十六話 尻尾取り。
「わあ!ハルキさん!」
「よっ。久しぶり~。ファルメイアさん。半年ぶりかな?」
「いやだ~。ファルでいいって何時も言ってるのに~。」
精霊王との話を終えた俺はパクラオス王国クーラント領、シトゥヤの街にある冒険者ギルドに来ていた。
当然目的はリアーナだ。一番手っ取り早くマイダスを見つける手がかりが彼奴だから。でも他にも宛は幾つかあるから、そこまで宛にはしていない。
因みに誤解がないように言っておくと、ファルメイアは冒険者ギルド・シトゥヤ支部のギルドマスターで、《人妻》だ。旦那は元Aランク冒険者、《鮮血のバルス》。戦闘狂でとても強い人だけど、ファルメイアさんには尻に敷かれてる立派な人だ。
……あれ?なんか説明と私見の組み合わせ間違ってる?
「今日は何の御用かな?《奇跡の英雄》さん?それとも《天翔の勇者》さんがいいかしら?」
「2つとも嫌だ。なんだ、それ?何かの罰ゲームか?それとも新種の暗殺技?俺を悶え殺すために?」
「最近は殆どこの二つ名で通ってるよ、ハルキさんがね。」
「英雄だの勇者だの、そんなに好きなら誰にでも譲ってやるよ。俺の名前は一つでいい。二つ名持ったってその分勝手に期待されて、面倒が増えるだけだからな。」
「相変わらずね。ハルキさんは。で、本当にどうしたのよ?この前会った時、遠くに行くとか言ったじゃない?結構早いお帰りだったわね?」
「ま、色々あってな。兎に角頼みたいことがあって来たんだ。頼めるかな?」
「あら~いやだ。そんな勝手に頼まれても今夜はダメよ~。旦那が今家にいるから~。来週ぐらいなら大丈夫かもよ?うふふ。」
「あ、そ。そりゃ残念。い~っぱいサービスしてあげるつもりだったのに。」
「むぅ~。なんかハルキさんの可愛げが無くなってる~。悲しい~。」
「誂われるのも慣れるもんだしね。大体このネタだけでも10回超えてるぞ?」
「あら、そう?そりゃ失敗したわね。久しぶりだから感が鈍ったかも。」
「ま、冗談はそれぐらいにして、本題だ。」
俺は懐から金貨を30枚ぐらい取り出し会議室のテーブルの上に積み上げ、5枚ずつ取り横へ積み直しながら要件を話していった。
「誰にも俺の情報を絶対話さないことで5枚、魔物を含め俺が未だ戦ったことが無いほどの強者がいる場所の情報で5枚、今知っているリアーナ・リピュトンの情報で5枚、旧レーベン侯爵領にある遺跡の場所の情報で5枚、最近の貴族共の動向で5枚、全部出来たら更に5枚だ。」
因みに金貨30枚はちょっとした一軒家が買える金額。情報料としてはかなり破格だ。でも、今回はコレぐらいは必要だな。
「じゃ~私は10枚だけね。知ってるのは貴族の情報だけ。ハルキさんが殺したドラゴン以来強い魔物の報告もないし、リアーナさんは二週間前から消息不明。レーベン卿の領地は今は国王直轄領で、禁領になっているから誰も入れないから情報なし。全く、知っててこんなこと聞いたなら、拍手者よ。嫌がらせ師として免許皆伝だわ。」
「そうか。じゃ仕方ないな。残念だ。じゃ、ここに10枚だけ置いとく。」と残りを懐に戻す。でもファルメイアはその金に目もくれずに10枚だけを手に収めた。
「1ヶ月前、カンドリック伯爵が暗殺されたわ。噂には家督継承での内輪揉めとされてるけど、アレは王家の仕業よ。王族派寄りの長男を早いとこ、家督を継がせて王権を強くする気なんだわ。ハルキさんのせいで王族の人気はガタ落ち状態だったから躍起になってるのね。ギルド本部からは何時も通り譲歩だけ掴んで何の干渉もしない。それ以外に目ぼしい情報はないわ。全く持って残念だけど。」
「そうだな。残念だ。」
俺はそれだけ言ってさっさと席を立ちフードを被った。
「あら、もう帰っちゃうの?折角だから溜まってる仕事してくれない?」
俺はその誘いを手の二振りするだけで断ると、会議室の扉をでる。
目当ての情報は得た。そそくさ退場するに限るってもんだ。
3つだった。
俺が最初から知りたかったのはファルメイアが《大金でも売ろうとしない情報》だった。
あの人は金の亡者だ。病気と言っていい。だから必ず知らない情報は調べると言って値段の上乗せを要求する。
だが、それをしないまま3つの情報を売るのを諦めた。
強者のこと、リアーナのこと、レーベン領のこと。
案外、マイダスはこの世界で裏の情報網を揺さぶる存在のようだな。マイダスと繋がりそうな情報は完全にカットされている。
でもだからこそ俺は確証が取れたんだけどな。
《流れない情報は生きている情報だ。》
コレは俺がこの世界で学んだ一つの教訓だ。死んだ情報、つまり要らない情報は嫌でも耳に入る。でも生きてる情報は何処かでそれが遮られている。
その《何処か》は必ずその情報の張本人と、感情的か物理的な《利》で絡んでいる。
よってファルメイアは黒だな。だから、監視を付ける。
『フェーヤ。仕事だ。少しの間あの女を監視してくれ。』
俺は漸く復活して、俺の懐に隠れていたフェーヤにその役を頼む。
『え~?なんであたしが監視役なの~?』
『俺じゃ出来ないし、今ここで頼める精霊はお前しかいないんだろう。』
『あ、あたししかいないって、そんな、いきなり告白されても~。』
なぜ、そこで体をうねうねする?何かの踊りか?と言うツッコミを入れようかと思ったが、色々話が長引きそうだったので、一番効果的な対処を取ることにした。
『やっぱりいいや。他の精霊に頼むから』
『分かった!やるよ!やります!あたしにやらせて!!!』
はぁ、ちょろい。
最初の尻尾はファルメイアで決定。じゃ次はだれの尻尾だ?
◇
俺がギルドを出てから30分後、予想通りファルメイアがギルドを出て何処かに向かって行く。俺はフェーヤと合流し、少し離れた場所で彼女の後を付けて行った。
そうやって到着したのは町外れにある小さな屋敷。
大して大きくない外見には似合わずに、扉の装飾とか庭の手入れなどはしっかりしている、ちょっとした貴族の別荘的な感じの屋敷だ。
中から感じられる気配が2つ。
多分だけど中で話されているのは俺の情報だな。ま、聞いて見れば分かることさ。
俺はオリジナル魔法である【窓読み】を使い中の音が拾えるか試して見る。
この魔法は窓の外に漏れる弱い音を増幅させて俺の耳に届ける魔法で、元々は諜報映画とかに出る集音器などをイメージして作った魔法だ。ま、現代の防音設備の前では丸で無意味だがこの世界でならかなりの効果がある。
『……から、もう少し貰えないかしら?』
ファルメイアの声だ。魔法は上手く発動出来たみたいだ。
『最初に金貨50枚渡したんですよね?欲張り過ぎじゃありませんか?』
これは、リアーナの声だ。へぇ、この話じゃ情報を売らない対価としてファルメイアがもっと金をせびっろうとしている所かな?
『でも~。ハルキさんから30枚貰ってるのに~。もっと貰えるはずだったのにコレじゃあんた達よりハルキさんの方にしとけばよかったかも~。』
なかなか商売上手なことだな、おい。コレはほぼ脅迫だ。「情報を売られたくなければもっと出せ!」と言う。
『はぁ。分かりました。もう10枚払いましょう。でもコレっきりにしましょう。どうせマイダス様の命令でこの街離れることになったし、情報の遮断は私が街を出る明日の夕方まででいいです。』
ほぉ。でももうバレバレなんだけど。金貨10枚、無駄にしたぞ、リアーナ。
数秒後、『毎度~。』と言う景気の良い声を出しながら出てくるファルメイアを捕まえる為に俺は少し薄暗い場所まで下がった。フェーヤにはリアーナを見張ってもらう。やっぱり少し渋ったけど無理やり言い聞かせた。
そして、今からが本物の狩りタイムだ。
「よお。ファルメイアさん。何処行ってた?」
あ、なんか口調がチンピラっぽくなってる。でも、今回はこれがお似合いだろう。
「ハ、ハ、ハ、ハルキさん?ど、ど、どうしっ……」
おお。テンパってるテンパってる。いい感じだな。
「それにしても吹っかけ過ぎじゃないかな俺から貰ったのは金貨10枚だろう?」
ここで俺はもおう知ってるぞ。と脅しを兼ねて揺さぶりを掛ける。俺達の回りには【風の結界】、ファルメイアの足は【土縛】を掛けることで物理的圧迫感を加える。
「じゃあ、話して貰おうか、色々とな。俺との契約違反したんだ、簡単に逃げられると言う考えは捨てた方がいいぞ。」
「ハ、ハルキさん。それはですね……。」
「今話していいのは一つだけだよ。マイダスの居場所。知ってるんだろう?」
「で、でも、ハルキさんが知りたかったのはレーベン領と強者の情報と……。」
「それはマイダスを探すための下情報。リアーナがそこの屋敷にいるのはもう知ってる。だからマイダスの居場所だけになった。」
「マ、マイダス様は……旧レーベン領に……。」
「そんなことは既に分かってるんだ!レーベン領の何処なのかを教えろと言っている!」
少し声に魔力を載せて更に圧力を高くする。ファルメイアの顔から雨の様な汗が吹き出ていた。なんか見苦しい。
でも、レーベン領の話を俺に売らなかったことで彼奴がレーベン領の何処かにいるのは既に確定されたも当然だ。俺が欲しいのは更に詳しい情報だ。
「レ、レーベン領の北部に、先王の別荘が……。」
「そうか。別荘……。」
まあ、コレ以上は聞けないだろう。コレが間違った情報か、移動してしまって無駄になった情報である可能性もあるけど、それの確認はリアーナにするべきだな。
そこで、ファルメイアにはもう少し仕事をしてもらうことにした。
「そう言えばまだ、あんたの情報が間違っていた時の話をしてなかったな。」
「な、にをするつもり?殺すの?バルスが黙って無いわよ。」
その汗たらたらの顔で強がってもな……。
「バルスさんは嫌いじゃ無いけど、俺なら一瞬で殺せるぞ。でも俺がそんなこと必要ないな。どうせその時は世界が全部滅ぶだろうし。」
「い、今なんって?」
「だから世界が滅ぶと言ったんだよ。勿論滅ぼすのはマイダスだ。俺が彼奴を殺さないといずれはそうなる。」
「本気で言ってる?幾らマイダス様が凄腕の魔導師でもそんなこと出来るはず……。」
「言っておくが俺もその気になれば、それぐらい出来るぞ。マイダスは俺以上だから当然出来るし、やる気は既に溢れている。止めないと、滅亡する。コレは確定事項だ。」
「……。」
俺は言葉を失いただ呆然と立っているだけのファルメイアの拘束を解除し、リアーナがいる屋敷の方に足を進める。
ファルメイアはきっとこの情報を無償でギルドの方にばら撒く。
あの女は強欲だがその分計算が早い。誰を敵にするべきかなど、簡単に計算出来るし誰の見方になればいいかなども、十分に考えられる筈だ。
俺は自分の強さのことを一度も誤魔化したことは無いし。それはギルドでの俺の信用度に繋がっているから、ファルメイアが俺から聞いた情報だと話せばそれはギルドの動きを急がせることになる。
それは当然王宮にも伝わり、マイダスはこの世界で孤立する。ま、コレでも英雄だの勇者だの、面白おかしい称号を持ってるんだ。大っ嫌いな称号だが今回だけは利用させて貰おう。
それが《俺は世界を滅ぼそうとするマイダスを打ち取るから邪魔したら承知しねぇ!作戦》の概要だ。作戦って程のもんじゃ無いけど、単純な分失敗の危険性は少ない。
◇
あー。今はリアーナがいる屋敷の中に来ております。勿論色々聞き出すためですが、何と言うか……。残酷な描写が有りますので……すみません。嘘です。
でも本当はこれちょっとアレなんですよ。マジで。
今目の前には呂律が回らなくなっているリアーナが座り込んで潰れている。涙を流し、鼻水を垂らし、唾を垂らし、小水を垂れ流し、ボンヤリと定まらない視線を空中に向けたまま、ブツブツと……。
「えへぇ~。はゆきひゃんはヴぁかだお~。まいじゃふ、ひゃまはひゃいこ~につひょんだよぉ~。みっひゃおにはひぇかいのゆいつのおおうしゃま~。ひひひひひぃ~。」
半分精霊になったお陰で精霊の力を使えることになった俺が新しく出来る様になった《生命体への直接干渉》を使い、オリジナルの尋問魔法を作り出したのだが、それが凄すぎる効果を持っていた。
俺がやったのは【神経増幅】と言う神経を敏感にする魔法を使って体内にある神経を少し刺激しただけだ。でも俺の知識が半端なものだったせいか、こんな事になってしまった。
最初に屋敷に侵入した時いきなり攻撃して来たから、軽く後を取りそのまま後頭部に手を当てて使ったのだが、直接脳が刺激されて効果が大きく出たのかも知れないな。
一応、逆機能をする【神経安定】の魔法を使ったのだが未だ収まってない。
『ハルキ。この女気持ち悪~い。コレじゃ何にも聞けないよ。』
いくら敵だと言え、女の子なのにやり過ぎてしまった。それにこれではまともに会話も出来ない。完璧に失敗した。
どうするんだ?このまま確認なしに別荘とやらに突っ込んでみるか?
それともこいつを元に戻るのを待ってから仕切り直しと行くか?
「ねぇ、ハルキ君。紳士としてこれはひどいと思うな、僕は。」
その声と共に俺の横っ腹から一筋の銀色の刃が生えた。
後を振り返ると、そこには見知らぬ金髪の少年が不機嫌そうな顔で俺を見ている。こいつがマイダス……。
あ、ダメだ。痛い。相当痛い。むちゃくちゃ痛い。
「マ、イダス……テメエ……。」
『ハルキ!!!』
尻尾取りに出て、逆に後を取られしまった?
コレは一体なんの冗談だ?