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とある旅路の日記  作者: hachkun
14/21

二番・弓

 無人機の姿に気づいた瞬間、メルの中の何かが警告を発した。

「!」

 刹那、メルは荷台の上に立ち上がっていた。

 だがそれはメル本人の意図した行動ではなかった。彼女の体は特別製で、本人が失神したり呆然自失状態になると非常用予備頭脳が働き、本来の機能を発揮するようにできている。無人機の姿をとらえた瞬間、固まっているメルの意識より先にそちらが動いたのである。

「……」

 無人機を見つめるメルの瞳。その色が赤に変わっていた。

 メル本来のアイカラーは黒だ。それがいつのまにか血の色に変わっていた。メルの主導権が予備頭脳側にある時、彼女の目は赤くなる。つまりある意味、赤い目の時のメルはメルではないともいえる。

 淀みなく戦闘態勢に入る。そのさまは、彼女の肉体の母であり、オリジナルであるアンドロイド『アヤ』のそのまま生き写しでもあった。

『防御結界モードΑ(アルバ)、半径4キーマレンド』

 味方と思われるメンバーを保護できる半径をセットしたその瞬間、

 

 全世界が「ドン!」とも「バン!」ともつかない轟音と共に激しく揺さぶられた。

 

 攻撃を受けたのだ、と老人たちが気づいた時には、周囲は激変していた。

 森が、世界が溶岩地獄に変わっていた。

 凄まじい爆熱が空に浮かぶ無人機の姿を陽炎のように揺らしていた。それ以外のすべてはドロドロに溶けていて、強烈な風が空に向かって舞い上がりはじめていた。その勢いは見る見るうちに強まっていて、空もみるみるうちに暗雲に包まれ、不気味な渦を巻き始めている。

 だが、メルたちは全く無事だった。

 正確にはメルを中心にした半径数メートルの空間だけが、まるで綺麗に切り取られたように元のままだった。周囲の焦熱地獄は見えているが輻射熱すらもなく、ただ空間が閉じられているため、さっきまで吹いていた風は当然だが全く感じられなかった。

「おお、これは」

 老人が目を見張った。攻撃された事実と、それをメルが防いだ事に今更ながらに反応したのだ。

「……」

 メルは動かない。

 無人機からの攻撃が続いており、メルは結界を維持しなくてはならなかった。祈るかのように両手を広げたまま、冷徹な戦闘ドロイドの顔のまま強力な結界をはりつづけている。

「……拮抗している?」

 ぼそ、とメルの口からそんな言葉が漏れた。

 平時のメルは、その肉体のポテンシャルをほとんど使う事ができない。これは無理もない、いかに能力を持とうが彼女自身の頭脳は普通の地球人なのだから。

 だが今のメルは違う。

 現時点で主導権を持っているのが肉体の側である以上、普段働いているボトルネックが今のメルには存在しない。事実いま現在、メルはその能力をフルに発揮している。

 にも関わらず、攻撃を押し返せない。

「……」

 現時点のメルは人格のない無人兵器と大差ない。現在までの状況から敵味方の判別くらいはついているのだが、彼らはメルの上司でもないし戦力的に頼れるユニットとも認識されていない。だからこそ問答無用で結界を張ったわけだがその反面、守りきれないと結論すれば速攻見捨ててしまう危険性もある。所詮はバックアップにすぎないのだ。

「!」

 メルのセンサーに、さらに数機の無人機が確認された。全部で四機、しかもこの場に凄まじい速さで向かっている。攻撃可能距離まであと30秒もない。

 まずい、とメルの防衛システムは考えた。

 たとえ集中攻撃を喰らってもメルは破壊できない。生身とはいえ稼働中なら太陽の中にすらも入れるメルの肉体は、そう簡単に壊せるようなものではない。

 だがそれはメル本人だけの話。

 これでは周囲にいる『味方』を守りきる事はできない。いくらメルの肉体がアヤのコピーそのものだといっても結局はドロイドにすぎないのだ。精巧なハイテク兵器が単純なロケット弾一発で破壊されてしまうように、単純な力押しとなったらメル本人は無事でも周囲が全滅してしまう。

「……」

 ……くる。

 もはやセンサーなどなくとも見える。四機の増援の姿が。

 無言のままメルは結界を解こうとした。

 次の瞬間に破壊の嵐が吹き荒れるのは確実だった。焦熱地獄で老人も馬車も狼も、そして背中の子猫も瞬時に蒸発してしまうのは間違いなかったが、このままでも確実に守りきれないと判断した時点でメルの戦略プログラムは彼らを守護対象から外してしまっていた。今はそれよりも、彼らの存在をうまく反撃に組み込む方法がないか、それのみを考えている。

 

 だがその時だった。

 

「にゃ」

「!」

 

 たった一言、子猫がそう鳴いた。鳴いたかと思うと、唐突にメルの周囲を光の輪がぐるぐるとまわりはじめたのだ。

 いや、メルの回りというのは正しくない。なぜならその光は、明らかに子猫が中心だったからだ。

「……え?」

 あっけにとられた声は誰のものか。

 子猫はそのまま、メルの頭上までスウッと音もなく浮かび上がった。

 今や子猫の周囲には、メルが杖を振り回す時と同じ光の円環がいくつも回り始めていた。それは子猫自身とメルを包み込むようにして広がり、そして何かを生み出そうとしていた。

 それは、まるで無数の『光の矢』。

 光の円環のあちこちに細い矢のようなものが次々と浮かび上がっていた。それは光の塊でありながら、成長すればするほどにはっきりと矢の形に整えられた。

「これは」

 メルがその光景に困惑した声を漏らすや否や、子猫が可愛い声で「ミュウ」と鳴いた。……そう、まるで「攻撃せよ」と言うように。

 その刹那、無数の光の矢が一斉に解き放たれ、無人機に襲いかかった。

「!」

 無人機は紙のように容易く撃ち抜かれ、みるみるボロボロになっていった。戦闘用の機械であり防御フィールドもあるはずなのだが、まるで妨げるものなどないと言わんばかりのありさまだった。

 やがて無人機はぐらりと揺れ、静かに落ちていった。もう爆発する力すらない、そんな落下だった。

 ひとつが落ちればまた次へ。光の矢はどんどん無人機に襲いかかっていく。増援でやってきたはずの無人機たちは逃げる間もなく光の矢に満身撃ち抜かれ、やはり音もなく次々と落ちていった。

 

 そして最後に、

「え、なに?」

 

 パパアッと空全体が一瞬、何かのフラッシュのように輝いた。

 おそらくは大気圏外で大きなエネルギーが動いたのだと思われた。無人機たちの母艦であろうと思われたが、しかし何かがやってくる気配もない。

 やがて、最後の無人機が落ちると同時に光の矢も止まった。

 子猫はふわふわと宙を漂ったかと思うと、唐突にメルの懐に向かって落っこちてきた。メルは反射的に腕の中に捕え、そしてそのまま優しく子猫を抱きかかえた。

 それと同時にメルの瞳も元に黒に戻った。非常事態モードが解除されたのだろう。

 周囲は物凄い事になっていた。

 結界を張っていたメルたちの周囲を除き、まるで水爆爆発の後のようにあらゆるものが溶けていた。しかし同時にすべて固まっており、熱気すらも全く感じられなかった。

 しかし、よほど急速に熱が奪われたのだろう。金属塊のくせに軽石のように穴だらけのものまである始末だった。おそらく急激に冷やされたために変な固まり方をしたのだろう。

 ぶる、と老人が震えた。異様な寒さが周囲に立ちこめていた。

 それはつまり、メルの結界が効きすぎたためだ。途中から耐熱結界を貼っていたのに子猫の攻撃で熱源が落ちてしまったため、一時的に結界外の一部が絶対零度近くまで下がったための現象だった。

 もう少し長くかかっていたら、今度は氷結地獄に陥ったかもしれない。

 

「……」

 メルはそんな光景を驚くでもなしに見ていたが、不意に背後に振り返った。

『あら』

 そこには、まるで女王のような姿をした人型の白猫が立っていた。

 擬人化した物語のように普通に二本足で立っており、大きさも人間とほとんど変わらず。ドレスまで身にまとっている。そもそも三次元投影された映像という事もあって、まるで合成画像のキャラクタ、あるいはおとぎ話に出てくる化猫の妖怪のようにも見えた。

 メルは、その種族を写真でしか見た事がなかった。だがあまりにも特徴的なのですぐにわかった。

「……アマルー?」

 メルの反応に、白猫は「あら?」とちょっと不思議そうに首をかしげたが、

『もしかして、私たちアマルーを見るのは初めてかしら?アルカのお嬢さん』

「……」

 メルは無言でうなずいた。

 声や姿は少しぼやけていたが、これは立体映像だからだ。

 いつのまに映像デバイスをとメルはセンサーを巡らせたが、小型のものが山ひとつ向こうにいくつか浮いているのに気づいた。おそらくさっきの戦闘のどさくさに配置したのだろう。

 まったく仰々しい真似をする。

(アルカ?)

 メルは首をかしげた。言葉の意味がわからなかったからだ。

『アルカというのは貴女の故郷の事よ、メルさん?連邦には連邦の、エリダヌスにはエリダヌスの呼び方があるんでしょうけれど、私たちはそれをアルカイン族の星という意味でアルカと呼ぶの。おわかりかしら?』

 なるほど。メルも意味がわかったようで頷いた。

「それで、あなたは誰?」

 うふふと白猫は笑った。そのしぐさもいちいち(みやび)やかであった。

『私はクリン・ラ・アマルー・クオン第478世。アマルー族の中央惑星、クオン・アマルーの女王と言えばわかっていただけるかしら?』

「!?」

 その名に劇的に驚いたのはメルではない。双方を見ていた老人たちだった。

 それはそうだろう。

 アマルーの女王といえば銀河系第三位の大種族、アマルー族を統べる聖なる女王だ。なんでそんな、とんでもない者がこんな、ただの田舎星に現れるのか?

「女王……要するにアマルーで一番偉いって事か……で、何しにきたの」

 メルの方は驚きも(かしこ)まりもしなかった。ただ手中の子猫を守るかのようにきゅっと抱きしめた。

 だが、そんなメルの露骨な警戒ぶりを女王はただ笑うだけだった。むしろ楽しそうですらあった。

『もちろんその子、「古き始祖の子(ネクォイ・ダ・シャイリ・クオン)」を見にきたのよ。アルカの聖女様……銀の聖女と言えばわかるかしら?彼女の連絡でね』

「そう」

 それはメヌーサが生きているという意味だったが、そもそも死んでいるなんて思っていないメルは特に反応もしなかった。

 それよりも、メルはこの白猫が気に入らなかった。理由はメル自身にもわからなかったが。

『うっふふふ』

 そんなメルを白猫の女王はおもしろそうに目を細めて見た。

『まぁとりあえず、こんな通信じゃなく直接会いましょ?聖女様と一緒にこの星のゲルカノ神殿でお待ちしていてよ?』

 くすくすと楽しそうに笑いつつ、白猫の姿は霞んで消えていった。

「……冗談」

 メルは不愉快そうに首をふった。

「……」

 そんなメルの腕の中で、子猫は安心しきったようにすやすや眠っていた。


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