表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある旅路の日記  作者: hachkun
19/21

新時代へ

 惑星ヤンカが攻撃されそうになった、その瞬間。

 ふわふわと宇宙を漂っていたメヌーサ・ロルァは「あら」と面白そうに微笑んだ。

 向こうに見えている宇宙船から、強烈なエネルギーが盛り上がっている。それは明らかに惑星ヤンカを狙っていて、メヌーサもその射線にいた。

「……」

 だが、惑星ひとつを消し去るエネルギーを目の前にしても、メヌーサは笑うだけ。

 そして音もなくそのエネルギーは吹き上がり、メヌーサの方に向かってきたのだけど……。

 

 

『いいえ、ソレはここで止まる(・・・・・・・・・)。破壊など起こせないわ』

 

 

 そういった瞬間、本当にその猛り狂うエネルギーは、メヌーサの前で綺麗に止まっていた。

 ふむ、と少しだけかわいく首をかしげたメヌーサだったが、

『ためておくにも置き場がないわねえ。いいか、消えちゃえ!』

 そういって、パッと手をふった。

 

 その瞬間、莫大なエネルギーは冗談のように消えてしまっていた。

 

『やれやれね、もう』

 

 しばらくメルと旅行していたメヌーサにとり、これほどのエネルギーをまともに扱ったのは久しぶりだった。ウーンと気持ちよさそうに背伸びをした。

 

 メヌーサはその構造こそ人間だが、発生的には人間ではない。

 六千万年の昔「ヒトとはこういう生き物である」というガイドライン、あるいはメートル原器的な存在としてデザイン、作成された存在であり、彼女自身を含め全部で六体存在する。そして銀の四番(メヌーサ・ロルァ)を名乗るのは代表者ただひとりだけであり、他の五名はメヌーサ役に何かが起きた場合の、いわば予備機にすぎないのである。

 そんな彼女たちには、代表のメヌーサのみが引き継ぐ、いわば古代の神器ともいうべきものがある。

 その名称を『銀の四番』。

 もはやいつともわからない超古代の文明がこしらえた、防ぐという概念だけでできた銀河最高の盾であった。

 

『……ん?』

 そんな時、どこかからくる視線に気づいた。

 視線の元が、エネルギーを発射した宇宙船だと気づいたメヌーサは、あらあらと楽しげな笑顔を浮かべた。

 彼女の能力をもってすれば、宇宙船のコックピットで驚愕に目をひんむいている男ふたりの図など、まるっきりお見通しでもあった。

 思わずマジマジと見返して……そしても追わず、プッと吹き出した。

 いい男が揃いもそろってフリーズしている図が、なんともおかしかった。

『うふふ……アハハ……アハハハッ!』

 メヌーサは楽しそうに笑った。

 

 だけどメヌーサはこの時、気づいていなかった。

 昔の自分ならこんな時、こんな風に心から笑ったりしていなかった事に。

 そう。

 変わったのはメルだけではない。彼女だってそうなのだった。

 

 

 

 

 

 唐突だが、二つの星の話をしよう。

 

 まずひとつめ。ナーダ・コルフォという星である。

 ナーダ・コルフォは森林惑星である。亜熱帯から寒帯までのバリエーションに富んだ各種の森林が惑星全面のほとんどを覆っていて、その一部は海上にも伸びていた。またこの星特有の非常に上質の木材が得られるため、これに目をつけた楽器職人が流れ着き工房を開いた。少なくとも二千万年の昔には、既にこの星は工房惑星と呼ばれていた。

 そう、あなたが銀河系の一般的なアルカイン系住民なら『(ナーダ)』という楽器を知っていると思うが、そのナーダが産まれたのがこの星なんである。

 アルカイン人の身体と音楽性にとてもよくマッチしたこのポータブルな汎用楽器はこのナーダ・コルフォの職人たちが生み出したもの。その完成度の高さと音の綺麗さ、構造のシンプルさゆえに国を越え歴史を越え愛され続けた。そして長い長い年月に渡り、この星も『楽器(ナーダ)』+『工房(コルフォ)』という「そのまんま」の名称でずっと呼ばれてきたのである。

 その歴史がある時、少しだけ変わった。二千年ほど前の事だ。

 銀河連邦というのは単一国家でなく、たくさんの国で運営されている巨大な通商連合である事はご存知の通りである。何しろ億のオーダーに達するという銀河文明の六割が加盟している大所帯であるから、議長国をどこでやるかは常にもめごとの元になった。ホストをやれば多くの国の民が集まるが莫大な金も動く。それゆえ、それは常に悩みのタネであった。

 で、二千年前のある日、時のゲノイア代表だった者がこう言ったのである。

『大国がホストをするからいけないんじゃないですかね?むしろ、お金とか権力とか興味ありませんよ〜みたいな、のほほんとした平和な小さい国にやってもらう事にしませんか?必要なお金や人は各国が寄付という形にすればいいんです。どうでしょう?』

 それはトンでもない珍案だった。

 単に会議といってもその規模は半端ではない。なるべく艦船の数は減らすようお願いしているとはいえ、会議ともなれば船舶だけで数千万はやってくるのである。ある程度のインフラなどは各国持ちよりですませるとしても、やはり受け入れ側にもある程度のものが必要とされていた。だから基本的にいつも大国がホストだったのだ。

 だが、意外にも各国はそれに賛成した。毎回毎回のくだらないトラブルに主要理事国はもううんざりしていたのだろう。壮大な実験になるかもしれないが面白い、やってみようという事になった。で、実際のホストをどこにしようという話になったのだが、そこで件のゲノイア代表がまた言った。

『ナーダ・コルフォはどうです?小さくて政治にもまるで無関心の星ですが、しかし名前は銀河に広く知られてます』

『そりゃまぁ……我々アルカイン族の間では有名ですから』

『しかし、それでは代表は誰にするのですかな?あの星の代表と言えば楽器職人ギルドになりますぞ?議長など引き受けてくれますかな』

『そのへんは僕が打診してみましょう。今のギルド長にはきっと鼻で笑われるでしょうが、彼なら適任の者を見つけてくれると思いますから』

『鼻で笑う……連邦議長の椅子と言えば大任なんだがね』

『まぁ、だからこそ任せられるとも言えますな。権力指向の強い者にやられても困りますし』

『そうですなぁ』

 そんなこんながあって、ナーダ・コルフォは二千年ほど前、マドゥル星系アルカイン王国という連邦名を得た。銀河系最大と言われる巨大連合の長の椅子は、こうして小さな楽器職人の代表に託されたというわけである。

 もちろん彼の国に巨大な議会などを建設する力はなかった。だから各国が少しずつお金と人を出し合った。代表者には当時の楽器職人組合(ギルド)長が推されたが、当人は「楽器作成で忙しいから」と王位着任を拒否、代わりに彼の弟子のひとりを国王に推したというのは有名な話である。銀河系の頂点にたつトップなど職人の彼らは知った事ではなかったし、その弟子とて「わかりました、国王は引き受けますが破門は嫌です」と師匠に泣きついたというから、彼らの価値観は推して知るべしであった。

 こうして工房惑星ナーダ・コルフォは二千年の長きに渡りアルカイン王国として名を馳せる事となったが、しかしこれは政治上の名前にすぎなかったのも事実だった。なぜかというと簡単だ。その後の二千年も、そしてアルカイン王国が解体され議長国を解任されたその日すらも、楽器工房はナーダ・コルフォの名の元に何十万年続いているかも知れぬ楽器製造をやめる事がなかったし、そして送り出される楽器に刻まれるエンブレムもずーっと変わる事なく『ナーダ・コルフォ』と誇らしく記されていたのだ。それは、政治なんぞどうでもいい、それよりも最高の楽器をという職人たちの魂がそこに秘められていたのだという。

 ナーダとは、アルカイン族人類に広く使われる汎用的弦楽器である。ナーダ・コルフォは遠くエリダヌスの時代から職人を志す者たちが集い、そして全銀河からやってくる商人たちの注文を聞いて最高級の楽器を作り続けているのだった。

 昔も今も……この星がある限り。

 

 次に神聖ボルダが登場する。正式名をボスダ・ボルガといい、連邦語ではマドゥル星系ボルダ。その名でわかるように、ナーダ・コルフォことマドゥル星系アルカインとは兄弟星である。

 ボルダは兄弟だけあってその環境はアルカインに似ている。むしろアルカインよりも森林面積などは通常のアルカイン系の星と言ってよかった。気候も本来はアルカインよりもう少し温暖で、暮らしやすい星だったろうと言われている。

 過去形なのはもちろん意味がある。この星に現ボルダ人の先祖が住み着いた時、既にこの星は度重なる文明の興廃で資源は取り尽くされ、気候もめちゃめちゃだったからだ。幸いにも生き物は豊富で食料には困らなかったが、過酷な環境と資源のなさは致命的で、この星では二度と文明はもう生まれないとさえ言われた。

 だが、この種の星でも文明が根づいた実績はある。そしてボルダにも無事、再び文明は起きた。

 ただしその文明は、この種の星の多くがそうであるように特異なものになった。どのくらい特異かと言うと、彼らと長く友邦であったアルカインの方でもその原理すら理解できないほどだった。また元々エリダヌス系の住民だった事や様々な理由があり、この星は古いエリダヌス系の一派の伝統を残す、大変古風な宗教国家のまま進化を遂げていった。

 連邦にも所属しない。しかも定期的に宗教行事として数百年から数千年に渡って鎖国を行う。さらに言うと宇宙文明もないとされていたので、連邦法上では国家と認定すらもされていなかった。

 通常ならばアルカインにとっくの昔に占領なり併合なりされていてもおかしくない星であった。だがアルカインは楽器職人の星で政治に関心がなかったし、実際にそれをアルカインが企てたとしてうまくいったかどうかは疑問の残るところである。連邦一般の観点ではボルダは遅れた星にしか見えなかったようだが、実際のボルダは決して遅れた星ではなかったからだ。単に異質であったにすぎない。

 まぁとにかく、両者は平和にやってきたのだった。

  

 ふたつの星の平穏が崩れたのは、皮肉にもドロイドたちの異変からだった。

 ボルダは人口が少ないわりにドロイドがたくさんいる星でもあった。自然環境の厳しいこの星は機械工学よりも生体分野が突出しており、鎖国をするようなマイペースの国であるくせに各国にバイオ製品を輸出するほど熟成された生体工学技術を持っていた。その力で自主製造したドロイドや、他国から買ったドロイドなどがこの星にはたくさん存在した。

 そして厄介な事にいわゆるケセオアルカイン事件以降、これらのドロイドたちから大量の子供たちが唐突に生まれ始めたのである。それはまるで、そうなる事を事前に予測し配置されていたかのようだった。

 まさかと思われた灯台下暗しである。当然アルカイン王国は仰天し、ただちにボルダへの問い合わせと警告を行った。人間と混血可能となったすべてのドロイドを破壊する事、そして『子供たち』と認知されているドロイドの『生産物』もすべて破壊、あるいは断種つまり永久避妊をして欲しいと。人造物であるドロイドと人間の間で混血が行われる事は致命的なDNA汚染を招き、それは国家の、ひいては銀河全体の未来を狂わせる事になると。

 だがボルダ政府からの返答は「ドロイドの子の出生率は比較にならないほどに良好である。今年生まれた子の九割は半ドロイドだろう」だった。また、その子たちが大きくなる頃にはさらに生き残る子供たちは増え続けるだろうとまで添えられていたのである。おそらく数百年、長くて千年のうちには、特に問題がない限りすべての住人には濃さは別としてドロイドの血が入るであろうとも結ばれていた。ボルダは自然環境が少々過酷な星であるが、自然を改善の名の元に破壊する事をよしとしない文化の星だったので、人間を強化する事になるドロイドとの混血はむしろ歓迎されていたのである。

 アルカインはボルダに対し重大な懸念と警告を送った。ドロイド規制をするならば古い友朋、あらゆる支援を惜しまないが、今の状況を黙認するならば攻撃すらも辞さないと。だが、それに対するボルダの返事は「すべてはあるがまま。わが国にはわが国の事情がありそちらには一切の迷惑もかけていないはず。それでもわが国の主権を侵すというのなら、それ相応の応酬をさせていただくしかない」だった。

 その後も何度か交渉が行われたがすべて決裂、とうとうアルカイン国王はボルダを『エリダヌス最強硬派汚染地域』との決断を下した。それは、これからおまえのところを滅ぼすぞという宣告と同じであった。つまり、ボルダを国ごと滅ぼさない限り、かの地を急速に汚染しつつあるドロイドたちの群れを止める事はもうできない、そう判断したための事だった。

 王の命によりボルダ攻撃軍が送られた。それは連邦の粋を集めた最新装備の軍であり、遅れた星であるボルダにはどうする事もできない、皆そう考えた。

 だが、全滅したのはボルダではなくアルカイン軍の方だった。

 ろくな宇宙軍もないと舐めてかかり、おもむろにボルダの首都に降下したアルカイン軍はわが目を疑う事になった。そこにあったのは全長100mを優に越える、悪夢か冗談の産物としか思えない巨大なドラゴンの大群であったのだ。それらが数百頭も首都をぐるりと取り囲んでおり、そのさまはまるで壮大なファンタジー映画の一場面を思わせたという。

 だが、そのすべての頭が一斉にアルカイン軍の艦隊の方を向いた時、アルカイン軍の男たちは総毛立った。それらすべてが単なるモニュメントでもなんでもなく、ボルダがその力で作り出した『何か』……つまり殺意を秘めた破壊兵器である事を言葉以前の認識として理解してしまったからだ。

 しかしもう遅かった。アルカイン前衛部隊は次の瞬間、数百のドラゴンのブレス攻撃の前にあっというまに破壊し尽くされてしまった。

 そしてドラゴンたちはそのまますべて飛び立った。それらはまっすぐにボルダの大気圏を飛び出し、脇目もふらずにアルカインの首都ケセオ・アルカインの王宮を目指して飛んだ。アルカインの防衛部隊の戦闘など意にも介さずに蹴散らすと大気圏内に華麗に降下し、そして強大なブレスの一撃の元にアルカイン王宮を中にいる国王もろともピンポイントで塵も残さずに消してしまったのである。

 王宮からは呼びかけの通信がなされていたとも言われる。だが言葉の通じないドラゴンは通信など受け付けなかったし、ボルダの外交チャンネルもすべての通信を門前払いにしていた。

 後の専門家によれば、こういう事だったそうである。

『ボルダはそもそも「戦争」はしていなかった。同国の本当の支配権をもつのは国王でなく楽器職人組合であり、彼らとボルダ側の同意は既に得られていたからだ。つまり彼らにとって逆賊はむしろ国王と連邦議会の方であったが、楽器職人たちは武力を持たないのでこれを追い出す事はできないし、へたにいじると連邦全体を巻き込む恐れすらある。いわば悩みの種だったわけだが、アルカイン国王が性急にボルダに攻め込んだ事で見事に「言い訳」が成立してしまった。あとは渡りに船とアルカイン軍を排除したボルダの神官たちは「ついでに」アルカインに乗り込み、楽器職人たちとの共通の敵のみをアルカインから綺麗に排除した、というのが真相と思われる』

 事実、ドラゴンたちは王宮の上でくるりと旋回すると、首都の市街からよく見えるように華麗に編隊を組んでゆっくりと飛び去って行った。そしてその編隊の形は、市街から見ると古い両国の友好の証である二つの五芒星マークを示していた。

 そして最後のとどめ。この攻撃の直後、楽器職人組合にいつも通りに友好祭の問い合わせがあったそうである。そこには、お騒がせしてしまって申し訳ない事と今後も変わらぬ友邦の誓い、そして今年のボルダ材の収穫具合についての報告が普段どおりに書かれていたという。

 この一件によりアルカイン国王は死亡、アルカイン王家は消滅した。

 厳密に言うとイーガ皇帝王妃となったソフィア姫が残っていたが、彼女は結婚後の現在もそのまま違法ドロイド殲滅の指揮をとりつづけていた。イーガはアンドロメダの国であるし、現状ですら本来は許されない越権行為である。さらにこのうえ連邦議長などありえない、という大ブーイングが巻き起こった。各国で反エリダヌス・プロパガンダを展開したり違法ドロイドの徹底駆除を続ける彼女は急速に評判を落としつづけていた。もはやかつての『戦争を止めてしまう女』のイメージはどこにもなかった。

 結局アルカイン王国は二千年勤めた議長国を解任され、元の楽器工房に戻る事になった。

 ボルダがアルカイン国王殺害の事でせめられる事もなかった。連邦の中にはそうするべきという声もずいぶんあったのだが、混血ドロイド排除派急先鋒であるソフィア姫の父親であり、自身も娘と同じく強硬派であった事が災いとなった。つまり「これは犯罪でなく政治問題であり、両国の話し合いに判断は任せられるべきである」という結論がなされた。もちろんそこには、急激に増加しつつある新しい子供たちを守りたいという意見や、あまりに強硬派すぎて批判の声が強まりつつあるソフィア姫への反感という逆風も影響していた。

 この銀河のすべてが、新時代へと変わろうとしていた。

 そしてそのニュースは、全銀河に急速に広まりつつあった反連邦勢力の動きをさらに加速する事になったのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ