十一話 精霊。
フェーヤが消えた。
何がどうなってるのかさっぱりわからない。さっきの魔力反応も一体なんなのかさっぱり分からない。
一体どうなっているんだ?なにが起きたんだ?
『フェーヤは無事じゃ。』
『精霊王!』
軽い混乱に嵌り掛けていた俺を精霊王の声が呼び戻してくれた。
『なんらかの影響でフェーヤが暴走し掛けたから、断りもなくこっちに戻してしまった。すまぬ。』
じゃさっきのは精霊王がやったのか、じゃあの魔力反応は緊急召喚の時のものだったのか?
『暴走?まさかアレ……か?』
『そうじゃ、幸い今はフェーヤ一人だけだったからなんとか大事になる前に止めることが出来た。でも少し調整する必要がおるからのぉ。暫くは妾が預からせてもらおう。』
『ああ、分かった。でもフェーヤは大丈夫なのか?』
『問題ない。心配ご無用じゃ。』
『了解。よろしく頼むわ。』
『でも、お主にやって貰いたいことがある。』
『分かってるよ。フェーヤがああなった原因なんだろう?』
『そうじゃ。おそらく今お主がいる所の近くに何かおるはずじゃ。でも、精霊が暴走するのは普通ではありえない。十分気を付けるのだぞ。』
この近く、つまりこの敷地の中と言うこと。でも影響を与える何かとは一体何なのか、まだ俺には分からない。でも非常に気になる言葉が頭を過ぎた。
ーなんかね。精霊寄りの魔力がこの角から出てる。ー
さっきフェーヤが言っていた、変異種の角から出る精霊寄りの魔力。
つまり他の角魔族でもそんなのが出ている可能性は高い。
でも、それがフェーヤに影響を与えたと言うとミヤと一緒にいた時にも何かあった筈だ。でもあの時はなんの問題もなかった。興味深そうにはしてはいたけど……。
ああ、考えるのが面倒だ!ここにはこんなにも関係者がいるんだ。疑問がアレば聞き出してしまえばいい。
「おい。宇多野。起きろ。」
警備のオッサンの時と同じ方法で宇多野を起こす。意識を取り戻した宇多野は横には目もくれずに俺を睨み付けてきた。状況判断は早いみたいだな。
「お前ら変異種使ってなんか実験してるんだろう?」
半分の確率もないハッタリを宇多野に投げてみる。俺の勘に基づいたハッタリだ。
「……。」
俺を睨む瞳が微かに揺れる、眉間からも動揺の動きが見えている。
やっぱり当りだったようだな。
宇多野は口元に更に力を入れ何も言いたくないと無言で訴えかけてるが、俺はそんなことさせるつもりは毛ほどもない。
「今俺は頗る機嫌が悪くなっている。少し手荒なことになるから好きなだけ口を噤んでろ。それまでは死ぬ寸前まで傷めつけて、治療してまた死ぬ寸前まで傷めつける。口を割ればそれがもう少し早く終わるかも知れないが、出来るだけ男見せてくれるとありがたい。それで俺の機嫌が少しは良くなるかも知れないから。」
「……同族への哀れみ、か?」
残念ながら俺の同族はテメェみたいな人間だ、と言ってやろうかと考えたが、すぐ思いと止まった。勘違いしてくれるならむしろありがたい。勘違いして都合が悪くなるのは俺じゃない。勘違いした張本人だ。
「質問するのは俺だ。何の実験をしている?」
「……人道的実験だ。彼らは病気だ、その病気を広めないために……。」
理解したくも無いがこいつが言う《人道的》の意味が理解できてしまう俺が嫌いだ。
人道的?人間至上主義の間違いだろう?
人間はいつもそうだ。知的生命体の殆どは自分の種族、自分の人種、それが最上位の存在だと勝手に思い込んでそれにそった論理を展開させる。
それは種族間だけの問題じゃない、同じ種族のなかでもお互いの血族、家族、血筋などで分類して差別して、それがさぞ真理であるかのように巫山戯たことを平気でぬかす。
それの何処が人道的だ。俺が学んだ人道とは博愛、平等、平和などのもっと甘っちょろい理想に溢れた概念だった。教科書通りの世の中じゃないのは知っていても、てめえ等らなんかにご都合解釈されていいものではなかった。
それは異世界も少しも違わない。多くの知的生命体の種族がいるせいでもっとそれが目立ち易かった。
だから俺はそれに耐え切れずに戻ってきたのに、少し目を瞑って生きられればと思って逃げてきたのに!
怒りがこみ上げて行くと頭はその分だけ冷えて行く。感情すらも冷えて今はもう氷点下まで下がった。
「分かった。今からそっちに行って、お前が言う人道的な実験をそのままお前にしてやる。」
俺がそう言った途端、異臭が俺の鼻を付いた。
「……そ、そんなこと……。」
もう最初の鋭い目付きは見る影もないな。今は恐怖に震えてるただのクッソ中年だ。
でも、てめぇが感じる恐怖など俺には関係ないし興味も無い。むしろもっと怒りのゲージが上がって行くだけだ。そんな恐怖を感じさせることを他人にやっていたくせに自分のことになるとこのザマか?巫山戯ているにも程がある。
俺は【空縛】を使い宇多野を空中に縛りあげると俺に一定距離で浮かばせて固定してから俺が侵入した窓から飛び上がった。
態々少し魔力の消費が大きい【空縛】を使ったのはあんな奴の体を触りたくなかったからだ。殴るのはまだしも抱えるつもりは無い。
俺は飛び上がってから建物を時計回りに飛行して、防衛省の後ろにある航空自衛隊の方向に移動して行く。怖がる宇多野が煩かったので【停音】を使って黙らせた。回りに聞かせない為ではない、ただ俺が聞きたくなかっただけだ。
数秒後、弱々しい魔族の気配を探知した俺はその方向にある建物に目を向けた。
建物の前に対空砲なようなものが並んであるのを見るとなんの建物かまでは分からないが空自の物では間違いないようだ。
魔族の気配はその建物の一階の中から感じられる。でも、俺はまず対空砲の方に目を向けた。
アレは戦争兵器だ。他にも探して潰す必要が有るけどまずは、コレを処理しておくとしよう。後でフェーヤが拗ねるかも知れないけど、戦線離脱した奴の文句は受け付けない。
戦争兵器を一番手っ取り早く無力化させるにはどうしたらいいんだろう。
方法その一、大火力で壊す。
その二、極限まで凍らせて粉々にする。
その三、最大級の圧力で潰す。
ま、大体こんな所だけど、これだと回りにかなりの被害が及ぶから却下する。
故に俺が取る道は破壊ではなく、無力化だ。
地上のほうで俺を見る視線の数はかなりある。ま、地上40メートルぐらいの高さに浮いているんだ。目を引かないほうがおかしいだろう。
でもそれらの殆どはただ混乱しているだけで、何の対処もするような動きはない。いや、報告の為に無線とかで連絡を取ろうとしているみたいだが首脳部は現在お寝んね中だ。連絡が出来ないのだろう。
兎に角、この混乱を利用して俺はさっさと俺の用事を済ませる。
ここで俺が使うのは【土縛】だ。
ただし、いつもの様に地上から縛る土などを引っ張ってくるわけじゃなく、対空砲をそのまま地中に埋めてから土をそのまま固める。
かなり大掛かりに見えるけど魔力消耗も少なく効果だけ高い、実にエコな魔法だ。難点はこの魔法の構成を知らないと取り出すことは出来ない。
固めた土の強度は炭素鋼以上の硬さになるからだ。レーザとかウォータージェットでならそれを切ることが出来るかも知れないけどそうすると中身まで切られてしまう筈だ。土は機械の中にまで入り込ませてあるから時間を費やして少しずつ削るのも無理。
今回の場合は実に好都合な魔法なわけだな。
物の数秒で成し遂げられた兵器の封印を目にした大日本戦線の隊員たちは驚愕のあまりこの場を逃げ出す人が続出する。次々に伝染された恐怖は、逃げ出すか俺に向かって銃を撃つかの二択を強要した。
アサルトライフルの連射が俺に向かって弾幕を作りながら発射される。
だが、俺が今張ってある結界もミサイルの時と違う物だ。接近する数百発の銃弾を軽々しく弾き飛ばして行く。空気中の水蒸気を集めた超高圧の水の壁が成せる技た。だが普通、幾ら圧力が高くとも幅が1センチにもない水の壁が銃弾を完全に防ぐことは出来ない。なので俺はコレにある仕掛けを作っておいた。
2ミリぐらいの水の壁を4層に作り、少しその間を開けておく。そして作られた水の壁はそれぞれ違う方向に指向性を持たせ、銃弾の進行方向の垂直方向で秒速200メートルぐらいの高速で移動させることで銃弾の勢いを完全に殺す、と言う仕掛けだ。
これは【水壁・開】と名づけた。実は【WZ・フィールド】にしようと思ったが正確にはゼットじゃないし、フィールドを張るのでもないただの壁なので、その名前は諦めた。
銃弾の速度は正確には分からないけど、コレなら銃弾の類なら殆ど防げる筈だ。
勘が半分、経験則半分の予測だけど。
兎に角。
そんは風に撃ち続けた銃弾は1分もしない内にそこを尽き、結局残っていた人たちは逃走して、俺は何も邪魔せれずに地上に降りた俺は目的のビルに進入した。
中にも人たちの気配はしたのだが8割方俺を見て逃げ出していき残り2割は攻撃してきたので【土縛】で壁に縛っておいた。
そんな風に廊下を歩いて行き、なにかビニールで幕が張られている両開きの扉の前で止まった俺は2歩ぐらい後の方で宙ぶらりさせてある宇多野を振り向いた。
「おい。この中何か防毒マスクとか必要か?」
「……。」
「俺はこのままで構わないぞ。どうせ俺は病原菌もウィルスも効かないんだ。問題はてめえの方だぞ。」
「……隣の部屋に服とマスクがある……。」
俺は隣の部屋に入りガラス窓が付いたキャビネットから宇宙服みたいな服とゴーグル付きのマスクを取り出し宇多野に手渡しながら【風縛】を解除してやる。
宇多野は動ける様になったのに驚いたのか恐る恐る服とマスクを手に取りながら聞いて来た。
「……逃げる、とは思わんのかね?」
「逆に聞くけど、逃げられると思ってるのか?俺の力見たろ?」
「……。」
俺の質問に口篭もる宇多野が服を着てマスクを付けるのを待ってから、ファスナーで閉められていたビニールを開けて一足先に中へ入っていった。
宇多野がちゃんと俺に付いて来るのを気配で把握しながら中にある両開きの扉を開けると、そこには俺が想像していたより遥かにひどい光景が広がっていた。
壁に陳列されているガラスの瓶の中には正体を分からない生体組織が入っており、その一部は二人の研究員により電子顕微鏡の様なもので分析中。多分羽魔族から取り出されていただろう蝙蝠の様な羽は大きく広げられ横の壁に丸で戦利品か何かの様に吊るされていた。
そしてそれの元の持ち主である一人の魔族は意識がない状態で、患者用ベットの上に関節部を釘の様なもので貫かれ固定されており、その隣のベットにも角魔族だった筈の青年が同じ様な状態にされ、既に息絶えていた。
「…な…んだ、これは?」
俺は思わず歯を食いしばりながら中にある、ある物に目を釘付けにされる。
だが、それはひどい仕打ちをされていた魔族の事じゃなかった。俺が見ているのは部屋の隅に置いてあるガラスのケースの中にある、抜き出された二本の津の魔族の《角》だった。
いや、違う。角じゃなく角と同化している、いや、角と同化していた状態から抜けだそうと足掻いている、下半身だけが角と繋がった状態の半透明な、30センチぐらいの人型で小さな翼を持っている、そう俺がとても良く知っている種族。
【精霊】だった。