十八話 空《そら》。
『この前、君を殺せなかったから計画を修正したけど、ここまで上手く行くとは思えなかったよ。ありがとう、ハルキ君。』
「……全部計画通りってことか?」
『全部って言うより賭に勝ったと言うべきかな?』
「賭け?」
『この世界には精霊王がない。だから精霊王はどうやって生まれるのかを考えたのさ。そこで考え付いた。精霊がない世界で精霊の因子を持つ存在がその世界の均衡を保つための力と強く同調できたら生まれるのでは無いのかと、でも人間としての僕を殺せる存在がなかったから出来なかったその実験を君を利用してやってみることにしたのさ。』
「……じゃ、寿命が来るのを待っても良かったんじゃないのか?」
『残念だけど、僕の人間としての寿命は200年だよ。その間にこの世界に精霊王が生まれてしまったら元も子もないだろう?』
そうするために俺とここで闘う様に誘導したと?まんまと俺はそれに引っかかったわけか? とんだ間抜けじゃないか、俺!
クッソが!!
やばい。この上なくやばいな。
今までマイダスが直接殺すことが出来なくって、暴走精霊作って殺した、そして殺そうとした。精霊王と言う存在!
正直に言って俺でさえ最後に暴走精霊5体といっぺんにやり合った時、死を覚悟してるぐらいだ。でも、その時精霊王が言ったんだ。
『妾の子じゃなきゃ、全部纏めて葬った物を……。』と。
つまり、5体ぐらいは簡単に葬れる。俺の予想だと100体でも問題ないような気がするけど……。問題はそこじゃない。
そんな凄まじい力を持つ精霊王になってしまったんだ、俺の目の前で、マイダスが!!
それにコイツは精霊を暴走させる能力まで持ってる。自分に敵対する精霊だけ暴走させることも出来るかも知れない。そうなったら全部お終いだ。向こうの精霊王がぶつかっても負けは見えている。
いや、もう終わったかも知れない。コイツが精霊王になったってことは向こうに行って直接勝負に出る可能性もあるってことだ。
『おい。精霊王。見てるんだろう?俺もあんたの精霊に分類されるんだしな。』
『見えておるよ。コレは悪い冗談としか言いようがないのぉ。』
俺と精霊王の会話から絶望の匂いが滲み出ている。その会話にマイダスが口を、いや念話を挟んで来た。ま、単一回線だから挟んでくるのではなく俺に話し掛けるだけだけど。
『ハルキ君。これで君と闘う理由が無くなったね。』
くっそが。俺のことはもう雑魚扱いか?
『誤解がない様に言っておくけど、君より強くなったから言ってるんじゃ無いよ。あくまで、僕が精霊王になったお陰で他の精霊王のことはどうでもいいし、他の世界もどうでも良くなっただけだ。』
「どういう意味だ?」
『簡単なことだよ。精霊王は自然界の均衡を守る存在。色んな干渉ができるし、色んな改造も出来る。僕が今まで精霊王を殺そうとしたのは全ての精霊王が魂の循環を認めていたからなんだ。でも僕が精霊王になった以上。この地球からは魂の循環を断てる。つまり、僕の計画は既に成し遂げられたと言うべきだな。後はゆっくりやるだけだね。』
そこで俺は言いようがない苛立ちを覚えた。
はっきり言ってマイダスが言ってるのは強者の言い分だ。
自分は成功しただから、コレ以上戦いは無用だ。じゃ、なんだ、俺にどうしろって?既に三つもの世界でテメエのせいで出た被害はなかったことに出来るとでも言うのか?干渉と改造?この地球が丸で自分の物になった気か?!
あ、くっそ!なんかイライラするのが止まらない。
「おい。俺はまだ手の内全部見せて無いんだぞ。」
まだ、終わらせない。終わらせるわけには行かない。コレは俺のエゴなのは分かってる。でも、コイツだけはこのままにしておくことは出来ない。今までは押し付けられてやって来た俺だが今からは違う。コレは俺の戦いだ。
『ハルキ君が出来る事はもうないと思うけど、そこまで僕に殺されたい?僕は僕が作った精霊以外には全部殺せるんだよ?よって君のことも完全に殺すことができるんだ。』
「だからなんだ?俺はテメエが嫌いだ。それだけでテメエと闘う理由は十分だ。」
ああ、なんか頭がスッキリした。そうだな。それで十分だ。やってやるさ。
半分、心中の様なものだから使いたくはなかったが俺にも切り札の一つぐらい持ってるんだ。
『ハルキ!今は引け!お主には無理じゃ!!』
『言ったろう。コレはもう俺の戦いだ。』
俺がそう言いながら武器を構え直すと、マイダスは面倒くさそうに手を上げ指を鳴らした。
すると氷で覆い尽くされていた地面が一気に溶け出して再びある馴染んだ姿をした巨大な姿に再構築される。それも見渡すかぎりの広範囲で数百体にも及ぶその身長4メートルの巨体の姿は当に【氷の天使】としか呼ぶことが出来ないものだった。
『僕が作ったゴーレムに出来損ないの精霊を混ぜたものだけど、暴走精霊並は強うい筈だよ。これで生き残れたらまた後で相手してあげるから今はコレで勘弁してね。』
暴走精霊並みの化け物が数百体。絶望的状況だが俺はそんな事よりマイダスへの怒りが大きかった。
「逃げんじゃねぇ!!!」
【無重力】魔法を駆使してマイダスの懐に潜った俺は武器を本来の姿、短めのハルバードと短めの鎌槍の2つに分離させて、その両方に重力魔法を掛けて最大威力の攻撃力を紡ぎ出す。
だが、その攻撃は虚しくもあまりにも簡単に魔法障壁に阻まれ、俺は他の天使による逆襲で吹っ飛ばされた。
「クアアッ!!」
空中でバランスを取り戻し再び攻撃に出ようとするがそこには既にマイダスの姿はなく地面を覆い尽くす天使の群れがいるだけだった。
「くっそぁお!!!!!フッザケンナァ!!!!!!!!!!」
◇
満身創痍だ。
体も心も全てが満身創痍だ。
数百の天使共と戦って負った傷と、何も出来ずにマイダスを逃してしまった心の傷で、気力すらも無くなりただの無力感しか残っていない。
天使共との戦いは回避することは可能だったのに、腹いせのためだけに狂った様に戦ってそれすらもまともに出来ず精霊王にまで手を貸してもらう破目になり、結局はまた精霊王の城まで運んで貰ってベットでいじけている自分の状況を考えると、自分の無力感は益々重いものになって行く。
「はぁ、当初の計画通り姉貴と沙凪ちゃんでも、連れて来るか?」
ため息混じりにそんなことを呟いて見る。
『そうしろ。こちらの金はあるじゃろう?何処かに家でも買って気楽に暮らせ。コレ以上の面倒事は妾も御免じゃ。マイダスは向こうの世界の精霊王になったのじゃ。妾もコレ以上の手出しは出来ん。』
「精霊王同士の決まり事か?それとも力の差が問題か?」
あ、嫌な言い方になってる、精霊王のせいじゃないのに。
『両方じゃ。基本我らはお互いを殺めるようには出来ておらぬ。じゃからお主も忘れるのじゃ。どうせお主はここで暮らすと決めておったじゃろう?』
確かに向こうで生きるのは諦めてたよ。帰った時にはパンデミック状態だったし、正常に戻る見込みも無さそうだったから。でも、それとこれとは別の問題だ。幾ら帰ることが無いと言え自分の故郷がいいようにされるのが好きな人間はいない。
それに、彼奴はやり過ぎたんだ。それなのにこれからやらないから問題ないみたいな態度。それだけはどうしても許しがたい。
『ハルキ。妾が長い間生きながら外側で人間たちを見てきたから分かったんじゃが、人間は普通、自分の世界、自分の国、自分の街、自分の知人、自分の家族、自分自身、そんな風に順番に付けて生きておるのぉ。お主も皆の様にそうやって自分自身と家族、知人を先に考える事じゃ。』
「そんなのは知ってる。俺はただ彼奴が憎くて仕方がないだけだ。極めて個人的な理由でな。」
『違うのぉ。お主はこの世界のことも、自分の世界のことも、そしてアヤツがいた世界のことも、一括りに考えて怒っておるんじゃ。』
なだめる様な精霊王の声が異常な程に心に染み渡る。多分俺が半分精霊になったからだろう。
だが、その心の何処かにある、マイダスへの怒りと無力感が作り出す黒いモヤの色は薄くなる素振りも見せないんだ。多分コレは俺が生きてる間はずっと俺を付き纏うだろう。
「分かった。いや、分かってないけど、俺にはどうすることも出来ないんだろう?じゃ妥協するさ。」
『それでいい。』
気は乗らないけど、マイダスが何かをまたやらかす前に、皆を連れて来る必要がある。確かにこんなに落ち込んでる時間は無いな。
俺はそう思い、早めに自分の体を魔法で治療し姉と沙凪ちゃんが待っている日本へ移動しようと身を起こした。
「あ、精霊王。向こうで魔族化した人間一人連れて来てもいいか?」
『だめだ、と言いたい所だが仕方ない。一人位ならなんとかなるだろう。ただし。マイダスがその寄生虫とやらに精霊を埋め込んだと、そう言っておったからその精霊を封印するぐらいはさせてもらうぞ。体に負担はあるだろうが死ぬことはない筈じゃ。』
「ま、そう説明してから連れて来るよ。嫌だとは多分言わないだろうがな。」
ミヤの奴は異世界に夢見てるんだし。それぐらいのペナルティは受け入れるだろう。
◇
それから約三時間で俺の知り合いの異世界移住が完了した。
沙凪ちゃんは文句ひとつ言わずに付いて来ると言ってくれたし、ミヤは両手を回しながら喜んでたけど、姉は少し来るのを渋った。だが、宇多野と対空砲を含め大日本戦線がコレ以上脅威では無くなったことを直接、その目で確認させてやると、漸く俺に付いて来るのを承諾してくれた。だけど、俺はマイダスのことは何も言わなかった。これから地球が世界がどうなってしまうのか、そんなことを考えて罪意識を感じるのは俺で終わりにしたかったからだ。
今俺たちがいる場所は、俺が2年前救ったデルロッソ国の王から名誉男爵の爵位と共に貰ったある屋敷だ。元々、偶にこちらに来る時拠点代わりに使おうと考えて貰っておいた物件で、30人ぐらいは余裕で暮らせる規模の派手じゃない装飾が施された3階立ての屋敷だ。
既に簡単な家具などは揃ってあるため、俺達はリビングのソファーに座ってこれからのことを話し合いをしようとしているのだが……。
「ここが…晴稀、あんたの物?」
姉貴が中世風の小奇麗な調度品を眺めながらビックリしている。
「ね!あんた。このランプ魔法で灯すの?それともただの油?」
ミヤは興奮度マックスの状態で見るもの触るもの全部俺に聞いて来る。
「私大きい庭のある家に暮らしかったのに夢が叶いました。」
と何か夢見る乙女の顔をしていた。
これじゃ話にならない。
「騒ぐのはそれぐらいにして、これからのことだけど。部屋は何処使ってもいいけど暫くの間は俺が一緒じゃない時、屋敷の外に出ることは禁止。少し慣れてきたら皆連れてギルド行くからそこで登録してもらうよ。それなら少しの義務は発生するけど税金とかの対処が簡単だから。」
「やっぱり冒険者ギルドあるんだ~!!」
「ギルドってなに?」
「厨二ですか?」
泣いて喜んでるミヤとは違い、姉貴はそう言うの全然知らないから聞いてくるのは分かるけど、なんでギルドって言うと厨二になるんだ?沙凪ちゃん?
そんなこんなである程度話は進み、夜も更けて来たので皆の寝所を決め休むことになっが、
「あたしはこの部屋~。」
「私とお隣さんですね。フフ」
「え?姉貴その部屋は、俺の……。」
「何?晴稀。文句あるの?」
「ありません。全くありませんとも。ええ。」
姉貴に一番いい部屋を取られてしまった。
でも、こんな日常的なやりとりのお陰で少し荒れた心が落ち着いた。
これからもこう言う日常が続くのだと思うと、それはそれで悪く無いような気がする。
そろそろ俺も適当な部屋で休もうかと空いた部屋の扉に手を掛けた時、部屋に入ったと思っていた沙凪ちゃんが再び廊下に出て俺に話しを掛けて来た。
「兄さん。色々ありがとう。」
「おう。感謝は貰っておくよ。ま、どうせコレ全部俺のワガママだけどね。」
「なんか異世界って言うから、不思議の国のアリスで出てくるキノコ屋敷とか考えたけど、案外普通の洋館だよね。」
「まあな。でも違うものはちゃんと違うし、色々馴染んで行くの苦労すると思うけど頑張ってくれ。俺も手伝うから。でも、向こうと変わらないものも結構あるから、そこまでは苦労しないかも知れないけど。」
俺は廊下の窓から遠くに見える街の光を眺めながらこれから、この世界のことをどうやって皆に教えていくか、考えを巡らせた。だが、
「あ~本当だ。向こうと一緒~。」
俺の視線に釣れられ窓の外に目を向けた沙凪ちゃんが空を見上げながら破顔していた。
「何が一緒なんだ?」
「月の兎と北斗七星ですよ!ほら~オリオン座もある~。」
また敬語に戻っている。でも、問題はそこじゃない。
月の兎。北斗七星。オリオン座……。
マイダスは言っていた。俺が数万人、数億人いる多重宇宙があるのだと。
それにそれは瞬間瞬間、幾何級数的に増え続けてるのだと。
つまり、この異世界は遥か昔に分岐によって別れたもう一つの地球ってことだ。
つまり、数多な地球があるってことだ。
つまりだ。
何処か違う地球でこんな凶行を選ばなかったマイダスもいるんじゃねぇ?
むしろこの世界に彼奴がいたことは間違いないし、それを辿って連れて来ることが出来れば……。
いや、そいつの知識を教えてもらってそれを利用することだけでも……。
ユレカを叫ぶのはまだ早い。
でも、風呂から起き上がらずにはいられない発見なのは、間違いないはずだ!