魔女(中)
「各地の機体はどうしてる?探索続行中か?」
「万が一に備えて現場に急行中だ。まずいか?」
「問題ない、到着したらそれらも順次投入してくれ」
「了解」
何も言わずともセオリー通りにしているらしい。
本来の軍だと独断専行とも言えるが、ここでは問題ない。長年のつきあいなので、ふたりだけで作戦行動の時に限り、この程度の融通はアリという事になっている。
「よし、では攻撃開始!」
「了解!」
無人機に次々と指令が送られ始めた。それに対する反応も次々と二人の眼前のスクリーンに並んでいく。
『第一次攻撃ブロック、動作開始!』
『空間接続中、1、2、3……接続完了』
空間が歪み、その向こうから莫大な熱量が噴き出してきた。
『穴を開きすぎるな!現状維持!』
『了解』
当たり前だが恒星の方がずっと大きいのだ。ひとつ間違えると大変な事になってしまう。
『現場温度上昇確認、摂氏四千、八千……』
『恒星温度に到達しました』
だが。
『第一次攻撃ブロック、拮抗しました』
「なんだと?」
『攻撃ブロック率測定。推定毎秒96オングストロームを無効化、および1.2オングストロームを反射しています』
『ブロック種別測定不能。未知のエネルギー障壁が使用されています』
「なんだあいつ!太陽の熱エネルギーと拮抗してやがるぞ!」
「これはまた……すごいな。カケラにすぎないとはいえ」
ふたりとも、モニターに見入ったまま絶句してしまった。
当たり前だ。
巨大プラントのエネルギー場とかならともかく、少女じみたアンドロイド一体で、カケラとはいえ、太陽のもたらす莫大な熱量を抑え込むというのだから。
そんなとんでもない存在は、ベテランの二人にとっても空前絶後だった。
たらりと、ジッタは背中に汗がながれた気がした。
(さすがだ。たったひとりで宇宙軍とやりあうってのは伊達じゃないな)
だが。
「テル、重力波レベルをアップしろ。無効化率が50に達するまで可能な限り続けるんだ」
「しかし拮抗しているぞ?」
「心配いらん」
ジッタはグラフを見て微笑んだ。
「たぶんだが、相手の防御は限界のはずだ」
「なんでだ?まだ余裕に見えるが?」
後に不思議に思ったほどにジッタは自信満々だった。
「よく数値を見てみろ。
確かにあいつひとりならまだ余裕だろう。しかし、漏れてるエネルギーだけでもお仲間には致命的だ。違うか?」
「!」
テルの表情が「ああそうか」と言わんばかりなものに変わった。
「あいつがこのまま押し切られるか、仲間を捨てて攻撃に移るかはわからん。それに防御を破ったからといって殺せるとも限らない。だが少なくとも押し切ってダメージは与えられるだろうさ。
ところで増援到着まではあとどのくらいだ?」
「あと30秒ってとこだろう」
「よし、それもすぐ投入しろ。このまま数で押し切ってみる」
「了解……?」
と、その時だった。
「な……なんだこれ!?」
「どうした?と」
投影せよ、とジッタは言おうとしたが、言い切る前にモニターにそれは映された。
「……なんだこりゃ?」
そして、それを見たジッタも口をあんぐりと開けてしまった。
無理もない。
そこに見えたのは、キラキラ光る無数の『矢』に貫かれる偵察船の姿だった。
「新手の攻撃か?」
「わからない、だいいち爆発も何も起きてないんだ。ここからじゃ被害があるのかどうかも…!」
言っているそばからテルのコンソールで何か警告が次々と点灯しはじめる。
「一号機通信途絶!」
「何!?今何も起きてないと……」
最後まで言いかけたジッタだったが、すぐにハッと気づく。
「マザー!可能な限りあれを最大望遠で見せろ!」
『了解。すこし画像が乱れます』
そうして切り替わった画像は、通信の途絶した一号機を別の偵察機から映したものだった。
「しまった、その手があったか!」
「なんだジッタ?」
「一号機の装甲を見てみろテル!すごく小さい穴が無数にあいてるぞ!」
「は?」
え、という顔でモニターとセンサーをあれこれいじりだすテルだったが、
「うわ、これじゃ爆発も何も……」
「そうだ。これじゃ誘爆も何も起きない。そもそも偵察機は簡単に誘爆するようなもの乗せてないからな。
対応できそうかテル?」
「無理だ、こんなもの対応のしようがない。こちらの防御も装甲もおかまいなしに貫通してるんだぞ!」
こうして見ている間にも、現場に到着した偵察機にも次々と光の矢が襲いかかっていった。
どういう原理なのか彼らには全くわからなかった。ただそれが爆発するようなものでない事、ただ単に貫通する「だけ」の機能しかない事、ただし電磁障壁だろうと超高度の合金装甲だろうと全くおかまいなしに貫通していく事、それだけはわかった。
わかったから、判断も早かった。これでは勝てないと。
「主砲発射スタンバイ。目標はあのポイント、最大出力でだ」
「何!?」
今度こそ、さすがのテルも固まってしまったが、
「ジッタ、一応確認する。ここから最大出力で撃てば間違いなく惑星ヤンカが吹っ飛ぶが、いいんだな?」
「もちろんだ」
「……」
「……」
二人は少しだけ、見つめあった。
そして上司の顔に本気を見た部下は、フッと表情を和らげた。
「……わかった。了解したぜ大将」
「うむ、頼んだぞ」
二人は無言でうなずきあうと、作業に戻った。
「コリガン砲スタンバイ最大出力、目標は入力値の3、6、7を使用する」
ジッタの宣言にマザーコンピュータが警告を発する。
『警告・惑星上に照準を合わせています。このまま発射すると当該惑星「ヤンカ」を破壊する事になります』
「もちろん承知の上だ。目的はターゲットの完全破壊、またこの事は続けて議会に随時報告せよ」
少しだけ機械音声は沈黙したが、やがて唐突にメッセージを返してきた。
『連邦議会からの緊急連絡です。
惑星ヤンカの現状について。連邦議会から一分三十秒前に正式承認が降りました。以降、惑星ヤンカは連邦加盟ヤンカ共和国ではなくティーダー星系被監視エリアの一部となります。
続いて連邦議会からの緊急承認が降りました。これは本艦および、万が一に備えて先ほど出動した増援部隊につきましても同様となっております。決定範囲は惑星ヤンカおよび当該星域全土・半径一光年の空間です』
「承認って……」
「ようするに、被害は気にするなどんどんやれって事だ。そうだろマザー?」
『そういう事になります。しかし無関係の民間人の被害を減らす努力は引き続き求められます』
「うん、そうだな」
テルは絶句したが、ジッタはそれを予期しているようだった。
「増援到着には時間がかかる、一番近い最速の先遣部隊でもあと半日はかかるだろうからな。やるぞテル!」
「ああ、わかった」
モニターに船の全体図が映る。
『コリガン砲エネルギースタンバイ完了しました』
「ぶっぱなすぞテル。遠慮はいらん、派手にいけ」
「了解。重力制御・慣性制御固定最大出力に移行、総員ベルト着用!」
ヤンカは現在無政府状態ではない。小さいとはいえ自治政府もあれば、推定で数百万以上の住人と、最低でも万単位の来訪者がいるはず。
だがもう迷っても仕方ない。脱出を促す時間もない。
だいいち議会の承認が出た今、少なくとも現地政府や住民は考慮の必要がない。彼らは宇宙文明を持たない者であり、つまり銀河的に言えば『現地人』でなく単に『現住生物』にすぎないと承認されたのだから。
「発射準備完了しました」
「よし発射!」
「発射」
その瞬間、ふたりの船の眼前の空間が強烈な光に溢れた。
ガク、ガク、ガク。ふたりのコクピットが木の葉のように揺れまくる。本来ここは重力制御と慣性制御の「ゆりかご」で厳重に守られておりビクともしないはずなのに。
それは正しくは『揺れ』ではない。重力も慣性も完全に遮断されている。
空間自体が布地のようにたわみ、動いているのだ。
「……ジッタ!?」
「なに……!?」
眼前のモニターを見たふたりは、あまりの光景に固まってしまった。