第3話 眠れる黄金虫
虹色の光の中から、まばゆい金色をした巨大な蛾、レギネスクイーンが現れつつある。
明るい黄金の体が七色を照り返す様子は思わず見惚れそうなほどに美しいが、そんなことをしている暇はない。
ライムが魔法を発動させようとしている。敵の出現と同時に撃つのだ。
スイチャオとるーべるとも初撃で決まらなかった時のために、いつでも動けるよう待機している。
レギネスクイーンが完全に姿を現した。そのタイミングで、
「《レッツ・ナップ》」
暖かな光がスイチャオ達とレギネスクイーンの周りを包む。
レッツ・ナップは、日なたぼっこにちょうどよいくらいの太陽光を発生させて範囲内にいる敵をおねんねの時間に誘い込む、《光魔法》スキルのランク30で習得できる魔法だ。余談だが、QOでは攻撃は他のプレイヤーに当たらない仕様となっている。
スキルはレベルアップで手に入るSPを使って習得する、戦闘用からそうでないものまで様々な種類のある能力のことである。
使用回数によってランクが上がり、新しい技を覚えたり効果が上がったりする。最大ランクは40で、一度に覚えられるスキルの上限はレベルによって6~15個だ。
スキルの習得自体は上限を越えてできるが、その場合、余ったスキルは控えに回る。控えとのスキル構成の入れ換えは戦闘時以外ならいつでも可能だ。
ライムの放ったレッツ・ナップは効かなかった。まあもともとスイチャオ達は一発で決まるとは思っていなかったが。
同じ魔法でも、もうひとつの魔法職である神官のほうが追加効果の発生率が高いのに加え、レギネスクイーンの睡眠耐性が(他の状態異常のように無効ではないが)高いからだ。
レギネスクイーンが巨大な毒針を突き出しながらるーべるとに向かって突進していった。
……レギネスクイーンの突進は、ホーミングするものの速さはそこまででもない。だから、今のるーべるとのように盾で受け流しつつ槍で一撃入れるなんてことも可能だ。
スイチャオも動く。ライムがもう一度レッツ・ナップを放てるようになるのにかかる時間、20秒を稼ぐために。
るーべるととアイコンタクトを取ってから、背中に装備されている投擲用の槍、ピルムをレギネスクイーン目掛けて放った。
「――来やがれ!」
この投擲自体は無視できない威力ではあるが、ダメージ目当てではない。敵の注意を引くためのものだ。
狙い通り、こちらを振り返ったレギネスクイーンがすぐさま突進してくる。
生い茂る草にやや足を取られかけるが、避けて敵へ視線を向ける。
――と、向き直ったレギネスクイーンが唸り声を上げながら光弾を扇状に3発発射していた。
普段なら回避が間に合うのだが、草に足を取られそうになったのが響いて気付くのが遅れたのだ。
着弾。
スイチャオは大きく吹き飛んだ。
「大丈夫ですか!」
「無理はダメだよ!」
2人の声が飛ぶ。
急いで立ち上がったスイチャオは力強く言葉を返す。
「ダメージもそこまでじゃないし大丈夫です! 今度はしっかりしますね! 心配かけてすみません」
その直後、ライムの方へ体を回したレギネスクイーンの方へるーべるとが向かい、敵が即座に振り下ろしてきた光の鞭を受け止めたところで、20秒が経った。
ライムが再び魔法を放つ。
「今度こそ当たれ~! レッツ・ナップ」
2回目は成功した。よかった。
スイチャオは気を抜かず、あのバグ報告が真実なのかを見極めるため、すぐさま眠るレギネスクイーンのもとへ疾駆する。
スイチャオは片手剣を抜いて切りつける。普段ならここで敵は起きるのだが、そのような動きはない。
あの報告は本物だった。今までも他のプレイヤーがこのようにして倒すのを見てきたが、スイチャオはこの瞬間初めて実感した。
他のプレイヤーならここで喜ぶのだろうが、この現象とレギネスクイーンを生んだ者の一人であるスイチャオには、むしろ悲嘆の念しか涌かなかった。
スイチャオは他の2人と共に、眠ったままになっているレギネスクイーンを一方的に虐殺中だ。
実況の価値もないので、この時間を使い属性について説明しようと思う。
属性は炎、水、氷、雷、風、土、光、そして闇の計8つだ。以下に属性の相性を掲載する。
炎→氷→風→土→雷→水→炎
闇←→光
矢印が出ている属性は、その矢印が向いている属性を得意としている。逆に矢印が向いている属性は、その矢印が出ている属性を苦手としている。
得意な属性に攻撃するとダメージが1.5倍になるが、苦手な属性に攻撃するとダメージが0.7倍に落ちる。
属性のない攻撃も当然ある。また、闇属性と光属性は上記のようにお互いを弱点としている。
レギネスクイーンを狩り終わった3人は、挨拶とフレンド登録をして別れる。
「楽しかったですぞ! またパーティを組んで狩りをしましょう」
「今日は本当にありがとねー!」
「こちらこそありがとうございました!」
笑顔で返事をして手を振り、その場を後にする。
直後、スイチャオの表情が曇った。理由は2つ。
急いで職場へ戻らねばという焦りからミスをしたことと、本当にまずいバグを引き起こしてしまったという事実を改めて認識したことだ。
バグについては言い逃れの余地などないが、あの場で焦ってしまうのはある程度は分かる気もする。今回は、辛辣な感想を述べないでおこう。
ルピーズの町へと歩くスイチャオの後ろ姿が、どうにもちっぽけに見えて仕方がなかった。
現実世界へと良人が帰還する。急ぎ足で部署へ向かう。
部署のドアを開けて開口一番、
「やっぱり本当にバグがありました!」
「気持ちは分かるんだが、もう少し声のトーンを下げてはくれないか。それと報告フォームで連絡しろと言ったろう」
苦々しい表情で吉川が口を開く。
「そうと分かれば、すぐ直さないとね。まずはプレイヤーに通達しないと。もう文面はできてるわよ」
「善は急げです!」
栗山と小松原は準備万端といった様子だ。
「ほんとすまない……」
「いいのいいの、責任があるのはここにいる全員が同じなんだから」
「それでも、みんなありがとうな」
良人は心から嬉しそうにしている。
QO運営チームは即刻プレイヤーにレギネスクイーンのバグについて通達し、プレイヤーがレギネスクイーンから得たペネを全額回収した。
当然お詫びもする。これにはバグ修正のための緊急メンテナンスによるものも含めている。
少額の課金用コインの配布と、装備の強化成功確率を一定の期間上昇、アイテムの販売価格割引だ。
この対応は成功し、後にプレイヤーから「あのときの神対応は……」と語られるようになる。
ここまでされては文句を垂れるものはほとんどいなかった。
運営チームの面々は当然上からお叱りを受ける。中でも、アップデート時のデバッグの多くを担当した良人は、特に厳重な注意を受けた。もちろんそれを悲しむ気持ちもあったが、それよりも安堵が勝っていた。
……つまり、無事に問題が解決したから緩んでいたのである。
――そんなんでは今に後悔するぞ?