Dendrophobia(デンドロフォビア)
ぼくはどうして、こんなところに来てしまったのだろう。
緑色の痛みが、打ちひしがれたぼくの全身を包んでいた。
目を開けると、周囲はあたり一面緑色植物で覆われている。
林立する樹々。枝の先には、葉。樹の根元や地面はビロードのような苔がびっしり覆いつくしている。
緑。緑。緑。緑。
――呪わしい色で包まれている。
空気の分子の一つ一つが、ぼくを苛むようだ。
ここは森の中。
ぼくたちの乗ったクラフトは、ぼくたちの住んでいるドーム都市を出発し、「森」の上空を飛行するルートを取った。
すべては自動化されていて、何の心配もないはずだった。
はじめは、ほんのちょっとした、好奇心のはずだった。
この星で唯一、人間が住める環境であるドームの中で産まれた人間は、だれもこの外に出ようなんて考えない。外に拡がる森の中では、生きてはいけない。それはぼくたちにとって常識以前のことだからだ。
しかしぼくは、危険に充ち満ちた外の世界に、いつしか惹かれていた。
公然とは言えなかったけど、こっそり、同じような好奇心を持つ同志を集って、この計画を実行したのだ。
ぼくらはドームの中に住んでいた。
かつて、この惑星にヒトがたどり着く何億年も前のこと。隕石が墜ち、巨大な穴を台地に穿った、という。
「地球」と呼ばれた星を発ち、長い旅の末にこの星にたどりついたヒトは、そのクレーターにドームを張って植民地を作った。
そしてこの星全体の環境を「地球」と同じくするため、大地に植物を植えた。そして、長い時間をかけて環境を改造した、という。
――しかし、「森」はヒトを拒んだ。
「森」のもたらす環境は、ヒトにとって不適格なものとなってしまった。
植物の遺伝子が、土着の環境に適応して、奇怪な変異を遂げた。その結果として、「森」の樹々や生物が放つ化学物質が、人間にとって致命的な毒になってしまったのだ。ヒトはドームに籠もって生きることになった。
そして、歳月が過ぎた。
ぼくたちは「地球」のことは知識としてしか知らず、この惑星――ドームの中で産まれ、育ち、そして死んでいく。皆はそれを当然のことと見なしていた。
しかし、興味を持つ変わり者も、少数存在した。
ぼくは、そのひとりだった。
しかし、誰にも言い出せなかった。誰もが忌み嫌う「森」に惹かれていることなど――。
こっそり賛同者を募って、禁制の「森」の上空を巡るツアーを行うことにしたのだ。反対はあった。しかし、それを押し切って、ぼくらは出発した。
乗り込んでいたヴィークルが、ちょうど、「森」の上空にさしかかったときだった。
「なんだ……調子がおかしい」
機体が、異常な振動を起こした。
モニターを確認していた男が言った。
「どうした、乱気流か!」
「違う……ジェネレータの出力が低下している」
操縦席の男が言った。
「なんだって……!?」
それはぼくらにとって、想像できない事態だった。
もはやその技術は失われているが、このドームを支えるインフラは絶対に壊れない技術だと信じられており、機械が故障したことなど、記憶にも記録にも存在しない。それは万に一つもあり得ない可能性だった。
「大丈夫か、保つんだろうな!」
しかし、機体は見る見るうちに高度を下げていった。
地面が、あんなに近く見える。
機体は「森」の樹冠に何度も接触した。木の葉や小枝が飛び散り、そのたびにがくんがくんと激しく上下に揺れる。
「落ちるぞ! 救難要請を!」
叫びが耳を打つとほぼ同時に、衝撃が機体を見舞った。
樹々を薙ぎ倒して滑降し、何度も弾み、回転した。
ぶつかって滑走を停止する。
ぼくらが乗っているキャビンはほぼ無傷だった。
しかし、機関は作動しない。何が原因かは、ここでは分からない。
振り返ると、倒れて散らされた樹々がくすぶって、何ヶ所からは煙が立ち上っていた。
「無事か?」
隣の男に声をかける。
とりあえず、目に見えて深刻な傷を負っていたり、行動に支障を来すほどの激しい痛みがあったりはしていなかった。
誰かが言った。
「逃げろ。ここから早く立ち去るんだ」
一刻も早く、安全なところまで移動しなければいけない。しかし、そんなところはあるのか? この、汚染された地上に。
ドームを離れて、外の環境に曝露されては長くは生きていられない。それがぼくたちの常識だった。
ぼくらの体内には「共生体」が注入されている。
「共生体」は、ヒトの細胞よりも小さい分子機械で、いくつかの種類がある。ひとつひとつの能力は限られているが、分子をひとつずつつかんで組み立てるマニピュレータ、そして集合的な情報処理能力を持っている
血流に乗って全身に広がった共生体は、電気信号や一種のネットワークを形成する。そして脳細胞のシナプスとリンクして、宿主の思考、生理作用と直接的に反応する。
病原体を直接攻撃したり、人体に有用な物質を合成する機能もある。今回のように負傷した場合も、痛みを癒す物質を合成し、細胞の働きを賦活する物質で傷を再生する手助けをする。
だから、多少の曝露をしても大丈夫、のはずだ
歩みを進めると、地面からはみ出た木の根が、しきりに足に引っかかる。
小さな羽虫が露出した顔の肌にまとわりつく。払っても払ってもきりがない。張り付いた死骸を払い落とすと、肌に赤い筋が付いた。血を吸っていたのだ。
毒のある種類や、伝染病を媒介する種類でなければよいが。もっとも、多少の毒物や病原体は、共生体によって無毒化、駆逐されるのだが……。
しかし、あまりに多種類の病原体が体内に入り込んだり、有害化学物質の曝露が多すぎると、過負荷に陥る可能性があるかもしれない。
これほど極限的な環境に放り出されたことは、そうはないはずだ。
ぼくたちは、人体実験をしているようなものかも知れない。
「……まずいな」
「とりあえず、固まろう」
そう言いつつ、歩いて行った、道などはない。灌木や草の比較的背の低いところをかき分けながら進んでいくと、不意に、ぼくの足が引っ張られるように感じた。
「!」
踏み外し、急斜面にそのまま滑落した。粘土質の土は非常によく滑る。
頭を太い幹でしたたかに打った。枝が腕をかすめ、スーツごと肌を切り裂いた。
まるで樹々に小突き回されているようだ。頭だけは護ろうとしたが、ぼくの身体はボールのようにはねながら斜面を転がり続けた。
頭に激しい衝撃を受けた。
ぬるぬるするものが顔の皮膚を覆っている。それが泥水なのか、自らの身体から流れ出た血液なのかは、分からない。
――しかし、とりあえず身体は動く。
「おーい!」
崖の上を見上げて大声を出したが、返事はない。
ぼくは、ひとりきりになってしまった――。
見上げると、はるか頭上には、梢が逆光に浮かび上がっている。
梢からこぼれ落ちる光が弱くなっていったかと思うと、やがて水滴が落下してきた。
「森」の天気は変わりやすい。午後のスコールだろうか。
雨滴は一粒一粒が地面の土を穿つほどに大きく、勢いも強い。
大気中の水蒸気は飽和量に達し、いくら肌に風を受けても汗が蒸散することはなくなった。
植物どもは勝ち誇るように、気孔を拡げて大気に瘴気を放出していた。
みるみるうちに水流が地面を這い、木の葉や腐朽した樹木のかけらが流れだす。
つい今し方まで、地面の緩やかな凹部に過ぎなかった部分に、今は赤褐色の濁流が出現する。
土の微粒子を溶かしこんだ水は重く、流れる深さはくるぶしまでにしか過ぎなかったが、勢いは激しく、危うく足を取られるところだった。
不意に強烈な光が叩きつける。
雷光。やや遅れて天が割れるような轟音。
突き刺さるような雨粒の空爆を受けつづけていると、体力の消耗が気になる。
おそらく、これほどの曝露を受けた人間は数百年ぶりだろう。
気のせいか、身体が熱を帯びてきたような感じがする。指の先は青白い。
しかし、今は長期的な影響を考えられるような状態ではなかった。
モニタリングしてみると、体内の共生体も働きを増している
草を薙ぎ倒すと、青臭いにおいが鼻につく。
耳に入るのは、風が枝を揺らしたり、雨音が木の葉を叩く音。その中に混ざって、やつらが狩りをするときの歓声が混ざっていないか
――聞こえる。たしかに聞こえる。
ホーッ、ホーッ、ホーッ!
勢子が獲物を追いつめるかけ声だろうか。それに混じる獣の唸り声は、猟犬たちの遠吠えだろうか。
やつらに生き残りの誰かが追いつめられ、狩られているのだろうか。もし出くわしてしまえば、ぼくら逃れるすべはない。
ぼくらとルーツを同じくしながら、ドームを出て、文明を捨てた人々の末裔。「森」に同化し、依存して生きる種族。
どうしてこの「森」の中で、生きていられるかは、わからない。
手近に身を隠すところを見つけ、そこにじっとしているべきか。それともあくまで移動を続け、安全地帯に脱出して助けを待つか。
ぼくにはふたつの選択肢があった。
長期的に見れば、後者の道をとるほかないが、さしあたって現在の状況をやり過ごすためなら、前者もありだろう。
しばらくの逡巡の後、前者を選んだ。
這い蹲るように移動していくと、不意に前方に光が射した。
「森」の中に、樹のない広場のようなところがあり、その中央には、根こそぎになった倒木が横倒しになっている。樹は厚く生えたコケなどで半ば埋もれていた
先ほどまでの勢いはないが、雨滴はまだ落ちてきている。
ある程度の体温調節は出来るとはいえ、この雨滴を浴び続けるのはぞっとしない。
腰をかがめて辺りを見回すと、崖のふところに、窪みがあるのを発見した。
身を寄せると、ちょうど自分の身体がすっぽり包まれるほどの大きさだった。潜り込み、膝を抱えてうずくまった。
程なくして雨は止んだが、ここを動くことはしなかった。
仲間は、無事だろうか。
連絡は出来るだろうか。
体内の共生体を使って、共鳴通信をするという方法があったが、現在は使えない。
ともあれ、どうあっても、ぼくは生き延びなければならないのだ。
危険が去ったことを見届けてから、背嚢から非常食を取り出した。
味は保証の限りではないが、栄養は満たされるだろう。
色を見てたじろいだが、意を決して口に入れる。
「うっ!」
激しい不快感がこみ上げてきた。その場にうずくまり、えずいた。体力の消耗の方が心配だった。
自分の身体は、瘴気に蝕まれているのだろうか。
共生体は活動の限界に達してしまったのだろうか……。
ひとりぼっちの心細さに、新たな恐怖が加わる。
(「やつら」に見つかったら……!)
それを思うと背筋に寒気が走った。
「やつら」
憎々しい響きをもって語られる、文明を捨てこの「森」で暮らすひとびとを、ドームに住むぼくらはただ「やつら」と呼んでいた。
何故憎んでいるのかは、もう分からない。
しかし、「やつら」はぼくたちを憎んでいるようなのだ。
がさっがさっという音が、遠くから聞こえる。
見つかったのか。
ひょおっ!
空気を鋭く切り裂く音が、右耳を打った。
剛い弾性を持った物体が小刻みに振動する。
丈の低い広葉樹、根本付近からいくつかに分かれた幹の一本、その中程に、棒が垂直に刺さっている。
――矢だ。
実物を見るのは初めてだ。
こちらを狙って射かけられてきた。
しかし、姿は見えない。
「やつら」はひとりなのか、それともすでに、大勢に囲まれてしまったのか。
あの勢子の呼び声も、犬どものうなり声も聞こえない。
それがかえって不安を増す。
不安のあまり、ぼくは藪に飛び込んだが、次の瞬間、それが自殺行為であることに気がついた。藪の中では「やつら」の思うがままだ。
しかし、もう取り返しはつかない。
鋭い痛みが臀部を見舞った。
背後に回した手が突き刺さった矢に触れると、一瞬気が遠くなる。思い切ってぐっと握りしめ、一気に抜くと、痛みは鈍痛に変わった。
共生体のおかげで、血はすぐに止まった。刺さっていた部分を確かめる。
木製の矢の先端を削って尖らせた素朴な造作のものだったが、威力は金属の鏃のものに劣らないだろう。毒が塗られている様子はなかった。
矢は正確にぼくを狙っている。
木の葉や小枝に当たって威力が減ぜられたのだろう。そうでなければ、ぼくの身体はもっと深く貫かれているはずだ。
簡単な止血処理をして、見通しの利かない藪を、四つん這いになって逃げていった。灌木は細い枝でも驚くほど強靱で、押しのけても跳ね返ってくる。
ずるずると滑り落ちるように坂を下り、身を低くして
岩陰の窪みに身を落ち着ける。
頭上の梢が揺れる。黒い影。小動物が飛び越えていく。
日は落ち、次第に周囲は暗くなっていった。
真の闇だ。
ぼくがこれまでに体験したことのない暗さ。
底知れぬ闇の中に、星が見える。
大きなふたつの星が目前に輝いている。
星――いや、違う。こんな低くに星が見えるはずがない。
星はわずかに位置をずらした。ふたつの星の間の距離は変わっていない。
これは――
(“けもの”だ!)
「森」に住む大型の肉食獣。その身体は人間よりもはるかに大きく、身のこなしは俊敏、自らよりも大きな獲物も、一撃で倒すという。
鋭い牙が上下二本ずつ生えた強靱な顎。筋肉のたっぷりついた四本の足と、鋭利な鈎爪。
図鑑では見たことがあるが、まさか、こんなところで実物に出くわすことになるとは
恐ろしさに身がすくむ。
しかし、動くわけにはいかない。
この暗闇で周囲がどうなっているか皆目見当もつかないし、いずれにせよ、“けもの”にまともに標的にされたら、逃げおおせるはずもないのだ。
舌なめずりする音が聞こえるようだ。
(来るな!)
心の中で叫んだが、どうしようもない。
金色の輝きが目前に迫る。
生々しい吐息が、腰骨の辺りにかかった。
力を込めた指先が土にめり込む。
熱い、粘ついた塊が太股を這い上がってくる。
舌で舐め上げられているのだ。 ぼくの血を舐めとっているのか……。
いつ、牙を立てられるのか。鋭い爪を露出させたその前脚で殴りつけられるのか。頭にその情景がちらつき、気が遠くなりそうだった。
スーツの非繊維性シートを隔てても、その荒々しいざらざらとした感触は伝わってくる。まるでやすりをかけられているようだ。
しかし、その動作を二,三度繰り返すと、“けもの”は身を翻してぼくの元を去った。
毛むくじゃらの尻尾が、一回ぱちりと太股を叩いた。
――助かった。
とたんに身体から力が抜けた。
そう考えていいのだろうか?
それとも。
ぼくの頭に奇妙な考えが浮かんだ。
ぼくはかれらにとって食い物ではない。いや、食うに値しない存在なのかもしれない……。
身体が重い。動かすのが大儀になってきた。
さっきの傷は、やはり、深手だったようだ。
どれくらい経っただろう。
そこから先は、白い霧の中だ。
目を閉じて、これまでのそう長くもない人生のことを思った。
(食われるのか……)
「けもの」ではない。この「森」にだ。
行き倒れ、落ち葉に埋もれ、流れた血はすすられ、大きな「けもの」が食い荒らし、その残りを鳥や小動物が食いちぎる。
腐乱して小さな虫が蠢き、付着した胞子が発芽し、菌糸が朽ち果てた身体を覆う。
ぼくたちドームで暮らす人間は、肉体の寿命が尽きたときは、しかるべき儀式を終えたあと、骸は資源として回収される
ニューロシステムは解析され、「記憶」や「経験」のなかで有用と判断されたものは、メモリに残される。
しかし、ここで死んでしまったら――
ぼくの記憶も経験もマスターシステムに回収されず、この巨大な「森」の栄養分になってしまうのだ。
カオスの海に溶けてしまう。
それは、どんなことだろうか――。
○
どこからか音が聞こえて、ぼくは意識を取り戻した。
リズムとメロディを持った音の流れ――音楽だった。聞いたこともない音色。どんな楽器で奏でられているのか、皆目見当がつかない。
だが、その調べは、奇妙に懐かしいような思いを起こさせる。
気がついた。
まだ生きている、ようだ。
うっすら目を開けると、天井が映った。
ぼくはベッドに寝かされていた。
衣服の類は、下着に至るまですべて剥がされていた。
うす茶色の布地がかかっている、清潔な褥だった。身体の上にはシーツが掛けられている。真っ白ではないが、洗濯されたものであることはわかる。
土をそのまま塗りつけられた壁には、室内に存在するわずかな光で、微妙な凹凸が浮き上がっている。
正面の壁には穴が穿たれ、そこから光が射し込んでいた。どうやら、これがこの部屋の唯一の光源であるようだ。
寝床に、自分のものでないぬくもりを感じる。
傍らのシーツがふくらんでいる。その盛り上がりが規則正しく上下している。
そして、大きく動いた。
シーツが盛り上がりからずれ落ち、焦げ茶色のものが姿を現す。
人間の肌だ。
その、背中から腰にかけてのラインは……
「女だ……!」
ぼくの心臓が一回大きく収縮した。
「やつら」の手先か。だとすると……
女は寝返りを打って、こちらに正面を向けた。
眼を閉じて、薄く口を開いている。
まだ娘、といってもいい年頃のようだ。
鎖骨とうっすら浮かび上がった肋骨の下に、小さめのふくらみがふたつ。下着で矯正されてはいないが、型くずれはしていない。
露わになった肩には、白く渦を巻くように、あるいは胸から腰に至るラインに沿うように文様が描かれている。
それが文身なのか、あるいは顔料で描かれたものかは分からなかった。
女は眼を開いた。瞳を縁取る虹彩は鮮やかな緑色。
その色彩には、底知れない畏怖を感じる。
ぼくは跳ね起きようとしたが、身体が言うことを聞いてくれない。
「……イス、ヒ、クンド」
ぼくの耳に、声が響いた。
それは今までに聞いたこともない言葉であった。「やつら」の言葉とも違っている。
しかし、その言葉の意味は、明瞭な姿をもってぼくの脳裏に像を結んだ。
共生体が翻訳しているのでもない。
〈心配しなくても結構です〉
そういう意味であるようだ。
「おまえが助けてくれたのか……」
ぼくがわれわれの言葉で、女に問いかけた。
女は、にっこり笑ってうなずいた。
「ここはどこだ? お前は何者だ? ぼくになにをした?」
その問いには、答えは返ってこない。
女は床から身を起こし、布を身体に巻き付けた。
こうしてみると、結構背が高い。
まっすぐな黒いつやのある髪は腰のあたりまで届いている。
すらりとした体つき。
奥まったところにある、大きな壺から、何かを汲んだ。
〈おあがりなさい〉
女はそういって――そのような意味だったことが伝わった――、木製の鉢を差し出した。
中をのぞき込むと、どろりとした白色のペーストが、七分目ほど入っている。
においは感じられない。だまになったものが浮いているが、原形を留めているものはないようだ。今までに食べたことのある、どんな食品にも似ていない。
これを口に入れるのかと思うと、ぞっとしなかった。
女の顔をちらりとみた。口元は相変わらずほほえみを浮かべたままだったが、その眼は、この鉢の中のものを食べるように促している。
おそるおそる木の匙ですくい上げ、唇にもってゆく。
発酵食品のようで、多少の酸味を舌に感じたが、後味はさわやかだった。
食べているあいだ、女はこちらをじっと見ている。反応を見ているかのようだ。
空になった鉢を女にわたし、問いかける。
「これからどうする? ぼくを引き渡すか」
〈しばらくここにいることが、あなたにとって、いちばんよいことですね〉
「いいのか?」
〈かまいません。あなたのおからだは、まだなおりきってはいません〉
「そうか……」
たしかに、共生体の調子も思わしくないようだ。それに、どうしてだか分からぬが、この女は気を許しても構わない相手に思えた。
「そうだ、名前を聞いていなかったな」
「ミドリ」
彼女の口から発せられた音声は、そのままぼくに届いた。
彼女の名前は、ミドリ。
それから、ぼくとミドリとの奇妙な生活が始まった。
何をするわけでもない。
ぼくは一日中ベッドで横臥して、夜が明けてしばらくしてからと、日が暮れる前後に食事をとるのみだ。
ほとんどの時間、ミドリはぼくのそばにいた。
この部屋にいるときは、部屋の傍らにある機織りで織物を作ったり、糸を紡いだりという手仕事をしていたが、ときおり家にぼくひとりを残して、外にでてゆくことがあった。
おおむね短い時間で戻ってきたが、そのあいだ何をしているかは見当もつかない。
やはりミドリは「やつら」と通じているのだろうか。そんな疑念も浮かばないではなかった。しかし、ここを出たところでひとたまりもないのは、わかりきっている。
食事は例の白い粥が主だったが、青い菜っぱや、見たこともないキノコや木の実が食卓に並ぶこともあった。
緑色の物体を口に入れるのは気が進まなかったがぼくがそれらを食べるたび、ミドリは満足そうな表情をした。
こんな日々を数日過ごすと、体力も回復してきた。じっと横になっているのが物足りなくなってきた。
起き上がって、ベッドを出ようとする。
ミドリは制止する。
「あなたはまだ、完全によくなってはいません」
そして、ふたたび寝かしつけられるのだった。
何度か昼が過ぎ、夜が過ぎた。
日が暮れて、小屋にある光は弱々しいランプの明かりだけになった。
ぎしっと音がする。
「おからだ もう なおった」
「……」
床に入ってくる。
ガウンをはぐられて、ミドリのほっそりとした指が、腹の上をなぞっていく。
屹立した部位をぬるりとしたものが包み、続いて、締め付けられる快感。
柔らかい肌の感触。重みが下腹部にかかる。
ぼくの腹の上で腰を上下させるミドリ。リズミカルに刺激され続ける。
女だ。ミドリの身体は完全に女と変わらなかった
(……!)
頭の中に、イメージが拡がっていく。
それは、創世の神話だった。
果てしない暗闇。
目が慣れてくると、星の輝きが眼に入る。
夜空か、さもなくば宇宙空間、なのか――。
きらめく星々のそのひとつ――超新星が爆発し、内部で合成された物質が宇宙空間に飛び散る。
星のかけらは再び集まり、恒星として輝き始め、残ったものは惑星になる。
宇宙空間に浮かぶ熔けた球体が冷え、大地と海がその表面に誕生する。
雨が降り続く。火山の噴火。湯気を上げる熱い海の中で、有機物が合成される。やがてそれらは重合し、アミノ酸、そしてタンパク質になる。
二重螺旋。生命の設計図。そこに潜む調べ。
自ら増殖する能力を持つ、生物になる。
ひとつの細胞で構成される生物が、多細胞になり、適応放散する。奇妙な形の生き物が、海に満ちた。たくさんの足で泥をかき混ぜる節足動物。波のまにまに揺らめくクラゲ。珊瑚。
海に棲息する生き物の中から、やがて陸に上がるものが出始めた。はじめはおそるおそるそこを我が物顔に覆い尽くす。
小さな草だった植物は、速やかに巨木となり、森が出来た。遅れて動物たちも、森をすみかにするようになる。
どこからか地響きのような音がしたと思うと、巨大な生き物の群れが森を横切っていった。
恐竜だ。
一列に並んだ雷竜の群れはこちらには目もくれず、間近を通り過ぎる。草や灌木を踏みしめ、時折長い首を伸ばし、周囲の植物を食った。
だが、かれらの天下も長くは続かない。空の一角が輝き、巨大な爆発が起こる。巨大隕石の落下だ。
すべてを焼き尽くす炎の地獄のあとは、暗闇と極寒。それが晴れたときには、恐竜の姿はどこにもなかった。
新生した森は、惨劇を生き延びた哺乳類の天下になった。樹上をリス、そしてサルが素早く飛び回る。サルの一群は地上に降りて、背筋を伸ばして立ち上がる。一群をなしたサルたちは、手に手に棒きれや石を持ち、松明を掲げたものもいた。
そう――それは、人間だった。
あっという間に、果ててしまった――。
余韻に浸っているとき、ミドリが唇をついばむと、顔に厚い息がかかる。
その吐息は「森」の匂いがした。
夜になるたびに、ぼくとミドリは同衾した。
ミドリと交わるたび、ぼくの「記憶」は増えていった。
虚空を進む恒星船。
亜高速で数千年を慣性飛行で飛翔する。
積み荷は、ヒトをはじめとする「地球」に棲息する生命のDNA情報だ
二重螺旋。
デオキシリボ核酸が織りなす生命の楽譜。
目的の星系に達したら、減速し、スイングバイを繰り返して、適当な惑星を周回する軌道に乗る。
恒星船の目的地は「くじゃく座デルタ星」。
その星は「地球」では、そう呼ばれていた。「ソーラーアナログ」と呼ばれる「地球」の主星たる「太陽」によく似た恒星である。その距離は約二〇光年。亜高速の探査機がギリギリ到達できる距離である。
「地球」からの観測によって発見された、内側から四番目の軌道を回る惑星こそ、ゴルディロックス惑星と呼ばれる、人間の棲息に適した環境を保つ条件が整った惑星だった。
直径六二〇〇キロ。表面の六九パーセントが海に覆われている。
結論から言うと、その惑星に生命は発生していなかった。
大気の主成分は二酸化炭素。気圧は「地球」の十分の一。
大幅な改造が必要とされ、直ちに実施された。
惑星ぜんぶを改造するには時間がかかるため、巨大なクレーターに天蓋をかけ、内部を「地球」と同じ環境に整える試みがなされた。
植物の生育に十分な環境が構築された。
やがて、植物は大地に繁茂し、平野を覆い尽くした。「森」が生まれた。
いま、目の当たりにしている風景が、そこにあった。
「……!」
我に返ると、すぐ隣に横たわっていたミドリが、ほほえんでいた。
ミドリと暮らしはじめて、どれくらいたったのだろう。
白い粥を食べるのにも慣れてしまった。
夜。ぼくはいろいろなことを教えられた。
かつて「ヒト」がどのような暮らしをしているか。「やつら」とぼくたちが呼んでいるひとびとは、なんであるのか。
ぼくは今まで知らなかったことを知った。
そんなある朝。
ぶうううーーん
外から、この「森」には不似合いな音が聞こえた。
窓から身を乗り出し、空を眺めると、黒い飛行物体が上空を旋回している。
――無人機だ。
ぼくを発見して、救出しに来たのだろうか。
そして、いつものように、ミドリは姿を消した。
――今だ。
ぼくは素早く飛び起きた。
扉にとりついて、手すりを押すと、かたりとわずかに動いて止まった。外側から閂がかかっているようだった。しかし、扉と壁の間に、指の太さにわずかに足らない程度の隙間が出来る。
そこに、かまどの焚きつけに使っていた細い木の枝を差し入れて、閂を動かそうとした。
数回こじると、閂が動く。そのまま上に持ち上げる。枝は大きく撓った。折れないだろうか。大きな音が響かないか。はらはらしながら枝を握る手に力を込める。
閂は留め金から外れた。手のひらで押すと、ぎいっと大きな音を立てて、扉は開いた。
誰かに聞かれてはいないだろうか。しかし、その心配はないことに、ほどなく気づいた。ここにある建物は、この一軒しかなかったのだ。
向こうを見ると、地面が不意に途切れている。崖だ。
崖っぷちまで足を伸ばす。
はるかな眼下に拡がっているのは……「森」だ。ぼくが墜ち、迷ったあの「森」が。
右手には、刃物で切り裂いたように樹々が薙ぎ倒されているのが見える。むき出しになった地面は焦げていた。クラフトが墜落した跡だ。
この小屋は崖の中腹に立っていたのだ。
(ここからは逃げられないな……)
ぼくは一瞬、立ち竦んだ。
しかし、迷いを振り切り、歩き出す。
丈の高い草を踏みつけ、登っていく。
もう「緑」に対する恐怖感はない。
小一時間も歩いて行くと、やがて、広場のような丘の上のぽっかりと空いた場所にたどりついた。
そこにあったのは。
巨大な一本の、針葉樹だった。
それが樹だと思わなかった。その威容はまるで大きな岩のようだ。
あまりに太く、見渡せないほどだ。見上げてみると、梢ははるか頭上にある。周囲に伸びた枝と葉は、天蓋のようにこの広場を覆っていた。
この「森」の主だ――
小さく、人影が見える。
おそろしく小さいので、
目をこらす。そこにいたのは……。
ミドリだ!
金色の陽光が梢から漏れ、一筋の光が射している。
その光がミドリの肢体をくっきりと浮かび上がらせた。
はっとして、ぼくは駆け寄った。
しかし、なかなかたどり着けない。
あまりの巨大さに、遠近感が狂っていたのだ。
起伏の多い地面を、こけつまろびつして、ようやくたどり着く。
幹に寄り添うと、その圧迫感にたじろぎそうだ。
足下を見ると、環状にキノコが生えている。完全に傘が開ききったもの、少しだけ頭を出しているものもある。
妖精の輪。
ミドリに教えられたところによると、かつてはそう呼ばれていたものだそうだ。
その輪の真ん中に、ミドリがいる。一糸まとわない姿でその幹に正対していた。首を回し、こちらを見た。
見つかってしまったか。
「ミドリ!」
ぼくは叫んだ。
だが、様子がおかしい。
目をこらすと、ミドリの肌からつやが失われている。
「どうしたんだ?」
答えは返ってこない。
立っていたミドリはがくんとくずおれ、両手を地べたにつけて、前屈みにへたり込む。
そこに一陣の風。
「……!」
木の葉や小枝が巻き上げられる。
皮膚からなにかがぼろぼろとはがれ落ちている。
土や木の葉、小枝のかけらとなって足下に降り積もった。
ぼとり、と大きい塊が顔から落ち、頭蓋骨が露わになった。
眼球の入っていた、ふたつのうつろな洞が露出している。さっきまで赤い血が流れていたはずの血管は、ひからびた植物の毛根になった。
次第に人間の身体の形を崩していった。土塊そのものになり、やがて腕がもげ、胴体が崩れる。
さっきまでミドリだったそれは、腐った植物の砕片と土くれがうずたかく積もった小山になってしまった。
唖然として立ち尽くしていると、
「うっ!」
全身に激しい痛み。骨が、筋肉が内部から揺さぶられるようだ。続いて名状しがたい不快感が襲う。
皮膚にぞわぞわとおぞましい触感を覚える。
共生体が、身体中の毛穴から這い出てくる。どろりとした液体が指先や太ももを伝い、流れ落ちる。
声にならない悲鳴――
ぼくの意識はしだいにおぼろになっていった。
○
再び意識が戻ったとき、ぼくは、透明なカプセルの中に閉じ込められていた。
顔や腕にはパッチが張られ、手足はギプスで固定され、何本ものチューブやケーブルが、鼻や口、そのほかの開口部に差し込まれていた。
(夢だったのか)
身体はおろか、首すらも動かせない。目だけを動かしてあたりを伺う。
怪訝そうなまなざしが視界に入った。
頭部を覆っていたキャノピーが開いた。
「もう大丈夫です」
白衣を着て、ゴーグルとマスクで顔を覆った男たちが、横たわったぼくの周りを囲んでいた。
そのうちのひとりが、話しかける。
「あなたは『森』の中に倒れていました。共生体からの救難信号をキャッチして、無人機が救出しましたが、検査したところ、共生体にかなりのダメージがあって、もう少しで手遅れになるところでした」
規則正しいパルス音。
ぼくはようやく、一言だけ話すことが出来た。
「ほかのひとたちは?」
無言で首を振る。
どうやら助かったのは自分だけ、のようだ。
男たちはぼくに問うた。
「どうして、あんな危険な場所に行ったのですか?」
答えられない。
しばらくすると、メディカルスタッフは部屋をあとにし、集中治療室にはぼくひとりだけが残された。
そのとき、頭に浮かぶものがあった。
(ミドリ)
なぜ、その名前が出たかはわからない。
彼女と一緒にいたとき聞こえた音楽が、耳の奥で鳴り響いている。
そのなかに、声が聞こえる――声ではない。心の中に直接響いてくる。
あのときのように。
〈わたしたちはあなたがたと同じく、『地球』で生まれ、『地球』からやってきた。あなたがたの先祖と一緒に。遺伝子の二重螺旋の中に身を潜めて……〉
それを、ぼくは呆然と聞いていた。
〈この星の環境改造が進み、『森』がひろがり、混ざり合ったとき、わたしたちも姿を現すことが出来た。わたしたちの新しいすみか〉
(きみたちは、なにものなんだ……)
〈腐葉土に拡がる菌糸はわたしの神経系。毛根を介して森の樹々をつなぎ、意識のネットワークを形作る。樹々はわたしの脳髄。そこに住まう小動物たちは、わたしの眼であり、耳でもある……〉
頭の中に、イメージが拡がる。
〈大陸規模に拡がる巨大な生体コンピュータ。それがわたしの正体〉
「きみはミドリなのか?」
〈イエスでもあり、ノーでもある〉
〈ここは「衛星」のドームの中。この星系に逢着した恒星船がテラフォーミングシステムを作動させた。
惑星全体のテラフォーミングが完了するまで、先駆的に『地球』の環境を再現したのです。
恒星船に搭載されていた人類は、未だ肉体を持った生物としては目覚めていません。「意識」はネットワーク内部のデータのみの存在で、ドームの中だと信じて、暮らしています〉
「ばかな」
思わずうめいた。
この星のからくりは、こういうことなのか。
植物、微生物、粘菌。それぞれの細胞のあいだでは情報が交換され、演算が行われている。神経節は量子回路を形成する。細胞のひとつひとつが内部で量子的な演算を重ね、この世界を作り出していく。
……となると、ぼくが住んでいたのはドームではなかった。この「森」が作り出した情報世界の中だったのだ。
「森」はこの星を改造するシステムの源だった、というのか。そして、ぼくは抜け出そうとして捕らえられ、再びとりこまれた。
ウロボロス。自らの尻尾を食わえて環状になった蛇。
ぼくも、今まで住んでいた世界も、「森」の内的世界から生まれたというのか。
ぼくはあのとき死んだ。「森」に食われた……するとこの身体は、ミドリと同じもの、だというのか。
つまり、自分の身体も、さっきのミドリと同じように、崩れていくのか。
拡げた両の掌をのぞき込み、指先を凝視する。
ピンク色の指先が、見る間に肌がその色をなくし、かさかさとしてしわが寄り、やがて土の色になる。皮がぼろぼろと崩れていき、そして指が――。
ぼくは土塊になる。
土塊からキノコが生え、菌糸が伸び、家じゅうにはびこるキノコ。やがて部屋の壁や床、天井、すべてを覆い尽くし、外にあふれ出る。
ドームの中にあるもの、街中のすべてのもの、銀色の金属やプラスティックで構成されたものが、ことごとくその色をなくし、ぼろぼろと崩れ、液体が流れ出し、土と腐った遺体に帰っていく
コンクリートで固められた大地は粉々になり、元の土が露出した。地面の割れ目からは草が生え、灌木が茂り、そのはざまからは太い幹がにょきにょきと伸びていく。その隙間をふさぐように緑の植物が繁茂する。ビルは巻き付かれた幹に絞め殺されるようだ。
みるまに育ち、林立する樹々。
「森」だ。
ドームは「森」に飲み込まれる、いや、「森」に帰るのだ――。
はっとして、目を開いた。
そこはまだ、カプセルの中だった。
身体がしびれて、起き上がれない。
「出してくれ!」
ぼくは大声で叫んだ。しかし、その声はカプセルの隔壁に遮られてしまった。
その反応を察知され、鎮静剤が強制的に投与された。意識がもうろうとなる。
カプセル生活は一日で終わったが、集中治療室から出るには、さらに数日を要した。医療団によって徹底的な精密検査を受け、共生体の再注入が行なわれた。
一般病棟での数週間の療養を経て、ぼくは通常の生活に復帰した。さしあたって、以前と変わらない状態だ。
しかし、ぼくが「森」で体験したことは、誰にも話していない。話したところで、取り合ってもらえないだろう。挙げ句の果てには再び入院するのが落ちだ。
しかし、今でも日々を何気なく過ごしているなかで、一瞬、疼きを感じるような気が、ときおりする。
ぼくの肉体、細胞――その中の二重螺旋に、なにかが潜んでいる。それはおそらく、「森」、ミドリと同質のものだろうか。
ぼくの中に、ある強い確信が芽生えている。
いつの日か、ぼくは「森」へ戻る日が来るということを。
そのとき、ミドリに、ふたたび逢うことができるだろうか――。
〈つねにわたしは、あなたがた「人間」を見守っている。現在、わたしは「人間」とは根本から異質な知性であり、今はコミュニケーションの壁で隔てられていますが、いつかはあなたがたと、コンタクトできる日も来るでしょう――〉
「森」に溶けていった「ぼく」の身体、記憶、意識を構成する全情報は、シナプスを経由して量子情報システムに記憶された。
それは「森」とリンクするシステムに読み込まれ、データとして粒子ビームに乗り、惑星表面の地上局に転送された。
受信されたビームの情報は、マイクロ波に変調され。惑星のクレーターに天蓋をかけたドーム内に再生された「森」に照射される。土中の共生体に送られる。プログラムを与えられた共生体は活動を始め、周囲から有機物を材料として肉体を再構成した。
骨が出来、筋肉、内臓、神経組織の順に再生され、最後に皮膚と感覚器官が作られた。
気がついたときは、枯れ葉と堆肥の中に埋もれていた。
あのとき、ミドリが纏っていた空気がぼくを包む。
起き上がり、目を開く。
――ぼくは「森」の中に立っていた。
(了)