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第三波「理解無理解の水平線」

「『トライバル』とは、世界の毒だ」


 一年前、最初『保管者』となった時、小山田かすみは隊長である黒米金充にそう言われた。


「あぁ、そう身構える事はない。別に病魔や毒素の類じゃないよ。そう言った症例は今まで耳に入ってきていない」


 『アヴァロン』内部の医務室。

 かすみの言わんとすることを手で制し黒米は言った。


「ただなんというか、世界が吐き出した膿のようなものではないかな。私の家は、さるやんごとない家の記録官として仕えていてね。私自身、怪事件や歴史的に暗い記録にも目を通した。だから知ったのだが、大事件や記録的災害、あるいは兵士が大量動員された大戦などの直後、まるで呼応するかのように『保管者』は大量覚醒している。……思うに、魔女が増えたから魔女狩りを行ったのではなく、魔女狩りを行ったがゆえに、魔女は増えたのではないかな」


「……それはつまり、失われた多くの人命や怨嗟こそが、『トライバル』の素である、と?」

 鹿の刻印が浮かび上がる上腕を撫でさすりながら、彼女は問う。

 彼は首を振ってノーと示した。


「私の直感としては違う。いや関係はしているのだろうが、そのものではない。おそらく、それらが急激に流れ込んだショックによる世界の拒絶反応として吹き出た血液や膿が『トライバル』 なのではないだろうか。さながら海底のプレートが押し戻されて地震を起こすように。水の満ちたグラスに石を投じると、同等の質量の水が溢れるように。君はバイク事故によってその刻印が現れたと言ったが、『保管者』の刻印は、本人の傷であり、世界の傷口なのだ」


 すらすらと、流れるように自論を語る彼は、その後腕組みして軽く嘆息した。


「だが、考えたことはないかね? 『なぜ、自分なのか』と」

「……それは」

「あぁ! 皆まで言わずともわかるさっ! かく言う私も自らこの『バルバドス』に侵された直後は思い悩んだものだ」

「今は違う、と?」

「あぁ。私は、この力を受け入れた。いや向き合うと決めたのさ!」

 男の腕、肩から指先にかけて、熾のような色の刻印がスーツの表層から見える。


「この力は、己の正義を体現するために授かったのだ。少なくとも、今までできなかったことをするために。わかるかい、小山田くん。『保管者』一人ひとりに、それぞれの能力の使命があり、今後紡いでいく物語があるッ!」


XXX


 ……だが、

 だがこれは、なんだ?

 自分の物語は、貧弱で頭の弱そうな少年から、脱走者である鈴目天佳を受け取る、あるいは奪いとる。

 それで幕が下りたはずだ。

 だが、そのシナリオに予想外の展開が差し挟まれた。


 目の前のおぞましい『保管者』にはどんな使命が、運命が、物語があるというのか?


 ニ歩後ずさり、対峙し、その考えを振り払う。


 ――『トライバル』の王がどれほどのものでしょうか。この程度のアドリブ、いくらでも修正が効きます。


 自分は、ただ言われた通りに行動すりだけだ。


 そう意気込み、構えるかすみ。

 だが、すでにいない。

 かすみの視界から、怪異と悪質の塊はかき消えていた。

 倒れた少女の姿があるだけだ。


 ふわりと、前髪が浮かび上がり、わずかなそよ風を感じる。

 見上げれば、斜め上。

 飛躍する異形の王が、一瞬で間合いを詰めてきた。長柄の得物を、振りかざしていた。

「っ!?」


 とっさに顔をかばったその腕に、鋭い一閃がえぐり込む。

 勢いは殺せず、かすみはコンテナに叩きつけられた。

 そのままコンテナを突き抜け、三個、その鉄の箱をぶち抜いたあたりで、彼女の身体は止まった。


 刻印により強化された身体はある程度の痛みから保護されているが、完全になくしてくれるわけではなかった。

 目眩、頭痛、

 関節部から全身に、痛みが染み込んでいく。


 自らの背が開けた穴。その空洞から、異形の王の立ち姿が見える。

 振り抜いた槌が静かに地につけられると、軽く金属音がした。それを引きずるようにして歩く。

こちらへと近づく速度は、ゆるやかに上げられていく。

「くっ……!」

 自らを支えるコンテナに掌を押し当てる。

 そこに生み出した鹿を起点に、雷の刻印を、展開する。

 稲妻の形を模したそれがコンテナの壁を、無数に駆け巡る。

 それらを伝い電流がめぐり、迸る。


 ――今度こそ、終いだ。


 ここから光速で四方から伝う攻撃に、敵はなすすべなく焼き殺されるだろう。

 刻印が広がる前に逃げられる恐れがあったから先には使わなかったが、真っ向勝負となればこれほど有効な手はない。

 向かっていく紫電たちを満足の心地で見下ろすかすみの、


「Mixing……No.3×No.5」


 耳朶を襲う、ひそやかな声。


「No.3、『フラウロス』」


 ごぽり、と。

 それの手に、湯水のように刻印がふきこぼれ、沸いて出る。

 現れたのは、大身の、ねじくれた穂先がついた紺碧の槍。柄も含めれば二メートル近い。さらに石突きには鋼鉄の鎖が黒々とくくりつけられて、赤銅の左腕と繋がっていた。

 槌を持った逆の手で握り、くるりと穂先を回し、ピタリとかすみの方角へ、真正面へ向ける。

「……まさか。その位置から、この雷が届く前に当てられると?」

 お互い、これまで無表情に命のやりとりをしていなければ嗤っているところだ。

「良いでしょう。当てられるものなら当てご覧なさい。ですがこの小山田かすみ、一撃食らったところで能力の解除などしませんよ」

 だがその魔物……『X』の歩みはまるで反応なく、止まりもしない。


「……愚かなっ」

 雷光の蛇が、『X』に牙を剥く。

 一斉に発射される電流と、槍の投擲は、ほぼ同時だった。

 交錯する、紫と紺。


 放たれた槍は、空間を二つに裂くようにして飛来した。


 轟く風音が、かすみの耳元を襲う。

 槍自体はかすみからわずかに外れて、後ろのコンテナを貫いただけだった。

 たしかにそのまま手をコンテナにつけたままだったら、その手は刃に縫い付けられていただろうが、とっさに離してまぬがれた。


 かすみは勝利を確信する。

 紫電は彼女の手を離れ、既に『X』に迫ろうとしていた。


「勝った」

 そう声をあげたくなるのを押しとどめ、追跡者は、ただ無心に敵の断末魔を望む。


 が、


 電流は、止まった。

 消えた。


 それらを伝えた刻印は赤い輝きを失い、根を立たれた木のように、惨めに枯れて行く。


「……え?」

 あまりの事態。

 あまりの急転に、彼女の状況把握能力は完全に失われた。


 まるでそれは、

 ブレーカーの落ちたレンジのようで、

 コンセントの抜かれた冷蔵庫のようで、


 ――まさか

 彼女がその比喩に至った時、ある仮説が生まれる。

 射抜いた槍の先、射抜かれそうになった手で今まで触れていたものは、なんだったか?

 敵と向き合うことさえ放棄し、彼女はその槍の穂先へ首を巡らせた。


 投擲された槍は、刻印を、『フルフル』を、

 『トライバル』を、撃ち抜いていた。


 ――ありえない、と彼女は心で叫ぶ。

 根源を絶ったからといって、既に発せられていた電撃までが消えるはずがない。

 あるいは、毒のようなものが、そこから一瞬で巡って攻撃力を奪ったというのか。


 穿たれ、色を失った鹿が、彼女の手元で朽ちて行く。


 ――世界の毒の、毒


 その言葉が頭の中に生まれ、慄然と身を震わせる。


 思えばこの場所も、電気を動力として動くものは少なく、また遮蔽物が多く、逃げ場がない。

 相手にとっても

 ……こちらにとっても。

――誘い込まれた。


 おそらくは、勝つために。

 少年を助け逃げる算段をしていた少女。

 だがその手に引かれていた手は十字を秘していた。

 ――少年は少女を救い、敵を殺す算段をしていた。


 その怪物が鎖を鳴らして、たぐり寄せるように前進する。

 距離を詰められる中、心を無にしてかすみは刻印に力を込めた。


 もっと広く、

 もっと長く……

 もっと遠く……!

 港湾のすべてに燃える火の如き紋様を拡散させて、自分の利となる武器を、探す。

 世界を自分のものにと取り込んでいく、高揚感に踊らされず、目の前のプレッシャーにも揺れず、小山田かすみは捜し、求めた。


 ――あった。


 互いの距離、あと、五メートルほど。

 駆動音がわずかに聞こえ、異形の首が、わずかにそちらを向く。

 その方角にあるコンテナが、砕けた。地響きを立てるほどの轟音と共に、巨大な影が、『X』の側面へと叩きつけられる。

 電気自動車。

 輸出用として積まれる予定のものだったのだろう。雷の刻印に纏わりつかれた、重さ二トン超の鉄塊。

 最大時速は三百キロだが、『トライバル』の恩恵、いや呪いによってリミットを外されたそれは、自壊するのも気にせず、五百キロをゆうに超える速度で、『X』へと突っ込んだ。

 巻き上がる土煙。

 確かに聞こえた、いびつな衝突音。

 今度こそ、勝利を、勝利を、勝利、を……


「Mixing……No.X……『フルフル』」


「……え?」


 夜闇と土の帳の向こう、低く呟くような声が、まるで耳元で囁くように聞こえる。

 瞬間、

 覆い隠す一切を、一陣の風が吹き飛ばす。

 ヘッドライトが、彼女の姿を照らした。

 向かってきている。

 車が、

 自分が操っているはずの電気自動車が、

 その意志を無視して、まるで別の、何者かにコントロールされているかのように、

 それを裏拳で弾いてそらし、思考する。


 ――何者か。

 ――今、なんと言った?

 ――何故、自分の『トライバル』の個体名が彼の口から……?


 まさか、

 まさかこの少年の如き怪物は、怪物の如き少年は、


「『トライバル』を破壊した衝撃を、再び『トライバル』として抽出(コピー)している!?」


 問いに対する答えを得た時、車の影から赤銅の細身が現れた。

 迫り来る鉄槌。

 かすみに向けられた面には、見慣れた鹿の刻印。

「No.9×No.X」


 振り抜けられる。

 打ち付けられる。

 心も、体も。

「もう黙れ」

 無情な言と時同じくして、雷神の槌の如き一振りが、かすみの腹部に叩き込まれた。

 全身の筋肉を雷と共に激痛が伝う。

 たまらず声を喘がせた。絞り出したその声が、己の神経を焼き切っていくようでもあった。


 吹き飛ばされながら、脱力感が包み込む。

 それはどこかうすら寒く、そして妙な安心感に包まれている。

 ふとぼやける視界を下へと移すと、手にある鹿の刻印が、色を失っていくのだけがが判然としていた。

 その上から、『X』が描かれ、鹿を寸断していく。

 まるでやり直しを求められた誤答のように。

 まるでダメだと、バツの烙印を焼きゴテで刻まれるように。


 ――あぁ、失われていく。


 無力感、徒労感、脱力感、虚無感。

 ありとあらゆる無念の感覚を噛みしめ抱いて、背で何層もの壁を突き破り、宙を飛んで、意識を手放す。

 海へ出、水面へと叩きつけられ、沈みゆく。


 ――何故

 ――何故こうなったのか。


「お前は、喋りすぎだ」


 その言葉が、『トライバル保管者』小山田かすみの最期の告げる一言だった。

 そして……


 ――そうでした。

 考えていなかった。

 自分で考え、行動していると思っていた。

 けど、本当は他人の思惑に身を委ねていた。

 そうでなければ、罪悪感に囚われてしまいそうだったから……


 それが人間を取り戻した小山田かすみが得た、最初の答えだった。

だいぶ更新遅れました。

本当はもっと長く続けたかったけど、キリが良いのでここまで。

この程度の文章量でこれ以上遅くなるようであれば、作品の凍結も考えに入れなきゃですね。

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