第5話 内気な彼女は追想する
良人たち4人が居酒屋「はまなす」で飲んでいる頃――
ここは九州のとある田舎町。
一人の少女がベッドに寝転がって何やら思い返しているようだ。時々顔が緩んでいる。
何を思い返しているのか見ることにしよう。
※
一月ほど前、QO4大都市の中でストーリー上2番目に訪れる街、《マクバート》でのこと。
伝統的な街並みが今でも残るこの雪国の地には、隣り合って建つ3つの塔がある。
そこで今行われているのが、階層ごとに住み着くボスと連戦しながら7層ある塔を登っていくイベントだ。
一層クリアするごとに、宝箱(2回目以降のクリア時は出現しない)、回復ポイント、離脱ポイント(ログアウトはここからのみ、次回ログイン時は塔の前から)、それから次の層へのワープが出現する。そして、プレイヤー側が全滅すると塔の前まで戻されてしまう。
3つの塔はそれぞれソロ(1人)、ペア(2人)、パーティ(5~6人)専用だ。
それぞれの塔で出てくるボスは異なり、プレイヤー側の平均レベルに合わせてステータスや使用する技が変わる。また、宝箱とは別にアイテムを落とす。
そんなイベントを攻略したいがために、一人の弓使いの少女がペア専用の塔の近くに佇んでいた。そう、さっきベッドに寝転がっていた子だ。
ソロ専用の塔は既に全層クリアしたので、次はペア!……といきたいところなのだが、実はこの少女、酷く口下手なのだ。
いつもなら、一緒にこのゲームをしている2人のリア友のどちらかとペアを組めば解決する話なのだが、今日はどちらとも都合がつかない。かといって、今は現実でもQOでも他にやりたいことがないため、何とかしてペアを組んでくれる人を探して攻略するしかないのだ。
「わ、私とペアを組んでもいいという方はおられますか……?」
辛うじて絞り出した声は頼りなく、不規則に揺れる。
この塔の前にいるプレイヤーのほとんどは、既にペアを組んだ状態でやって来るか、ここでパートナーと待ち合わせているかだ。だから、そもそも現地でパートナーを探そうするプレイヤーの絶対数が少ない。
そんな数少ないプレイヤーは、頼りなさげな少女なんかよりも、堂々とした出で立ちの者を選ぶだろう。
そんなわけで、人通りの多い場所でかれこれ10分は勧誘を続けているというのに、一人もペアを組んでくれるという者は現れない。
視線を向けるものはあるが、ほとんどが一緒に行く決まった人がいないことへの哀れみか性的なものだ。どっちみち気分のいいものではない。
少女は諦めかけていた。ついたため息が白い。
そんなとき、やっとのことで少女に声を掛ける者が現れた。
「そこのお嬢さん、よかったら俺とパーティ組んでくれないかな」
「……あ、ありがとうございますっ! もちろん、喜んでお受けいたします。よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくな。俺はスイチャオ、どこにでもいるただの剣闘士だ」
「私は《ナツメ》と言います。弓使いです」
お互いに自己紹介を終えて、二人で連れだって塔の入口へと足を運ぶ。
「あの……1つお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」
「何でもどうぞ」
「なぜ、こんな弱っちそうな私を選んでくれたのですか?装備はそれなりにいいものを頑張って揃えましたが、見た目はお世辞にも頼れそうとは言えないと思います」
「とても真剣そうだったからだよ。ものすごくこのゲームが好きで、だから頑張りたいって思いが伝わってきた。あってるかな?」
「はい。今まで生きてきて一番夢中になったゲームです。ゲームの腕はあんまりだと思いますが、努力はたくさんしてきました」
それを聞いたスイチャオはなぜだかとても嬉しそうな表情をしてから、
「そう言ってくれる人がいるのか。俺もこの仕事してて良かったと思えるな」
と、ナツメに聞こえないようにつぶやいた。
「え? 今なんておっしゃいました?」
「気にするようなことじゃないよ」
スイチャオは朗らかに笑っている。
※
塔の入口へ着くと、
七輪塔〈ペア専用〉に挑戦しますか?
→Yes No
という選択肢が出た。迷わずYesを選ぶ。
2人は強敵たちとの連戦を始める。
1層のボスは、《パリアッチョ・フェローチェ》。イタリア語で「残忍なピエロ」の名が示す通り、巨大な球に乗ったどぎつい顔のピエロだ。
なぜイタリア語なのかは気にしてはいけない。
塔に入った2人を高笑いで出迎えるのもそこそこに――
瞬時にボールにしがみついて飛び上がる。
視界から敵の姿が消えても、影までは消えない。
2人とも事前に情報は集めていたので動揺はしない。
パリアッチョ・フェローチェが落ちてきたとき、2人は落下地点からかなり離れた場所にいた。
それを四方の壁も利用しつつ複雑な軌道で数回繰り返すが、これはパターンが決まっているので比較的楽に避けられた。1層のボスなのでまだそこまでは強くない。
存分に敵が跳び跳ね終わったところで、2人はまだ動けない敵に攻撃を繰り出す。
「《スプラッシュ・コークスクリュー》!」
ナツメがかわいらしい声で叫び、技を放つ。
この技は、渦潮をまとって回転する巨大な矢を射ち出して攻撃する、弓使いがLv.113で覚える水属性の技だ。装甲の硬い敵に攻撃しても弾かれない(ダメージの減衰がない)という特性を持つ。
スイチャオも剣を振るう。
「《クワトロ・バイラール》」
右から左への水平斬り→斜め上方への斬り上げ→真下への斬り下ろし→バック転しながらの斬り上げ、という4連撃。剣闘士がLv.119で習得する。
「次、来るぞ!」
「はい!」
声を掛けあいながら戦闘を進めていく。
高速移動でプレイヤーを捕まえた後、一時的に下げた天井にジャグリングで幾度もぶつけるという技には悩まされたが、それ以外は苦労せずに済んだ。
――4分ほど経ったころに撃破した。
残念ながら2人ともレアドロップは入手できなかった。
※
2人は塔を登っていく。当然苦労は多かった。
特に6層の巨大ナマズ《ナイノカミ》には手を焼いた。
定期的に、一定時間地面をぬかるんだ沼にしてくるのだ。こちらは自由に動けないのに向こうは激しく攻撃を加えてくるので、プレイヤー間でも7層のボスより強いと評判だった。7層のボス《マスター・チョコラッテ》も最後の敵としてふさわしい強さではあるのだが。
そんな困難を乗り越えて、2人は全7層をクリアした。
「やりましたね、スイチャオさん!」
「お互いよくやった、お疲れ様!」
喜びを分かち合う。
2人とも晴れやかな顔をしていた。
2人は7層にあるワープで塔の入口まで戻った。
「よろしければ、フレンド登録していただけますか?」
「もちろんいいぞ」
これで相手へメッセージが送れ、またログインしているかどうかと(ログインしている場合は)大まかな現在地を確認できる。
「今日は本当にありがとうございました!これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそありがとう。一緒に狩りに行きたくなったらいつでも言ってくれ」
※
スイチャオと別れた後、ナツメはマクバートの外れにある喫茶店へ向かった。こじんまりとして落ち着けるのでお気に入りの場所だ。
ジャスミンティーのホットを注文する。
運ばれてきたジャスミンティーを飲みながら、スイチャオのことを思う。
「すごく優しい人だったなぁ……」
ナツメの父親は単身赴任でほとんど帰ってこず、母親は企業務めで帰ってくるのが遅い。そのため、両親からは大切に育てられているものの、愛情を向けられる時間は少ないのだ。
そのため、親のような存在が欲しいとずっと思ってきたけれど、今までは見つけることができなかった。
それが今、ようやく叶ったのだ。
自分をいやらしい目で見ることもない上に、気が弱くて恥ずかしがりやな自分でも、優しく愛情で包みこんでくれそうなあの人。流石に心を許すのが早すぎると思わなくもなかったが、そんなことはどうでもいい気がしたので、この気持ちに身を任せることに決めた。
自分の抱いた家族愛(に限りなく近いもの)を噛みしめるように、ナツメはゆっくりとジャスミンティーを飲み干した。
※
それからは、ナツメが一緒にいたくてもお互いほとんど都合が着かず、今に至るまでに会えたのは最初に出会った後は2回だけだ。
その両方とも、愚痴や悩みをたくさん聞いてもらった。スイチャオはその全てを熱心に聞いてくれて、こうしたらいいかもしれないという提案もしてもらった。頭をなでてもくれた。
全ての反応が優しさにあふれていて、本当に親のようだった。
「大好きです。3人目の親として、だいすきです」
ベッドに寝転がりながら、最高の笑顔でつぶやいた。
※
一方、スイチャオ=良人のほうも、ナツメとの出会いは強烈に印象に残っていた。
その頃の良人は、毎日のように迫りくるプレイヤーからの批判や要求に気が滅入り、自分の仕事に自信を持てなくなってきていた。
プレイヤーは本当に楽しんでくれているのだろうか。自分のしていることで、誰かを喜ばせられているのだろうか。普段は熱い性格の良人ではあるが、ごくたまに弱気になることがあるのだ。
そんなときに出会ったのがナツメである。彼女は心からQOを楽しみ、この仮想世界を愛していた。
自分の努力は無駄ではなかったと、あの少女が気づかせてくれたのだ。だからナツメには心から感謝している。
その上、彼女は優しくて態度も上品な、ものすごくいい子だ。
しかし、良人には1つ懸念していることがある。
それは、ナツメが自分のことを頼りすぎていることだ。
彼女の事情はざっくりとだが聞いた。親のようだとも言ってくれた。
理由は分かるし、そう思われるのも当然嬉しい。だから親のような態度をとってしまう。
だけど、ある程度は距離を置かねばならない。そのはずだ。限りなく境界が曖昧ではあるが、ここは現実世界ではない。彼女はできれば現実に親のような存在を求めるべきだ。その人に責任を押しつけるようだが、自分が引き受けるのはあくまで一部分にとどめるべきだ。
次に会ったらそこをちゃんと伝えなければと良人は思った。
4人で飲みに行って、その途中で恋人の家に泊まりに呼ばれた翌日の思考だ。
昨日良人が皆に言おうとした、今までこの職場で働いてきた中でもっとも印象的なこととはこれだった。