね……」
「まあまあ、しっかりと反省して次に繋げれば問題はないさ。……この一件でプレイヤーが減るという危惧を除けばね」
栗山と小松原を吉川がなぐさめるが、そう言う吉川の顔も暗い。しかも後半はなぐさめではない。
そして、良人も他のメンバーと同等、いやそれ以上に落ち込んでいた。今回特に批判の対象となった、新ステージと反逆ルーレットは、両方とも良人が深く関わっていたからだ。
「この前もやらかしたのに何浮かれてたんだよ俺は……ほんとバカだった!」
「やけになるのだけはダメだからね。気持ちは分かるけど……」
栗山にたしなめられる。
「そうですよね……帰ったら1回頭冷やさなきゃな」
良人は少しだけ落ち着いたようだった。しかしその時、
「寒川くん! 私と君が社長室に呼ばれたよ」
不安がありありと見てとれる顔で吉川が言った。
「そうですか。……行きましょう」
※
場所は変わって、ここは株式会社ラッキーマレットの社長室。
「君たちも用件は分かっているだろう」
厳しい顔で出迎えたのは株式会社ラッキーマレットの社長、戸田瑛一郎だ。御年63歳。
「はい、もちろんです」
「私も分かっております」
2人とも怯えの色を隠しきれていない。
「単刀直入に言う。QO運営チームの責任者である吉川君は2ヶ月の減給。今回批判の多かった2つの案件ともに深く関わっており、なおかつこの間も重大なバグを起こした一番の原因となったばかりの寒川君は1ヶ月の減給だ」
そっけなく冷静な声が社長室に響く。しかし、その直後に、
「私も好きでこういうことをしているわけではないんだ。自らの責任を重く受け止め、反省して次に生かしてほしいとそれだけを思っている。綺麗事に聞こえたなら申し訳ない」
予想外に優しい言葉がかけられた。
「いえそんなことは。全力で精進いたします」
「私も、これを反面教師にして努力いたします」
「うむ、頑張ってくれたまえ。私はこれから他社の者と話をしなければならぬので、今日は以上だ。部署へ戻ってもらってかまわない」
「「失礼いたします」」
※
「ほんと、神妙に受け止めないとならないな」
「その通りですね……」
すこぶる真面目な顔で語りながら、2人は部署へ帰る。
扉を開けると、栗山と小松原がまくし立ててきた。
「一体どうなったんですか!?」
「よその部署へ飛ばされるとかじゃないわよね!?」
「まあ2人とも落ち着くんだ。俺は2ヶ月、寒川は1ヶ月の減給だ」
「やっぱり責任は取らされるんですね……でもここにはいられるとのことなのでその点はよかったです」
「ほんとに心配したわよ……」
栗山と小松原は少し安心したようだ。
プレイヤーへの対応もあらかた済み、ひとまず一件落着……と思われたのだが。
※
その日の夜遅く、神奈川県相模原市にあるアパートの一室。
良人はうなだれていた。まだ割り切れていなかったようだ。
「反面教師にして頑張るといっても、能力がなければ何にもできないよな……」
独りごちてから、ぺちぺちと両ほほを叩くことで気を引きしめ直そうとしてみる。
『落ち込んでたら何にもできないぞ自分! ……まあすぐには吹っ切れられないからQOでもやって気分転換することにしよう』
そう思い、ケーブルに繋いだヘッドギアをかぶってベッドに横たわる。
※
気分転換のためにパーッと狩りに行こうとしたスイチャオだが、どうにも気分が乗らないので何か別のことをしようとした。
少し考えてから、いいことを思いついた。ユレミーの街に大量にあるハンモックで揺られてまどろむのだ。
思い立ったが吉日。スイチャオはすぐにユレミーへ向かった。
※
ユレミーの中心部から少し外れた森の中で、ハンモックに寝転がるスイチャオ。
ここなら森パワーもあって気分が安らぐだろう……と思って来たものの。
することがないので必然、ここ最近自分が起こした2つの失態について考えてしまい、意識が深く暗いところへと沈んでいく。自分の職務について真面目な彼は、自らの仕事のミスから目をそらそうとしても上手くいかないのだ。
「どう考えればいいんだろうかこれ……」
そう弱々しくつぶやいたのと同時に、フレンドからのメッセージが届いたことを示すアラームが鳴った。
ナツメからだった。