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第1話 報告は突然に

 とある企業の会議室から、一人の男が同僚とともに伸びをしつつ出てきた。


「ほんと長かったぞ~。とりあえず一段落」


 男の名は寒川良人(さむかわよしと)。ソーシャルゲームを運営する企業「ラッキーマレット」の社員だ。


「残ってる仕事が終わったらみんなで飲みに行きましょ。 こういう時の酒こそが一番うまいんだからね!」

「体力に自信があるとはいえ、酔っぱらった栗山さんを運ぶのはなかなかに大変なんですから、飲む量は考えてくださいよ!」


 こう話すのは良人の同僚の栗山明子(くりやまあきこ)小松原領一(こまつばらりょういち)だ。


 彼らは中堅VRMMORPG「クワドレートオンライン」(以下QO)の運営チームの一員で、11月に開催予定の新イベントに関する会議を終えてきたところだ。

 なお、運営チームのメンバーは他にもいるが、諸般の事情で紹介は差し控えることとする。


「待ってくれ。君ら歩くの早いんだよ……」


 おっと、紹介の必要がある人物を一人忘れていた。彼は吉川健(よしかわけん)。QO運営チームのトップで部長だが、平凡な名前も相まって存在感が薄い。

 ゆえに、私が紹介を忘れていたのはしょうがないことなのだ。分かってほしい。


「あ、すみませんでした部長!」

「別に気にはしてないんだけどさ、もう少し申し訳なさを出そうとは思わないのか……」


 そんな吉川の小言など柳に風と受け流し、良人たちは話を続ける。


「そう言えば小松原、お前彼女と別れたんだって?」

「そうなんですよ……」

「まだ2ヶ月くらいだったのに残念だったな。まあ今日の酒は気晴らしと思えばいいのだよ小松原くん」

「うわー超上から目線だー。自分が2年半も同じ彼女と続いてて結婚も考えてるからって偉そうだー!」


 この時小松原は割と本気で怒っていた。


「まあそう怒らなくてもいいじゃない。良人みたいな一見熱そうだけど実はメンタル弱めの男子なんて、結婚したら嫁さんの尻に敷かれるのがオチなんだから」

「酷いですよ栗山さん!」


 既婚者で典型的なかかあ天下の栗山が言うと、説得力が段違いだ。



 どたばたわいわいと、小学生や中学生かと思うほどに賑やかな会話をしている間に、彼らは自分たちの部署まで戻ってきた。


「意見・報告フォームから大量のメールが来てるんだろうな……」


 良人は物憂げな様子だ。彼によれば、どれだけ経験を積み重ねても、面倒なのは変わらないのがクレーム処理だとのことだ。

 明らかなこちらのミスであれば、直してお詫びなどの事後処理をすれば話は済む。(そこで失敗することもたまにあるが)

 しかし、お詫びとして配布するアイテム目当てのいちゃもんや、利己的かつ非現実的な改善欲求などもそれはもう多いのだ。


「そりゃそうよ。パパパーっと終わらせて、飲みに行くわよー!」

「……あなた飲むことしか考えてないですよね?」

「ほんとそう思いますー」


 良人と小松原は苦笑いだ。



「まったく。こういう手合いは運営を何だと思ってんだろうか……」


 そんな調子で愚痴をこぼしつつも、順調にメールへの対応をしていく内に、良人は気になる投稿を見つけた。


『《レギネスクイーン》が睡眠にかかると攻撃しても睡眠状態が解けない……!?』


 《レギネスクイーン》とは、倒すとゲーム内通貨である《ペネ》が大量に手に入るレアモンスター《レギネス》の最上位種で、黄金色に輝く蛾のモンスターだ。当然のことながら強く、状態異常の中で効くのは睡眠だけ、それも確率は低い。

 そんなモンスターが一方的に狩られてしまうのは、ゲームのバランスが大幅に崩れ、一部の者だけが得をすることに繋がりかねない。よってすぐ修正にかかる必要がある。


 良人は呼びかける。


「今すぐ直さないとまずそうなバグがあるみたいなんで、皆ですぐ対応しましょう!」

「待って。どういうバグなのか説明してくれないと何もできないでしょ?」

「あっ、すみません……」


 良人は肝心なところで抜けている。しっかりしてほしいものだ。もっとも、熱いのにちょっと抜けててそのギャップがかわいいという意見もなくはないようだが。


「それがですね、《レギネスクイーン》が……」


 状況を説明し終わったとき、話を聞いた者全てが難しい顔をしていた。


「それは大変ね。すぐ直さないと」

「ログインして詳しいことを調べに行かなきゃなんないけど、手が空いてる人いますかね?」

「何言ってんのあんたは。気付いた人がやる、言い出しっぺの法則のバージョン違いよ?」

「いやそれはおかしいです。気付いた人にはできないから他人に頼むってケースを想定してくださいよ」

「でも出来るんでしょ?」

「まあ確かに、時間的に見ても出来なくはないんですけどね。それに、昨日のアップデートでは俺が主にデバッグ担当しましたし」


 良人はいつもこんな風にして栗山から仕事を押し付けられている。学習能力がないのかはたまたお人好しなのか。

 反面、それは栗山が良人の仕事ぶりを信頼しているからこその行動でもあるからだが。


「良人、議論している暇があるなら早く行ってきなさい。修正の準備はしておくから、状況確認が終わり次第報告フォームで連絡してくれ」


 ここまでほとんど出番のなかった吉川が良人の背中を押した。


「いってらっしゃいですー!」


 小松原が大声で見送っている。



 良人は休憩スペース兼VRMMOのログイン室へ行き、ログインのための自分用ヘッドギアを装備した。

 VRMMORPGとは、プレイヤーが仮想(VR)空間に作られたゲーム世界の中でプレイする、大規模多人数同時参加型(MMO)RPGのことだ。8年前に最初の作品が発売されて以来、全く人気が衰えることなく続く一大ジャンルとなっている。

 説明するタイミングをやや間違えたかもしれないが、もしそうならば申し訳ない。


 それはそれとして、良人は休憩スペースにあるソファに寝転がり(脳波が不安定だとログインできないため)、ヘッドギアに付いたボタンを押したところだ。

 そして、科学技術の発達したこの時代だからこそ生まれた、もう一つの世界――良人が仕事という域を越えて愛する世界―へと意識が移動する。


 割と重大な、ゲームバランスを壊す可能性のあるバグの調査に向かうという状況ながら、ログインする際の良人は楽しそうな表情を浮かべているように見える。

 今の良人は、早く解決しなきゃ面倒なことになってしまうという焦りと、面倒な事後処理への憂いでいっぱいになっているため、自身の表情に気付くことはないのだが――

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