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白のエルザ  作者: 森乃
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第七話 吸血鬼

 太陽が沈み、空は青から赤へと変わる。そして、黒へ。

 夜空の下には、大量の水溜まり。

 巨大な湖が広がっている。いつもなら、その湖面には月の姿が映し出されている。しかし、今日は新月。月は顔を隠し、夜の闇をより一層深いものにしていた。

 湖の周囲には多くの自然と、幾つもの建造物。住宅や店舗など生活観のある物件が立ち並ぶ。ここは、湖を抱えるようにして作られた町だ。

 アーキオン湖を囲むように作り上げられた町、アーキオン。

 風が吹く、その音は町の中に良く通る。

 町はとても静かだ。深夜という時間帯の所為だろう。付け加えるなら、今日は新月であり、闇が深くなる日。酒を飲み騒ぐ音が遠くに聞こえる。どこかの酒場がまだ営業している。歓楽街から離れた場所では、人の姿は殆ど無い。

 殆ど、である。全てではない。こんな真っ暗な日でも外に出る人間はいる。

 その例外は町の裏路地にいた。

 町の明かりも届かない場所。昼間でも特別な用でもない限り足を踏み入れることの無い道だ。だが、そこには今は二つの人影があった。

 一人は立ち、一人は倒れ伏していた。

 立った人影がなにやら小さく呟いた。同時に、目の前に小さな光が点る。

 それは明かりの魔法。それも、光量を極力少なくし漏れないようにしたものだ。路地の外の目を気にした故の選択だった。

 わずかな光に照らされ、立った人影が浮きあがる。

 体格の良い、屈強な男だ。確りとした肩幅にバランスの良いシルエットは、男が筋肉を増やす為に鍛えたのではなく、実用的な体を作り上げるために鍛え上げたことを示していた。

 しかし、強そうな外見とは裏腹に、男の表情は泣きそうな表情を浮かべていた。涙は無い。ただ、何かを堪えている。そんな表情だ。

 何かを飲み込むように男は大きく息を吸い込んだ。

 男の視線は下へ、倒れた人影へと向けられる。

 明かりに照らされ、それはシルエットから人へと進化を果たす。

 しかし、それを人と呼んでよいものだろうか。

 体中の水分を吸いだしたように、眼窩は窪み、頬がこけている。服に隠れてはいるが、隠された体を暴けば、きっと肉の無い、肋骨を浮かび上がらせた皮だけの醜い姿があることが容易に想像できるだろう。

 ミイラが倒れ付していた。


「……う、うぅ」


 低音が鳴る。

 ミイラが呻いている。

 耳を傾けるが、意味の無い音にしか聞こえない。

 ミイラは死んではいなかった。苦しそうに辛そうに呻く。干乾び崩れそうなミイラは震えながら、その手を必死に使って地面を這う。顔を上げる体力もなくなったのだろう。泥をすする様に顔を地面につけて地面を這う。ミイラの向かう先には、町の大通りが存在する。


「助けを呼びたいのか?」


 男は、その表情を歪ませながら、小さく呟いた。

 ミイラは呟きに反応することはない。乾燥し干物のような耳で聞こえているのかすら怪しい。ミイラはひたすらに砂漠に水を求めるように這い進む。その速度は子供が歩くよりも、蟻が移動するよりも遅い。

 それでもミイラは進む。

 一歩ではない。

 一手、また一手と手を動かす。


「そりゃそうか。死にたくはないもんな」


 男の目には涙がうっすらと浮かんでいた。男は瞑目し祈るように沈黙する。

 ズル、ズル、と地面を這う音が聞こえる。ミイラが命を掴む為に進む音だ。

 生きる権利を手にする為にミイラは骨と皮だけの腕を前に。前に。

 男は深く息を吸うと顔を上げた。

 空を見る。

 何も無かった。

 ただ、暗い空があった。


「月も、こんなもんは見たくねえよな」


 明かりが消えた。


「許してくれなんて、都合のいいことは言うつもりは無い。好きなだけ恨んで憎んで呪ってくれ」


 這いずる音が消えた。


「何でこんなことやってんだ、俺は?」


 男の呟きは路地裏に消えた。


 翌日、路地裏で死体が見つかった。

 昨日までは元気な顔をして生きていた人間が、翌日に死体で見つかった。それだけであれば、珍しい話ではない。瘴気、魔物、病気に事故。人が死ぬ原因なんて腐るほどある。突然命を失うなんて珍しい話ではない。

 しかし、アーキオンの町ではその死体は人々の注目を集めた。

 干乾びたようにミイラ化した死体。

 わずか一日で人がミイラになる。

 一体どうすればそんなことが起こり得るのか。

 どんな魔法が使われたのだろうか。

 ショッキングな事件は被害者と関わりの無いものには、面白い話題だ。

 予想妄想空想入り乱れ、多くの話題の一つとして消費されていく。

 アーキオンの人々はこの事件を話題にするとき、決まって口にする言葉がある。


「一体、いつまで繰り返されるんだろうねえ」


 ミイラ化した死体はこれが最初ではなかった。 

 アーキオンの町では、連続殺人事件が発生している。被害者には、殺されるようなトラブルなどは一切なく。何故ミイラにされたのかわかるものはいなかった。

 犯人はまだ捕まっていない。

 大柄な男を見たという噂がある程度。

 それでも犠牲者は積み重なる。体中の水分がなくなった軽い死体が積み重なっていく。

 町の人々は怯え、夜間の外出を控える者が出てきた。

 魔法を使える人間は珍しくは無い。

 しかし、人をミイラに出来るような魔法使いは珍しい。

 こんな小さな町には、実力のある魔法使いはやって来ない。実力があれば、もっと稼げる場所がいくらでもあるのだ。どんな化け物がやって来たのかと人は怯えた。

 しかし、自分はそんな事件とは関係ないという者もいる。その自信はどこから来るのか、自分だけは大丈夫。自分は関係ないと口にする。

 もしかしたら、不安を払拭する為の強がりなのかもしれない。そんな強がり達は、事件を笑い飛ばし噂話を作り上げた。

 人がミイラになるのは、血を吸う魔物がいるからだと。

 瘴気に汚染され、苦しむ魔物が、汚染された血を浄化する為に住人を襲い、その血を吸い尽くすのだと。

 噂は広がる。あやふやな噂は多くの人々の言葉を借りて、形が生まれる。

 誰も真実を知らぬまま、物語だけが編みあがる。


 今、アーキオンの町では鬼が出るらしい。

 人の血を吸う鬼。

 吸血鬼。

 人々を襲い、血を吸い尽くしミイラにしてしまうのだと。

 湖の吸血鬼。

 正体不明の殺人犯は、そう呼ばれるようになっていた。

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