四話 レボルーション。
【オーガ】。
ヒューマノイド系の哺乳類魔族。
魔族と言っても魔王の眷属と言う意味ではなく赤い血じゃない緑の血を持つ種族の総称で、種が違うだけのただの生命体だ。ただし魔族の中で知能が発達することのない種類は魔獣と呼ばれている。
長い両腕を持っている人間を2倍に大きくしたて様な外見に青黒い皮膚と緑色の血液を持つオーガは、異常に発達した下顎で生肉を好んで喰う肉食魔物だ。
体毛がある種もいるが殆どの場合体毛が無いツヤがある黒い皮膚も持っている。この皮膚は極めて高い耐衝撃性と耐火性と耐摩耗性持っていて、その中の筋肉も極めて高い出力を出すことが出来る。ただ、神経分布は人間の方が優れており繊細な動きには適していない側面もある。
50cmぐらいの身長に生まれ、5年で完全な成体に成り2~3メートルまで成長する。
知能は猿と人間の真ん中ぐらいが基本であり、偶に人間ぐらいの知性を持つ個体も存在する。コレは成長する環境の問題と思われるが未だ社会を形成していると言う情報はない。
以上が俺があっちで知ったオーガと言う魔族に関する知識だ。
勿論、オーガとの戦闘経験もかなりある。故にオーガの気配もほぼ確実に嗅ぎ分けることが出来る。俺達の下にあるショッピングモールの中で感じられる殆どの気配は感染者たちの物だ。少なくとも1500人はいるみたいだ。だがその中で20ぐらいは確かにオーガの気配だ。
「オーガ、に違いない……な。」
『うん。オーガだね。』
俺とフェーヤが同時に勘違いをしてる筈はないと思う。でも視認したわけでもない物を気配だけで断定するわけには行かない。今はあくまで【オーガの気配を持つ何か】だ。
「……オーガって、あのオーガですか?RPGゲームとかに出て来る?中にいる化け物がそれだと?」
あ、そう言えば沙凪ちゃんが化け物の話してたよな。
「沙凪ちゃん、分かってる範囲でいいから、化け物の関する情報聞かせてくれる?」
「……。」
俺の質問を聞いて少し顔に影を落とした沙凪ちゃんは背負っているショットガンのストラップをギュッと握りながらゆっくり口を開いた。僅かだが唇が震えている。
「……黒い巨人です。腕が長く、力が強いです。銃も……全く効きませんでした。」
あっちゃ、コレは経験談だ。最後の言葉ではっきりわかった。接触した時、誰かがソレに殺されたのを見てしまったんだろう。それなのによく俺を止めずに一緒にここまで付いて来てくれたんだな。こりゃ悪いことしたのかも知れないな。
でも、大体分かった。一応外見と特性だけは【オーガ】そのもので間違いないみたいだな。オーガが20。全く問題にならない数だけど戦闘になれば感染者を巻き込んでしまう可能性、いや確実に巻き込むんだろうな……ん?ちょっと待った。
おかしい。おかしすぎる。
オーガが20で感染者が1500だ。なのに……
なんでお互い共食いしてなかったんだ?
魔族の一部がゾンビのようなアンデットを使役することは多々ある。だが魔族と言ってもオーガが使役することは聞いたことが無い。まして中にいるのはアンデットじゃないただの寄生された人間だ。
それにオーガは人間を喰らう。それも興味趣味とかじゃなく食料として喰らうのだ。オーガの巨体を維持するために必要な食料の量も半端じゃ無い。
仮にオーガが嫌う何かを感染者が持っているとしてもおかしいのは同じだ。
感染者は意識もなく人を襲う。攻撃されたオーガが反撃すればアッという間に中の感染者はいなくなっているはずだ。
なのに1500もあるってことはお互い干渉することなく同じ空間で生きているとしか言い様がない。ってことは多分……。
「沙凪ちゃん。ここでしばらく待ってくれ。もう少し時間が掛かるかも知れないけど1時間以内には戻るから。フェーヤは沙凪ちゃんの護衛を頼む。状況が分かる次第、念話で知らせるから。あ、それと沙凪ちゃんは何か簡単な物でも食べてて。俺のせいで遅くなるわけだし。」
「晴稀お兄さん?」
『ハルキ。何する気なの?』
「オーガと接触してみる。状況によっては、狩る。」
◇
屋上から下に降りるルートは幾つかあったが俺が選んだルートはエレベータ点検用の扉から入り真っ直ぐ下の階へ降りるルートだ。階段で降りるのが一番接触し易かったが折角鍵が掛かっている扉を力尽くで開けては、屋上が危険に晒される恐れがあったからだ。
2つのエレベータと中にある骨頂を利用し器械体操をするように素早く下へ向かう。そしてエレベータの天井の救出口の鍵を破り箱の中に進入した。電気が切れて一年以上も開かなかったドアは隙間に指先を入れ少し力を入れると、問題なく両側に開いた。
ドアが開かれる音に反応したのか、エレベータホールにいた8人の感染者たちが血走った目を俺の方に向けてくる。だがすでに俺は俺の回りを【風の結界】に囲んである。
相手を無意味に傷つけないように俺の回り2メートル範囲に入ってくる生命体は外側に押し戻すように設定している。でも意外に感染者たちの襲撃の速度が早いせいかその反発力も強く、感染者たちは殴られたように弾けだされ床に転がっていった。
俺はそんな事には目もくれずにオーガの気配がする方向に歩みを早めて行く。セクション別に綺麗に陳列された品物の間に埋め尽くされた感染者たちを丸で存在すらしてないかのように風の結界で押しながら進んでいくと、カップ麺がズッシリ積まれている所に目が止まってしまったが、まずはオーガだと思い首を振るって歩みを再開した。
自分で言うのも何だがトップスターの行進のようだ。勿論押し寄せてくるのはファンではなく感染者たちで、俺も彼らに取っては獲物に過ぎないけど。
囲碁盤の様にまっすぐに整理された通路を進んで行き最後の角を曲がるとそこには予想もしなかった光景が広がっていた。
「な……んだ、あれ?」
なにって奥さん、オーガじゃないですか。黒い肌、2メートルを超える巨体、尖った長い耳。どこからどう見てもオーガでしょう?
なに自分に意味のないツッコミ入れてんだ俺!
そもそも奥さんって誰だ?!
やばいな。 あまりの拍子抜けさに軽くトリップしてしまった。でもこれは……トリップしたくなるんですよ。自然にね。だってね……。
1. オーガ1が山ほどに高く積み上げた漫画の塔の側で漫画を読んでいます。
2. オーガ2~11がオーガ1の側にあるすこし開けられた空間でブレークダンスバトルをやっています。
3. オーガ12~15がその側でババ抜きをやっています。
4. オーガ16~18がその側で寝ています。
5. オーガ19と20は何やら積み上げています。いや、ボックスに下敷きになっていた感染者を救出していました。
……こんな人、いやオーガたちを見て俺はなんとリアクションすればいいのだろう。誰か教えて下れるかい?
「あれ?人間だよ。」
俺を最初に見つけたのはオーガ20。
「……こんにちわ。」
言葉通じてるみたいだし、まずは挨拶をしてみよう。
「皆。人間だよ。」
「「「「「「興味な~し。」」」」」」
オーガ1から18が目もくれずに自分のやっていたことを続けた。俺のことはガン無視だ。そして20は救助活動を終えた19が漫画の山の方に行くのを確認してから俺に向き直った。
「質問一。あんたは敵?武器持ってないみたいだけど。」
お、ちゃんと対応してくれるみたいだ。
「一応会話して見たいと思ってるよ。」
「質問二。どうやってここまで来たの?ゾンビいっぱいいるのに。」
「まぁ、なんとか?」
「もしかしてあんたの回りにあるその、膜?みたいな物のせい?」
あれ?魔力探知出来ないと【風の結界】は見えないはずなんだけど?
「見えるのか?」
「見えるね。なにそれ新技術?A○フィールド?」
A○フィールドって、やっぱりこいつら元は人間だな。
「ま、そんな感じかな。俺しか使えないけど。」
「へえ。そうなんだ。あんたしか使えない能力……ね。それだとあんたも進化した口?」
ん?進化?なんだそれ?まさかこいつら自分は進化して新人類でもなったつもりか?それに自分と違うのに進化って決めつけるのは他の種類に変わった個体もいるってこと? これはもう少し掘ってみる必要あるな。
「進化かどうかわからないけど、君らは結構変わってるね。丸で別の種だ。君らのこと教えてくれない?」
「別に大したことじゃないよ。僕らもゾンビに襲われて死んだと思ってたけど一年ぐらい前のある日、自意識が戻ったらこんな姿になっていただけ。」
「じゃ、その進化ってのは?」
「人間としての色んな弱点がなくなってるから僕らはそう判断してることにしたよ。」
「人間としての弱点?」
「弱い肉体、脆い精神、欲求による支配、僕らにはソレがほぼなくなっているから。」
肉体が強靭になったのは見れば分かる。じゃその他は?
「精神に欲求って?」
「僕らには人間の三大欲求がない。食欲も性欲も睡眠欲もね。だから殆ど感情の揺れも無い。原理はわからないけど食事をしなくっても寝なくっても行きていける。味覚も変わってるみたいだし。」
「じゃあ、今皆がやっているのは?寝てる奴らもいるみたいだけど?」
「暇つぶし、だね。何もする必要もないから何かやっている、的なもの?」
なんかソレ分かる気がする。俺も一時期、食事と便所以外にはそんな感じで生きてたことあったし。
「それにゾンビは僕らを襲わないから脅威になる存在は無いに等しいね。」
「なんで襲わないんだ?普通は誰かれ構わず襲うものだろう?」
「多分僕らゾンビ達の上位種になったんだと思う。遺伝子的にも近いみたいだし。」
今効き逃してはいけない何かを聞いたぞ。遺伝子的に近い?なんだそれ?
「君らは遺伝子のことも分かるようになったのか?」
「いや。他の形に進化した奴らの中にそっち系の関係者がいたからそいつが調べてくれたんだよ。」
「他の形?」
「【角持ち】と僕らが呼んでいる奴ら。3人だけだったから今は自分と同じ奴ら探しに何処かに行ってしまった。」
「そいつらも君らのように大きいのか?」
「いや。大きさは人間と同じで僕らと同じ肌色持ってるよ。他には僕らとほぼ一緒だった。」
え?
「もしかして君らとその角持ちの血の色って……。」
「緑だね。青に近い緑。」
それって……【角魔族】じゃねぇか!!!!
可笑しい。可笑しいぞ。なんであちらの種族に変わってんだ?なんだこれ。可笑しいだろう。なんでいきなり終末ものからファンタジーにジャンル変更してんだ?!
この事態を起こした寄生虫って一体何なんだ?あちらでは人間を魔族に変える虫などなかったぞ。
いや、三大欲求もないそうだし全く同じ種族になったわけじゃない。でもこんなに共通点ある。ありすぎる。
『オイ、精霊王!聞いてるんだろう?』
『ハルキか?フェーヤと一緒じゃないのか?』
あ、フェーヤの側じゃなかったから聞けなかったのか。
『今は少し離れてる。ソレより質問だ。人間が魔族になることって可能か?』
『なんじゃ、藪から棒に。そんなこと出来るわけ無いだろう。』
『こちらの人間の状態はフェーヤ経由から見てただろう?その中に魔族の様な物に変わった奴らがいるんだ。今俺の目の前には自意識持ったオーガみたいな奴らがいる。それにこいつの言ってるには角魔族みたいな奴らまでいるらしい。』
『ふむ。そう言うことがあるのかのぁ。』
『……それだけか?』
『じゃ、妾に何をせよと?』
『いや。なんか知ってる事ないかって聞いてるんだけど。』
『妾にも分からんのぉ。』
『そ……っか……』
そうだよな。いくら精霊王と言ってもなんでも知ってるわけないよな。
『まぁ、少し興味が唆るからのぉ。妾も少し調べて見ることにしよう。』
『……ありがとう。精霊王。』
『まぁ~。お主のお陰で暇になったしのぉ。何かわかったら連絡するから期待せずに待っておれ。』
精霊王との会話が終わり再び視線を【オーガ20君】に向けると、彼が不思議そうな顔で俺を見ていた。
「な、なんだ?」
「もしかして今誰かと話してたか?」
「??!」
あっちゃ、混乱して回りも見ずに念話してたな。
「電話じゃないみたいだし、トランシーバでもないな。……もしかして、テレパシーか?」
「そう……だとしたら?」
「なんだよ。もったいぶってさ。新しく進化したならそれでいいじゃねぇか。でも能力だけ発現して、外見がこんなに変わらない進化はなんか違和感ありまくりだな。人間のままじゃないか。」
「なんだ、丸で人間は嫌い、みたいな言い方だな。」
「別に嫌いじゃない。むしろどうでもいい。」
このオーガ20君の言葉に微かに嫌悪が混じっているような気がした。自分でも認識してない嫌悪か、それともわざと誤魔化している?
「最後に一つだけ聞きたいことあるけどいいかな?」
俺は会話が通じるなら絶対聞こうと最初から準備してた言葉をゆっくり口から出した。
「知り合いの知り合いが君らの誰かに殺された。それに関して言いたいことある?」
「!やっぱり敵だったのか?あんた?」
オーガ20君は黒い肌の中にある筋肉に力を入れながら俺を睨む。
「君の返答しだいだな。」
「確かに8ヶ月ぐらい前に銃持ってる奴が一度ここに来たことがある。でも先にショットガン打ったのはあいつらだし。僕は打った奴しか殺してない。他の奴らが逃げるのは見逃してやったぞ。」
やっぱりこいつだったんだな。こいつだけは人間の俺に最初から興味を持って対応していたし、言葉の中に微かな人間嫌悪が見えたからもしかしたら、と思って聞いてみたけど。
「そっか。なら仕方ないな。後で確認して違ったらまた来るかも知れないけど。本当の事なら俺が言うことは何もない。」
「本当だ。でもそれだけか?幾ら知り合いの知り合いとは言えドライなんだな。進化の影響か?」
「さあな。」
俺は適当にはぐらかしながら踵を返した。
「帰るのか?」
「あ、元々ここに来たのは食料取りに来ただけだ。君らにはここにある食料必要ないだろう?俺が適当に漁って行くから文句言うなよ。」
「あんたは食うのか?」
「あ、今も腹ペコだ。じゃな。」
俺は歩きながら手を振って挨拶をしてから食物がある棚の方に移動した。
正直コレ以上ここに居たくない。さっきはいろいろあり過ぎて無視することにしていたけど、ウザイんだよ、いつまでも襲ってくる感染者たちがな。全部結界に阻まれたと言ってもソレ見てるとイライラしてくるんだ。だからさっさと行って、食料漁って帰ろう。
沙凪ちゃんの知り合いが不当に殺されたなら、復讐してやるのも吝かじゃなかったけど、コレはある意味、正当防衛、いや生存競争で負けたことになるのかな。そこに俺が口出すのはお門違いだ。
頭使いすぎたのかな。甘いモノが欲しい。
よし、ついでにチョコレートとお菓子類もいっぱい持って行こう。