十五話 彼を知り,己を知れば?
目を開けると見覚えのある綺羅びやかな広々い天井が見えてきた。
精霊王の宮殿の客間の天井だ。
俺はまずは軽く視線を動かして天井回りを見回したが、ちゃんと思い通りに体が動いてるみたいだったので次は指を少し動かして見た。
ちゃんと動く感覚があるので手を視線のところまで持ってきて動きが現実のものであることをもう一度確認する。やっぱりコレは現実みたいだ。
精霊王の宮殿だったからまさか走馬灯もどきの続きかと思って少し緊張したが違っててよかった。ちゃんとまだ人間やっているようで。
『やっと起きたか。』
「おはよう。精霊王。状況説明よろしく~。」
俺がベットから身を起こし、ベットの上で胡座をかいて精霊王の方を向く。少し不機嫌そうな精霊王の目が俺を見つめていた。
『なんで、そんなに呑気なのかのぉ、お主は?』
何時ものように、小学生6年生ぐらいしか見えない体格と顔立ちに、似合わなさすぎる色気づいた服を着た精霊王は『はあ……。』と軽く溜息をした後、簡単に状況説明を始める。溜息と共に6枚の翅をがっくりと落とす仕草が不思議に俺を和ませてくれた。
『お主は死に損なった。何者かの攻撃のせいで内蔵の殆どと脳の半分ぐらいが潰れておったんじゃ。妾が持たせた指輪のお陰で危険を直面した瞬間に呼び寄せることが出来たのじゃが、かなりの負傷だったから普通の治療ができず、結局お主の体を相当弄ってしまった。』
「で、俺はどうなってんだ?」
『もう人間じゃなくなった。半分精霊半分精霊って所じゃな。』
「今、なんかすげー心が乱れる状況なのに、穏やかすぎる気がするけどそれのせいか……。」
『それは分からぬ。多分感情部分は問題無いはずじゃが、何分妾も初めてのことだし、確証は持てぬ。ただ、これだけは言える。お主は普通に死ぬことは出来ぬ。暴走を起こす可能性もある。ただし、今まで以上にマナの親和性が高くなってるから力は今までの比では無いはずじゃ。』
「普通に死ぬ、ってなんだよ?寿命がなくなったってこと?」
『違う。寿命はある。老化の方法は少し異なって寿命が来たら、急激に老化するだろうがのぉ。じゃが寿命が尽き肉体が死んでもお主は精霊として生きることになったのじゃ。じゃから二度死ぬことになるんじゃ。人間として、そして精霊として。』
二度死ぬ、か。ああ、ダメだな。想像も出来ないや。じゃ、俺、輪廻とかは二度死んだ後になるのか……。
輪廻……ね。彼奴の言葉を丸呑みしたくは無いけど、なんら否定できる理由が見つからないんだよな。
『それより誰が、いや何がお主をそんな風にしたのか聞かせて貰えるかのぉ?フェーヤをあんな風にした何かにやられたんだろう?』
あ、そう言えば精霊王は俺が聞いたこと知らないんだっけ?じゃ話しておかないとダメだな。でも、あんな長い話俺ちゃんと纏められるかな……。
話の内容よりそれが心配だ。
◇
……………。
………。
……。
…。
分からないことが多すぎて、聴かされたことをそのまま伝えるだけでも結構長い時間が必要になってしまった。でも、我ながら上手く話せたと思う。精霊王は一言も発しないまま、ずっと俺の話を真剣な顔で聴いていてくれた。
「……以上が俺が彼奴から聴いた話だけど、どう思う?」
『結構な所で妾の知識と合致している所はあるのぉ。神が不干渉の所とか、数多な数の宇宙のこととか、輪廻のこととか……。』
「やっぱり嘘じゃなかったんだな。でもあまりにぶっ飛び過ぎて正直お手上げだね、コレは。」
『……マイダスとか言ったな、お主を殺そうとした奴は?』
「ああ、マイダス……レーベンとか言ってた。でも殺そうとしたのは俺だけじゃない。精霊王もだ。」
『分かっておる。何分聞き覚えがある名前じゃから、少々気になっておるんじゃ。』
「聞き覚えのある?」
『ああ、250年前ぐらいにパクラオス王国の貴族、侯爵だった男じゃ、其奴は魔導師としても当時最強として呼ばれておったのでのぉ。じゃが、190年前には死んでおるし、お主を殺そうとした奴じゃないかも知れぬ。じゃが、』
「同一人物の可能性はあるってことだな?」
『あるかも知れんだけじゃ。』
「そいつまさか精霊と契約してたりした?」
『していたのぉ。』
「じゃもう一つ聞くけど、リアーナ・リピュトンと言う名前は知ってる?」
『リアーナは知らぬがリピュトンはパクラオス王国の端にある地名じゃ。200年前まではそんな苗字の貴族がいた筈じゃが没落したと聞いておるのぉ。』
あ、なんか欠片が揃ってる気がする。パクラオス王国、今も使っている250年前の名前、手下のリアーナ・リピュトン、精霊との契約、精霊の暴走、他の異世界の存在、殺された精霊王、などから俺の勘の種が揃ってそこに欠損している欠片が浮かび上がる。
「精霊王。そのリピュトンと言う貴族、やっぱり元からマイダスの手下?」
『そう……だったと記憶しておるんじゃが……なんじゃ、一体?そのリピュトンに拘る理由は?』
「それよりもう一つだ。世界渡りが出来る魔法はある?」
『精霊が使う魔法じゃから、人間は出来ん。じゃから一体何を……?』
俺は手を上げて精霊王の質問を制止し、最後の一つの質問を口にした。
「じゃ、今の俺にそれ使える?」
そして聞けたのは俺の予想通りの答だった。
『使える、筈じゃ。お主、一体何を考えてるかちゃんと説明してくれぬか?』
欠片が揃い、俺に勘に基づき、ある一つの形が作られた。俺はそれを精霊王に語りはじめる。
「マイダスの奴は多分俺と同じような存在だと思う。そして彼奴は今この世界に来ている可能性が高い。」
『そんな筈はない。そんな奴がおるのなら妾が既に感じ取っている筈じゃ。精霊は世界の何処にでもおり妾の目と耳なのじゃから。』
「でも、精霊全部ってわけじゃないだろう?ちゃんと実体を持っている精霊限定の話したよな?実体を持っている精霊どれぐらいいる?10万?100万?それだけで世界中全部をチェックするのは無理だ。」
『……そう、かも知れんがのぉ。彼奴はお主にすごい魔法使っておったじゃろう?それ程の力を妾が見誤る……。』
「向こうの変異種の角はとても微弱な精霊寄りの魔力を発しているとフェーヤが言っていた。でも実はその中には暴走寸前の精霊がいたんだ。力がほぼ隠されていたと見るべきだよな?じゃそれの元締めたるマイダスに出来ない訳がないと俺は思うけど。」
『うむむ。そう……かのぉ…。』
「それから2年前俺を殺そうとしていた奴の名前がリアーナ・リピュトンなんだ。気を失ってる時思い出したが彼奴がマイダスの手下なのは間違いないと思う。つまり、2年前ぐらいには自分を《マイダス》と名乗り、それを使ってこちらで活動している奴がいたわけだ。そして1年半前地球ではパンデミックが起こった。覚えてるだろう?最後に暴走精霊が大量に出来たあの時のこと。1年半ぐらい前だったよな?じゃその直後に彼奴が向こうに渡ったとしたら?そして、彼奴は言ったんだ。『今はマイダス・レーベンって名前だ』と。つまり、彼奴は今この世界でまた活動している可能性があるって事じゃないのか?それとそんなに行ったり来たりしていることを考えても半分精霊である可能性、あるんじゃないか?」
それともう一つ。精霊は名前がない。名前を持ってる精霊は名前に縛られる。正確には名付け親に縛られる。フェーヤの場合、俺がそれだ。だから、精霊は偽名を使えない。
だけど、名前をいっぱい持っていたら?ちゃんと《今》の名前を教えないとダメだとしたら?
「精霊王。最後に確認する。コレが成功したら、彼奴はこの世界にいると断定していい。」
『何の確認じゃ?』
「俺の名前はた……。た…。たぁ~~、黒伽揶晴稀だっ。フウゥ……。やっぱりだ。」
精霊と同じに俺も偽名を使えなくなっている。結構苦しいんだな。田中太郎、って言おうとしたのに出来なかった。でもコレで確認ができた。
『なんじゃ?いきなり変な口調で名乗りおって……。なにがやっぱりじゃ?』
「精霊は偽名を名乗ることは出来ない。俺も今そうだった。つまり彼奴もそう。だからそう言ったんだ。今はマイダスだ、と。でも彼奴には何個か違う実名を持っている筈。だけどその中から、マイダスと名乗った。つまり彼奴はその名前で呼ばれてる場所、この世界にいるってことだ。」
俺の自信満々な言葉の後に難しい顔で少し考え込んでいた精霊王は『困ったのぉ。』とぼそっと呟いた。
『ってことは、彼奴の目的は妾ってことになるのじゃな?』
「そうだな。まだ彼奴の計画は続いてると見ていい。」
『でも、どうする?彼奴の魔法がどんなものか知らぬがお主がそれ程の怪我をしたのだ。並のものではあるまい。妾でもどうするか検討も付かん。』
「それは……。」
『それは?』
心配そうに俺を見つめる精霊王。でも、
「分かんねぇ。」
『……はぁ、やっぱりのぉ……。』
「おい、このタイミングで突っ込んでくれないと俺がただの馬鹿になっちゃうだろう?」
『突っ込むも何も分からぬのじゃろう?お主だけはなく妾も分からないんじゃし、馬鹿とは思わん、心配するでない。』
「だけどな、地球でこんな諺があるんだ。《彼を知り己を知れば百戦殆うからず 》ってな。」
『孫子じゃろう?それは知っておるわ。』
あれ?なんで地球の兵法何って知ってんの?
『偶然じゃが、向こうで適合者、お主を探しておる時聞いたんじゃ。その後妙に耳に残ってのぉ。少し後で調べて貰ったんじゃ。なかなか面白かったのぉ。』
え?どうやって?ってか向こうの言語分かるの?
『それでも、それは勝つと言う意味ではなかった筈じゃ。なのにお主はなんでそんなに自信満々なんじゃ?』
「……いや。彼奴は俺と同じ様な存在だろう?だから彼奴と俺が、1対1。そこで精霊王の力が加わると、勝てるのでは無いのかな……ってちょっと考えてみたり?」
なんか言い訳くさい口調になってんな、俺。
『訂正する。やっぱりお主は馬鹿じゃ。彼奴は精霊を暴走させる能力を持っておるんじゃぞ。妾が暴走してしまったら元も子もないじゃろうが。』
「いや。それは違うと思うけど。」
『違わんわ!』
「いや。違う。彼奴が出来るのは普通の実体がある精霊の暴走だ。精霊王か実体がない精霊が暴走出来るとしたら既にそれをやっている筈だ。むしろそれの方が手っ取り早い。つまりそれが出来ないから一々実体がある精霊を探して暴走させて精霊王を殺そうとしている。だから、彼奴の居場所を掴んでその回りから実体がある精霊を遠ざけてから俺と精霊王で挑めばなんとかなると思うんだ。」
『……。』
うっし。ちゃんと筋は通ってる。その証拠に精霊王が黙って考えこんでいる。でも、俺でも正直自信はない。これで行けたらいいと思うけど、そう簡単には行かないだろう。
『かなり無理することになるはずじゃ。失敗したらお主も妾も死んで世界が崩壊するぞ。』
「分かってる。でも、やるしかないと思ってるんだ。」
『じゃ、役に立つかどうかわからぬが、少し対策を打っておこう。』
そして俺達は幾つかの《下準備》をしてから、逆襲で出ることになった。
未知に近い状態の敵だから幾ら対策を準備しても心持たない気持ちはあるが、俺にも最後の切り札一つぐらいは持っている。でも、出来ればそれは使いたくは無い。
だから、地道に最初の計画通りに、頑張るしかないよな!!
って、なんかこれプラグっぽい気が……?