またまた退屈
定期便がヨンカを旅立ち、連邦日で十四日が過ぎた。
最初のうちは船内探検やら何やらで楽しんでいた者たちも、若者や子供といった我慢のきかない年代から、じわじわとヒマを持て余しつつあった。彼らは船内のあちこちで小さいな問題を起こしては、周囲の乗客や船員たちの世話になっていた。
そして、娯楽室の利用率も増加した。
この船は元客船らしく、娯楽室が実に充実している。子供むけのゲームコーナーは当然として、アダルト向けのバーのような設備もあり、さらに不埒な遊びに興じたい人々のための、ちょっと口にできないようなお遊びルームまでも存在した。
これらが連日賑わいはじめ、しばらくはそれが盛況になった。
こう書くと性風俗の乱れが気になる方がおられるかもしれないが、ここにはれっきとした理由がある。
まず、連邦では染色体異常などがわずかでもあると、子供を産む事が認められない。しかし子供は絶対に必要なわけで、ある程度の子供たちを人工的に誕生させて養育する反面、性の禁忌を取っ払い、スポーツのように積極的に推進する事で、有資格者にひとりでも多くの子を産ませるという試みも続けられている。
そんな社会的背景のため、性に関してはオープンであり、いやらしさのかけらもないのが連邦式。それがどれくらいオープンかといえば、こうした船旅などで退屈していると、一緒にテニスでもしますか、みたいなノリで気軽に誘い、誘われるとか、何かの順番待ちでたまたま同席して意気投合すると、まるでカラオケでも遊ぶかのようにプレイルームに行くといえば、だいたいのところは想像できるだろうか?
だから、娯楽室ののひとつの形態としてプレイルームも存在するし、特殊な趣味の方にはバーチャルな仮想空間でお好きなシチュエーションを……なんていうものも存在する。まぁ、さすがにメヌーサやメルは子供過ぎて見えるのか、誘いに来る者はいないのだが。
しかし当然だが、これはそういう習慣のない地域との軋轢の元にもなる。実際、地域によっては連邦人というと破廉恥の象徴のように言われていたりするが、その理由はここにあったりする。
で、そんなわけで。
「……参った」
「うふふ、ごくろうさま」
メルとメヌーサはバーのカウンターの隅っこにいた。
このバーは死角のように奥まった場所にあり、連邦式の喧騒に馴染めない者たちのたまり場になっている。ただこの時間は一般客がおらず、いるのはメルたちのほかは寡黙なバーテンダーのみ。
まぁ、バーといってもこのバーはあくまで隅っこの小さなものであるから、それほど珍しいものがあるわけでもない。さらに言うと、その前で退屈そうにしている二人の少女はどう見ても外見が大人ではなく、しかも一人はお酒を飲んだ事がほとんどないらしい。
結果、バーテンの方も気を使って大人用の酒は出そうとしなかった。少女のひとり、メヌーサは不満そうだったが。
このバーテン氏もずいぶんと頑張ったのである。
彼は、バーのカウンターにドンと陣取るには少々幼いふたり相手にずいぶんと奮闘していた。最初はカクテルベースにアルコールを抜いた風変わりなジュースで二人をさんざ楽しませたわけだが、いかんせんここは星間定期便。二週間もたった頃にはいくらなんでもネタ切れというもので、今では苦笑いしながらグラスを拭いている。
もう目的地のティーダー星系までは三分の一ほどなのだが、しかしそれは恒星間宇宙船のスケールでの話でもある。まだその太陽すら輝く星の一つにすぎないので、そちらで楽しむ事もできない。そして下船準備などは到着してからでも全然構わないのだから、急いてもまるで意味がない。
ようするに何もする事がない、よって退屈なのである。
「そんなに暇ならスポーツ施設でも使えばいいのに」
「行ったわよ、でも一杯で遊べないのよね」
「そっか。みんな退屈してるんだなぁ」
「そうなのよ。もう、そんなに暇なら冬眠装置使えばいいのにねえ」
「あはは」
君たちもだろ、と軽く毒舌を吐くバーテン。そうよねえとメヌーサも苦笑いした。
ちなみにメルの修行という手もあるが、もう今日の修行は終わっている。メヌーサは、きちんと様子を見ながらカリキュラムを進める種類の者なので、必要以上の無理をメルにさせる事はない。よって、本当にやる事がない。
「ん、そうね。いっそ誰か誘ってアダルトな遊びしてみる?」
「遠慮しときます」
「あらま。結構楽しめると思うよ?」
「メヌーサだって同類のくせに何いったんだか」
「あはは」
経験を持たないのはお互い様だと暗に指摘され、メヌーサは楽しそうに笑った。
しかしメルはわかっていない。
確かにメヌーサは未経験だが、敬愛する姉の現役時代の記憶を一部引きついでいる。つまり清らかな身体ではあるが、同時に人の子の妻となり、何人もの子供を産んだ記憶もメヌーサは同時に持っているわけで、その意味では同類とは言えない。
それにしても。
銀河ひろしと言えども、かのメヌーサ・ロルァを捕まえて、おまえ未通女だろと言い切るような無礼者はそう多くないだろう。実際、メルはメヌーサのお気に入りだし、立場が立場だから誰も手出しはしないのだけど。
「ま、わたしはお仕事上の制約があるから。でもメルはそんなものないでしょう?食わず嫌いはよくないと思うよ?」
「あのねぇ……」
うんざりしたようにメルは、自分の頭を指差した。
「メルは、私のここに何が詰まってるか知ってるでしょ?」
「うん。元男の子の人格と記憶一式よね?」
「わかってたら変な事いわないの。こちとら同性愛の気はないからさ」
「まーた何言ってんだか。やっぱり処女こじらせるとダメよね。どこかで経験しなくちゃ」
「ちょっ!」
あっけらかんと普通に言い切るメヌーサに、メルが真っ赤になる。
「メルは難しく考えすぎ。何度も言ってるでしょう?」
「で、でも」
「ぶっちゃければそんなの、ごはんを食べるのは大差ないのよ?昔はともかく今の身体は女の子なんだし、病気の心配もないしね。
騙されたと思って一度は試してごらんなさい。それでダメだなと思ったら、女の子で試しゃいいんだから。ね?」
「試すって……そもそも男相手にどうやって試すの?」
「あら、本当に試したいならだれか見繕ってみてあげるけど?」
「全力で遠慮しときます」
「ふう。あれ、でもオン・ゲストロにいたんでしょメル?」
「?」
「あそこなら確か、男娼館あったよね?風俗街は見てみなかったの?」
「だ……男の娼館!?」
「何驚いてるの?男向けの娼館があるんだから、女向けの男娼館だって当然あるでしょうに」
「……そういうものなの?」
「そういうものよ」
「……」
ちなみに事実であり、そして特に驚くような事でもない。
もっとも連邦の国では本来の性風俗がフリーダムすぎて、この手の施設はあまり人気ではないとも言われる。単に処理に使いたいなら、いっそドロイドを買う方がよいという事もある。
「ちなみに男の娼館にいって『やっぱり女の子いますか?』とかはおススメしないよ?お高くなるから」
「使いません」
「えー」
「えーじゃないの」
「……」
バーテンはふたりのあけすけな会話を、苦笑しながら聞いていたが、
ふと思い立ったようにメルに声をかけた。
「そういやメルちゃん」
「なに?」
メルは、ん?とバーテンの方に顔を向けた。
「船倉の方に行った事あるかい?」
「船倉……ないと思う」
そちらは一般客が入れないはずだ。好奇心は人並み以上のメルだったが、立入禁止区画に入るほども子供ではなかった。
「従業員用の休憩所や連絡通路があるんだよ。これがあれば入れるよ……行ってみるかい?」
うっふっふ~、ともったいつけるようにキャッシュカードくらいの札を掲げてみる。メルの目が吸い寄せられた。
「……うん、行ってみる」
バーテンは満足気に笑うと、どうぞとメルにカードを渡した。
「ドレスの腰のところにつけるといい。あ、何か問題起こしたら僕のせいになっちゃうからね。それだけは気をつけてね」
「わかったー」
メルは言われた通りに腰にカードをつけると、なぜかポキポキと腕を鳴らした。そして「よし」と気合を入れるように胸をはると、
「んじゃ、行ってきまーす」
「はいはい、いってらっしゃい」
「気をつけてねー」
苦笑いのメヌーサとニコニコ笑いのバーテンを尻目に、すたすたと歩いていってしまった。
「……」
「……」
バーには、まったりとしているメヌーサとバーテンだけが残された。
「よくやるわねえ。子供の扱いがうまいったら」
ちょっと不審そうにバーテンを見るメヌーサに、バーテンはクスクスと笑う。
「メヌーサ様ほどじゃありませんよ。で、何を飲まれます?」
「任せるわ。血を飲むような濃いのがいいかな?」
「なるほど。では少々お待ちを」
飲まないメルが遊びにいったので、お酒タイムに切り替えるようだ。
どうやらバーテンはメヌーサの正体を知っているらしい。ひとのよい笑みは変わらないが。
メヌーサも別にそれを気にした風もない。子供っぽいニコニコした笑みがその瞬間、歳月を経た魔物のそれに変わっただけだ。
「ところで、さっきのメルの話だけど。貴方はどう思う?」
「生まれが男の子といっても、第二次性徴が終わる前に女性体になったって事ですよね?しかも連邦時間で二十年近く前に」
「ええ、そうよ」
「それじゃあもう『かつて男の子だった記憶をもつ女』ですよね?」
「そうなのよね。本人は抗ってるつもりみたいだけど」
「まぁ性自認や性愛の対象というのは杓子定規じゃいかないものではないですか?今、無理に書き換えなくても時間が解決すると思いますけど?」
「うん、そうなんだけど」
そこまで言うと、メヌーサはニヤリと魔物の笑いを浮かべた。
「ああいう元気な子をしおらしく、おとなしくさせるのが楽しいんじゃないかしら?そうでしょう?」
「鬼畜ですねえ」
「うふふ、ありがと」
「褒めてませんから」
「あらら」
メヌーサとバーテンは顔を見合わせて、なんとも言えない顔で苦笑しあった。