六話 現代兵器を体験する。
東京が燃えている。
港区の一角が東日本大震災の時の光景以上に廃墟と変わり、その余波を喰らった都市のいたるところから火の手が上がっている。
コレがさっき見たミサイルが数分の間に創り出した光景だった。
◇
時間を少し巻き戻し、俺が最初にミサイルを確認した時。
俺が最優先に取った行動は結界の防御力を最高クラスまであげて、沙凪ちゃんを起こすことだった。
「沙凪ちゃん!起きろ!」
「?……な…んですか?あれ?私、寝て……。」
「寝ぼけてる場合じゃないんだ!ミサイルが来る!!」
「え?!ミサイル?ええ?」
「今から移動するから絶対俺から離れるなよ!」
俺は混乱する沙凪ちゃんを赤ちゃんを抱きかかえるように持ち上げ、結界を維持したまま飛び上がった。
『フェーヤ!俺の結界に合わせてもう一枚結界を被せてくれ!』
『りょうかい。』
誰が何の為に撃ったミサイルなのかは後で確認するとしても、今は退避しなきゃならない。方向は紛れもなくこっち方向だし、後1分もしない内に着弾するはずだ。それに
「くっそ!一発じゃねぇのかよ!」
総数4発。
それも移動速度がかなり早い。空中で爆発させるにしても、俺の飛行速度ど攻撃速度を限界まで出せても精々2発ぐらいだ。今は沙凪ちゃんを守り、爆発範囲から避難するのが最優先だ。
俺はそう判断して沙凪ちゃんを抱えミサイルが飛来する方向に向けて飛び出した。
ミサイルを打って来た誰かに俺らの姿を見られるのは避けなければならない気がする。幾ら夜で視野が狭いと言ってもミサイルみたいな兵器を運用してる奴らだ。遠くから見られるかも知れない。俺は高度は低く維持したままビルの合間を縫うように飛行することにした。
沙凪ちゃんは高速飛行で生じたGのせいで少し息苦しい様子だが状況が状況だ。少し我慢してもらおう。
数秒後、ミサイルは俺たちの頭上を通過し背中方向に飛んで行く。だがまだ安全だと確認されたわけじゃない。メディア仕込みの半端な知識だがミサイルは弾頭によっては都市一つを廃墟に変えてしまう威力を持った物もあるらしい。それが4発だ。俺とフェーヤの結界がその余波をどれだけ防げるか疑わしい所だ。だから俺は可能な限りの速度で可能な限り遠く逃げて行く。
そして永遠の様な数十秒間の逃走は凄まじい爆破音と共に終わりを迎えた。
爆発の余波を避ける為に街道の横へと移動し身を庇う。地上には感染者があふれている為、空中で止まったままだ。そんな俺達の頭の上から爆発によって生じた振動で割れたビルの窓ガラスが桜の様に降って来た。
二枚の風の結界によってそれらはオレたちの体に触れることはなかったが、数秒後、台風の様な衝撃波が津波の様に押し寄せその割れたガラスを銃弾の様な速度で飛ばして行った。
出来るだけ身を隠していたのにも関わらず、割れたガラスは俺たちに襲って来た。窓が割れたせいでビル自体が衝撃波の通路に変わってしまったせいだった。ビルの中にある小物の備品も凶器と化し俺たちを襲う。
一枚目の結界はすでに破られて二枚目もギリギリな状態。俺は沙凪ちゃんを包むように抱きしめ衝撃波に背中を向けた。
「?は、るき、お兄さん?」
「くぅっ!!」
もう少しの状態だった。もう少し遅かったら沙凪ちゃんが蜂の巣になっていた筈だ。俺は身体強化魔法でなんとか皮一枚で耐えてはいるけど、かなり痛い。そしてその痛みは十数秒間続いた後、漸く収まりが付いた。
「……お、終わったか?」
『ハルキ~。疲れた~。』
「一体、何が……?」
望んでもないのに初めて体験してしまったミサイルだったけど、一体どんな弾頭がこんな爆発起こせられるのか。いや、俺が知らなかっただけで、元々現代兵器はこんなこと普通に出来てしまうものなのかも知れないな。
向こうの世界では殆どのことは自分の力で出来たんだけど、現代兵器の前でもそれが出来るか少し疑問になってきた。
「まずは、何処か安全な場所を探して落ち着こう。」
罅が入った建物は所々あるけど、ここら辺の建物は崩壊の危険性はなさそうだ。それに今は沙凪ちゃんに下に転がっている感染者たちの惨状を見せたくない。決して見て気分の落ち着くものじゃないんだ。あの紫色の死体の山は。
俺は沙凪ちゃんを抱きしめたまま何の気配も感じられないビルの中に割れた窓から入って行った。
多分オフィスの一室だったそこは地震が過ぎた後の様に乱雑になっていた。
非常灯が幾つか生きていたお陰である程度の視野も確保出来ている。
俺は腰を落とせそうな適当な場所を探し沙凪ちゃんを座らせた後、その向かいに胡座をかいて座った。床は少し冷たいが気にするほどもんじゃない。
「ミサイルって?一体何ですか?どうして?」
沙凪ちゃんは立て続けに質問を繰り返しているが、俺もそれの答えは持っていない。
『ハルキ。さっきのあれ何だったの?ミサイルってなに?』
『こっちの世界の兵器だよ。俺も今すごく混乱している。』
「沙凪ちゃん。昨日言ったよね。感染して3日で発病するまで知るすべはCT撮影するしかないって。だからお互いを信じられずに大きなグループが出来難いと。」
「……はい。」
ミサイルは一人では打てない筈だ。幾ら自動化されてると言っても、それを扱う人間が必要、それも照準、発射権限の有無、そして何よりその人達全員が感染されてない必要がある。故に可能性があるのはCT撮影をする設備とその運営が出来る人員を持っている組織としたらその規模はかなりの物になる。
そんな組織が何の目的もなくミサイルなんか打ったはずはない。
でもその目的を今のままで推察するのは愚行かも知れない。だが、どう考えても狙いは彼奴等、自意識を持った変異種、だけなんだよな。
銃も聞かない、身体能力も違う、知能も持っている、感染者たちから襲撃もされない。つまり人間にとって脅威それ以上でも以下でもないってことだ。
それにミサイルが飛んできた方向。そこは海、東京湾だ。つまり海上からの攻撃ってことだ。海上、船、ミサイルを打てる船か。多分だけど海上自衛隊でそんな船を持っていたはず。つまり攻撃側は海上自衛隊関連者、もしくはそれになんらかの権限を持った組織。
外国からの攻撃も考えられるが、世界中がこんな状況だというのに日本に戦争まがいなことをしでかすとは考えづらい。
はぁ、お互いの妥協点探しに少し手を出して見ようと決心した途端、こんな事になるなんって、やり切れんぞ。まったく。
それに、幾ら仲はあんまり良くなかった姉とは言え、姉がその爆心地近くにいるかも知れないんだ。もし姉がアレで死んでしまっていたら俺は……。
「兎に角、様子見てくるから。沙凪ちゃんはここで待ってて……。」
「私も!行きたいです……。」
「足手まといになると知った上でいってるのか?」
「はい。」
「そっか、沙凪ちゃんも自分の目で見ていくっと決めたんだな?」
「はい!」
へえ。今回はちゃんと目に力が宿っている。これなら問題ないかな。
俺は沙凪ちゃんを背負うために少し屈み、沙凪ちゃんに背を向け手招きした。
「じゃ、負ぶさって。」
「晴稀お兄さん……背中……。」
「ん?背中が何?」
「服が……。」
「え?服?」
俺は立ち上がり脇越しに自分の服の状態を確認して、絶句した。
さっき破片に当たったせいで背中が穴だらけ。勿論下半身の後、つまりお尻までも穴だらけ……。うわああああああああああ。
お嫁に行けない……。
◇
俺は目にも留まらぬ速度で物陰に隠れて再び異世界の服に着替えて戻り、無言で沙凪ちゃんを背負った。
『ハルキ~。お嫁に行けなくなっても大丈夫だよ。あたしがもらってあげるから~。』
『フェーヤさんはそんなにも俺にお仕置きされたいのかな?そうだとしたら何時でもしてあげられるよ?』
『むぅ。暴力はんた~い!』
『心外だな。暴力じゃないよ。愛のいたずら、愛のお仕置きじゃないか。』
『そんな愛いらな~い。』
でもフェーヤとのこんな馬鹿騒ぎのお陰で気まずさはだいぶ減らすことが出来た。むしろ背負った沙凪ちゃんの頭の方からなんか熱っぽい感じが後頭部に……って、今はそんなこと気にしてる暇はない。さっさと行って様子を確認しなきゃ。
だが、オフィスを出て移動し始めた俺達は3分も経たない内にその歩みを止める。
爆撃の余波で建物は壊れ、感染者たちは惨めな死を迎え、死ぬことも出来なかった感染者たちが発する呻き声の合唱は丸で呪歌の様に壊れた街並みに響いていた。
背中で沙凪ちゃんの微かな震えが伝わってくる。ずっとこの風景を見せるのは良くないと思い俺はもう少し移動速度と高度を上げた。ミサイルを打ったグループに見られる恐れがあるためそこまで高度を上げることは出来ないけど、あの呪歌が聞こえないぎりぎりの高さで飛行を続けた。
そして爆心地を発見した俺はその場で留まった。意図的じゃなく、無意識に止まってしまった。
奇遇にもそこはさっき俺達が休んでいたビルがいた場所だったが、ビルは斜めに傾いた状態で真ん中辺りが折れている。
だが俺達が目を釘付けにしていたのはそこじゃなく爆心地回りの風景だった。
爆心地である港区辺りはテレビで見た大震災の風景以上に荒れていて、いたるところから爆発音と火の手が上がっていた。多分爆撃に巻き込まれて半壊した車などに火が飛び移り爆発の連鎖を起こしているのだろう。生命体の気配も殆ど感じられない。僅かな気配も段々数が減っていく。
4発の正確な着弾場所は角度の問題ではっきりとは見えないが建物が残っている場所からなんとなく推定することが出来た。
俺は【収納の腕輪】からカーナビを取り出し着弾場所と見比べ、マークを付けておく。
「沙凪ちゃん。この近くで拠点を作るぞ。コレ以上に近づくのは危険だ。崩落もまだ続いてるし、暴発もつついてる。火の手は何時収まりが付くかも分からない。悔しいが今の俺達にやれることはないみたいだ。」
「…でも、港区の何処かには晴稀お兄さんのお姉さんが……もしかしたらまだ生きているかも……。」
「今は確実に生きた人の安全が先だ。それに沙凪ちゃんも今は休むべきだ。精神的疲れを甘く見ないほうがいい。有事の際には命取りになる。」
「……はい。」
でも、なぜか知れないが姉貴は大丈夫な気がする。完全に絶望的状況にも関わらず、姉貴がアレで死んでるとはどうしても思えない。ま、姉貴を見たのも一年も前のことだって言ってたし。何処かに移動してる可能性もあるからな。
「それと、わざとか無意識にかは分からないけど、言葉使い気を使いすぎだ。晴稀か、兄ちゃんだけにしてくれ。敬語も使わなくっていいから。聞くこっちが肩がこる。」
「……ん。」
ま、正直今は気しなきゃならない所が多過ぎて、俺も色んな神経カットしたい気分だ。姉貴に、ミサイルを打って来た奴らに、オーガに角魔族みたいな変異種。それらのことでも今は手一杯、頭いっぱいだ。一緒にいる奴らとだけでも気楽に接することができれば精神的な負担が少しは減る。
『フェーヤもお兄ちゃん、と呼ぼうか?』
お前は気楽し過ぎだ、フェーヤ。
◇
「晴稀さん、晴稀さん。起きて。」
「ん?沙凪ちゃん?」
昨晩、倒れかけた建物同士に両方を支えられて妙に安定している商業ビルを見つけ、そこを拠点にすることにした俺達は簡単に食事をしてから次の日からの計画を簡単に話し合った後、お互い寝袋に入り眠りについた。
計画と言っても、まずは爆心地には入らずに他の生存者を探すところからだ。そして生存者を探しに移動しながら随一爆心地方面を観察しつつ、攻撃側の正体を確認する。そこまでが昨日決めた計画だ。接触するかどうかは正体がわかった後決めることにした。
目を開けて身を起こすと、沙凪ちゃんが窓側に立ち外の空を覗いていた。
日はすでに登っていた様で外が明るい。
「何?」
俺が近づくと沙凪ちゃんが無言で空の方を指さす沙凪ちゃん。その指が指してる遠い空に目を向けるとそこには一台のヘリコプターが飛んでいた。
軍事マニアじゃないから正確な機種は分からないけど多分自衛隊が使うものだろう。外見は前方と後方に大きいプロペラを2つ持っている。以上。
「多分昨日ミサイルを打った奴らの仲間だな。」
「そうだね。」
「でも今は様子を見るだけだ。彼奴等が何者で何をしたいのかが分からないまま接触するのはまずい。」
「わかってる。」
「それより沙凪ちゃんもご飯まだだろう?牛丼食べよ。牛丼。俺牛丼5年ぶりだ。ま、レトルトだけどね。」
「私も一年以上食べたことない。楽しみ。」
うむ。やっぱりなんかぎこちないよな。呼び方も結局「晴稀さん」なんだし、コレじゃ敬語と一緒じゃん。でも段々慣れて行く……よな?慣れていって欲しいな。
そう言えばフェーヤは何処に……って外で遊んでるのか。
『おい。フェーヤ。飯食ったら動くからあんまり遠くに行くなよ。』
『りょうか~い。でもハルキ。あそこでなんか変なのが燃えてる~。』
変なの?なんだそれ?
俺はフェーヤが指さした方向を見るために窓の外に首を出した。俺が何するのか気になった沙凪ちゃんも他の窓から首を出す。
そして俺達は燃えている【変なの】を発見した。
「ヘリコプターだな。」
「そうだね。」
「いや、鉄ビームに串刺しされたヘリコプターだ。」
「そうだね。」
「いや、鉄ビームに串刺しされた三台のヘリコプターだ。」
「もう、【ヘリ刺し】でいいと思うけどね。」
俺達は廃ビルの上で燃えている【ヘリ刺し】おオブゼを発見した。
それは俺達に何処か蛮人たちのトーテムを連想させた。