テロリスト
ちょうどその頃。
メルたちの乗る船と隔てる距離にして数光分の向こうに、一隻の戦艦が飛んでいた。
戦艦といっても地球の単位でわずか1kmあまりしかない船であり、ジャンルとしては小型船の部類であろう。しかしその小さめの機体には醜いほどに大量の火器を満載しているのが遠目にもわかった。エネルギー弾だけでなく質量弾も搭載しているあたり、この船がただの警備用の船でない事を物語っていた。そしてその黒い機体も然り。目視ではともかく各種センサーにもこの船は写っていない。
対テロ戦闘艦『ティージ・マドゥル・アルカイン』号。その名が示すように銀河連邦所属の船である。
「おや?」
そのティージ艦のコックピット。退屈そうに食事片手にモニターを見ていた男の眉がピクッと動いた。
「どうした?テル」
「注意勧告が出たな。作業員区画に民間人が入ったから注意しろだと。ガキでも迷い込んだかな?」
「ああ、定期便か」
どうやら船舶内通信を傍受しているらしい。
この船はテロリスト警戒中だった。危険なテロリストがこの北の星域に入ったという情報があり、急遽中央から派遣されていたものだ。しかし現地でまったく情報が得られず、周囲の船舶を監視するという形でこの空域にとどまっているのだった。
テルと呼ばれた男も、そしてその男に声をかけた男も軍服だ。テルの方は赤毛で、声をかけた方は金髪だった。退屈そうな顔を隠しもしていない。
「念のためだ、その民間人の名前と面を確認しとけ」
「……了解」
何もそこまで、とテルは一瞬言い返そうとした。だが相手が真面目な顔をしているのを見て思いとどまった。
カチカチと何かを操作する。詳細の情報を定期便のコンピュータに求めるものだ。
「しっかし困ったもんだ。なんでどこの星もテロリスト情報をよこさねえんだかな。なぁ大将、何か知らねえか?」
テルがぼやく。どうやら金髪の男の名前はジッタと言うらしい。
ジッタの方は肩をすくめて答えた。
「あいにくだが俺も知らん。だが噂は聞いた事がある」
「噂?」
ああ、とジッタと腕組みをした。
「最近、連邦の求心力ってやつが急速に低下しているって話は聞いてるだろ?そのせいでな、反連邦とか古い宗教団体とかが軒並み息を吹き返しちまって、あちこち大変な事になってるそうだ」
「……おいおい」
呆れたようにテルがつぶやいた。
「連邦ったって、ぶっちゃければ巨大な商業組合じゃねえかよ。覇権国家じゃあるまいに、なんでそんな事になるんだ?」
「それが理想論って事はわかるだろお前も。
そりゃ始まりの頃の連邦はその通りだったろうさ。商売上の安全の確保とか、信頼の確保のための組合組織を作ったんだろうからな。
だがそりゃ遠い昔の話さ。今となっちゃごく普通の、自己保身に邁進する組織と変わらないって事だよ」
「……」
ジッタの言葉をテルはじっと推敲する。
ふたりの関係はどうやら単なる上司と部下ではないようだった。ジッタと呼ばれた男は文民もしくはエリートの出なのだろう。テルの方は政治まわりは不得手なタイプで、それゆえに単なる上司以上に彼を頼りにしているのだろう。
連邦の軍人には時々こういうコンビがいる。エリートや文民出身だが中央でケンケンガクガクやりたくないタイプと、そして有能だがお人好しすぎたりして出世できないタイプという組み合わせだ。この二人はその意味で、典型的な連邦の田舎軍人であると言えよう。
彼らは通常の軍人とだいぶ毛色が違っている事が多い。何しろ出世などに関心がないもので通常の軍規なぞ知った事ではないからだ。この二人もその例に漏れないようで、さっきから議論ばかりでまともな任務をしているように見えない。
だがもちろん、口とは別に手はちゃんと仕事している。
「だけどよ大将、それを差し置いても商売に信用は欠かせないだろ?たとえ連邦に商売上の正義はないにせよ、商売上の信用には足りるんじゃねえか?連邦は広い。武力だって莫大だ」
いわゆる強国・大国の論理であるが、確かに彼の言い分もよくわかる。
だがジッタは首をふった。
「ああ、確かにな。だがなテル、それは前提条件が間違ってる」
「は?どういうこった?」
「広くないんだよ連邦は」
「え?なんでだ?」
うむ、それはなとジッタは頷いた。
「おまえの言う通り、連邦とは文字通り国家の連合組織だろう?だから、連邦そのものの直轄地、つまり自前の土地っていうのは本来存在しないのさ。まぁ強いて言えば、ホスト役を担う議長国の領土だけってのが慣習だったんだが……」
「あー、そうか」
ポン、とテルは手を打った。
「議長国っていやぁ、アルカイン王国って消滅したんだよな。新しい議長国は……」
「まだ決まってない。テロ騒ぎで連邦中枢は暫定のままなんだ」
ふむ、とテルは頷いた。
「なるほど。それじゃ確かに連邦そのものの領土はないわけだ」
「その通りだテル。さ、それより分析を頼むぞ。何もないと思うが万が一ということもありうるからな」
了解、とテルが返事をしようとしたその瞬間だった。
ピピっと音がしてモニターに何か情報が出た。おやっとそちらに目を向けたテルだったが、
「何だこれ、第一級テロリスト?このガキが?」
「何?」
まさかとジッタは目を剥いた。そしてテルの操作卓を覗き込んだ。
「め……メル・マドゥル・アルカイン・アヤ?冗談だろ?」
なんでこんなとこにと、うめくようにジッタはぼやいた。
「なんだ大将?この小娘知ってんのか?」
そこには、民族衣装らしきドレスをまとった黒髪の美しい娘が写っている。
「テロリストだよ……大当たりだ。それも最悪レベルのな」
「はぁ?まさか。この娘がか?」
「テル。外見に騙されちゃいかんぞ」
ジッタは首をふった。
「そいつはなテル。反連邦の宗教団体と手を組んで、今の連邦の混乱を生み出した第一級テロリスト二人組の片割れだ。たぶんある程度以上の連邦軍人なら知らぬ者はないだろうよ」
「まさか!」
嘘だろとモニターを見直すテルにジッタは畳み掛けた。
「可愛い小娘に見えるか?だがそいつは重サイボーグだ……ちなみに頭の中身は男だぞ」
「いい!?」
頭の中身は男、のところでテルの顔色が変わった。げげ、と気持ち悪そうに美しい娘を見る。
この表現は本当は正しくない。現在のメルをひとことで表現するなら「かつて少年であった記憶をもつ女」であろう。何しろサイボーグといっても、かつての肉体を構成するものは原子一個も存在せず、単に女性の身体にココロだけを移したに等しい状態だからだ。
しかも、それからさらに三十年以上の時間が過ぎており、もはや少年であった時代など記憶の彼方にすぎない。
だが、文明が進んでいるからといって文化も進んでいるとは限らない。
地球の文明が進歩すればするほど文化的には後退していると言われているように、男も女も関係なく第一線で活躍している宇宙文明の世界ですら、特に性のマイノリティに対する偏見は原始の時代よりも逆行するほど遅れていた。
歴史的に出産奨励などのプロパガンダに忙しかった銀河連邦諸国では、特にその傾向が顕著であった。実際メルの場合、蘇生作業の結果として本来の性を失った一種の身障者なのであるから、自分から性転換した人と同列に見られる謂れはないはずだ。だが連邦ではそういう人もひとっからげで、ただの変態野郎と人間扱いしない者がいるほどひどかった。
元の性と違うのなら、さっさと戻すのが当たり前。戻してないのなら変態野郎なんだろうというわけだ。
とはいえ、今の彼らの仕事には変わりない。だって変態だろうとなんだろうと犯罪者には違いないのだから。
「わかった、じゃあこいつ確保するんだな。すぐに連絡を」
「待て通信するな、知られてはならん!」
通信しようとしたテルをジッタは止めた。
「テル、重力破壊砲の用意をしろ。出力は最大、エネルギー充填開始」
「はぁ!?」
その指示の意味する事をテルは知った。さすがに血の気が引いた。
「おいおい、船ごと吹っ飛ばす気かよ!」
「そうだ」
「正気か?客だけで何千って乗ってるんだぞ!」
「第一級テロリストの扱いを忘れたかテル?いかなる理由があろうと消去せよ、手段は問わないってやつだ。そうだろ?」
「し、しかしいくらなんでも!」
わかってないな、とジッタは首をふった。
「重サイボーグだと言ったろ?こいつは生身で戦艦と戦える化け物なんだ。実際、かつて万単位の将兵を数千の艦船ごと宇宙の塵にしちまった事もあるんだ。
もっと平たく言おうか?
ぶっちゃけた話、定期便の乗客はこいつの『生きた盾』なんだよ。助ける事はできん」
「……」
言葉が継げないテルに、さらにジッタは言葉をつなぐ。
「こっちは戦艦、向こうは小娘だ。ガチンコになったら小回りのきかないこっちは一方的に沈められるしかない。
さらに言えばだな、向こうはたった今この瞬間、定期便の窓からでもこっちめがけて攻撃可能なんだぞ?」
「……」
「先手を打たないと死ぬのは俺たちだ。わかったか?」
「……ああ、わかった」
テルは冷や汗を流していた。良心の呵責と死の恐怖の板ばさみになっているのだろう。
「落ち着いていけテル、気にするな。最悪でも責任をとるのは俺だからな」
「ああ……いや了解!」
緊張をかくす事なく、しかしきっぱりとジッタは笑った。それを見てテルも安心したようにパネルに向かい直った。
「重力破壊砲発射準備。出力最大にセット」
「よしOKだ。隠密戦闘モードON、無警告。定期便と等速飛行をしつつ重力破壊砲のノズルを定期便の動力区画にあわせろ」
モード変更をかけた瞬間、ぽーんという電子音かして女性の声が聞こえてきた。
『相手は民間船です。理由なき攻撃は大きな問題を招く恐れがあります』
「対テロモードだマザー。代わりにこの攻撃に関する全ての報告は連邦議会に送れ、いいな」
『対テロモード了解しました。ご武運を』
「ありがとよ」
ジッタがそんな会話をしている間、テルの方はゲージやら光点やらが次々にコンソールに表示されていた。それをテルは確認し、そしてあるものは訂正しつつクリアしていく。
「重力破壊砲発射準備完了」
「カウントダウン、発射十秒前」
にわかに室内が暗くなり、眼前のモニターのひとつにカウントダウンが写り始めた。