冬弥編 その1「はじめてのおつかい」
山奥に名前のない小さな村がある。
時は十月。いま、この村では冬篭りの準備が進められていた。
この村は冬になると雪に埋もれ、麓の町との行き来が出来なくなってしまう。
その為、十月から十二月の頭にかけて、買出しや保存食の準備に追われる日々が続くのだ。
この慌しい村の中で、少年は胸の高鳴りを落ち着かせようと必死になっていた。
この少年の名は冬弥。今年、十二歳となった彼は、今日初めて一人で麓町まで買出しに行くことになっていた。
たかが買出しに緊張? ……そんな歳ではないと思う方もいらっしゃるかも知れませんが、この村では少々事情が違うのです。
麓の町に向かうには馬車を使用する。冬弥も馬車の扱い方はならっており、一通り乗りこなせるようにはなっていた。
だが、それはこの村の中での話。実際に山道を走るのは今日が初めてとなるのだ。
「――爺さん、ちょっと気晴らしに出かけるわ」
冬弥が家の玄関から奥にいる祖父に声をかける。――冬弥は早くに親をなくし、いまは祖父との二人暮し。だから、出かけるときはいつもこうして声をかけている。
「冬弥っ。そんな暇があるなら馬車の準備でもせんかっ」 家の奥から祖父の声だけが聞こえてくる。
「すぐに戻る。ちょっと落ち着きたいんだよ」 そういって家を出る。
村に出ると、そこらじゅうで村人が保存食の準備を進めていた。
(俺も、去年まではああやって爺さんの帰りを待ってたんだよな……)
たかが半日の買出し。だが、初めての者にとってはたかが半日とは言い切れないだろう。
冬弥の脳裏には、様々な不安が巡っていた。
「おや? どうしたんだい、冬弥君? こんなところで」
声をかけてきたのは、この村の医者をしている徳重という青年だった。
「徳兄……。そういう徳兄こそ、診療所の方はいいのか」
「おやおや、おかしなことをおっしゃいますね? 今はまだ開業時間前ですよ?」
徳重は両手に水の入った容器を二つ持っていた。どうやら診療所で使う水を汲みにいった帰りのようだ。
「で、冬弥君はここで何を?」
「何をって……ただの気晴らしですよ」
「気晴らし、ですか。――とてもそうには見えませんね?」
まるで、全てを見透かすかのようにそう冬弥にそう言った。そして――
「なにか悩み事ですか?」 そう続けた。
「……悩みって程じゃないですよ。ただ、今日これから買出しに行くんですよ」
「買出しですか、それは楽しみでしょう。……あれ? でも今日、冬爺は往診がある日ですよ?」
ちなみに、冬爺とは冬弥の祖父の愛称だ。
「徳兄は、先月で俺がいくつになったか知ってる?」
「! ……そういうことですか。じゃあ、今日の買出しはお一人で?」
「……なんだろうな、怖いって言うか、緊張するっていうか……、なんか落ち着かなくてな」
「わかります。私も初めての症状の患者さんを診るときはそんな感じです」
「なぁ? 徳兄はそういう時、どうやって気持ちを落ち着かせているんだ?」
「落ち着かせる? そんな必要はありませんよ」
「? どういうことだ?」
「その気持ちは事が始まればどこかに消えてしまいますよ。怖いのは始まる前まで。事が始まれば、そんなこと気にしてなんかいられませんよ」
「……そういうものなのか?」
「そういうものです。――じゃあ、私は診療所に戻ります。冬弥君、私から一言のアドバイスです。その緊張感を含めて楽しみましょう、初めての買出しを」
冬弥と徳重の話を、建物の影から盗み聞くように聞き耳を立てていた人物が二人。
歳は冬弥と同じくらい。一人は少年、一人は少女。
「聞いたか、涼子?」
「聞いた聞いた。――ったく、こんな面白そうなこと、なんで冬弥はアタシらに黙ってんのよねぇ?」
「で、どうする?」
「もちろん、考えてることは源一と一緒。でしょ?」
「やっぱ、か。――じゃあ、先回りだな」
冬弥は家に戻ると、さっそく馬車の準備を始め出した。
馬に幌のついた荷台を固定し、手綱を幌の前方にある操舵席でうまく引けるように長さを調整する。
ここまではこれまで何度も繰り返してきた作業。――問題はここから。
手綱を手に、冬弥は馬車の操舵席に腰を掛ける。あとは手綱を馬に叩きつければ、その合図で馬車は走り出すのだが――
冬弥の胸の鼓動がさらに激しくなっていく。
「――よしっ、行くぜ」 決意を口に出したのは、自分の背中を押すためか。
手綱と馬の皮膚が乾いた音を鳴らすと、馬車馬は徐々に速度をあげはじめた。
村の入り口の門を走り抜け、馬車は山道を駆け下りていく。
はじめはまわりの景色など見ている余裕もなかった冬弥だったが、徐々に馬の操舵にも慣れ、出発前の気持ちが嘘のように、いつしか頬をなでる風を堪能できるくらいにすがすがしい気分に変わっていた。
そして、目に入ってきたのは、吸い込まれそうなほどの渓谷の絶景だった。
「……なんだ、コレ。いつも見ている景色と全く違うじゃないか」
実際に広がっているのは、いつも買出しのさいに幌の中から見ている景色と変わらない。
景色が違って見えるのは、操舵席から見るからか、または今の気持ちがそう見せているからか。
「ちょ、ちょっと。アンタがそこにいちゃ私が景色を見れないじゃない?」
「ま、待て。暴れるな、危ないだろうがっ」
荷台の幌の中から、聞きなれた声が聞こえてくる。
冬弥は少し広めの山道で馬車を停めた。――そして、操舵席から降り、馬車の後方に回ると、いきおいよく荷台の入り口を塞いでいる布をめくり上げた。
「「あ……」」 そこにいた二人が、冬弥と目が合って固まる。
「……おまえら、こんな場所でなにやってんだ?」
あきれた顔の冬弥の目線の先には、源一と涼子の姿があった。
「え、えーと……」 涼子は冬弥の目を見ながら硬直している。
「いや、な。お前が麓に行くって聞いてな。ちょっと、な」
「アホかっ! 俺が気づかずにいたら、お前たち、知らずに麓に置き去りにされるかも知れんのだぞ?」
「わ、悪りぃ……」 ちょっとした悪ふざけのつもりだったが、冬弥が真面目な顔で怒鳴るので、源一は謝るほかなかった。
「ま、まぁ、源一も反省していることだし、冬弥もそんなに怒らないで、ね?」
この時源一は思った。……お前が言うなや、と。
「……ったく。もういいよ、麓に下りる前に気づけたんだから」
「お、おい。まさか引き返すとか言わないよな?」
「そんな時間が無駄になるようなこと出来るかっ」
「じゃ、じゃあ――」
「ついてきた以上は仕方がないだろ? ま、帰りの時間は決まってないから、日の入りまでには帰れば問題ない」
「お。じゃあ、今日は夕方までたっぷり麓で遊べるんだな?」
「ひゅー、冬弥、話わかるじゃん」
「ただし、遊ぶのは俺の用事が終わってからだ。わかってるな?」
再び手綱を馬に叩きつけ、馬を走らせ始める。最初に時のように胸の鼓動が激しくならないのは、侵入者のおかげかもしれない。
その侵入者は、こそこそする必要がなくなり、操舵席後ろの荷台の幌の布を上げ、渓谷の絶景を堪能している。
「しっかし、冬弥はいいよなぁ。十二になってすぐに馬車を扱わせてもらえるんだから」
「ちょっと源一、それは少し不謹慎よ。冬弥の場合はおじいさん以外いないから早くに馬車を覚える必要があって――」
「いや、いい。――けどな、一言いわせてもらうと、コレ、けっこう気を使うぞ?」
手綱を軽く引いて、馬の動きを微調整しながら冬弥は返答する。
「そうなのか? ――俺もそろそろ馬車を習おうと思ってたのに、そう言われるとなんか怖いな」
「私は今習ってるけど、そんなに神経使わないよ?」
「俺も村の中で走らせていた時はそんなに気を使わなかったさ。けど、実際に山道を走らすとわかる。少しでも気を抜けばまっ逆さまだ。爺さんはあんな歳でよく操っていたと思えてくるよ」
再度微調整。会話をしながらも冬弥は馬の挙動から目を離していない。
そして、行く手に現れるは、渓谷を渡るつり橋だ。
「もうつり橋まで来たの?」
「ここを渡れば、細い山道は終わりだ」
源一は空を見上げ、日の位置を確認する。
「正午前か。思ったより早く着けそうだな?」
「……そういや、お前たち昼はどうするつもりでついて来たんだ? お前らの分の飯を買うほどの余裕はないぞ?」
「心配しなくて大丈夫。麓で遊ぶお金は持ってきてる」
「そういや、最初はこっそり麓に行くつもりだったんだな?」
「ま、おかげで置き去りの心配はなくなったわけだ」
「本当に置き去りにされたらどうするつもりだったんだ?」
「ソン時は山道を歩いて帰るさ。――ま、村に着くのが夜中になるがな」
「けど、それは最後の手段。置き去りにされないようにする策は用意してある」
そういって冬弥に一枚の紙を見せる。
[あたしらが戻るまで勝手に帰らないでよ? 涼子・源一]
「置手紙を貼り付けていくつもりだったのかよ。ちゃっかりしてやがる」
木々の合間の山道を馬車は駆け抜け、広い道に出た時、視線の先に麓の町が見えてきた。
「町が見えてきたよ?」
「冬弥、とばせとばせ」
「ドアホ。馬を暴走させる気か?」
……まぁ、なんやかんやと話しているうちに馬車は門をくぐる。
町の入り口すぐに、この町にきた馬車を停めるための広いスペースがある。冬弥はそこに馬車を停め、馬車から馬を離し、その脇にある柵に馬を固定する。
「じゃあ、行くか」
「まずは昼飯だな?」
「てめぇは俺の話を聞いてなかったのかよ? まずはうちの買出しが終わってからだ」
「おいおい。俺はもう結構腹減ってんだぜ?」
「そんなモン知るか。だいたい、勝手についてきた人間の都合まで面倒見きれるか」
「源一、アンタ本当にお昼先にしたいなら別行動する?」
「別行動って、お前はどうする気だ?」
「私は冬弥に従うよ? 今の自分の立場くらい認識してるから」
「……わかったよ。じゃあ、とっとと買い物済ますぞ?」
購入した物を馬車に積み込み、幌の布を閉じる。
「ふぅ。これで今日の買出し分は終わりだ」
「め、飯ぃ……」
あれから一時間、昼時の混雑も落ち着いた、そんな時間である。
「ねぇ冬弥? もう源一が限界みたいだよ?」
「たかが一、二時間くらいで……」
「で、源一はなに食べるか決めてんの?」
「そうだなぁ……、屋台モノもいいけど、やっぱ麓でしか食えないような手の込んだモノが食いたいな」
「じゃあ、どっか店を探すか?」
「そんなに待てねぇよっ」
「だってさ?」
「……じゃあ、そこらの屋台で済ますか?」
「専門店。これだけはゆずれねぇ」
「やれやれ。じゃあ、町を歩いて、気になった店に入り込む。それでいいな?」
それは、店を探して町を歩いていた時だった。道の隅で胸を押さえながらうずくまっている少女を見つける。
少女は冬弥たちと同じ位の歳だろうか?
「お、おいアンタ? 大丈夫か?」
様々な人物がこの場を素通りする中、冬弥は迷わずに少女に声をかけた。
「すいません、いつものことですから」 かなり辛いだろうに、冬弥を心配させまいと苦痛の表情を微笑みに変えて応対する。
冬弥はそんな少女を抱きかかえた。
「え?」
「とりあえず医者に――」
冬弥が医者に運ぼうとすると、少女が声を上げる。
「ま、まってください。家に、薬がありますので――」
「アナタの家、近くなの?」 涼子が少女に問う。
「あ、はい」
「じゃあ冬弥、医者じゃなくてこの子の家に向かおうよ」
「わかった。じゃあ、そのままでいいから、家の方向だけ指示してくれ」
少女を抱きかかえながら、冬弥は少女の家と思われる家の門の前にたどり着く。門を開け、扉の前へ。
「源一、頼む」 手の使えない冬弥は、源一に扉を叩くように頼む。
源一が家の扉を叩く。――と、扉を叩いた直後、源一がうろたえはじめた。
「ちょっと待て。家の人が出てきたらなんて言えばいいんだ? お嬢さんを預かってるとでもいうのか?」
「アホ。そんなこといったらまるっきり不審者じゃない?」
うろたえている合間に、家の扉が開き、若い女性が姿を見せる。
「はい? ――! 美雪っ」
女性の目に冬弥が抱きかかえている少女が目に入り、慌てて駆け寄ってくる。
「この子が道で苦しそうにしていたので、お連れしました」
「すいません、わざわざ。――とりあえず、中へ」
美雪と呼ばれていた少女は、薬を飲み落ち着いたようで、今は自室で休んでいる。
……冬弥たちはというと――
「うめぇ」 源一はその手を休めることなく、次々と食事を口に運んでいく。
「ちょっと源一。少しは遠慮しなさい」
そう。三人はこの家で遅い昼飯をご馳走されていたのだ。
きっかけは源一が腹の音を響かせたことにあった。
「しっかし、お前は店でうまいものが食いたいって言ってのに……」
「そういうな。お前も食ってみろ、下手な店よりマジうめえぞ?」
「ふふ、ありがとうね。ありあわせで用意したものだったんだけど、そういってもらえるとお世辞でもうれしいわ」
美雪の母、雪子が微笑みながら源一の言葉を軽く流す。
源一に圧倒され、食事に手をつけていない冬弥と涼子だったが、一口食べてみると――
「なにコレ? 本当においしい」
「本当にコレ、ありあわせで作ったものなんですか?」
一口食べた後、源一ほどではないにしろ、冬弥と涼子も食事を口に運ぶペースがあがっていた。
と、食事に夢中になっていた冬弥の足元になにかが近づいてきた。
それは、「みゃー」と鳴きながら、冬弥の足に頬をすり寄せてくる。
「ん? 猫?」
真っ白な毛並みの、小さな猫が冬弥の足元で丸まった。
「おどろいた、『すの』がうちの家族以外になつくなんて……」
「すの?」
「その子の名前。異国の言葉で雪って意味なんですって」
「たしかにこの子、真っ白でまるで雪みたい」
「けど、かなりの人見知りで、お客さんの前に姿を現すことなんてなかったのに」
涼子がしゃがみ、チチチと舌を鳴らしながらすのを呼んでみる。
――が、すのは冬弥から離れようとしない。
「どうやら冬弥君がそうとうに気に入ったみたい」
「いいなぁ、冬弥。私もその子にすりすりされたいよ」
「ふふ。涼子ちゃんは動物が好きなのね? やっぱり、お家でもなにか飼われてるのかしら?」
それは雪子の何気のない一言。だが、その質問に対し、涼子が返答に迷っていた。
「? どうしたの?」
「うちの村じゃ、動物は飼えないことになってるんだよ」 源一が食事の手を止め、質問に割ってはいる。
「へぇ、そうなんですか。やっぱり、馬車の馬の世話で手一杯になるからですか?」
「そういうわけじゃないんですけど……」 やはり、涼子は返答に迷っている。
そこに、すのとじゃれ合っている冬弥が口を挟む。
「くだらない村の掟だよ。山には竜神様が動物の姿を借りて遊びに来るから、村にその竜神様を連れ込まないようにってね」
「掟、ですか。きびしいんですね」
食事を終えると、三人は美雪の部屋に案内される。
部屋の扉を開けると、すのが真っ先に部屋の中へと駆け込んだ。
部屋の中から、女の子の少し驚いたような声が聞こえてきた。
「どうやら美雪は落ち着いたようね。――美雪、入るわよ」
「あ、はい」
部屋に入ると、美雪がベットの上で上体を起こし、すのをなでながら雪子らが入ってくるのを待っていた。
「どう? 落ち着いた?」
「もう、大丈夫。ごめんね、お母さん」
「ふふ。あやまるのは私にじゃないでしょ?」
そう言って雪子が横に退くと、美雪の視界に冬弥の姿が映り込む。
「どうだ、調子は?」
美雪が頬を赤らめる。なんとか冬弥に返答しようとするが、言葉はしどろもどろに。
と、かたわらでは、涼子が源一を指で招く動作をしている。
「……ちょいと、源一さんや」 少しにやけながら、源一に呼びかける。
源一がそばにくると、小声で話しかける。
「どう思う、あの子の態度」
「? 態度?」
「かぁ、鈍いね。あの子、冬弥に惚れたね」
「なっ」 驚いて出たこの声だけは小声というわけにはいかなかった。
「? どうした、源一」 源一のすっとんきょうな声を聞いて、冬弥が反応する。
「い、いや」
「いえいえ。なんでもありませんよ、冬弥さん」
「なんだ、その喋り方は?」 涼子の妙なしゃべり方に冬弥はつっこんだ。
その後、みんなで遊んだり喋りこんだりして、気づけはまわりの景色が赤く色づく時間に変わっていた。
「! やばいな、もうこんな時間か」 冬弥は窓の外を見てはっと気づく。
「本当。早く帰らないと真っ暗になっちゃう」 涼子も言われて初めて気づく。
「じゃあ、そろそろ戻るか」 そう言って源一が立ち上がった。
手荷物をまとめ、急いで帰り支度を済ませる。
「あ、あの――」 美雪が帰り支度を急ぐ冬弥を引き止める。
「?」
「……また、遊びに来てくれますか?」
美雪の問いに冬弥は迷わず――
「もちろん。また、麓に来たときには遊びにくるよ」
夕闇の町の中を三人は駆け抜ける。
「早くしろ。真っ暗になると、馬車を早く走らせなくなるぞ」 源一が先頭を走り、声を上げる。
「冬弥、アンタ暗闇の走行は大丈夫なの?」
「村の中ではな。――山道は初めてだ」
馬車のある場所に到着すると、馬に水と食料を与え、馬の汚した場所を軽く掃除をする。
馬車にランタンを取り付け、火を灯す。馬車と馬を固定し、冬弥は操舵席に飛び乗る。
涼子と源一も荷台に乗り込み、出発の準備が整った。
「もう日が沈みかけている。少し急ぐぞ」
冬弥は馬に手綱を叩きつけ、馬車は町の出入り口に向かって走り出した。
視界の悪い山道を馬車は駆け抜ける。
「急いでくれ、冬弥。このままだと、お袋にどやされる」
「お前らは勝手についてきたからどやされるだけで済むだろうよ。――けど、俺は爺さんに安否を心配されちまう。どっかで馬車を事故らせたんじゃないかって――」
「ちょっと、冬弥、前」
涼子の声に慌てて手綱を引き、馬車を減速させる。
馬車の前にいたのは鳥だった。だが、鳥は鳥でも、そこにいたのは人間の子供くらいの大きさはある鶴だったのだ。
馬車のランタンと馬の足音でこちらに気づくと、鶴は慌ててその場から羽ばたいて飛び上がる。
かなりの大きなの鳥が目の前で羽ばたいたのだ、冬弥は思わず身を屈めた。
「――バカ野郎っ。夜目もろくにきかねぇくせに、こんな時間にぼさっとしてんじゃねぇっ」
鶴に叫んだところで、なんにもならないのだが、ここは叫ばずにはいられなかったんだろう。
「なぁ、冬弥? あの鳥、もしかして山に遊びに来た竜神様だったりしてな?」
「だったら、冬弥、竜神様に啖呵きったようなもんだよ?」
「あんなぼさっとした奴が竜神様なもんか。――よけいなこと言ってないで、しっかりつかまってろよ? 山道に入るぜ」
馬車が村に到着したのは、日が完全に暮れて、村には家屋からもれる灯り以外何も見えないような時間になっていた。




