二話 状況確認。
「改めて、久しぶりです。晴稀お兄さん。」
「本当に……沙凪ちゃん?」
一応再会(でいいよね?)した俺達は俺の家のリビングに場所を移していた。
井波沙凪。フルネームで聞いたのは初めてだけど、確か【井波】は俺がいつも通っていた弁当屋の名前だし、そこの店主のおばちゃんには沙凪と言う小学生の子供がいた。でもその頃の沙凪ちゃんは偶に挨拶を交わすぐらいで挨拶する時にはいつも控えめに手を振るだけの内気な性格だった。
でも、5年。子供は3日見ないと……なんとか聞いたことあるけど、5年で丸で別人になっていだ。背も大きくなったし顔もあの頃の可愛さがすでに綺麗さに変わろうとしている。それと……ええと……
『ハルキ。その怪しい視線は何処を見てるのかな?』
『うるせぇ。コレは’見てる’じゃなく、’見える’と言うんだ』
男の本能的な極自然な反応なのだ。だってアレ多分軽くDは超えてるぞ。
「本人ですよ。5年ぶりですね。」
「あ、うん。5年ぶり……だね。」
なんか調子狂うな。なんか気不味い。
「生きてましたね。それに元気そうですね。」
段々言葉に刺が増えるような……
『ハルキ。この女感じ悪い。』
『フェーヤ。ちょっと黙ってろ。』
『むぅ。』
「いや……沙凪ちゃんこそ元気だったかい、ってこんな世の中だしそれはないっか。」
「生きてますよ。見ての通りに。」
どうも会話が空回りしてるよな。まずは最初の計画通りに自分の状況を説明してから状況確認をしなきゃ。せっかくの非感染者でしかも知り合い、情報の信頼度はほかよりは高いはずだ。
「実は俺さぁ……」
「なんです?」
あ、女のこのこれは『なにか聞く気はあるけど、望まないことは聞きたくません。』のあれだ。姉貴の受け売りだがあちらでも結構役に立ったよ。こういう時は逆に聞きたいことを聞き返すのが正解だ。
「沙凪ちゃんって俺になんか聞きたいことあるんだよな?」
「……」
俺を睨んでくる沙凪ちゃん。でもここで目を逸らせてはだめだ。
俺は睨めっこに負けて自分で聞きたいことを言わせるまで無言で睨め返す。そして数秒経たないうちに沙凪ちゃんが折れた。
「家出でしたか?」
家出か……そんな風にも捉えられるのか。
「いや。あれはしいて言えば拉致もしくは神隠し的な……」
「はぁ?」
俺はいろいろんな言い訳を考えてあったが出来るだけ正直に返事をすることにした。どうせこんな世の中で精神病院とかに連れて行かれるわけでもないし、言いふしするにしても非感染者たちすら殆どいない。信じなければ魔法とか見せっちゃえばいいし、それでも信じなければソレまでのことだ。
「俺、異世界に連れて行かれてたんだわ。」
「そうですか?」
あれ?なんか反応が薄い?巫山戯てるのかと怒るわけでもなく、可哀想な人を見るようでもない。なんかそのまま受け入れたって感じがするけど……。
「俺が言うのもアレだけど、今の言葉どう思う?信じられる?」
「信じてませんよ。むしろその格好見てるとそんな言い訳が返ってきそうだったから。」
あ、そうだな。今の格好は丸っきりコスプレだよな。そりゃそんな予想も出来るか。でも俺、誤魔化しも嘘も言ってないし。
「いいわけじゃないぞ。ちゃんと魔法も使える。」
あ、やっぱり今回は可哀想な人を見る顔するんだ。だが
「【稲妻の歩み(フラッシュ・ムーブ)】。」
俺は電光石火の魔法を使いほぼ一瞬で沙凪の後ろまで移動して後ろから沙凪の肩をトントンと叩く。
「?!!」
「瞬間移動じゃ無いけど、コレなら人間に絶対できない動きなのは分かるはずだね?」
驚いた顔で振り向く沙凪に一応確認を取ってみる。
「今……なにしたんですか?」
「超高速移動魔法だよ。筋肉と神経に雷魔法を使って移動するものだけど、普通そんなことすると神経とか筋肉とかズタズタにされるね。でも逆にその電気負荷で体を保護することも出来るからその両方を使って移動するってものだけど。物理法則丸っきり無視してるよね。当に魔法ってわけだ。」
「……手品師の詭弁に聴こえますけど。」
「なんの準備もなく手品師がこんなこと出来るとは思わないけど、じゃもう一つ、やってみようか。」
俺はリビングの隅に置いてある観葉植物用の植木鉢の方に手を向けた。
「【ゴーレム創造】。」
すると長い間放ったらかしにされて干からびた観葉植物が均衡を失い倒れ、植木鉢の中から30cm大の騎士のフィギュアの様なゴーレムが植木鉢の中から這い出てきた。
うむ。イメージ通りだ。サイズが小さくって結構かわいい見た目だけど。
ゴーレムは植木鉢からゆっくり歩いて来て、沙凪ちゃんの前で片膝を折り騎士の礼をした。勿論、コレは沙凪じゃなくその後ろにある俺に向けてのことだ。
なんでか知らないけど、俺がイメージしたゴーレムを作ると妙にそのイメージに沿った半自動制御するんだよね。当にファンタジー。
「コレなら手品師では不可能なの分かるよな?」
「……。」
沙凪は口をあんぐり開けては固まっている。じゃ、もう少し遊んで見ようか。
俺はミニゴーレムを立たせて演舞を披露することにした。見せるのはアッチで学んだ【ファルティッカ流皇室剣術】と言う、剣と盾を一緒に使う剣術の型だ。
もともと近衛騎士が使う剣術なのだが早さと華麗さでは右に出るものがないと言われるほど見どころがある剣術だ。多少無駄な動きがあるように思われるが、その全ての動作がフェイクでありながら一撃必殺の威力を誇っている、ともっぱらの評判だった。つまり虚実を兼ね備えた剣術。
一通りの演舞を終え、俺の方に向き治るミニゴーレムに沙凪が恐る恐る手を伸ばす。多分本物かどうか確認するためだろう。
「本物……ですね。」
「だから言ったろう?」
沙凪はミニゴーレムが今はもう動いてないことを確認してからそっと持ち上げ目と手で観察し始めた。
「非常に納得いきませんが、一応信じることにします。」
言葉は可愛げないけど不思議そうにゴーレムを観察する目がめっちゃキラキラしてますよ、沙凪ちゃん。ククク。
そう言えばフェーヤの奴が静かだな。何やってるん……だ?
ふと放ったらかしにしてたフェーヤのことを思い出し探して見ると、テレビの暗い画面を鏡のように自分の姿を見ながらポーズを取っていた。
旧式のブラウン管テレビだし、映る姿がちょっと歪んでソレが面白いらしい。ま、今は静かだしそっとしておこう。
「ま、俺のことはこんな感じで異世界から5年かかって戻って来れたわけだけど。一体、5年の間ここはどうなってるんだ?」
俺が再び沙凪の向かいの席に座りながら聞くと沙凪は顔から表情を消してゴーレムをテーブルの上に置いた。そして軽くため息を吐いてから口を開ける。
「はぁ。長い話するの好きじゃありませんから、最大限事実だけ簡潔に説明します。 5年前、晴稀お兄さんの失踪事件が有りました。少し騒がしかったけど、2年後には大体家出じゃないのかって結論付けられました。晴稀お兄さんのお姉さん、澪さんはずっと探していました。1年半前までは。そして1年半前、地獄の3日と呼ばれる全世界中、大規模感染が始まりました。少なくとも人類の7割が感染されゾンビになったと言われてます。今はもっと増えてるでしょうゾンビに襲撃されて完全に死んだ人もかなりいるはずですし。そうやって人間社会は殆ど崩壊しました。ソレが現状です。」
やっぱりパンデミックか。ゾンビ物の小説そのまんまだな。
「ウィルス感染……やっぱお手上げするしかないなコレは。」
「ウィルスじゃありませんよ。」
「え?」
「寄生虫です。」
うわあ。パラサイトかよ。
「ってことはその寄生虫とに除くとか出来るんじゃないの?」
「出来ないわけじゃありませんが感染してから3日以内に手術する必要有りますし、感染して三日間は症状が何も出ません。3日経ってしまうと急速に遺伝子が組み替えられゾンビになってしまうそうです。 そしてCT映像じゃなきゃ感染じたい確認すら出来ませんから普通には無理ですね。でも感染経路は血液感染だけですから噛まれたり傷口から感染されたりしなきゃ避けることは出来ます。」
「詳しいんだね。」
「1年半もこんな世の中で暮らしてると嫌でも分かるようになりますよ。」
無症状からいきなりゾンビ化、集団に成るほど危険が増す。だからお互いに疑心暗鬼になり小規模のグループ同士で食料と物資の奪い合いが起こる。最悪のゾンビ物のパターンだな。
沙凪ちゃんの家族は……と聞けるはずもないか。家族が生きていたら娘一人こんな夜中、ゾンビだらけの街を歩かせるわけじゃないだろうし。
ならもっと姉貴のことは聞き辛くなったな。家族失った苦しみは俺も良く知ってるから余計気が引けるよな。
「澪さんなら多分生きていますよ。」
いきなり行ってきた沙凪の言葉にはっと顔をあげる。
「多分……って?」
「半年前ぐらい前に会った人から聞きました。東京の方で結構大きなグループが出来ていて、そこで澪さん見たって。」
東京には姉貴の職場があったな。電車で1時間ぐらいで行けるはずだから俺が飛んでいけば一時間半は掛からないだろうな。じゃ一応、東京に行って、姉貴を探して、説得して、あちらに渡る。この流れだな。でも姉貴が大きいグループに入ってるんだよな。あまり多くの人を連れて行けるわけじゃないし、でも沙凪ちゃんも連れて行きたいかな。あまりの成長っぷりで丸で他人って感じだけど一応昔なじみだし。
あ、でもあそこに勝手に連れて行くと精霊王怒らないかな。まず確認だな。
『フェーヤ。』
『うん?なに?』
いつの間にかテレビからキッチンのオーブンに興味が移っていた、フェーヤが俺の方に向き直った。
『もし、俺が何人かアッチに連れて行くって言ったら精霊王怒るかな?』
『なんであたしに聞くの?』
『いや。俺が付き合いは少し長いけど、種族的にフェーヤが精霊王に近いだろう?』
『精霊王様。ハルキがこう言ってますけどどうです?』
『構わんぞ。』
ウエッ?!
『精霊王。聞いてたのか?』
『当然聞いてるさ。妾は全ての精霊の始まりであり終わりでもあるのだぞ。フェーヤは確か少し特殊だが精霊であることに違いはないわ。』
半端ねぇな。世界を越えてまで管理してるし、念話まで出来るのか、さすが精霊王。
『じゃ、何人までなら連れて行っていいんだ?』
『あまり大人数はだめだ。精々5人までじゃな。』
『うっし。了解。こっちらのことが片付いたら連絡するわ。』
『うむ。待っておるぞ。』
精霊王との会話が終わって沙凪ちゃんの方を見ると、俺がしばらくの間黙りこんでいたことが気になっていたのか心配そうに俺を見つめていた。
「沙凪ちゃんってさ。」
「はい。」
「今どこかのグループに入ってるの?」
「いいえ。一人です。」
あっさりした返事が返ってきた。
「じゃ、俺と一緒に来る?」
「どういう意味でしょう?澪さん探すの手伝って貰うためでしょうか?それとも一人では不安だからでしょうか?それとも私のことが心配だからでしょうか?」
人はいろいろ経験するにつれ性格が変わると言われてるし、俺もアッチ言ってから小心者から面倒くさがり屋にクラスチェンジしたから理解はできるけど敢えて言わせて貰いたい。いや叫ばせて貰いたい。
『あの頃の恥ずかしがり屋の沙凪ちゃんは何処行った!!!』と。
「ま、どうせ何処行っても同じですし、一緒に行くのは構いませんけど。」
ツンデレか!いや、違うのかな?
ま、取り敢えず、こうやって俺はフェーヤと沙凪と一緒に姉貴を探しに行くことになりました。でもなせか俺の頭には二人にずっと振り回され続ける未来しか浮んできません。ここに姉貴まで加わるとどうなるのか不安で仕方ないな。
クスゥ。