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第四波「絶海絶対の返品保証」

5/14 一部固有名詞変更。規則性を持たせるつもりはなかったのですが、せっかくなので。

いつもこんなノープランで申し訳ない。

 天佳が目を覚ましたのは、またも日中だった。

 だが、目覚めた場所はまるで別だ。

 ベッドのシーツはあの女のアトリエのものよりも安っぽく、だが丹念にベッドメイキングされているのが、肌触りから分かった。

 フローリングの床の上にある家具は、埃の積もったギターやら、漫画本やら写真のポートレートやらで、眺めているだけで楽しい。

 そして、今回は裸ではない。

 だが傷口こそふさがっているものの、腕はまくられて適正な包帯で留められて、止血の処置がほどこされていたのが、消毒液のかすかな臭いがわかった。


「あ、起きた」


 声が聞こえた瞬間、

「せいっ!」

 ナイフを投げた。

 顔の横に突き立つナイフをチラと見、手にした器を小刻みに震わせ、来栖切絵は顔を白くさせる。

「んー……ひょっとしてお前さん、わざとやってる?」

「うん」

「大道芸かよ」

「ドキドキワクワクした分だけ見物料ちょうだい」

「……たしかにドキドキもヒヤヒヤもしたけど、これでワクワクできたらとんだドMだべさ」


 何はともあれ、切絵は天佳のベッドに腰掛けた。

 ふたを開けると、ほくほくと、湯気が立ちこめる。

 赤く煮詰められた米料理を抱えて、切絵はワケもなく嬉しそうにしていた。

「……何コレ」

「大道芸の代金……とはいかないが、腹減っただろ。約束のナポリタン……作ってやりたかったけど麺切らしててさ。代わりに余ってたトマトスープにスライスチーズと米ブチ込んで、リゾット作ってみたデース」

「……そりゃ、どうも」

 何もかもにツッコミどころがあるものの、ひとまず天佳の思考の回路は、食欲に直結している。


「はい、アーン」

「……」

 突き出されたレンゲを奪い取ると、自分で口に運び、

「アーン」

 などと、懲りもせず、甘えるように口を開く切絵に、

「……別にしてやっても良いけど、上島・出川ばりのリアクションしてくれないと」

「顔に押し当てる前提!?」


 そんなこんなで、平らげる。

「美味いか?」

 腕やヒザをしきりにさすり、そわそわしながらそう伺う切絵に、

「素材相応の味ね」

 もぐもぐしながら、天佳は答えた。

「う、うん? それ、褒めてんの?」

「褒めてんのよ。まずかったらあんたの耳鼻の穴に流し込んでやるわよ。そして上島・出川ばりのリアクションを期待する」

「あの二人でもそのレベルは未知の領域じゃねーかな!? もうムリできないお歳だし! で、えーと……その、つまり?」

「おいしい、ってこと」

「素直にそう言ってくれよー」

 しょうがなさそうに言う切絵だが、その表情は安堵で緩みっぱなしだ。


「それで」

 と、天佳はレンゲを空の器に投げ入れ、改めて問う。

「昨日、どうしたの?」

「昨夜……なにかしてたっけ?」

「……あの小山田かすみに追われた後のこと。正直、醒めた時にはあの船の中、って展開も覚悟してたけど」

「そりゃまぁ、必死に逃げて逃げて逃げて……ここからの展開を解説するとは九十分拡大版デレクターズカットでお送りすることになるけど、聞くか?」

「『X』が、現れたのね」

「えっ」

 切絵の笑みが、ギクリと強ばるのを見て、天佳はますます確信を強めた。

「この島であいつを退けられる戦力なんて、それぐらいなもんでしょ。で、あんたはその戦いに巻き込まれつつも、涙を流し鼻水流し、ヒィヒィとクッソなっさけない悲鳴をあげながら、なんとか私を救い出した、ってこと?」

「そこまで見苦しくねーよ!?」

「もしくは、あんた自身が『X』だったとか……ないわね。ないない。あんた、見るからに苦労知らずだし、見たところねケガもなさそうだし。……何よりじゃない」

「…………そうだな」

 心なしかその切絵の相槌に、感情が込められていないように、天佳の耳には響いた。

 数秒間、天佳は続ける言葉が見つからず、切絵もまた、特に何も言うことがなく、ただ重苦しい沈黙だけが、理由もなく流れた。


「それに」

 と、豊かな胸の下で腕組みし、

「あんな姿になって、超人的な力を得てまで、それでも呑気にヘラヘラしていられるヤツなんていない」

 切絵をまっすぐ睨み上げて天佳は言い切った。

 彼は、肩をすぼめてみせてから、「だな」と首をわずかに上下させただけだった。


「……で、あんた、これからどうするの?」

「これから? まぁ食料の買い出しとか」

「そーじゃなくて。……あの女、根回しだけは周到だからね、あんたのことは多分『キャラバン』に知られてる。もうわかってると思うけど、奴らは私を捕まえるために手段を選ばない。あんたを人質にとるかもしれない。まず自分の身を案じなさいよ」


「……あのーぅ、ひょっとしてそれ……心配してくれてんのか?」

 切絵は図体に見合わない様子でおずおずと尋ね、

「まーね」

 隠してもしょうがないから、天佳はあっさり肯定した。


「だって私、中身も良い女だもの。あんたみたいな会ったばかりのしょーもないアホでも、気にかけるほどには慈悲深いのよ。でも、実際誘拐されると本気で面倒だから、余計なことには首突っ込まないで」

「……あは、は」

 切絵の乾いた笑いが、その場に静寂を運ぶ。


 面倒というのは本音。

 その自信は見栄ではない。

 気にかけているというのは口だけでない。

 すべての感情を余すところなく偽りもなく、まっすぐ伝えたつもりだった。


「なぁ、天佳」

「なによ」

「迷惑のついででさ。この事件、最後まで付き合っちゃダメか? 少なくとも、お前さんの身の安全が保証されるまで」


 ……何をアホなことを、と思う。

 一体今まで、こいつは何を聞いていたのか。


「どーせ狙われてんのは一緒だし? お互いが見える位置になるべく居た方が、落ち着くんじゃね? な?」


 何も考えていなさそうな、脳天気の極みとも言うべき、だらしない笑顔。

 たまらず、手を振り上げていた。


 ぱしん


 乾いた肉の音が、部屋の中に響き、その主は赤く腫れた方に手を当て、呆然と目を見開いている。

 天佳はため息をつき、舌打ちし、頭を抱えるそぶりを見せて、そして言った。


「良いよ。その提案、乗った」

「なんで殴ったの!?」


「ここまで来たら意地張っても仕方ないしね」

「いや、今の流れおかしくねッ!? 反対する展開じゃね!? なんか無駄にシリアスなビンタの音響かせてたべ、俺のほっぺ!?」

「なんとなく、あんたの笑顔が、気にくわない」

「こんな理不尽な五・七・五初めて聞いたべさ……」

「あとは、ま、そうせざるを得ないこの状況に、腹が立っただけ」

「八つ当たりは他にしなさい!」

 打てば響き、撃てば砕ける切絵の反応にはとしきり満足し、天佳は「あと」と続けて付け加えた。


「本気で関わる気なら、この程度の『痛い』じゃ済まない。それだけは、覚えておいて」


「あぁ、そりゃまぁ大丈夫だろ」

 切絵はあっけらかんと笑ってみせる。

 根拠のない自信に、半ばムッとしながらも天佳はため息混じりに、


「あと、ひょっとしたら相手に対してもそういう思いをさせるってことも、忘れないように」


「あぁ、それは、わきまえてる」

「……?」

 天佳は意表を突かれて顔を上げた。

 そこには先ほどと同質の笑顔があるだけで、何か特別な反応を示したわけでもない。

 ――そもそも、一体、何に対して意外と感じたのか。

 本当にそう感じたかどうかすら、把握しきれないまま、違和感はすぐに彼女の心からは消え去っていた。


~~~


「ふむ」

『マルコキアス』の前には、眠れる美女がいる。

 『アヴァロン』船内の医務室には、この二人と、そしてその主である黒米だけだった。

 背をもたれた壁は塗料がはげ落ちていて、ベッドも錆びた色をしている。

 陳列された医薬品にしても、百名近い団員を補助するのに足りているとは思えない。

 ――それはそうだろう。

 この『アヴァロン』は、ただの移動手段、一個の兵装というわけではない。

 世界に影響を及ぼすほどのモノを封じ込めた、『保管庫』なのだから。

「派手にやられたものだ」

「あぁ、体内に『トライバル』活動反応はゼロ。心身に極度の薄弱。昏睡状態。もはや人間としてはともかく、戦士としては再起不能だろうな」

 『マルコキアス』の保管者はその前髪を指先で撫でた。

 それだけで、咽喉を焼くような濃厚な磯の臭いが立つ。

 海に放り投げられた後、ろくに身体も洗ってもらえないに違いない。


「それで、彼女はどうする? 何かしら治療を施すか?」

「そんなことをして何の得がある?」

 ジロリ、と目をいからせて黒米は睨む。


「みすみす能力も手放した濡れ女に、そんなことをしてオレの金になるのか? メイドにでもして毎日オレに紅茶でも淹れさせるか? この高慢ちきなバカ女に、『トライバル』以外の商品価値があるのか? あぁ?」

 他の構成員には決して言わない辛辣なセリフの後、唾吐くようにベッドのフレームを靴底で蹴り、悪態を続ける。


「『フルフル』は『アリアンロッド』以外、唯一あの場所を開けられる手段だったってのに!」

 ――そんな彼女をあえて征かせたのは、お前だろうに……

 呆れるものの、『マルコキアス』は、そのことを追及すれば、面倒になることが分かっているため、あえて言わない。


「だったら、始めから彼女に開けさせれば良かっただろう」

「仮に『フルフル』で十億通りのパスワードと電子コードを破ったとしても、まだ霊質防御壁がある! 全ての解錠にかかる年月は低く見積もって三十年! 費用に換算すれば例えようもない! 力尽くでこじ開けるにせよ、開けた時には世界は人類が住めないくらいメチャクチャに荒れているだろうよっ! だが『アリアンロッド』は違う! ただ扉を開けさせることができる! 扉が扉として『機能』さえしていれば、三十年の過程をすっ飛ばして開くことができる! だが……クソッ!」


 堪えきれぬ身勝手な憤懣を拳の力に換えて、早口でまくて立てる横で、女にしては長身なその身柄を『マルコキアス』は抱え上げる。

 目ざとくそれを見とがめた若作りのリーダーは、

「おい、どうする気だ?」

 と問う。

「お前が要らんというのであれば、返品するだけだ。きれいにしてやってからな。こいつのオヤジとは少し縁がある。島への帰りがけに送り届けてやるさ。『セエレ』を呼んでくれ」

「……勝手なことを。まぁ良い。その代わり、次の戦力を投入する。……本当に『X』を倒せば、奪われた『トライバル』は取り戻せるんだろうな?」

「まぁどちらでも良かろう? どのみち干戈を交えなげればならんのだから、打倒した後、返ってきたら儲けもの程度に捉えておけ。それで、誰を連れて行けと?」

「『バール』を」


 短くそう答えた黒米は、無駄に信頼感のある余裕を、顔いっぱいに取り戻し、『マルコキアス』の名を冠するその人間に、得意げに言ってのける。


「化け物を倒し、少女を連れ戻すのは、勇者の仕事さ」


 そこに正義などないと、己が一番知っているくせに、

 それに正義しかないと、己を酔わせるように。  

遅くなりました。

正直、大筋まではプロット作っているのですが、細かなところは悩みながら書いてます。


こうしているうちに、また何か別のものが書きたく……嗚呼、ジレンマです。

なんだか私のログイン画面だけ「典型的なダメ作家になろう」になってる気がします。

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