自称・水晶師
心温まることのない話です。
こういうものだ、と思ってお楽しみください。
シーン1 日常
高校を卒業して、フリーターになった。
肩書が『学生』から『フリーター』となった。
親元を離れ、一人暮らしも始めた。
何の変哲もない、月三万円ちょっとで住めるようなアパートでの生活。
何個もバイトをかけ持ちしているワケではないし、そのバイトも、何をしているのかと誰かに問われた時に答えることを躊躇することも、言葉を選んで誤魔化す必要もない、普通なモノだ。
生活も仕事も、フツー。
裕福な生活とは、お世辞にも言えないだろう。
人から羨ましがられることも、憐れに思われることもない。
なんの変哲もない、フツーの生活。
だけど、生きている。
それで充分だ。
高級車なんて、興味無い。車なんて、持っているだけで車検とか維持費とかが色々とかるし昨今はガソリン価格も高騰し続けている。それに、どんなに気をつけていても、事故を起こさない確率はゼロに出来ないらしい。そんな一生を棒に振るかもしれないようなリスクを自ら抱える事、したくない。移動手段なんて、電車やバスを使えばいい。ちょっとの買い物なら自転車で充分。タクシーだって、自家用車を持つことに比べれば充分に安上がりだ。
高級料理なんて、食べたいと思わない。肉や魚を食べて、「口に入れた瞬間にとろける」なんて程度の感想のものを味わいたければ、綿アメでも食べていた方がよっぽど安上がりだ。「こんなに美味しいモノを知らないなんて、人生損している」なんていうようなこと、自慢顔で語るようなヤツのようにはなりたくない。魚を食べて「牛肉のようだ」という感想を言うようなヤツは、ハナから肉牛を魚よりも高価だという固定観念に縛られた、レベルの低いヤツに思えてしょうがない。ああはなりたくないと、心底思う。食事というのは、生きる為にするものだ。肉食動物が得意気に草食動物に「シマウマの肉はサイコーに美味いぜ」と語る様なものだ。はいはい、よかったね、それで終わり。
世にいう贅沢な暮らしへの憧れなんて、毛ほどもない。
普通に仕事して、メシ食って、たまにDVD借りて映画観て、寝て、だいたいそんな感じ。
人間、分相応。俺は、これでいい。
それで満足なのか、と不思議に思われることもあるが、あぁ満足だ。
生きていれば、それでいい。
生きていれば、いつかどこかで素敵な事が起こるかもしれない。
俺はロマンチストだから、こうして運命の出会いを待っているの。
そうはぐらかして、日常を消費。
シーン2 ちょっと違う日
何事も無く消費されていた日々の中で、とある日、期待もしていなかったのに、運命の出会いが本当に訪れた。今日もちゃんと太陽が昇っているから俺も頑張らないと、そう思うことも無いくらいにいつも通り、いつものように歩いてバイト先へ向かっている時だ。
人との出会いが多い生活をしているワケではない。お互いに名前を知っているような間柄の人間は、両手で数えられるほどだ。だから、数少ない出会いに、運命を感じてしまってもしょうがない。
この時は、そう思った。
大人になってはじめて風邪をひく、その辛さに思わず、このまま死ぬのではないか、と勘違いするかもしれないが、あとになったら「そんなわけないだろ」と笑い話にも出来る。
これも勘違い、後の笑い話だ。
無理矢理でもいい。多少 辻褄が合わなくても眼を伏せる。
笑い話でいいじゃないか。
そう思えるような事が、この日、起きた。
シーン3 遭遇、そして質問
俺の出会った運命の相手は、白くて長い立派なあごひげをたくわえた、腰の曲がった じいさんだった。
「そこの若者や」
道端でたたずんでいたじいさんが、なんか言った。
日中でも人通りの少ない道。若者と言える人はおろか、俺以外に人の姿は見えない。
でも、相手はじいさんだし、何か見えちゃっているのかもしれない。ということで、俺のことではないな、と判断して無視して通り過ぎようとした。
だが、じいさんは「おい、待て」と俺の腕を掴んだ。
やっぱり俺だったのか、そう苦々しく思いながら、じいさんの手を振り払った。
「何か用か?」
「機嫌悪そうじゃなぁ?」
「何か、用か?」聞こえなかったようなので、もう一度、今度は語気を強めて訊いた。
「そう声を張らずとも聞こえとる」
まるで「年より扱いするな」とでも言いたげな、不満気な 年寄ったじいさんに、俺は「何か用か?じいさん」と再度訊ねた。
「最寄りの交番なら、向こうだ」指を差し、教えた。
「警察なんぞに、用はない」
「御家族に連絡したいのか?」ケータイを差し出してみた。
「迷子でもないわい」
「金の無心なら、人を間違えたな」
「浮浪者でもないわい!」
怒った様子のじいさんは、「ワシは、お前さんに用があるんじゃ」と、間違いなく俺のことを指差した。試しに横に半歩動いたら、指先が追ってついてきた。
どうやら、本当に俺に用があるらしい。
溜め息を一つつき、仕方なく観念し、「お小遣いでもくれるのかい、おじいちゃん?」と冗談交じりで訊ねた。
どういう用件かは知らないが、偶然見かけた親せきの子供に小遣いをあげよう、という展開ではないだろう。小遣いをもらう歳じゃないし、こんなじいさん、俺は知らない。
だから、茶化すような気持ちで、俺は訊ねた。
だからだろう、じいさんが「もっといいものじゃ」と返して来た時、俺は「えっ?」と面食らった。
「おぬしにとって、『金』とはなんじゃ?」
唐突に質問された。
なんだ、禅問答か?
意味が分からなかったが、「答えろ」とじいさんが言うので、少し考えて、答えた。
「生きる為に、必要なモノ」
「何故、必要なんじゃ?」
「必要ではない、という理由の方が分からない」続けざまの質問にも、答えた。「どんなに綺麗事を並べても、生きるってことは金のかかることだ。金なんて無くったって生きられる、世のなか金じゃない、そんなこと言うようなヤツの言葉の方が、俺はむしろ信じ難い」
そんなの当たり前じゃないか、そんな気持ちで俺は答えた。
しかし、当り前ではないらしい。
「では、眼もくらむような大金を欲しいとは思わんか?」
俺の答えが喜ばしいことのように、どこか興奮した様子のじいさんが、そう訊ねてきた。
なんなんだ? そう疑問に思ったが、とりあえず考えてみて、俺は答えた。
「思わない」
「本当か? 必要だと思うのに、か?」
「ああ」小さく顎を引いた。「例えるなら…」そうだな、考えてみた。「…落ちているリンゴを手にしようとした時、ボディービルダーのように筋肉ムキムキなヤツに『地球という巨大な存在が持つ『引力』という力によって木から落とされたリンゴを手にしようとするのなら、それに対抗するために筋トレをたくさんするべきだ』とでも言われる様な気分かな、今の俺は。引力や重力、金というように『絶対的』と呼べるような力がこの世に存在することは、認めよう。だが、そんなものを持たなくても、わざわざ苦しい筋トレなんてしなくても、リンゴを持つくらいの力は持っている。大金なんて無くても俺は生きている」
「絶対的な力を、欲しいとは思わないのか?やっとこさ一個のリンゴを持ち上げるより、悠々と十個のリンゴを持ち上げるほうが、良くないか?」
「リンゴなんて、一個食えば十分満足、腹いっぱいだ。十個も要らない」
「そういう話じゃないわい」
じれったそうに、じいさんは言った。
だが、知ったことではない。
「俺も、リンゴをどれくらい持てるかなんて話、興味ない。どっか他所でやってくれ」
「リンゴの例え話をしたのは、お前さんじゃろ!」
「そう怒鳴るな。血圧上がるぞ」
「ワシは、お前さんに、金について、話があるんじゃ!」
一言 一言をはっきりと語気を強めて、じいさんが言った。
このままでは本当に血圧が上がって、じいさんの身体に無理がかかるかもしれない。それに、いくら人通りの少ない道とはいえ、あんまりうるさいと、ボケ老人に付き合っている俺まで、変な目で見られるかもしれない。それは困る。
仕方ないから、じいさんの話を聞くことにしよう。
シーン4 水晶玉
じいさんは、懐からリンゴ位の大きさの水晶玉を取り出した。
パッと見の大きさで水晶玉のようだと判断したが、ただ透き通ったでかいビー玉にも見えるそれを、見つめた。しかし、どんなに凝視しても、というか見れば見るほど、ただの透き通ったでかいビー玉にしか見えない。
そんな玉を誇らしげに掲げ、じいさんは言った。
「これは、特別な力を持った水晶玉じゃ」
「あ、やっぱり水晶玉なのか」
「そこじゃなかろう、驚くのは。というか、何だと思ったんじゃ? まさか、でかいだけのビー玉、なんて思ってないじゃろうな」
まさか、でかいだけのビー玉、とは言えないだろう。なんか、怒鳴られたりして厄介な展開になりそうだ。
「どんな『特別』なんだ?」
はぐらかしてみた。
はぐらかしおって、そう言いたそうに責めるような眼で睨まれた。
だが、じいさんは、しぶしぶといった感じで不満を抑え、答えた。
「これは、あるモノを予見することができる水晶玉なのじゃ」
「ある、モノ…?」
それは、どんな?
そう疑問を投げかけると、じいさんは「そうじゃ」と深く頷いた。
「これは、宝くじの当たりナンバーを予見することが出来るのじゃ」
「……おぉ…」
じいさんが自慢げに言うが、正直、反応に困った。
そりゃすごいけど、なんかビミョー。
未来を全て見通すことが出来る、そこまで無茶は言わないが…、なんかビミョー。
そんな気がして。
「ワシも歳でなぁ、一等何億という額を当てる程の魔力は込められないが…」萎える気持ちをさらに萎えるような前置きをして、じいさんは言った。「じゃが、自分で数字を選ぶような宝くじで、少なくともゼロが四つは付く当選ナンバーを見通すことは出来るぞ」
「それはすごい」
テキトーに相槌を打っていると、
「ワシは探した!」
と、じいさんが勝手に盛り上がった。
「探した?」
「鏡よ、鏡…そうやってワシの眼鏡にかなう者を」
「水晶で、じゃないのかよ」
つっこんだが、無視された。
「母胎にヤル気や気合を置き忘れたような、それでいて生きることを投げだしているような事もない。ただ冷めているのとも違う、何も感じない位に熱の無い人間を」
「その条件で探したら、鏡に映し出されたのが俺だったってワケか?」
「怒ったか?」
「いや…」
嘘ではない。
引っかかる所はあるが、怒りは無い。
ただ、言いたい事は、ある。
俺はじいさんの眼鏡にかなうような人間じゃないとか、俺よりもっとふさわしい人がいるだろうとか、言いたい事はあった。
しかし、何よりもまず、「なんで、そんなことをする?」という理由が気になってしょうがなかった。
俺が訊くと、じいさんはニカッと微笑した。
「金は力」
「ん…?」
「そう思う、じゃろう?」
「…ああ」
「はやい話、短い余生の楽しみとして、金の力によって人が変わる様を見てみたいだけじゃ」水晶玉が、俺の眼前に突き出された。「紳士淑女の頬を札束ではたいて踊り狂う様を見たい、そう言い変えてもいい」
そう言われ、俺は水晶玉を凝視した。
力である金を手にする、その為のアイテムらしいモノを。
踊るのは、正直好きじゃない。
だが、
「いい趣味しているな」
なんとなく面白そうだと感じ、退屈しのぎに水晶玉を貰い受けた。
「どうせなら手っ取り早く大金寄こせ、そんな気にもなるが…」
「贅沢言うな」
シーン5 確信
じいさんとは、その場で別れた。
そして、貰った品が本当に使えるモノかどうか確かめる為に、宝くじ売り場へ向かった。
好きな数字を選び、それが当たっていればいいな、そういうヤツを一口買った。
数字は、水晶玉をぼんやりと眺めながら、テキトーに決めた。いくら見つめていても、数字が浮かび上がってくるようなことはなかったし。
当選結果は、数日後に出る。
そして数日後、俺は驚く。
「本当に当たったよ」
見事、四等が当たった。
シーン6 変化した日常
俺の日常は、水晶玉を貰ったその日から、確実に変わっていった。
眼もくらむような大金とは言えないが、それでも、何の苦労も無く金を手にすることが出来る様になったのだ。水晶玉を見て、宝くじを買うだけで、とりあえず生活に困ることのない金銭を手にする事が出来る。
金に困ることは、ない。
金さえあれば、困ることはない。
金に困ることは無くなった。が、生活レベルは変えなかった。
変える気もなかった。
それまでの生活に満足しているかと問われれば微妙だが、少なくとも不満は無いから。
仕事をすることも無く金が手に入るようになり、空いた時間は、それまで以上に映画を見る様になった。いくら金があっても退屈を我慢することは出来ないので、新鮮な刺激を求めて、映画を見る。
一週間でレンタルするDVDが、二本から五本に変わった。
映画を見る時間に比例して、想うことも増え、思考する時間も増えた。
本も読むようになって、さらに思考の幅が広がった。
傍から見ると地味かもしれないが、俺の日常は確実に変化していた。
シーン7 再会
宝くじを買う。
映画を見る。
本を読む。
いろいろと考える。
そうして、生きる。
そんな感じで生きること、早二年。
水晶玉をくれたじいさんと、久しぶりに道端でばったり遭遇した。
「どうじゃ、その後は?」二年ぶりの再開で一言二言の挨拶を交わした後、じいさんが訊いてきた。「楽に金が手に入るようになって、生活ぶりはどうなった? 見たところ、身なりに変化はなさそうじゃが?」
「…ああ」
「ああ、って…」
冷めた態度の俺に、それで満足なのか、とでも言いたげだ。
「特に変わりない。今も、ひとりで映画を観に行く所だ」
「ほぉ」じいさんが関心を持った、そんな気がした。
「なんだよ? 何か言いたそうな反応だな」
「いや、別に…。ただ、なんとなく、お前さんがわざわざ映画館に行って映画を見るというのが、イメージに無かったもんじゃから」
そういうことか。
それなら、わからないでもない。そう理解を示し、俺は「だろうな。これが、映画館デビューだ」と応えた。
「退屈は地獄だから変わらない日常に刺激を、そんな気持ちから映画はよく観るが、人混みというものも苦痛でしかない。並んでチケットを取ったり、酸素を奪い合うような空間に長時間居たりするというのは、耐えがたい。だから、数百円払って家でゆっくり見られるDVDが基本、というか当り前だ」
「…じゃが、金があるから、映画館を悠々自適な空間に変えることもできるようになった、というわけか?」
まるで、それがイケない事かのような口ぶりだ。
しかし、じいさんの言うことがあながち間違っているワケでもないから、否定はしない。
「まぁな。高い金を払っていく」
「百人収容できるスクリーンで一人千円だとしても、貸し切るには十万円。随分高価な映画じゃな」
「ははっ…」思わず、笑いが零れた。「ゼロの数が違う」
言わずにはいられなかった。
隠すことでもないし、じいさんの理解できないと言った不思議顔が愉快だったので、俺は教えた。
シーン8 二年間
変なじいさんから水晶玉を貰って生活が変化してから、数ヶ月経つ。
変化した生活が、さらに少し変化した。
きっかけは、レンタルしたDVDを観た時だ。
あれは、魔法使いが出てくるようなSFモノだった。その中で、長くて立派な白いひげをたくわえた、周囲から賢者と呼ばれる年寄りの魔法使いが、水晶玉を持っていた。
その年寄り魔法使いは、それを使って、過去に起きた出来事を探ったり現在の遠くの景色を見たり、未来の危険を予見しようとしていた。
それを見て、本来の水晶玉とはやはり、過去や現在、未来の何かを視るモノではないか、と疑問に感じた。
映画が終わると、サイドボードの上に乗った、テレビの横に置いてある水晶玉を取った。
それを見つめ、そして、考えた。
俺は、水晶玉を持っている。と同時に、金も持っている。財布や通帳にはあまり無いが、この水晶玉があれば、持っていることと同じだろう。
今はないだけだ。
いま俺の手元には、金が無い。
しかし、ある所にはある。
そして、俺は、それを、全部とは言わないが、その一部を手にする事が出来る。
この後、俺がこの先の人生で歩む道を決断するのに、時間はかからなかった。
特に躊躇いもなかった。金があれば困る事もない、たぶんそのせいで、俺には危機感というものが少なかったのかもしれない。だから、それがどんな道でも、足を踏み出すことに躊躇いがなかったのだ。
二年経って、思う。
躊躇わなくて良かった、と。
あの時の俺の決断が間違っていたとしても、今、後悔はしていない。
「知っているか?」早く事を起こせたことに満足感を覚えながら、俺は、じいさんに訊いた。「換金されない宝くじが年間でいくらあるか」
「さあ?」
突然の質問に、じいさんは首をかしげた。
「年末の大きいヤツだけでも、毎年何十億とあるらしい」返答を待たず、俺は言った。
本当か、と言いたげにじいさんは目を見開いた。
「想像してみろ」二年前にその事実を知った時の自分をなつかしく思い出しながら、「何百万という当たりくじが何十口も換金されていないのか、それとも、数百円や数百円の当たりくじが何百万口と換金されていないのか」と じいさんに問い掛けた。
じいさんは、答えなかった。
その答えは、俺も知らない。
だから俺は、「おそらく、両方だ」と、あのとき想像で出した答えを口にした。
「でかいホコリもあるが、見えないようなモノもある。そういうモノも、集まれば大きくなる。塵も積もれば山となる、ってな」
一度で大金を手にすることは出来なくても、小額でも当たりくじを引き続ければ、それも積もり積もっていつかは大金となる。
そのことに、俺は二年前に気付いた。
じいさんは、やっといま合点がいったようだ。
「俺は、金という力を持っている。きっかけは、あんたから水晶玉という視る力を貰ったからだ」
そう、俺は〝視る″という力を得た。
おかげで不安は無くなった。
歩みを進めることに、恐れは無くなった。
そんな俺が導き出したひとつの道を、俺が歩んでいる道を、俺は口にした。
「俺は、見てみたい。たとえ過去や未来は無理でも、面白い現在を」
シーン9 映画
「金は力」空は青い、曇った日もあるかもしれないが大概は青い、そう言っている気分だった。「その力で、あんたは俺のことを観察する権利を得たのかもしれない。が、申し訳ない、俺はひとを楽しませることが出来るような面白い人間じゃない」
じいさんは、何か言いたそうだった。
が、俺は続けた。
まず俺の考えを聞いて欲しかった。それに「あなたは充分に面白い人だ」などといったようなあきらかに気を遣った言葉を聞きたくなかった。
「金は、力」俺は、もう一度 言った。「金があればなんだって出来る、だろ?」
「……ああ」
「つまり、俺はじいさんから『何でも出来る力』を与えられたという事だ」
「前向きに解釈すれば、そうなるな」
「はっ、そうかもしれない。が、俺は矮小な人間だから、金があっても『する事』が無かった」相も変わらぬ地味な生活を自嘲するように、口の端をつり上げた。「後ろ向きではないが前も向いていない、どこを見たらいいのかわからなかった」
「とんだ荷物を背負わせてしまったかのぅ」
肯定も否定も、しなかった。
前を向いているのか、後ろを向いているのか、上か、それとも下か。
わからなかったが、見えたモノがあった。
そうして出した結論がある。
「俺も、じいさんと同じ、見る側になることにした」
「…ワシと、同じ?」
「じいさんから与えられた力を増大させ、それを使って面白いモノを見る」
「つまり?」
「俺は宝くじを買って当たりくじを出し続け、少しずつでもいいから金を貯める。そして、その金を、面白いことに使ってくれそうな人に貸す。ちまちま流れる水を眺めていても退屈だから、決壊するダムを見るような、そんなことをしてくれそうな相手が理想だ。浮気した恋人を懲らしめる為に戦闘機が欲しいと言われたら、喜んで金を貸す、相手だけずるいと言われたら、もう一機分 金を貸すし、なんなら浮気相手の分はサービスしてあげてもいい」
「本気か…?」
そんなバカなことに金を使う気か、と呆れられた。
が、俺は本気だ。
本気で、こんなばかげたことをするつもりだ。
借り逃げされても、いい。そうしたら、金を使って人を雇い、仕置きすることも考える。万が一 返されなくても、傍から見て俺が楽しめたら、それで充分満足だ。
「ということで、俺が五百万ほど貸した青年が、『映画が完成したので試写会に来てほしい』というので、今向かっている所だ」
じいさんも来るか、と誘ってみた。
少々悩んだようだったが、「台本だけを持ってきて『俺の映画が世界を変える』と豪語する若者が作った映画だぞ」と俺が言うと、じいさんも行くことに決めた。
「なるほど、劇場にまで行くだけの価値はありそうじゃな」
「無駄にするには惜しいチケットだろ?」
収容人数五十人弱の小さな劇場で、試写会は行われた。
映画の内容は、口にはしづらいものだった。
映画の後、劇場から出て、俺はじいさんと感想を語り合った。
「あの映画で、世界は変えられると思うか?」
「あれで変わるくらいの世界なら、滅びた方がいいじゃろう」
不愉快そうに言った後、じいさんが笑った。
シーン10 水晶玉から見えた面白い物語
ある日、ワシは水晶玉を一人の若者に与えた。
年老いたワシの魔力では限界もあり、一等や二等は難しいが、四等くらいの当たりナンバーなら見通せる魔力を込めた水晶玉は、金への執着、物事への情熱、そういうモノが欠けている若者へのプレゼントじゃ。
何故、そんなことをしたのか。
それは、金の魔力で人がどう変化するのか、見てみたかったから。
競争を避け、優劣をつけられる事を嫌った者が、与えられた金の力で上へと登って行くのか、それとも、力の使い方を誤り己が身を滅ぼすか。それとも、他の道を歩むか…。
金で人が踊り狂う様を見たい。
だから、ワシの気持ちを込めたプレゼントを、一人の若者に与えた。
無利子・無担保の金貸し。
場合によっては返金を迫らないが、代わりに審査は厳しい。
水晶玉を与えた彼は、そんな金貸し業を始めた。
自分は何もする気になれないから、バカみたいに面白い事をする為に金を必要としている者に貸し与える。
世界を崩壊させる可能性を微かに感じさせる映画の試写会の後、彼からその話を聞いた。
金は力。
一つ一つは小さくても集めれば、なんだって出来る。
金に不自由しなくなった彼の声には、不安の色はなかった。
「審査はどうする?」
「俺が、面白そうだと感じるかどうか」ふざけた様子はなく、彼は答えた。「あとは、相手が本気かどうかを見極める」
彼は、金を得ることが出来る水晶玉を得て、〝見る″事を選んだ。
その為に、金貸し業を始めた。
「ただの『金貸し』っていうと誤解をうみそうだから、看板の名前は『水晶師』にするつもりだ」まるで休日の午後をどう過ごすか考えているように、彼は言った。「『金貸し』よりも印象は、良い気がする。水晶玉を持っているし『占い師』というのも考えたが、別に占いをして客の未来を予見してやるワケではない、水晶を通して得た情報によって商売させてもらうワケだから、多少怪しくても『水晶師』がピッタリだと思うんだ」
そして、自称・水晶師となった彼は、自分が面白いと思えるような事を見る為に金貸し業を始めた。
水晶師としての彼の生活は、世間一般の基準としていわゆる勝ち組と言えるのか、微妙だった。生活レベルは、平凡。仕事を熱心にしているのか、それも微妙だ。
甲子園への情熱を忘れることが出来ない、やっぱり野球が好きなんだという客が、野球チームを作りたいから資金援助をしてくれと訊ねてきた時、彼は断った。客には教えなかったが、断った理由は、面白くなさそうだから。
いじめっ子を見返したいという客が来た時、彼は、落とし穴を作る為にショベルカーを無料で貸した。あまり金は用意できないのだと戸惑っていた客に、笑顔で「金は要らないから」と対応していた。
理由は言えないが、金が必要なのだ、金が無いと明日の生活もままならない、という客には、申し訳なさそうな顔を作って「すいませんが…」と断った。
大学の卒業課題として折角だから凄いモノを、UFOを作りたいといって来た客には、「返済期限などどうでもいいから頑張ってくれ」と大金を貸し与えた。人工的な未確認飛行物体、どれだけ待った末にどんなモノが出来上がろうとも、面白そうだ。
面白そうかどうか、それだけを基準に金を貸し、金に頓着することなく、彼は日々を過ごした。
そんな彼のことは、噂となり、少しずつだが確実に広まっていた。
広く宣伝はしていなかったが、客を呼ぶために情報を制限するような事も無く、一つの都市伝説の様に彼のことは知れ渡った。
そういう存在があるらしい。ちょっと怖いけど、金は欲しい。嘘かもしれないと疑いながら、半信半疑で彼の所を訪ねてくる人が、多くはないが、いた。
そうして、彼が水晶玉を手にして金貸し業をするようになってから十年とちょっと。
この日が訪れた。
客を呼ぶ為の利便性を考えて、彼は、小さな雑居ビルのワンフロアに居を移していた。
そこで、いつものように椅子に腰かけ、背後で夕日が沈むのを窓越しに感じていた。
その時だった。
招かれざる客が、彼の所を訪れた。
そいつらが何と言って入ってきたか、彼は、覚えていない。ただ、何をしに来たのかは覚えている。「金を出せ」と言っていた。強盗だろう、とすぐに察しがつく。
目だし帽を被った五人組の強盗が、彼の所へ来た。
そんな非日常で突然の出来事に遭って、しかし、彼は冷静だった。
口元には、笑みを浮かべている。
「テメェの置かれている状況が分かってないらしいな!」
彼の物怖じしない態度に違和感を覚えた強盗の一人が、声を荒げた。
しかし、どんなに威嚇されても、彼は笑みを絶やさない
恐怖の色など、微塵もない。
「いやなに、おかしくてな」彼は、言った。「本当にこんなことが起こるとは」
「テメェの運の無さに、テメェで笑えるってか?」
「そうじゃない。こうも思い通りに事が運ぶものかと…おかしくて」
「あ?」
「あんたたちは、とある情報屋から話を聞いて、それでここに来た。違うか?」
彼に言われ、強盗たちは焦った。何故知っている、そんな慌てぶりだ。
その様を見て、彼はまた微笑した。
「飲み屋で意気投合した情報屋だという男から、金になる話を聞いた。『不思議な金貸し屋がいる。ヤクザなどの後ろ盾無く、たった一人で経営しているらしい。絶好のカモだが、問題もある』と」
まさにその通りだ。
この計画を立てた強盗の一人が、気味悪さすら感じていた。
居酒屋で話をしていると、「ここからは有料の情報だ」と言われ、居酒屋の料理を一品頼むのと大差ない値段だったので、酒の肴にと金を払って話の続きを聞いた。
「『問題は、金の在りかだ。銀行に預けているようではないらしい、が、金を貸すと決めた時はその場で現ナマを用意するらしい。つまり、金庫のような物があるはずなのだが、その場所や金の取り出し方まではわかっていない』
だから、多少危険でも、強盗という手段を取った。
彼のことを脅して、金を得るという算段。
危険はあるが、大金を手にすることに比べれば、取り立てて挙げるような問題はないはずだった。
しかし、想定外だ。
彼が、全く動じない。
目だし帽で顔を隠していても動揺しているのが分かる。強盗達を見ながら、彼は、口の端を更につりあげた。
まさか情報屋を装うようにと一人の男を雇うだけで、こうも思い通りに事が運ぶとは…。
予想外の展開に強盗達が動揺しているなか、彼は口を開いた。
「命は金に変えられないって、たまに言うだろ? でも、そんなことはない。金で買えないモノなんてこの世には一握りも在りはしないし、実際に命に値段をつけることだってできる」
「なに言ってやがる?」
「身代金がいい例か? それとも、交通事故か?例えば、交通事故に巻き込まれて人が死んで、その遺族が裁判を求めたら、平均寿命や平均収入などのデータを数値化して、それをもとに賠償金が決められる。そうすれば、極端な話だが、人の命にだって値段をつけられる」
おい、逃げようぜ。
目の前の男があまりに気味悪く、弱腰になった強盗が一人、そう言った。
が、彼は、強盗達を逃がすつもりは、ない。
逃がさない為にするかの様に、話を続けた。
「美味いモノを食べようとは思わない。きらびやかな豪邸に住みたいとも思わない。永く生きる気もない」何にも興味が無い、そんな口ぶりだ。「俺は、無欲な人間なのか? いいや、そうじゃない。いや…変えられたのか…?」
「あ?」
「欲しいモノが無い、金を持て余した俺は、最初から持っていたモノに価値を望んだ?」
「…最初から、持っていたモノ?」
「俺の命だ」
彼は言った。
すると、今まで見せなかった、何かに快感を覚えるかのような恍惚とした表情になった。
「賞金首になる、とも少し違うかな…。 あぁ、世界的に有名な芸術品を壊す、そんな感覚かもしれない」想像してみろ、彼は強盗達に語りかけた。「宝くじがいい例かもしれない。一等何億っている当たりくじでも、結果が分かるまでは他の紙切れとなんら変わらない無価値なものだ。が、バニーガールがルーレットに矢を刺した瞬間、その紙切れに価値が生まれる。そういう風にある条件を満たすことで、ただの紙切れも何億という価値を持つ」
強盗達は、ただただ戸惑った。
そんな、いまいち理解の悪い強盗達を、彼は嘲笑った。
「高価な壺を壊したり一等何億円っていう宝くじを破いたりする、そんな感覚だ。価値あるモノを無価値にすることで、サイコーの贅沢を味わう。たとえ破壊の後に残るのが一銭の価値もないものだとしても、破壊によって失われたモノは大きい」
そこまで言われたら、強盗達も理解しただろう。
彼は、仰々しく手を広げた。
「俺は、破壊によって、俺の命に価値をつける」
「…ふっ、ふざけるな!」
強盗の中の誰か、もしくは数人か全員が、怒声を上げた。
だが、彼はその声に耳を傾ける事も無く、「あんた達は、どこぞの金持ちの御曹司というワケでもないだろ? なら、むりくり難癖付けて、その命に莫大な値を掛けられる事もない。いたずらに俺の命の価値が、不明確にされることはない」と確認するように呟きながら、机の引き出しを開けて中をゴゾゴゾと探り、何かを取り出した。
それは、何かを起動させる為のボタンのようだ。
彼は、こうなることを悟っていた。
面白いことが見たいから、人を呼ぶ。人を呼ぶ為に、情報をまく。
そのエサに釣られるのが、彼が望む獲物だけとは、限らない。
むしろ、エサが大きくなればなるほど、望まぬモノがかかる可能性が上がる。
ATMよりも簡単に大金を出してくれそうなものがあれば、とびつく輩はいる。
そして、その予期された出来事が、この日、起きた。
いつからなのか、もしかしたら最初からこうなることを予想していたのか、彼は、用意していた仕掛けを作動させることにした。
仕掛けといっても、大それたものではない。
ただ、別の場所の貸倉庫にある現金 約三十七億五千六百四十万が入った金庫と一緒にいつも来ているベストに仕込んだ爆弾を爆発させるだけ、なのだから。
一度ボタンを押せば、出入り口の戸にロックがかかる。これで強盗達は、もう逃げられない。
そして、もう一度ボタンを押す寸前、映画がクライマックスの時に、彼は思っていた。
『これは、最初から決められていたのか?』
『こうなる運命だったのか?』
『それとも、どこかで運命が劇的に変わるような事でも起こったか?』
『よくわからないがたぶん、金という力を手にした時から、少しずつ変わったのだと思う』
『金という力で、変えられたのだ』
『もしかしたら、もっと永く生きて、安らかな最期もあったかもしれない』
『もっと幸せを感じることがあったかもしれない』
『でも…』
『これも悪くない』
『はたから見たら、愚か者の一生かもしれない』
『けど、笑われたって良い』
『笑い話なら、いいじゃないか』
最期に、フッと口元に笑みを浮かべた。
最期の瞬間。
まさに彼がボタンを押そうとする、その時だった。
予想外のことが起きた。
「じいさん」
彼が、壁際の棚の上に置かれてあった水晶玉を見て、「これが俺の物語だ」と言った。
驚かされた。
それはまるで、水晶玉の向こう側、こちらにいるワシのことが見えているかのようだった。本来なら、見えるはずはない。見えるはずはないのだが、そこに居ることを確信しているかのように、微笑を浮かべながら彼は、「今まで俺と見てきた物語に比べたら、ずいぶん陳腐で、オマケのようなショートムービーかもしれない。が、そう悪くないだろ?」と言った。
そして、消えた。
「水晶玉は、未来を見通すモノ」
「水晶玉は、現在を見通すモノ」
大金を手にした人間の変わりよう、そして生き様として、予想外ではあったが、悪くはなかった。
水晶玉を通して見た物語に、ワシは満足した。
これで、安らかに眠りにつける。
いつもの短編よりも長いので前・後篇で分けようかと思いましたが、無理矢理一話の形に収めました。シーン10が後篇です。
「みる」「見る」「観る」「視る」
どれがいいのか…。
漢字って難しい。
作品の都合上、一部表現に配慮が欠けてしまいました。
申し訳ありませんでした。




