魔女(上)
場面は少しだけ過去に戻る。
衛星軌道上。例の軍人ふたりである。通信のためにヤンカとその衛星との中間に静止した彼らは、本部からの連絡待ちをしつつ、ロストしてしまったメルを発見するべく惑星中を捜索し続けていた。
「このあたりか?少し前に反応があったところは」
「間違いない。今は消えているが……徒歩ならそう遠くへは行ってないだろう」
「そうだな。悪いが続けてくれ」
「了解」
彼らが拾った反応はほとんど一瞬だった。半端な探索者なら間違いなく見落としてしまったろうが、幸か不幸か彼らは優秀だった。刹那のきらめきにテルは目ざとく気づいたし、そのテルを信じるジッタも迷う事なく指示を出した。その結果である。
「連絡はまだないのか?大将?」
「まだだ。まぁ、手段は問わないから続行せよという仮指令は来たがな」
「そうかい」
手段は問わない、というあたりで一瞬首をすくめたテルである。
数千人乗った民間船ごと吹っ飛ばしたあげく任務失敗したというのに叱責すらもない。こうなると逆にむしろ不気味でもあった。
もしかしたら、自分たちは非常にまずいものに足を踏み込んだのではないか?
それは漠然とした不安だった。
数千人を犠牲にしたといっても直接殺したというイメージは弱い。何しろ遠く離れた船から機器を操作するだけであり、実際の破壊シーンすらも彼らは見ていないのだ。
だが彼らは同時に知っている。それは戦争などで現場の士気を削がないための演出でもある事を。
つまり、この「実感のなさ」こそが最も危険なのだと。
「む、居た!発見したぞ!」
その不安を振り切るように、センサーに捕えられたターゲットを見てテルは叫んだ。
「よしテル、すぐに攻撃しろ」
「いや待ってくれジッタ、現地の民間人と一緒らしい」
カチカチと何かを操作しつつテルは画面を睨んでいる。モニターにはいくつかの光点と地形図などが投影されていて、上空からの攻撃ルートについてコンピュータからいくつか提案されている。そして各種の攻撃用センサーと思われるものの光点が対象に集まっていく。
だが、テルの言葉に対してジッタは首をふった。
「民間人には構うなテル、すぐ攻撃するんだ」
「え?あ、いやしかし」
反論しようとするテルだが、ジッタはそんなテルに向かってしずかに首を振った。
「気持ちはわかるがもう遅い。そうだろう?我々は既に民間船まるごと犠牲にしてるんだぞ?」
「……」
「テル。どうしてもと言うのなら無理強いはせんが、その場合は私にトリガーを渡してくれ」
「……」
テルは少し悩み、そして、ためいきをついた。
「いやいい。すまん俺がやるよ」
「謝る事はない。頼むぞ」
「ああ」
テルは謝り、そしてモニターに向き直った。
ぱち、ぱちと何かを切り替えるような音が響き始める。
「直接攻撃は……よほどピンポイントで狙わないと弾かれるだろうな。なんせ重力波攻撃すら玉突き扱いだったもんな」
「確かに。跳ね返すのでなく受け流すような感じだったな」
どんな強力な攻撃も、当たらなければ意味がない。
何しろ文字通り人間の少女の質量しか持っていないのだ。最悪、その圧倒的な軽さを利用して自ら吹っ飛ばされる事で力を逃していた。
おかげさまで、遠距離精密狙撃なども意味をなさないありさまだった。
だが。
「テル、ピンポイントで狙うのはやめよう。逆でいこうじゃないか」
「逆?……すまん、よくわからん指示頼む」
うむと頷くジッタと姿勢をただすテル。この状況にあっても二人はマイペースだった。
「空間歪曲ジェネレータを使うんだ」
「……は?」
ジッタの指示の意味がテルには理解できない。なんなんだそれはと首をかしげるが、
「わからないか?ではもう少し簡単に説明しよう。
空間歪曲ジェネレータは本来、近距離の資材輸送のためのものだよな?何しろ空間を曲げて目的地と物理的につないでしまうんだからな」
「ああ、そうだな」
二人はあまり使わないが、使い方は知っているし業者が使うのも見た事がある。星の裏側にある遠い資材倉庫の入り口を、いきなり軍の倉庫のドアにつないでしまうという豪快なものだった。
考え方は乱暴極まりないし長距離だと空間偏差計算が難しすぎてコストと折り合わないのだが、それでも近距離物流を革命的に改善する手法として注目されている。
ふむ、とテルも頷いた。
「それはわかった。しかしそれをどう攻撃に使うんだ?」
テルの言葉にジッタは微笑んだ。やはり人のいいこの男にはわからないだろうな、と。
「太陽の中心につなぐんだよ、テル」
「はぁ、中心……っておいっ!?」
意味を悟って顔色を変えたテルにジッタはクックっと笑った。
「摂氏二百万度のプラズマを送り込んでやるんだ。まぁ、一瞬でジェネレータ自体がプラズマと超高熱で壊れちまうだろうが、どんな強力なサイボーグだろうと間違いなく破壊できるだろう。違うか?」
「……」
二の句が継げないといった顔でテルはジッタの顔を見ている。
「これを地上で使えばどうなるか……どうだテル?これならさすがのアレも逃げられんだろう。何しろ本人そのものには一切直接攻撃しないんだからな」
「……そうか」
テルは肩をすくめた。どうやら飲み込めたらしい。
「とんでもない被害になるぞ。大気圏内に突然太陽が出現するわけだからな。おそらく大規模流動が起きる」
「一瞬でもダメか?」
「そもそも物理的効果が出なきゃ意味がないだろ?つまり最低でも数秒は開けておかないとダメだ。
もちろん被害は山火事程度じゃ到底収まらない。山脈すらも溶解させる摂氏百万度単位の灼熱だ。最悪の場合、大気圏がめちゃめちゃにかき乱され、全惑星規模の大変動になるかもしれない。
それでもやるか?ジッタ」
「ああ」
迷いもせずにジッタは即答した。テルもそれを見て、諦めたようにためいきをついて頷いた。
「わかった。
あと訂正しておくが、今どきのジェネレータは一瞬じゃ蒸発しないぞ、今は昔と違って干渉空間とジェネレータが遮断されているからな。まぁ相手が太陽じゃ長くは持たないだろうが」
「ほほう。どれくらいだ?」
「俺は専門家じゃないから推測だが、最大でも1分半ってとこだろう。ジェネレータはもう少しもつんだが、おそらく偵察機の方が安全装置で止めちまうはずだ」
「わかった。それで頼む」
ジッタは大きく頷き、テルもそれに応えてコンソールに向かい直った。
本当にこれでいいのか、という想いがテルの脳裏をよぎった。だがテルは背後のジッタを上司としても人間としても信用していたから、結局テルは揺らぐ事なく作業を進めた。
「……」
対するジッタはというと、堂々と構えていたが実はテル同様に悩んでいた。
だが彼は末端とはいえ指揮官でもある。
元々エリート出身という事もあってこういう時にどうするべきかは十二分に心得ていた。そしてそれには、上官は決して『揺らぎ』を部下に見せてはいけないのだという事も含まれた。
(こういうのが嫌いで出世コースから外れたんだがな……まぁテルを得た時点でこの可能性も考えてはいたが)
テルがジッタを上司として信頼しているように、ジッタもテルを部下として信頼していた。
あちこちで無能な指揮官やだらけきった部下をたくさん見ていた彼は、テルが朴訥でお人好しながら実は非常に優秀で、なおかつ自分同様に出世は望んでいないのを知っていた。彼らは随分と長い間コンビを組み、ひらひらと上手に辺境の生暖かい閑職を時には平和に、時には適度な緊張にと、上手に渡り歩いてきたのだが。
それが、いきなりこんな危険任務に。これは自分たちの失策か?
いや、違うとジッタは考えた。
(それだけ、連邦自体が揺らいでいるって事なんだろうな)
モニターに写っているサイボーグを見る。
異星の巫女のものだという衣装をまとったそれは、外見だけ見れば異国情緒溢れる黒髪の少女にすぎない。ぼろぼろのリュックのようなものを背負っているのが画竜点睛を欠く感じではあるが、ひとりの少女としてとらえるとその姿はむしろ魅力的かもしれない。非人間的とも言える綺麗で硬質な印象が、そのおんぼろリュックによって中和されるからだ。
「……」
そしてジッタは知っている。あの『娘』がテロリスト扱いされているのは、限りなく冤罪に近いという事も。
故郷の星で殺されて、親しくなっていたドロイド『アヤ』によって再生された。
ところがそのアヤには、たまたま危険な仕掛けが施されていた。
そして、それを利用して『彼女』の『肉体』から、銀河の運命自体を変えてしまう封印解除キーが作成されてしまった。
この三点で評価する限り、彼女は被害者だ。
あえていえば、アヤと親しくなったのが問題かもしれないが……そもそも宇宙文明すらない原始惑星の民に、その危険性を理解しろという方に無理がある。どう考えても不可抗力だろう。
そもそも、彼女本人の視点にたってみれば、それは明らかだ。
たまたま仲よくなった女の子が危険なアンドロイドで、殺されたかと思ったら彼女により再生された。そして、その肉体には危険なウイルスじみたものが仕込まれていた。問答無用でテロリスト扱いされて殺されかけ、やっとの事で逃げ出してみたら、なんと今度は全銀河に指名手配。
不運と言い切るには、あまりにも悲惨すぎるだろう。
でも、それでもジッタは彼女を放置できない。
実際のところ、あまりにも規模が大きくなりすぎた。
今まで、何度か連邦の代表が接近を試みた。別の肉体に取り替えてその危険な身体を捨てさせるためにたくさんの人々が派遣されたのだ。それはジッタが未だ中央にいた頃から見て知っていた事だ。
だがそれはかなわなかった。
エリダヌス教団は連邦とは全く異なる思想を持っていて、連邦とは逆に『彼女』を功労者として保護していた。肉体を捨てさせるという連邦の打診を、本人が望まないからという理由で門前払いにし、アクセスすらもさせてもらえなかったという。
そして、そうしている間にも彼女の『種』は全銀河にあまねく広がってしまった。
そう。
こんなチャンスがまたあるとは限らない。いや今この瞬間はまさに千載一遇のチャンスであると言える。普段ならエリダヌス教団やボルダ政府、あるいは暗黒街エディランス派の強大なガードをくぐらなくては近づく事もできないはずの存在が、ごく普通の民間船に護衛も連れず、まったりと旅行していたのだから。何を差し置いても破壊せよ、という指令がくるのも無理もない。
そう。やるしかないのだ。
銀河の、いやこの宇宙のあまねく全ての生き物のためにも。