一話 家に帰ろう。
『ハルキの世界の人間……なわけないよね、あれ。』
俺の側に浮かんでるフェーヤが少し顔をしかめながら質問して来た。
「ああ。でもなんかこの光景にはすごい既視感があるぞ。勿論本物じゃなく物語か作り物の映像とかでだけどな。」
そう、良く見覚えがある風景だ。ゲームとか映画とかでよく出てくる。ゾンビの大規模発生。当に俺の目に入る全てがソレを物語っていた。
「空気感染とかだったら厄介だな。もう俺もあれになっちゃうかも。」
『えええ?ハルキ、あれになっちゃうの?』
ん?なんだその顔?丸で俺がああなるのを期待してるような……
「一応浄化のネックリス着けてるし、ならない可能性もあるけどもな。」
『ならないの?』
あ、がっかり顔に変わった。コンニャロウ……
「お前な。生まれて間もないからって好奇心の方向性がメッチャクチャだぞ。」
確か精霊王はあっちの世界での精霊として基本的な常識ぐらいは持って生まれるはず……とか言ったのにな。コレが精霊の本性なのかそれとも俺の血のせいでこんな性格になってしまったのか……こりゃおいおい確認しなきゃな。時間経てば治るのかな?
「ま、兎に角今は状況確認と方針設定だ。まず家に行くぞ。誰もいない可能性高いけど、この服も着替えなきゃならないし。」
正直言って最初には家に帰るのには少し抵抗があった。
時間の流れはあっちとこっちが同じ様に流れてるって精霊王が言ってたから。その御蔭で時間帯まで設定して飛んで来れたわけだけど、五年という時間は人間にとってかなり長い時間だ。
どんな変化があるのか、帰った時にはどんな言い訳をすればいいのだろうか、別に仲が良い訳でもなかったけど家族だし姉貴は心配しているだろうし。
勿論、計画……と呼べるかどうかは分からないが一応言い訳は準備してある。どうせ神隠しつかいされるだろうしあっちで貰った【魔力炉】の影響で成長も殆どしていない。だから『何も覚えてません!』って突っぱねるつもりでいた。
まぁ。そんなわけだからちょっと行きづらい面も無きにしも非ずだったのだが、今はそんなこと気にしてる状況じゃないわけで……
え?フェーヤはどう説明するかって?
精霊は普通の人の目には見えないよ。魔力感知能力が高い人間なら『なんかいるな』と存在は認識できるかも知れないけど、見て話せて触ることが出来るのは同じ精霊か高位の精霊の祝福を貰った人間だけ。だから全く問題なし。
『ねぇねぇ。ハルキのお家って何処?』
「あぁ。校門を出て右に行って……ううむ。今は暗くてここからじゃ見えないな。ま、どうせこんな夜にゾンビだらけの街を歩きたくもないし飛んで行くか。【飛行】。」
俺は風と重力魔法の合成魔法【飛行】を発動させた。重さを失った体が空中に浮かぶ。
うむ。やっぱりここでも発動できるな。あっちと違って大気中の魔素がほぼないから、自前の魔力だけで飛ばないとならないから3時間ぐらいが限界だけど飛んで行けば5分も掛からないし。
『ハルキ。この世界では魔法を含めて力は使わないんじゃなかったの?』
俺に後を追いながらフェーヤが目をキラキラさせながら質問する。
そう言えばフェーヤは生まれた後にこっちに来たら力使っちゃダメだといった時すごい嫌な顔してたけ。
「どうせ夜なんだし、街中ゾンビだらけだから飛んでいっても誰も見ないだろうさ。それにこんな世の中だし適当に騙し騙し使えばいいと思うよ。」
我ながら適当だな、と思いながらもフェーヤのお陰でアッチと行き来出来るわけだから、いざと言う時はアッチに行けばいいと思う。でもまずは姉貴のことを確認して、どうなったのかを確認するのが先決だから今は行かないけど。
自分勝手で我儘すぎるエゴイストの考え方かもしれないけど、なりたくって英雄になったわけじゃないし、戻って来てまで英雄やるつもりもない。
ま、言い訳がましくこんなこと考えてる自体、俺も少しは後ろ目たさを感じてはいるけど、俺は聖属性の魔法は使えないしどうしようもないことなのだ。
そんなこと考えてる時ふとフェーヤから意外な言葉が返ってきた。
『アレ、ゾンビじゃないよ。』
「へ?」
俺は素っ頓狂な声を出しながら空中で止まる。
どう言うこと?いやアレは何処をどう見てもゾンビでしょう?
うう喚いてるし、動き鈍いし、目は真っ赤だし、所々腐ってる奴もいるし。
『だってまだ魂中に入ってるもん。ちょっと気配はアンデット寄りだけど。』
「じゃ、アレがまだ生きてる人間ってこと?」
『多分ね。魂が休眠状態って感じかな?』
精霊って魂の有無までわかるんだ。ソレに魂の休眠状態か……
「何かの病気の様なものかな?」
『さあ。』
「さあって、お前な。いやぁあんなのあちらには無かったし、生まれて間もないお前が知らないのは当然か。」
『ムッ。今フェーヤのこと馬鹿にしてる?』
「別に馬鹿にしてるわけじゃないけど。自分のこと馬鹿にしてると疑うことが出来る時点ですでに脱バカしてるんじゃないの?」
『……なんか上手く丸め込まれてる気がする。』
「まぁ、フェーヤのお陰でアレが生きた人間ってのが分かったし、ちゃんと感謝してるぞ。アリガトウサン。」
『感謝の気持ちが篭ってない!』
「おお。ソレも分かるんだ。すごい、すごい。」
『もお!本気で怒るよ!』
フェーヤは適当に茶化しながら移動を再開する俺の頭を殴りながら怒り出した。
ちょっと誂い過ぎたのかな。結構痛い。くすぅ。
◇
それから程なくして実家ーさぞ高級感あふれるマンションの隣に立てられた一軒家ーを見つけた。予想通り灯りもなく人の気配は何処からも感じられない。感染者(一応こう名づけてみた)の数も見える範囲では20にも満たない。
ひょっとして、と言う考えで記憶にある知り合いの顔を照らしあわせて見たが全員俺の知らない顔ぶれだった。
幸い家の敷地の中は誰もいなかったけど、庭はだいぶ長い間手入れされなかったせいで、雑草が腰の高さまで伸びており、家の壁は苔で覆われていた。窓グラスは所々罅がはいっていたけど誰かに侵入とかされた訳ではない様だった。
「まず風の結界でも張っておこうか。」
『あたしかやるぅ!』
「じゃこの敷地だけ張ってくれる?」
『了解~。』
フェーヤは勢いたっぷりの返事をしてから小さな体から魔力を溢れさせ、風の結界を掛けて行ったが結界をかけ終わった時、腑に落ちない顔で俺の方を見た。
『ハルキ。精霊たちが返事してくれない。』
「あ、そう言えば説明しなかったな。俺もこっちでは自前の魔力でしか魔法使えないぞ。大気中のマナも薄いから精霊たちもかなり希薄な存在になってるんだと思う。フェーヤは俺の血から生まれたから他の精霊と違って自前の魔力結構持ってるだろうし、ここではソレで何とかやりくりしていくしか無いね。」
『うう。帰りたくなってきた。』
生まれてばっかりで縛りプレイって俺でも嫌気がさすな。でもこっちじゃソレが普通のことだし。でも慣れってマジ怖い。コレが普通だと分かっていても5年もマナが溢れてるところで生きたせいか結構魔法使う時窮屈な感じするもんな。
「ま、入ろうか。それにしても5年も過ぎてるけど鍵変わってないよな?」
恐る恐る5年の間、異世界で戻ってくることを願ってお守り代わりに大切に持っていた家の鍵を鍵穴に入れる。
鍵を回す時鳴る’カチャ’と言う澄んだ金属音が何気なく嬉しい。
ゆっくり玄関ドアを開けると暗い玄関に舞う塵が俺たちを迎えた。当然、家の中には人ところか生物の気配は一切感じられない。
「電気は、切れてるのか。」
俺は玄関先のスイッチを数回テストして軽くため息を吐く。ここに来る時、かなり多くの建物から光が出てることから電気施設はまだ生きているのかなと期待していたけどどうも違っていたみたいだ。
これじゃネットとかで調べるのは無理かな?あ、違うか電気切れてるのにまだ灯りがついてる所があるってことはそこに行けば生存者、いや非感染者たちがいるかも知れないってことか。
俺は靴を脱ぐかと一瞬悩んだが、どうせ何年も放置された家だと思いそのままな上がることにした。中世のランタンの様な形の灯りの魔道具を取り出し魔力で灯りを灯す。
『ハルキ。なんか狭い。』
え?狭い?なんのこと?あ、フェーヤは生まれてから精霊王の城を出たことがないし、他の家は初めてなんだよな。
「精霊王の城と比べれば当然狭いな。でもアッチでも平民の家は大体この位だぞ。」
勿論構造とか間取りとかは違うけど、一般的な一軒家の生活空間の面積は異世界とあんまり違わないはずだ。むしろいろんな収納空間が工夫されてる現代住宅の方が活用面積は事実広いし、日本はその傾向が特に強い。
玄関の左手にあるドアを開けると、記憶の中と寸分違わないリビングが目に入った。両親がなくなって姉が仕事で一人暮らしを始めてからは、自分の部屋は着替える時だけに使い殆どの生活はリビングでするようになったっけ。勉強は学校とソファーでやったし、ゲームもソファーでやったし、寝るときもソファーで寝たし、食事は食卓でしたけど5割は弁当屋の弁当で3割はファミレスで済ませて、残りはカップ麺だったせいで厨房は何年も手付かず。良く体壊さなかったな俺。
『そうなんだ。でもそうだね。ハルキ一人で住むには十分広いかも。』
「元は両親とか姉とも一緒に暮らしてたけどな。」
『あ、ハルキのお父さんとお母さんなくなっていたよね。』
マジこいつデリカシーねぇな。いくら時間経ったと言っても少しは傷付くぞ。
『じゃ、ハルキのお姉さんは?』
「仕事で別の所に暮らしてたよ。今はどうなったか知らないけど。後で探しに行かな……」
『ねぇねぇ!これな~に?コレは?アレは?』
俺の返事を聞いたのか無いのか、テレビとかプレ○テとかを見て飛び回るフェーヤ。
あ、なんかムカついてきた。
俺はせわしなく飛んでいるフェーヤの小さな頭を親指と人差指日本でアイアンクローもどきを掛けながら、怒りの笑みを近くで見せつけた。
『いたたたたた。ハ、ハルキ。いたい。いたい!!』
「なぁ。フェーヤよ。人をしんみりさせといてそのはしゃぎ様、コレは喧嘩を売ってるんだよな?そうだよな?」
『ごめんなさいっ!ごめんなしゃい!』
「何がごめんなさいだ、こら?反省なんってしてないだろう?」
『いたい、いたいでしゅ、いた……くない?』
小さな手足をバタバタさせながら泣き叫ぶフェーヤの頭を捕まえていた俺はふと自分の指の力を緩めた。フェーヤの涙ぐんだ目がいきなり頭痛がなくなったことに戸惑い俺の顔を伺う。
『……くっす、ハルキ?』
「フェーヤ。誰か来た。」
俺の言葉に驚いたフェーヤが回りを見回し即返事してきた。
『本当だ。結界の外でジットしてる。ソレに……。』
「この気配は普通の人間だね。」
『うん。魂がちゃんと活動してるよ。』
俺はそんなことは感じられないのだが、外でウヨウヨしている感染者たちと違い、向こうの世界で非魔法職の人たちから感じた気配ととても似ている感覚が首筋を擽っていた。
「まずは確認だな。」
風の結界は中と外両方から探知魔法が妨害するので、俺は灯りの魔法具はそのまま置き、足音をけして二階に上がる。そして気配の反対方向の窓から出てこっそり【飛行魔法】で飛び立った俺は相手から見えないように死角を周り、気配の背後を取った。フェーヤも今回を空気を読み口を噤んで俺の後に続いた。
気配の持ち主は俺ん家の向かいの塀の上で猫の様に背を丸めて座り、微かな灯りが漏れている俺ん家の窓を凝視していた。背格好ははっきりと分からないが服装と所持品はっきりと認識できた。
少し短めのポニテール、タイトな黒いライダースーツに黒いジャケット、そして手の中に握られたクロスボウと背中にあるショットガン。
「強盗か?」
俺は気配を消して監視者から見えない少し離れた塀の上に降り立ちわざと声を出した。
「?!!」
監視者はすぐさま動こうとするが俺は言葉に少しの魔力を載せ威嚇するように再度質問する。
「動くな。そのまま俺の質問に答えろ。強盗か?なぜ俺の家を監視している?」
「え?」
ん?今聞こえた驚きの声って?細いな。女、だよな?姉貴……じゃないな。じゃ、やることは変わらないっか。
「何を驚いている?人の家をじっと見るってのはこんな世の中に強盗ぐらいしかないだろう?」
「今、俺の家って言いましたよね?」
いや、今俺はお前が強盗じゃ無いのかって聞いてる……え?’俺の家’ってのに反応したってことはもしかして俺の知ってる人……?
「……晴稀お兄さん?」
お兄ちゃん?俺妹いないぞ。親戚にいるかも知れないけど一度も会ったこと無いし。
「俺のこと知ってるのか?誰だ、お前、名前は?」
ま、分からなきゃ、聞けばいいんだし。聞いても分からなかったら、その時はその時だ。
「井波沙凪。」
自分の名前を言いながら立ち上がった、160cmぐらいの女の子がゆっくり俺の方に振り向いた。
いなみ、井波って確か俺がいつも通っていた俺の家のすぐ近くの弁当屋の名前が「井波」だったよな……って、ええええ?
「さ、沙凪ちゃん?」
「久しぶりですね。晴稀お兄さん。」