宇宙港にて
翌朝。
ゲルカノ教団支部で泊めてもらったふたりは教団の引率者の案内の元、港に向かった。
ヨンカにはふたつの宇宙港がある。
それは歴史的経緯によるもので、しかも国内空港と国際空港のように隣接して並んでいる。片方は汎用の宇宙港で、もうひとつはヤンカ行き定期便のみのために存在するものだ。
こう書くと当然、ヤンカ行きの方はぼろいと思われがちなのだけど、実際は逆だった。汎用の港の方が田舎臭くぼろくて、そしてヤンカ行きの方が立派だったりする。
「もしかして、ヤンカ行きの方が利用客多いの?」
「そうですね。ここヨンカに直接来るような外来者は定期便でなくチャーター船で来る場合が多いですし、その全てが参拝目的の信者ですので、ヤンカ行きの空きポートを使わせている状態なのです」
つまり、ぼろい港の方が本来のこの星の姿。そしてこの星の経済は今、ゲルカノ教団関係の力が強いのだろうと思われた。
「あれ、でもヨンカご自慢の転送システムは?」
「転送技術は廃れてしまいましたので。今では一部の地域で使われているにすぎません」
「そうなんだ」
まぁ技術にも栄枯盛衰はある。仕方のない事なのだろう。
「これが船?」
停泊している船を見たメルが、驚きの声をもらした。
「そうよ。天翔船と違って普通のお船でしょう?」
「あ、うん、それはそうなんだけど」
実は、なんだかんだで長い宇宙生活にも関わらず、まともな宇宙港で船を見るのはずいぶんと久しぶりのメルだった。
無理もない。
生きた森がそのまま飛んでいる船である天翔船が、今どきの普通の宇宙港に停泊するわけもないし、されても騒ぎになるだけ。だから連邦時間でここ十年以上、メルはまともに普通の船舶に近づいてもいなかったのだから。
しかし。
「こ、これはすごいね……」
メルの口から、いろんな意味での感嘆の声が漏れた。
何しろその船ときたら、見るからに老朽化していたのだ。デザインセンスは悪くないのだが相当な老朽船なのはメルにもわかる。そもそも大気圏を突破できるのか、心配になるような船だった。
「だいぶ改造入ってるけど、元はこれセイヤよね。よくやるわまったく」
「セイヤ?」
「ピアン型は知ってるでしょ?ラム・ランカ・ピアン号。小型貨物船のベストセラーなんだけど」
「あー、うん。前に教えてもらったタイプの小船でしょ?」
「ええ、あれよ。
セイヤはピアンの上位機種として昔作られた船で、れっきとした恒星間宇宙船なの。でもピアンと違って全然売れなくて、大昔に生産中止になったのよね」
「ベストセラーの裏には失敗もあったって事?」
「ええ、そういう事。
とても古い船だからメルの懸念はもっともだけど、腐っても元恒星間船舶だもの。壊れてなきゃちゃんと飛ぶから心配いらないわ」
「そっか」
ちなみにメヌーサは説明しなかったが、ピアン号もセイヤ号も元は貨物船でなく開拓用多目的船である。
当初は移民船のカテゴリーに入っていたが、本体がわずか百二十メートルと恒星間飛行をする船としては破格の小ささだった事もあり、安くて使い勝手のよいピアンばかりが売れ、セイヤはお蔵入りになってしまった経緯がある。
だが、小さくてもラグジュアリー感のあるセイヤを改造し、連絡艇やシャトルにするケースも当時あった。おそらくこの船は当時の生き残りであり、定期便用の船を調達した時に付属してきたのだろう。
近づくと、船員らしい青年が近づいてきた。
教団の者にすぐ気づき、ぴしっと姿勢を正した。教団の者に連れられたメヌーサとメルが普通の客ではないと悟ったのだろう。
「ようこそ、定期便のご利用ですか?」
「ごくろうさま。もう連絡があったと思うけど、この方々が例のお客様です。失礼のないように道中お願いいたしますね」
「はい、伺っております。おい」
「うむ、ここは任された」
「頼んだぞ」
青年は別に待機していたらしい船員にこの場を託すと、メヌーサたちに向き直った。
「改めて歓迎いたします当シャトルへ。こちらへどうぞ」
「ええ、よろしく頼むわ」
「よろしくー」
案内されて船内に入る。
やはり古い船らしく老朽化はしているものの、各所がきれいにまとめられているのがメルにもわかった。不具合のひとつもないようだ。
「よく整備されてますね。古いお船だと伺ったんですけど」
「ありがとうございます。幸いなことに整備士チームの腕がよいので、このような旧式でも就航以来、今までトラブルを起こした事がないのが自慢です」
「え、そうなの?これベースはセイヤでしょ?それでも?」
「はい」
「すっごいわねえ」
セイヤ号は細部の作りが甘く、飛び続けるには問題ないが細かい不具合のある船だった。高性能をコンパクトに無理やり押し込めようとした事の弊害なのだが、これが不人気の原因にもなった。
「あ、それとメル様」
「はい?」
ちなみにこれから離陸なのだが、別に彼女たちは着席を促される事はない。古いとはいえ重力と慣性は制御されているし、特別なお客様を乗せているのだ。パイロットの方には静かに運べの指示も出ているはずだった。
「オン・ゲストロのルド様からダカットの返答が届いているそうです。登録は残してあるから通話してこい、との事です」
「そ、そう。ありがとう」
「電話なさいますか?このシャトルからもかけられますが?」
「あー、船に着くまで時間かかるの?」
「三十七分ほどです」
「だったら今かけたいな。通信室どこ?料金は?」
「ではルームまで端末をお持ちしましょう。料金はサービスの一環ですので必要ありません」
「わ、ありがと」
ちなみに星間リアルタイム通話はお安くない。単にメッセージを届ける『ダカット』ならよほどの長距離長時間でない限りは無料なのだが、こちらだとリアルタイム通信はできない。
普通ならメルは恐縮したところだが、明らかにVIP扱いで部屋も最高級である。これで遠慮したら逆にメヌーサの顔を潰すかもと思ったメルは、内心ちょっとビクつきながらもお礼を言った。
(……)
そしてもちろん、そんなメルの態度など手にとるようにわかる船員たちは、やたら初々しい少女の態度に、少しほっこりしているのだった。
『わははは、久しぶりじゃの坊主。いや、ここはメル……もといロル・ロッジと呼ぶべきかの?』
「勘弁してください。メルでいいです」
メルが頭を抱えて悪態をつくと、画面の向こうの蜥蜴の老人……ルド翁は、楽しそうにげらげら笑った。
『なに、わしとてエリダヌスの伝説は知っておるからの。銀の娘に連れ去られたとなれば一年や二年じゃ戻れん事も織り込み済みじゃよ。そもそもお主の役職『秘書雑用』はそういう、一風変わった者を入れておく役職じゃしのぅ』
「すみません。ところで綾の方はなんて?ソフィアは何か言ってきてます?」
『ドロイド娘なら、あれ以降ずっとイーガに行っとるよ。知っておろう?お嬢の婚姻以降、あれが帝国に連れて行ってしもうたと』
「あ、はい」
『お嬢については……わかっておろう?ちなみに、わしの所にはおまえさんを見つけ次第連絡してほしいと依頼が来ておるが』
「依頼?ああ、権限がないって事ですか」
『さよう。うちは連邦の配下ではないし、そもそも今のお嬢はイーガのお后様じゃからな』
「連邦からは何も?」
『そもそも連中は、うちの事を暗黒街扱いじゃからな。だいたいお嬢もおらぬ今、交渉チャンネルすらないうちに誰が話を持ちかける?』
「アルカイン国王陛下はどうなさったんです?あの人確かソフィアの婚約騒ぎの時、じいさんと直接話してるはずですよね?」
『ほう、お主それをどこできいた?』
「どこでもいいでしょ。それより」
『うむ、言いたい事はわかるがそれは無理なんじゃ。聞いておらんか?アルカイン王国はもうない。少し前に王宮ごと消えおったわ』「……は?」
メルが通信先とそんな話をしていると、二人分のグラスをもったメヌーサが歩いてきた。
「あら、メルここにいたんだ。古都からの離陸っていうのも風情があって面白いものなのに……あら?」
そしてモニターの向こうにいるルド翁に気づいた。
「あれ?誰?この蜥蜴のご老人さんは?」
『!?』
モニターの向こうでメヌーサに気付いたルド翁の顔が、一瞬で驚愕に染まった。『まさか』という顔だった。
「あら?もしかして」
「……おや」
メルはルド翁の顔を見て、メヌーサの顔を見て。
無言でメヌーサに端末を渡した。
「話終わったら呼んで。それまで外見てるから」
「そ。わかったわ」
微笑んだメヌーサの向こうに、ちらっとモニター画面が見えた。
席を外して歩き出したメルの背後で、
『姉ちゃん、もしかして姉ちゃんかい!?』
「まぁルドくんなの?すっかりおじいちゃんになっちゃってもう。元気してた?」
感動の再会劇が聞こえてしまったので、さらに足を速めた。
メルは感動のシーンとか好きだけど、すぐ逃げます。人前でもらい泣きするのはカッコよくないと思うタイプの人なので。