星間航路
恒星間連絡線『リンガム・リンター』号。ヨンカ星系ヨンカとティーダー星系ヤンカを結ぶ唯一の定期船である。
連邦分類法で言うところのいわゆる北の銀河に属するこの宙域は中央銀河に比べて文明間の距離も開いており、間をつなぐ航路も少なく間隔も広い。連邦時間で数ヶ月に一便なんてのもザラであり、商業的には意味をなしていない事が多い。ほとんどが国交や交流の印として航路が維持されている。
この『リンガム・リンター』号の場合もその例に漏れるものではなかった。
二百光年以上も離れた両星系の間には小さな雲があるくらいで無人恒星系のひとつもないし、おまけに行き先のティーダー星系の人類種は滅亡して久しい。僅かな入植者がいるが政治機構すらまともに稼働しておらず、当然、星間航路を維持できるわけもない。もちろんここにはゲルカノ教団の補助があるわけなのだけど、現場の空気にはやっぱり商売くささは皆無。
実はこの背景には「意外にお金がかかってない」という現状もある。
何しろ毎回、満員御礼とは言わないが多くの乗客が乗っている。それらの多くは遠くからやってきたゲルカノ教徒であり、彼等の支払ってくれる運賃をあわせると燃料代とメンテナンスの足しには充分らしい。もちろん満額とはいかないのだが、教団にとっては無問題といっても言い過ぎではないレベル。
ゆえにこの船もまた、商売っ気ゼロで呑気に運行されている。リッチさはもちろん皆無だが、商売しよう、稼ごうという空気がないせいか、せこせこした感が皆無なのである。
ところで話は変わるが。
メルが宇宙に出てから結構な年月が経過してしまっているのだけど、実は一般の定期便に乗るのは初めてであった。
そも、今までメルが乗った宇宙船はソフィア姫の乗っていたソクラス号と、それとあの天翔船のみ。前者はアルカイン王族用に作られた特別性の船だし、天翔船は内容的にいって通常船舶とはあまりにもかけ離れている。よって「まともな船」は、この『リンガム・リンター』号が初であった。
そんなメルの第一印象なのだが。
「意外にアナクロなんだね。ポセ○ドン号みたい」
「なにそれ?」
「昔見たパニック映画でね、老朽化した豪華客船が転覆して、溺れ死ぬ前に皆で逃げるって話なんだけど」
「……よくわからないけど言いたい事はわかったわ。でも、いくらなんでも失礼だから船内で言うのはやめときなさい?」
「うん」
そう。ハイテクぽさが皆無なのである。
それどころか、乗客用のフロアやスペースには木造のところもあるし、メヌーサやメルの部屋らしいスイートに至っては、明らかに時代を間違えているだろう王侯貴族的デザインに、どうやらメイドさんらしい付き人までいたのだから恐れ入る。
「なんか、ここだけ見たら大航海時代のファンタジーに迷いこんだみたい」
「それは仕方ないわ。技術がどう発達しても、人間の感性までは簡単に変わらないものよ」
シャトルがそうだったようにリンガム・リンター号も中古船である。そして元はおそらく森の多い惑星国家のものだったのだろう。
宇宙船が飛びハイパー・ドライヴする時代になっても、人間の感性がそれに追いつくとは限らない。内装に古めかしいデザインを多用したり居住区に木造かそれに近い色彩を導入したがるのはそのいい例だ。星の海で暮らすようになっても結局、森や野原で生きてきた生理的な感性が、そういう一見、古臭いデザインに癒しを感じるのだから。
「あ、見てメヌーサ、宇宙港」
大きな窓のある区画に出ると、船が停泊している『ヨンカ中央港』がよく見える。
惑星ヨンカの衛星軌道上にある巨大な施設群で、大きさは二十八キロ四方に及ぶ。その広大なステーションのさまは如何にもSF的で、いまだに中高生時代の感性をもつメルはワクワクせずにはいられない。
「すごいねえ。宇宙文明だねえ」
「メルって本当にこういうの好きよね。地球にいたら比較文化学でもやったのかしら?」
「え?ううん、たぶんコンピュータ勉強してエンジニアじゃないかな?」
「そうなの?なんで?」
「だって、日本で学者になるには大学院いったり色々しなくちゃならないし。でも……」
「あ、そっか。おうちの商売危なかったんだっけ?」
「危ないっていうか、あのままいったら私が高校在学中にも廃業だったと思う。もちろん大学なんて無理」
「あらら」
かつての誠一少年は平凡で平和に育っていたが、それでも悩みが全然ないわけではなかった。
彼の実家は商売をしていたが、それがもう何年も前に立ちいかなくなっていたのだ。何とかギリギリ回っていたとはいえ、母親が思春期の息子にうっかり愚痴ってしまう程度には危機的状況だったらしい。
『もしソフィアたちと出会わなかったら、今頃は一家離散していたかもしれないね』
今は亡き地球の家族の話をした時、メルはメヌーサに、寂しげにそう言ったものだ。
その事を一瞬、しみじみと思い出したメヌーサだったが、
「あ、そうだ、ひとつ忘れてた」
「何?」
「ルドくんに伝言されてたのよね。ヤンカについてからでいいからもう一回連絡が欲しいそうよ」
「もう一回?」
「なるべく耐久性の高いドロイド体にしか任せられないお仕事があるんだって。ボーナス出すから手伝ってほしいって」
「あーわかった。後で連絡すればいいのね」
「うん」
ちなみに余談だが、現在メルには給料は出ていない。まぁ理由があるとはいえ三十年あまりも職場放棄しているのだから当然のことだ。
でも実は、定期的におこずかい程度の小銭は振り込まれている。それは本当におこずかいレベルだが、三十年分ともなれば合計額は結構なものになる。
これに、もうちょっと色をつけてくれるらしい。
もちろんメルは、それを断るつもりはなかった。
『恒星間連絡線「リンガム・リンター」号をご利用いただき、誠にありがとうございます。
本船は五分後の午後六時六分をもって、ティーダー星系惑星ヤンカ・開拓駅に向けて出港いたします。
本船は直行便であり、途中停泊予定地はなし。到着まではヨンカ時間で二十一日と二時間四分後を予定しております。
搭乗中のお客様はお早くお願いします。
お見送りの皆さまは、五分以内に退去願います。
繰り返します。
本船はヨンカ標準時の午後六時六分をもって、ティーダー星系惑星ヤンカ・開拓駅に向けて出港いたします。
本日は、恒星間連絡線「リンガム・リンター」号をご利用いただき、誠にありがとうございます』
のんびりとしたアナウンスが流れ、人の動きが慌ただしくなる。船員の声が部屋の外で響き渡る。
そんな中、メルとメヌーサは自分たちのスイート・ルームでのんびりしていた。
いや厳密には、
「……」
メルは何故か杖を抱えたまま、何か夢見るようにゆらゆらと揺れている。そしてメヌーサはその光景を満足そうに見ていた。
コンコン。ドアが叩かれる。
「はい、どなた?」
「失礼いたします」
メイドらしき者がドアを開き、一礼した。
「まもなく出航いたします。何か問題かお申し付けはございますか?」
「悪いけど、コリオルローネ酒はあるかしら?」
「はい、ございます。エシュルトはどうされますか?今はバーが開いておりませんので、エンデかロルアになりますが?」
コリオルローネ酒は地球のスコッチに近いお酒。
意訳すると、エシュルトは氷やお通しの類の事。そしてエンデは何かで割る事、ロルアはストレート。
「ロルアでちょうだい。グラスはひとつね」
「ひとつでございますか?」
「メルには飲ませてないから。あと、この子に果汁ジュースね」
「かしこまりました」