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白のエルザ  作者: 森乃
9/23

第九話 手を伸ばす

 五百年ぶりの知人との再会、エルザの心中は複雑だった。

 エルザ・プロトスは間違いなく人間だった。けれど、遠い昔にストラと共に歩むことを選び、人としての寿命の頚木から開放された。八十年生きれば十分長生きといえる人間でありながら、エルザは長寿族以上に長い時を過ごしている。

 トマリとエルザ、互いに初めて出会った時はどちらも若かった。しかし、五百年経った現在、男は老人となり女は変わらない姿でそこにいる。

 昔は妹と兄。今は孫と祖父でしょうか。

 知り合いに出会えてうれしいという気持ちは当然ある。

 過去と現在、変わってしまった知り合いの姿を見て、どこか寂しい思いも感じていた。

 それが、長寿族以上の長寿を手に入れてしまった。そういういうことだ。

 エルザ・プロトスにとって、年齢は意味の無いもの。姿形が変わらぬまま積み重なる時間、数える意味もあまり無い。五百年ぶりだと挨拶されて思ったのは、自分達が旅をしたのはそんな昔のことだったのか、ということだ。

 数百年旅をした。細かい年月は忘れていた。

 あの樹海の中、動物達は世代を重ねるがストラや守護獣達は違う、変わらないまま同じように暮らし続けていた。

 当たり前の日常の中で、時間という概念が磨り減っていった。

 トマリは覚えていた。

 よく、覚えていたものだと、正直な感想を伝えた。



「そりゃあ、聖樹ストラ様と直接会ったんじゃ。印象深い思い出、頭がぼけても忘れることなどできますまい」



 快活に老人は笑い、釣られるようにしてエルザ達も笑った。

 アーキオン湖はアーキオンの町の観光名所である。広大な湖と遠くに見えるストラ樹海の景色は観光客に評判らしい。

 エルザ達は、そんな風光明媚な湖の脇にある静かな墓地を訪れていた。観光客達があまり足を向けないだろう、客の集まる場所から隠れるように存在する墓地。木々の隙間から望める湖の景観は、初見の人ならばため息が漏れることだろう。

 湖に背を向ければ、一メートルほどの高さの石が等間隔に並べられている。

 墓標だ。ここに生を終えた人々が眠っている。

 死者の名前が刻まれた石の墓標が並ぶ。アーキオンという町で生きた人々の名前。つまり、町の歴史なのだろう。

 数多の墓標、その内の一つの前に四人はいた。

 誰も口を開かない。

 穏やかな雰囲気が辺りを包んでいる。

 エルザは祈りを捧げていた。瞳を閉じ、死者へ敬意を払う。目の前の墓標には女性の名前が刻まれている。

 祈りを終え、エルザは瞳を開いた。

 隣に立つトマリが、寂しげに笑みを浮かべて口を開いた。



「白のエルザに、祈ってもらえるとは、家のもきっと喜んでいることでしょうな」

「私よりも、ストラに祈ってもらったほうが、喜ばれるのでは?」



 姿形は少年だが、これでも浄化の象徴だ。



「あはは、僕みたいなのに祈られても、うれしがる人なんていないよ。けど、ちょっと驚いた。トマリって結婚してたんだね。意外、昔は子供だったんだけどな」

「それはストラ様からすれば、殆どのものは子供でしょうが、さすがに五百年も生きれば結婚の一度や二度するものでしょう」

「……二度って離婚歴あり? え、バツ一?」

「浮気はいけないと思いますが」



 あの頃は誠実な若者だったはずですが、と失望をこめた視線を向けると、トマリは慌てたように口を開いた。



「エルザまで……いやいや、言葉の綾じゃよ。わしは婆さん一筋じゃからの。浮気は一度たりともしとらん。女は婆さんしか知らんわ」

「いや、爺の性遍歴はどうでもいいけど、じゃあ、今は一人?」

「いえ……娘と孫が一人おります」

「そうなんだ、旦那は、どんな人」

「気のいい男でしたな」

「……でした?」

「病で、若くして……」

「あー、悪いこと聞いたみたいだね。他の家族は元気?」

「孫も少し前に大病を患い、一時は危険な状態でしたが、幸い腕の良い治癒魔法使いがおりましてな。今は元気にしております。娘は気落ちしておるそうですが、元気にやってることと思いますよ」

「そりゃ良かった」



 幸せそうに笑うトマリの表情の中に一瞬だが陰りが見えた気がした。

 しかし、すぐに表情は穏やかなものへと変わった。

 まぁ、孫が大病を患えば不安に思うこともあるだろう。



「ところで、娘って爺さんに似てむさくるしい?」

「ほほほ……幸いばあさんに似て可愛い娘ですじゃ。遅くに生まれた娘でしてな。可愛くて仕方があなくてのぉ」

「それはそれは、大層な親ばかだね」

「ほめ言葉ですじゃ」



 ストラとトマリの間で笑い声が生まれる。

 まるで祖父と孫のようだとエルザは思った。生意気な孫と寛容な心で対応する祖父。二人も会話を楽しんでいるようだった。

 祈りを終え立ち上がったエルザは、改めて墓地を見る。

 皆、死者に敬意を払っているのだろう、墓標は綺麗に磨き上げられている。

 ただ、その中に墓標が倒され荒れているところが、真っ白なシーツにインクをこぼした様に、墓地の中で浮いていた。

 自然に倒れたものではないだろう。おそらく人為的に誰かが石を倒したのだ。



「いくつか、墓標が倒れているものがありますが、あれは?」

「あれは墓荒らしの仕業じゃよ。罰当たりどもがおるんじゃよ、腹立たしいことにの」

「ひどい、無くなった人から物を取るなんて」



 墓荒らし、墓を暴き金品を取る盗人。

 死者から者を奪うとは、倫理的には最底辺の行為だと、オデッサは不快感を顕にした。

 エルザも同感だった。

 しかし、ストラはちょっと違う考えを持ったようだ。



「死者は文句言わないから、危険が少ないとでも思ったんじゃない」

「穴を彫って死体を掘り返すことがですか。効率が悪すぎるのでは、まぁ、魔法でも使えば話は違うでしょうが……」

「魔法が使えるなら最初から、こんなことはしないですよ? 普通に働いたほうがたぶん儲けが上ですよ?」



 確かに、発覚はしづらいだろう。墓地なんてずっと見張りを立てるような場所じゃない。終日監視を続けることも難しいだろうし、この辺は夜になれば人気もすくなさそうだ。

 しかし、その分儲けも少ないはずだ。

 被害にあった墓を見れば、金持ちが埋葬されていそうな墓には見えない。それどころか金目のものがあるのかも怪しい。金目のものが欲しいのであれば、一人でぶらついている酔っ払いでも殴り倒したほうが金になりそうだが。

 そもそも、墓を掘り起こすのはかなりの重労働だ。かかる手間と時間、そして儲けを天秤にかければ、やろうと思う人間は少ないだろう。

 結論として、エルザが思ったことは、



「何でこんな馬鹿なことをするのでしょうか?」

「馬鹿だからじゃない?」



 身もふたも無いことを言いながら、ストラはは倒れた墓標をかるがると抱えて、丁寧に立て直した。

 それを見たオデッサも、墓標の周りに散らばった花束などを集めている。

 エルザにとっては当たり前の光景だが、五百年ぶりにストラに再会したトマリにとっては違ったらしく。口をあけて驚いていた。



「ま、こんなものか」

「おお、申し訳ありませんな。しかし、見た目と力は別物ということですかな、百キロ以上はある墓標をあんな軽がると……」

「この程度、たいしたことじゃないよ。けど、墓荒らしって金になりそうに思うんだけど。これって別に王様の墓ってわけでもないよね。勝ちある宝石が一緒に埋められているとか……?」

「いやいや、ここは、ただの一般人の墓ですじゃ。暴けば指輪とか宝石くらいは見つかるじゃろうが……。それもあくまで一般人が手にできる程度のものでしょうな。そもそも、盗まれたものからして、墓荒らしの目的は金ではないようでしてな。おかげで余計に頭痛の種になっておる始末で……」



 トマリは忌々しげにはき捨てる。

 オデッサが、墓標を整え、手に付いた土を払いながら、首をかしげる。



「……違うんですか?」

「安らかに眠りについておる死者そのものが盗まれておる。本当に罰当たりどもじゃ」

「窃盗じゃなくて、死者の誘拐ってことかあ。そりゃあ、頭が痛いだろうね」



 エルザは墓標の立てられた場所には、掘り返した跡がある。

 てっきり棺を暴き、遺体と共に納められたものを盗んでいると思っていた。

 まさか、遺体そのものを盗んでいくとは。



「……目的は何なのでしょう?」

「想像だけならいくらでもできるよ。どれも胸糞悪くなる理由ばかりだけど……聞きたい?」

「……遠慮します」



 エルザは思案する。

 死体を盗む動機とは……?。

 死者の身代金を請求しても、大した金は取れないだろう。恨みにしては、何体も死体を暴く理由が説明できない。

 まあ、どちらにしろ看過できないことには違いない。

 どんな動機であろうと、利と欲に塗れた理由でしかないだろう。

 瘴気で多くの人が死ぬ姿を見てきたエルザからすれば、死後も眠ることを許さず辱める行為はどんな理由があろうと到底許せるものではない。

 表情こそ出さないが、あふれる嫌悪感で胸焼けしそうだ。



「荒らされてるお墓が結構ありましたけど、もしかして……」

「……あの墓は全て空なんじゃよ。全部持っていかれての」

「犯人は見つかっていないのですか?」

「探してはおる、まだ見つかっておらんがの。わかっとることも少ない。狙われた遺体も男女年齢様々で、共通点と言えば、比較的新しい遺体が狙われておるというくらいじゃ」



 トマリは疲れたようにため息を付く。その様子で、まだ盗まれた遺体は取り返せていないことが伺える。あまり進展が無いことも。



「それに、別件で厄介な事件もあっての、どちらか一方に集中すると言うことが難しくなっておる」

「別件……ああ、さっきの干乾びた死体ですか」

「そういえば、トマリ。さっき、水を持って何をしようとしてたの? 死体洗い?」

「言い方が引っかかるが……間違ってはおりませんな。瘴気がまとわり付いておりましたが故、浄化作業を始めようと」

「瘴気を……ああ、そういえば長寿族は瘴気が見えるのでしたか」

「けど、瘴気って水で綺麗に流せるものじゃ無いぞ」

「アーキオンの水。ストラ様の浄化の力の宿った水を使えば、軽いものなら浄化できます。ストラ様が浄化されなければ、水を遺体に浴びせて瘴気を洗い流しておりました」

「……湖の水に浄化の力ねえ。昔なんかやったかな?」



 ストラが、そんな力あったかなぁと、不思議そうな表情を浮かべている。エルザも同じ疑問を抱いたが、今は話を進めるべく、疑問は頭の中の引き出しにしまう。



「……後ほど、調べてみます」

「そだね、よろしく頼むね」



 トマリの話は、実際に死体を見ていなければ噂話や怪談の一種として聞かれそうな内容だった。

 昨日まで元気に生きていた人間が、次の日ミイラになって死んでいる。吸血鬼は死体を見た人々が作り上げた怪物の名前らしい。死体を盗む墓泥棒よりも奇妙ではあるが、こちらは犯人らしき人物の目撃証言がある分、捜査はしやすいことだろう。

 大柄な男と言う証言だけではたいした手がかりにはならないだろうが。



「そんな物騒な場所に何で爺が出張ってんの。若者への嫌がらせ?」

「少し黙りましょうか」

「あの、トマリさんは事件の捜査をしてるんですか……?」


 四人は墓地を出た。トマリの歩幅にあわせたゆっくりとした歩みで湖の畔を進む。

 オデッサの質問に、トマリは手を振って否定する。



「ほほ、とんでもない。わしにはそんな能力はありませんの。ちょっとした手伝いをしておるだけですじゃ」

「手伝いですか?」



 遺体の搬出も終わり、野次馬は方々に散ってしまったようで、湖は先ほどのような騒々しさは無くなり、静かなものだ。

 暫くは、人通りも減るでしょう。

 発生直後ならともかく、殺人事件の現場に近づきたいと思うものはそうは居ない。

 先ほどまで遺体が置かれていた場所でトマリは立ち止まる。

 ストラに浄化されたそこには、もう瘴気は残っていない。



「ミイラになった死体という、異常な状態の為、変質の有無を調べる為にわしの様な年寄りが呼ばれたのですよ。もし、瘴気の影響でミイラになっているのであれば大事ですからな」



 確かに、一日で人間をミイラに作り変えるような瘴気であれば、空気中に漂う量とは比べ物にならない高濃度の瘴気だ。放置すれば、更なる変質が人々を襲うに違いない。

 それは五百年前より昔、瘴気被害がひどかった時代を知るものとしては、見逃せないことだろう。

 何処にでも居るような動物が、突然瘴気汚染で魔獣と化す。そして多くの命を貪り尽くす。トマリもエルザもストラもそんな時代を生きていた。



「他の死体にも瘴気が残っていたのですか?」



 エルザの問いにトマリは頷く。



「体にこびり付く様に残っておりました。幸いと言ってよいのか、直接瘴気が作用してミイラになったのではないことはわかっております。人を一日でミイラに作り変えるほどの瘴気であれば、ここの水では力不足ですからな」

「言いかえれば、瘴気とミイラの間に何かがあるってことだね」

「それが、吸血鬼ですか」

「そういうことじゃの、誰が犯人にせよ、さっさと解決して欲しいものじゃ。この町はこんな物騒な事件、殆ど起こらない平和な町じゃったのにのぉ」



 疲れたように肩を落とすトマリの背中はとても小さくみえた。

 だが、それも一瞬のこと。場の重い空気を入れ替えようとしたのか、トマリがこちらに振り返った。



「ところで、ストラ様とエルザ様。この度、町に訪れたのはどのような理由で? まさか、五百年ぶりにアーキオンへ観光に来ただけ、という訳ではありますまい」

「ええ……もちろんそれだけではありませんが」



 さて、話してもいいものだろうか。

 観光というのもあながち間違いではない。エルザとストラにとっては五百年ぶりに外を見ることも目的の一つだ。

 エルザは隣を歩くオデッサを見る。本来の目的は彼女の村を救う事だ。

 彼女の願いを、自分が話すのはあまりよくないと思う。これは彼女の個人的な理由だ。

 適当に観光だといってしまってもいいが、トマリに嘘をつくのは気が引ける。ごまかすのも同様に。



「別にいいですよ。隠すことじゃないし」

「……そうですか」



 そのやり取りで、トマリはすまなそうな表情を浮かべる。



「もしかして、言いにくいことを聞いてしまったかの。ほんの好奇心じゃ。無理に話さずとも――」

「いえいえっ。そんなんじゃないんで。実は――」



 年長者に畏まられ、あわてたようにオデッサは話始めた。

 家族と離れ生活していたこと。

 そして、遠く離れた故郷が高濃度の瘴気に沈んだという知らせが届いたこと。

 村を救う為に聖樹ストラを頼ったことを。

 高濃度の瘴気についての話が出たところで、トマリは驚いたようにストラを見た。



「……なに、爺さんに熱い視線をもらっても反応に困るんだけど」

「ストラ、今は真面目な場面です」

「コメディじゃないってのは知ってるよ……で、トマリ。なに?」

「……彼女の家族を救いに行くのですか。高濃度の瘴気に汚染された村から」



 問いかけるトマリの視線は厳しい。

 エルザはトマリの言いたいことを察した。

 手遅れだといいたいのだ。

 高濃度の瘴気に汚染された人々は、良かれ悪かれ変質する。大陸東端の樹海から、遠い西の故郷まで助けに行くことは不可能だ。

 二人がたどり着くまで、人として生きている者はいないだろう。

 残酷な現実を突きつければ、今の時点で生きているものはいないだろう。

 この少女に無用な希望を抱かせているのではないか。

 もしそうであれば、現実を知り、傷つくことになる。

 それを心配しているのだろう。

 目の前の老人は昔から、優しいのだ。

 老人の心配にに答えたのは、オデッサだ。



「いえ、救うのは故郷です」

「……?」

「私も、家族が手遅れだとわかってます。だから、せめて故郷を瘴気に沈んだままではなく、瘴気のない場所に引き上げてあげたい。すぐには村を元に戻せないだろうけど、時間を掛ければ昔の面影くらいは取り戻せるんじゃないかって」

「……土地を浄化する、ということかの」

「はい。それに浄化が出来れば弔うことくらいは出来るかもしれないですよね」

「それは……できるのですかな?」



 オデッサは頷く。

 エルザへトマリの疑問を乗せた視線が向けられる。



「自慢するようですが、私達は瘴気浄化の専門家です」

「そういうこと、なんとかするよ。これでも聖樹と呼ばれる存在なんでね」

「そうですか。五百年前の浄化の旅がまた始まるということですかな」

「だね。今度はもっと西までいくよ。オデッサが心配なら、何なら一緒に来るかい?」



 ケタケタと笑う聖樹。

 誘われた老人は、苦笑を浮かべる。



「ほほ、やめておきましょう。この老体には世界を回るのは厳しいですからな」

「足腰しっかりしてるし、いけると思うけど……?」

「それは毎日、水を飲んでおるおかげですな」

「……水って、あれ?」



 ストラが指指す方向には、アーキオン湖。

 トマリは大きく首肯する。



「浄化の能力は健康にも効果的ですじゃ。多くの者が水を飲んでおります。かく言う自分も、欠かさずに飲み続け、二本の足でしっかと歩くことができる。町も健康なものが多い。加えて、それを聞きつけた外の者が水を求め、金を落としてくれるので、さらに町が潤っておりますじゃ。かかかっ」

「僕って観光地のみやげ物みたいな扱いになっているのか……本当に調べておくべきかな」



 項垂れるストラ。



「……そういえば、この町通ったとき、お店の人がお土産に水を勧めてきたっけ。ちょっと高かったから買わなかったけど」

「湖の水で荒稼ぎですか」

「……別にぼったくりしとるわけじゃないんですがの」



 原価はたいした金額ではないだろう。

 商売には明るくないが、ぼろもうけではないのだろうか。



「町の景観を維持する為に必要な経費じゃよ。観光客が増えると収入は増えるが、付随していろいろと問題も増えますからの」

「問題ですか?」

「ええ、やはり外から人が多く流れ込むと、治安が悪化するんじゃよ。後は町の景観ですかな。町にお金を落としてくれるのはありがたいが、ゴミも一緒に落としていく者もおりましてな。その辺りの対策に、幾許か費用がかさむので」

「なるほど」



 言われてみれば湖の周りは、ゴミは殆ど落ちていない。

 美しい湖畔を維持する為には、いろいろと苦労があるということだ。

 感心していると、トマリが言いにくそうに口を開いた。



「ところで、お嬢ちゃんの話を聞いてしまってからじゃと、非常に頼みにくいんじゃが。ストラ様にエルザ様。しばらく滞在してくれんじゃろうか?」

「理由は、聞くまでも無いですね」

「ええ、今回の事件は瘴気が絡んでおる。ここ五百年、事件が無かった訳ではない。が、こういう瘴気の要素が強いケースは初めてじゃ。大した事じゃないかもしれん。じゃが、最悪を考えるなら、町の被害を最小限に抑える為にも是非力を貸していただきたい」

「僕の浄化を頼りにしてるのか。湖でどうにかなんない?」

「湖がどうにかなってしまったら、どうしようもないんじゃよ。最悪町が瘴気に沈む」

「だ、そうですが。オデッサはどうします」



 今回の旅の始まりはオデッサの願いだ。

 だから、エルザはオデッサの意見を聞いた。彼女の旅に費やす時間を、トマリの願いをかなえるのに費やしてもいいものか。

 迷うだろうと思ったが、返事はすぐに返ってきた。



「私は、二人がいいなら、滞在すべきだと思います」

「いいのですか、故郷へたどり着くまでの時間が延びますが?」

「急ぐ旅じゃないですし。それに、もし私がわがままを言って、旅を急いだりしたら、この町で犠牲者が増えるかもしれないじゃないですか。そんなことしたら、両親に怒られてしまいます。助けることができたかもしれないのに、何でやらなかったんだ、って」



 オデッサは、真っ直ぐにエルザとストラを見る。

 そして、笑顔を浮かべ、言葉をつむいだ。



「助けましょう、手が届くところに救える人がいるのなら」



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