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予定彼女

作者: チラリズム



 私は彼の獲物なのだと、何度も何度も自分に言い聞かす。

 彼の期待は裏切れない。失望させるワケにはいかない。


 ――もし。いつの日か私が彼に殺されそうになった時は、無様に命乞いをしようと思うのだ。



「サツキさんのムスッとした顔。嫌いじゃないけど、そろそろ怒るのやめてもらえない? ゲームじゃないですか」

「そりゃぁ苑定えんじょうくんはいいさ、素材集めが上手くいってさ。

 私は君が始めるずっと前からこのゲームをプレイしてたの。なのに作りたい装備の素材が私だけ全然手に入らない。モンスターだっていっぱい倒したのにぃ!」


 私が住む町では有名な開かずの踏切のすぐ近く、やたらと古いアンティーク人形が飾られている喫茶店で私と彼はお茶をしている。

 この店の店長とは母が幼なじみという間柄で、私には行き慣れた馴染みの喫茶店となっている。

 普段はカウンターに一人で小説なんかを読んでいるのだけれど、彼といる時くらいは丸いテーブルに向かい合って座る。

 彼はいつもアイスコーヒーを頼み、もっぱら私は渋めのハーブティーを少しお姉さんぶりながら飲む。


 私の彼を紹介します。

 名前は高坂苑定こうさか えんじょうくん。歳は十七歳。大人しい方で知的。でも生意気な高校の後輩です。

 性格は“優しい”し顔はカッコイイというよりカワイイに部類される……つまりなかなかに童顔だ。

 なんで付き合うようになったのかな?


 ……あぁそうだ。きっかけはあの駅のホームだ。

 誰もいない土砂降りの雨の夜に私は彼と出会ったんだ。本当にあの時は無我夢中だったなぁ。


「今日は何処に行きます? また映画館にでも?」

 低血圧で朝に弱い苑定くんは、少し眠たそうな顔で私に話しかける。

 私は片肘をテーブルの上に乗せながらそれに答える。内心はそんな苑定くんの可愛らしい顔を見ながら軽くムラムラしていたりする。

「君との映画はつまらない。却下。

 遊園地もイヤ……アレはマジで気持ちヘコんだから」

「アレは観覧車でタイミングを見計らってキスをせまったサツキさんが悪いよ。別に一番上でのベタな演出はいらなかったと俺は思うよ」


 憧れでしょ~が普通に! 確かにベタですけど!

「あの時にぶつけた頭がまだ痛い……」

「『今だっ!』の一言で俺と頭ぶつけましたからね。アレはスゴい音がしたなぁ。

 まったく、キスならドコでもいつでも出来ましたよ」

「場所が限定されるわよ。なによ偉そうに。君がムダに背が高いから背伸びしても届かない私の気持ちなんて」

「それで座っている俺と頭ぶつけてるようじゃ世話がないですよね」

「とにかく遊園地はしばらくイヤッ!」

 結局はその後に気まずくなるものの、痛い頭をおさえながら半泣きでキスしましたとも。

 少し前に私が食べてたバニラアイスの味しかしなかったけど、私の唇が一気に火照るのが感じとれたっけ。


「……えと。とりあえずそろそろ出ますか?」

 私がうなずくのを確認した苑定くんは腕時計に目をやり席を立つ。

 彼が勘定を済ませて私を外へエスコートする。店長は『またのおこしを』の一言の後で何かを思い出したかのように店の奥へ向かう。


「ちょっと待ってサツキちゃん」

 店長が私を引き止める。

「なに?」

「コレを久美くみちゃんに渡して欲しいんだけど、修理頼まれててさ」

 店長は私に綺麗なディテールが施されたオルゴールが入った紙袋を渡して来た。

「えぇ~ママに。自分で渡せばいいじゃん」

「いやぁ~ははっ」


 なぜ照れる……。

「まぁいいや分かった。じゃあね。ごちそうさま」

 そして私と苑定くんは歩きだし、デートの続きをする。

 近くに止めてあった自転車に乗り、私は当然と彼の後ろに座り抱きつくように腹部に手を回す。特等席だ。

 彼はオルゴールの入った紙袋を前のカゴに入れて自転車をこぎだす。

 本当は両足を横に揃えてお嬢様気分で座ったり、元気よく立ったりしたい私だが。あいにく私は身長に見合った体重の軽さから簡単に振り落とされてしまう。

 なのでいつもこの乗り方で学校へ向かう。

 そう。制服を着て二人乗り。

 どうよ。羨ましいだろう。誰もが憧れる男女カップルの登下校だ。

 しかし休みの日にもこうして自転車の二人乗りをしても、私服ゆえに身長差から見てどうしても兄妹に見えてしまうのは仕方がない。

「このまま街まで行きますか?」

「“都会”へかい? ありえない。周囲に並ぶ高いビルを前にして私に目眩を起こさせようってか。

 田舎者ナメんなよ!」

「ワガママだなぁ。サツキさんは」

「そうよ。私は苑定くんを困らせるために付き合ってるんだから」


 ーーそうだ。


 ーー私は彼の前ではワガママ。


 だけど私は知っている。そんな相手が。彼が十七歳の。私の後輩の。『殺人鬼』であることを。

 人を殺したことのある人間だと知っている。

 今となっては恐怖は無い。

 どうしたものか。警察への通報もしない。

 証拠だとかそういうのがあるワケではないが、彼が人殺しなのは間違いない。

 だが私が何もせずに彼といるのは私にも狂った部分があるのではないだろうか。

 そうに違いない。

 私は彼にしがみつきながら。二人で当てもなくフラフラと自転車に乗って坂道を進んでいくのであった。



 俺の彼女を紹介します。

 名前は道野サツキ(みちの さつき)さん。歳は十八歳。同じ学校に通う“少し”ワガママな先輩だ。

 彼女と言ってもこの時点ではまだ恋人同士というワケではない。


 出会ったきっかけは、ある日の土砂降りの雨の夜。

 雨をしのぐための屋根が狭くて小さい。あの駅のホームでのことだ。



 この町は田舎というには中途半端で。ある程度の家電や雑貨類は揃うものの、高いビルは無いに等しく静かな町だ。

 そんな町に俺は住んでいる。

 俺は小さな頃から器用に生きるのが苦手な人間だった。

 友達もいなければ、何をして何をすれば楽しいと実感できるのか……そんな部分が欠落していた。


 ――でも。

 ――そう。


 アレは十五歳の時だった。

 初めて人を殺したのは。 あの日に俺は学校の帰りに三人の不良にカツアゲされ、薄暗い路地に連れていかれた。

 簡単にだ。抵抗して殴り、近くにあった物を無我夢中で掴んで殴り殺した。

 ソレはいき過ぎた行為だった事は明白だ。しかしその時の俺は後悔の気持ちよりも快感に満ち溢れてしまった。

 それからの俺は感情を殺すように生き、平然と学校へ通い、なるべく人とは関わらないようにしてきた。

 あれから何度か人も殺めた。生まれて初めて『趣味』が出来た。誰もが決してしてはいけない趣味を。


 そしてあの雨の日。

 俺は彼女と出会った。

 彼女は急に降ってきた雨に慌てて駅まで走ったのであろう。ずいぶんと息があがっている。

 後は電車を待つだけだが、夜なのもあって次の電車が来るのに数十分はかかる。彼女はアルバイトか何かの帰りだったのだろうか。

 駅には俺達以外に人の姿は見当たらない。

 俺は自然と彼女に近寄り、彼女も俺に気づいて目が合った。


 ――何故だろうか。今まで殺してきた誰よりも今日の獲物は輝いてみえた。

 そんな表現が正しいのかは分からないが、彼女は初めて殺しがいのある人間だと思えたのだ。

 俺には殺人に対して美学的な概念はなく、人を殺すのに統一性やこだわりはない。一つに執着せずに色々と殺し方を学んだ。

 だから。

 首を絞めて殺そうか。

 苦しむ姿はさぞキレイだろう。

 燃やして殺すには勿体無いくらいに彼女は美しい。

 ならば毒殺か。

 それとも斬り刻んでしまおうか。その美しい顔は傷つけずに。


 ――そう思っている間に俺はカバンから自然と銀のナイフを取り出していた。

 隙だらけで、細身で、小柄で、柔らかそうな肌。

 そんな彼女にナイフを突きつけると、彼女は意外な反応を見せた。

「ふ~ん」

 そう言って彼女は笑みを浮かべたのだ。

「……え?」

 俺はそんな彼女に戸惑い、いつものように殺せなかった。

 何故だ。あんなにも俺は平気だったのに、慣れれば慣れるほどに動じなかったのに。

 彼女には簡単にためらわされた。

「なに? なんで殺さないの?」

 “らしくない”俺に彼女は言った。

「君こそ何故だ!?」

「ん? あぁアレね。別に深い意味ないよ。ただ私は部活帰りの雨の夜にナイフで死ぬんだって思っただけ」

 自己紹介も何もない。なのに彼女は馴れ馴れしく当然のような態度で俺に接する。

「それだけ?」

 そんなので死ねるのか。なんて女性だ。命乞いも抵抗も何もなく、ただ真っ直ぐに死を受け入れる。

 そんな彼女を見て俺は急に力が抜け、ナイフを下ろして呆然となった。

 理解できない俺に彼女は更に畳み掛けてきた。次は急に口調も変わり感情を高ぶらせたのだ。


「テメェふざけんなッバカ! 今日死ぬハズの私を生かすなよ!」

「えっ……」

「明日からどう生きればいいんだよ! 意味のある死なんていらない。理不尽に殺された方がスッキリするわ!」

 それはあまりにも衝撃だった。

 それは突然だった。

 俺は彼女に完全に“ハマって”しまったのだ。理由は分からない。

 初めて他人を失うのが怖いと思った。

 散々人を殺してきて身勝手な話であることは分かっている。

 このセリフは間違っていると十分に承知のうえで、俺はそのセリフを口にした。

「予定ではダメだろうか?」

「――――は?」

「君を殺すのは。予定ではダメだろうか?」

 彼女は沈黙した。

「今……君を殺してはいけないと決意してしまった。今の俺に君は殺せない」


 ……しばらくの沈黙に雨の音が際立つ。

 そして彼女はゆっくりと息を吸い。大きく吐いた。

 それは緊張の糸が切れたような安堵にも見える。

「サツキ」

「?」

「私の名前。道野サツキ……あんた何?」

「えぇと。高坂苑定です」

 ここにきて今更の自己紹介。これもまた実に可笑しいが、お互いにまともではなかったのだから仕方がない。

 俺は出会い頭にナイフを突きつけ、彼女はそれを見て死を受け入れたのだから。

「私と一緒の学校だよね」

「は、はい」

「で、どうしようか?」

「はい?」

 次々と彼女は俺を困惑させてくる。どうしようとはどういう意味だ?

「だから予定なんでしょ? いつにするのよ私を殺すの」

「いつにしましょう?」

 今度の彼女が吐いたのは紛れもなくため息だった。

「じゃあさ。ひとまず二十歳過ぎてからにしてくんない?

 パパとお酒を飲むって約束してるんだ」

 馴れ親しんだ友達のような口振りで彼女は俺にそう言った。

 俺がその言葉にうなずくと、彼女はその小さな手を俺に差し出す。

「よろしく」

 その言葉には二つの意味がある。

 それを胸に焼き付けて、俺は彼女と握手した。

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