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第二派「怪奇開戦の雪月夜」

ちょっと休憩いただいてました。

タイトルは語感で適当に決めてるので、そのうち全部直すかもしれません。

……どこぞで似たようなことを言った記憶もありますが。


それはそうと早速の感想をいただきました。

やっぱ物書きとしてこれほど嬉しいことはないですね。毎日のようにニヤニヤしながら見ております。


4/1 言葉足らず、ないしあいまいな部分を書き直しました。

5/12 脱字修正

 『アヴァロン』

 それがこの『砦』の名前だった。


 全長約一九○メートル。

 全幅約二十二メートル。

 ……最大速度、約三十五ノット。


 資材再利用のために船舶解体……いや、そういう名分によって『ある男』に買い取られた。

 欧州圏某国海軍のミサイル巡洋艦こそ、彼ら『キャラバン』の拠点だった。


「……。……さて諸君!」


 深呼吸の後、団長黒米金充は両腕を広げ、甲板に集まる団員に高々と宣言する。

 年頃は四十半ば。やや内巻き気味の前髪が特徴的で、ブランド物のスーツと時計を着けるその姿は、異能者たちのリーダーというよりは、やり手のベンチャー企業のCEOにも見えるだろう。


「先日ヘリを奪い逃走した『アリアンロッド』の居場所が判明した! 場所は筆島! 我らの故郷である日本は中国地方に位置する小島だ! ヘリの撃墜には『フルフル』の追撃により成功したが、幸い、幸いにも! 彼女は生きている! 幸いと思いたまえ! 袂を分かったといえど、かつての同胞ではないか!」

 男はそう、熱弁をふるう。


「我らが同胞射場家の働きかけによって、その島における寄港地は確保されている! そこでまず先遣隊を派遣し、しかる後に本隊が上陸する運びとなる! 諸君、これは我々の戦いだ! 我々の聖戦の始まりである!」


 ボーイスカウト風の衣装をまとった隊員達は、その男の一挙一同に感銘を受けるがごとく、目をうるませ、固唾を呑んで見守っていた。

 黒米はそんな彼らの様子を眺めつつ、身体と耳を傾けた。


「……ふむ。たしかに彼女……『アリアンロッド』は元々我らの同胞だ。無論、彼女にも使命から目を背け、逃亡するだけの理由があったのだろう! だが、互いの正義のために力を尽くしてやることこそ、彼女に対する最大限の礼節というものではなかろうか!? そうして互いにしのぎを削り合い、研磨し合ってこそ正義というものはより高みに達するのだっ! 諸君らが彼女のために流す涙は決して無駄ではないっ! 味方同士で相争って手を汚すことは、無益ではないのだっ! この大戦により、諸君らの意思はさらに統一され、洗練され、より強固な絆となって世界に向かって羽ばたくだろう!」


 隊員達の大多数は十代から二十代で構成されている。

 『保管者』。

 そう、彼らは呼称されている異能者だった。

 文字通り、『トライバル』の刻印を有して、そしてその力を発揮、運用することが可能な人種。

 えてして、若者が多かった。

 それらのみずみずしい熱狂の雄叫びが、夜天を焼く。


「まず島に先んじて上陸し、様子見を行う者たちを編成したい! 誰か、真っ先に名乗りをあげる勇士はいないかっ!?」

「……では」

 と、ずいと一歩前に出る影がある。

「次も自分が行かせていただきます。先日は、彼女を取り逃してしまいましたので」

「おぉ、『フルフル』か! 確かに君の力であれば、様子見どころか単騎で彼女を捕捉することも可能だろう! ……他はどうだ!? なに、手を挙げずともとがめはしない! なにしろあの島には、我らが危惧する悪鬼『X』が潜伏しているとの情報もある! 怖じることは、恥ではないぞっ!」


「だ、誰も怖じてなどおりません! 私も行きます!」

「オレも!」

「わ、わたくしも!」


 我も我もと手を挙げ始める構成員たちを、黒米は戸惑いながらも満足げに見つめていた。


 彼はありとあらゆる正義が好きだった。

 自己犠牲、感動、英雄、少数の犠牲による多数の救済……例えそれが無惨な結果を生んだとしても、彼はそれを愛するだろう。

 特に、自分の掲げる正義は、とても好きだ。




 ――なにしろ正義は、カネになる。




 狂乱に沸く彼らの頭上で、その団長はほくそ笑み、スーツのポケットから一枚の写真を引き抜いた。


「あの女神チャンも、ご自慢の外見からあの円盤の刻印まで、余さず利用価値がある……だが、まずはこいつ」


 そこに映るは、異形の魔人。

 赤銅色の身体のラインは細い人間のものだ。

 X

 その文字が幾重にも折り重なって交叉するような外殻。どこが顔で、目で、鼻で、口で……どこで視認しているのかまったく見当がつかない。

 コートの裾のように膝の辺りまで伸びている。

 鈍い色の槌、その細長い柄を振りかざし、迫る恐怖が、写真越しにも伝わって見えた。


 黒米はブルリと総身を震わせる。

 恐怖ではなく、夜風の冷たさでもなく、昂揚によって。


「『マルコキアス』のデマかと思ったが……こいつはとんでもないトクダネだ。『トライバル』の王様だかなんだか知らんが、ひっ捕まえて、金を産むニワトリとしてせいぜい扱き使ってやる」


XXX


「ふんふふふんふーん、デートデート!」

「恋する乙女ならともかく、図体のデカい男がうかれてはしゃぐ姿は、見ていて気色悪いな」

 カメラの三脚を上機嫌で組み立てる切絵に、島津が背後から容赦ない言葉を浴びせる。


 切絵の背後は、崖になっている。

 寒々とした空の下、一本だけ立った松を二人は被写体にしていた。


 ねじくれた太い幹から少しでも目を移せば、対岸に卵型の城壁が見える。

 もうすぐ完成する、『筆島ポートロワイアル』のものだった。

 切絵は崖に腰掛け、足をブラブラさせながらそれを眺める。


 島津のアシスタントを自ら買って出てる切絵だが、何かを言われない限りはそうしている。手伝えと言われれば手伝うが、基本はそうして自由気ままに振る舞っていた。島津もそれを咎めず、また過度な期待もしていないようだった。金が絡んでいたらそうはいかないだろうが、基本、切絵は無償での勤労だった。

 以前あれやこれやと色々手を出してカメラを壊し、島津の冷たくも激しい怒りを買ってから、そういう風になった。

 カメラの方は、切絵にとっては専門外の領域だった。

 邪魔にならない位置で地に腰掛け、空を眺め、海を楽しむ。


「大体、待ちあわせ場所ばかりで時間も決めてないデートなどあるか」


 島津はファインダーを覗き込みながら言った。

「まっ、クリスマスデートつったら夜だろ!」

「夜って……日没からずっと待つ気か? 何時間? というか本当に来るのか?」

「待つ男ってのも、絵になるんじゃねーの? それに会いたかったらあの娘は自分で会いに来る。なんかそんな気がするんだよなー」

「……ほとんど初対面の小娘に、よくもまぁそこまで入れ込むものだ」

「おっ、嫉妬してくれてる?」

「いや、微塵も」

「……ちょっとは動揺してくれても良いのに」

 残念がる切絵。構わず島津は連続してシャッターを切り続けた。

 それでも切絵は、自分たち二人の間に共通した時間が流れているのだと、理由も理屈もなくそう思えた。


「それに、さ。なーんかほっとけねーんだよな。あの娘。頼りになる人間どころか、知り合いもいないみたいだし。だったら数少ない知り合いの俺が、頼りになるしかないんじゃね? って」

「…………それは」

 パシャリと、

 シャッターを切って顔を上げ、島津は言葉を紡いで問いへと繋げた。


「かつてお前も空から海へと堕ちたからか?」


「かもしんない」

 切絵は前髪をいじりながら言った。

「でも、同情じゃないよ。俺が勝手にやってることだし。島津センセイが海の中にいた俺を引き上げてくれたみたいに、伸ばされたその手を掴んだ以上、最後まで引き上げなきゃ」

「……ちっ、雲が来たな」

 再びファインダーを覗き込んだ島津が、露骨に舌を打つ。


 ――照れ隠しなのか、本気でどうでも良いと思ってるのか、この人の場合は本気でわかんないよな。


 何しろ、不機嫌でいない時がないというほど、彼女は笑顔を見せない。


 ――実はメガネ美人なのに、もったいねぇ


 十二月二十五日。

 クリスマス。

 海の町の風は強く感じる。だが波は穏やかだった。

 海も、空も呆れるほどに青い。

 白いワタアメ雲が、見ているだけでどこかで落ちていきそうなほどに澄んだ空の中で雄大に流れて、切絵に安心感を与えてくれる。

 ――今日は良い日になりそうだと、切絵は本気で信じた。


XXX


 そして夜の帳は、切絵がソワソワしているうちに下りた。


 灰色の雲が蛇鱗の如く分厚く覆う。

 昼間の晴天だったのに、それがまるで誰かの悪意で見せられた幻であるかのように、悪天候のうえ、雪までチラチラと降り始めた。


 

 お気に入りのカーディガンに、フェイクタイシャツ、こじゃれたジーンズに、そして革のブーツ。

 無造作にセットされた頭髪を降雪で白くデコレートしながら、それでも心に情熱をくべて切絵は待った。

 通り過ぎたカップルがホワイトクリスマスだとはしゃいでいたが、


「……どーにも、イヤな感じだ」


 それとは対照的な印象を、切絵は胸に抱いた。

 理屈ではなく、直感的に。

 ――空の奥、空の底……そのあるべき形が見えないと、どうにも落ち着かない気がする。

 まるで今まで聞こえていた人の話し声が、欠伸一つ落とした後でまったくの無音になってしまったように。

 喪失感。そして自分が正常でなくなってしまったかのような、錯覚を持ってしまう。


 いやいや、と切絵は首を振る。


 せっかくのデートに、男の方が冴えない顔をしていては、あの気高い気質を持つ少女はそっぽを向いてしまうだろう。あるいは、一瞥くれることなく、約束など忘れてしまったような顔して通り過ぎるだろう。


 ――それに

 と、切絵は思う。

 それにあの娘の暴風のような、太陽のような、激しい気質の前にすれば、こんな自分の予感の暗雲なんてすぐに払える。

 頬を叩き、気合いを入れ直したその時だった。


「……ん?」


 ぞる


 と、


 背をもたれていた電柱に、何かが巡るのを背で感じ取った。

 石の柱に、おそるおそる、切絵は強ばった顔を巡らせる。

 刻印が、そこに張り付いていた。

 熾火の色をしたもの。

 二本の角、四本足の、獣の刻印が乱雑なタッチで刻まれている。

「うおっ!?」

 慌てて飛び退いた次の瞬間、彼の世界は、一変した。


 謎の存在『トライバル』が、切絵の首のあたりを起点に一気に拡散した。

 角の刻印から、稲妻のような形、ねじくれたサインが、

 粉雪が薄く積もるアスファルトの道路を、石畳で舗装された歩道を、千差万別の店舗を、その他家屋を、

 余すところなく浸食していく。

 余すところなくそれは……光を、電気を奪い、本当の夜闇を目覚めさせる。


「うわっ……」

「なに、停電!?」

「ヤダぁ……」


 現代に生きる日本人の目にとって、完全に電気のが失われた夜は自分の手足の存在さえ畉田しかな暗黒だろう。

 そして選ばれた人間のみが視認できるというそれ、『トライバル』の灯りが、切絵の視界をぼうって取り戻させる。


 ――けどこれは、違う。


 天佳の求める怪人『X』のものではない。

 混乱する人々の中、切絵は肌の冷たさで風向きが変わったことを知った。

 見上げれば、尖塔のようなビルの上、舞い散る氷片に揉まれて、

 またも少女は、少年の目の前に落下してきた。

 受ける風の抵抗で、まずまくれ上がって見えた白いお腹が、切絵の目に入る。


「……おいおいおい!」

 ビルの高さは約二十メートル。三階建て。

 前回のような彼女の受け入れる水のクッションはなく、あるのは硬く護られた大地のみ。


 だが彼女……鈴目天佳は難なく、軽やかに着地した。

 落下の衝撃も、痛みも、落下による弊害をまるで意に介しないように逃走体勢に移行する。


 刹那、目と目が合った。

 手を伸ばし、その手首を掴んで引こうと

「お、おぉ、ぉ……?」

 ……して、逆に思わぬ怪力に引きずられる。


 天佳と手を繋いだまま、いや引きずられたままに、切絵は疾走していた。

「っ、あんた、なんで掴まったの!?」

「いや、つい」

「つい、じゃない! ……ったく、とんだ手繋ぎデートだわ……っ」

 空いた片手で前髪をこするように乱し、少女は、混乱する町中を疾走する。

 二人を、街灯を消しながら刻印が追跡する。

 その光景はまるで、白血球が異物を取り込もうとしているようにも見える。

 聖夜を蝕む刻印の奥、ぼんやりと浮かび上がる光景の最奥に、人影があった。

 ……他にも人の影は無数にあるが、その影だけは明らかに異質だった。

 こんな尋常ならざる状況下において、正中線をブラさない、のしのしとした歩き方。そして両腕にまとわりつくように、電柱にあるのと同じデザインの鹿の刻印が異様に浮かんでいた。

 長い髪を持つ、女性のようだったが、面立ちまではこの『薄暗がり』では判別できなかった。


「なんだ、あれ!? あれも、『トライバル』っつーヤツなのか!?」

「そうよ。『トライバル・フルフル』。……触れた部分の電気や信号、あるいは電波にすら干渉して自分の支配下に置く! そういう力」

「そう言えばお前もあの円いので粗大ゴミ動かしてたな」

「私のは」

 彼女は無人で停まる自動車に手をかざした。

 エンジンがかかったようにも見えないし、キーが開いていたわけでもない。

 それでも車は、動いた。

 いや、正確には車の四輪が動力無しに独りでにスピンして、前へと進んで追跡車の追撃を妨げた。

 壁にぶつかったのか、衝撃音で悲鳴があがった。

「ただ『機能させる』だけの、せせこましい力。容姿は今世紀もっとも完璧な私だけど、『トライバル』の特性までは選べなかった」

「だから真顔で言うなって……っ」

「詳しい話はその後! ……今は、あの女を振り払う。人がいないところはどこ?」

「だったら角、曲がれ。そっちから港のほうへ行けば、今は誰もいないだろ」

 切絵の言に従う。顔の横だけ見せてそう頷いた天佳に巻き込まれ、切絵は路地裏へと折れた。


XXX


 ブティック、

 スナック、

 カレー屋、

 ラーメン屋、

 スリランカ料理屋……

 商店街の細い道にも、テーマパークの建造によって新しい店は増えてきた。

 とは言っても、この暗中、ビッシリと呪詛のように刻印が貼り付けられた中で、で何がどう増えたのか認識する余裕は、切絵にはなかった。

 ――この力、いったい一人の力でどれほど影響するのか。

 想像するだに、恐ろしい。


 乱れた呼吸と暴れる胸を抑えつける切絵の横で、天佳は、息すら切らしていなかった。

「……すげぇ体力だべさ」


 そして切絵は、己の手を見た。

 赤く染まった己の手。べったり張り付いた血痕を見て、唇を噛みしめる。

「ケガ、してるのか」

 彼女が掴んだ左の手。衣服の下から血が絡んでいる。それを隠すように腕組みしながら、天佳は口を尖らせた。

「……すぐに治るわ。そういう風にできてるの」

「できてるって」

「『トライバル』の『保管者』は、その刻印の力を利用する際、その余剰エネルギーが『保管者』の身体に『膜』を作る」

「まく」

 マヌケなほど忠実にオウム返しした切絵は、天佳の姿をチラチラ見、膜とやらを探した。

 そんな様子に呆れたのか、呆れつつもその気の抜けっぷりに安堵したのか、天佳は

「ばか」

 そう、ため息一つこぼすだけだった。


「『保持者』やあんたみたいな人間でも見えないほどに透明な膜。でもその膜は身体能力、反射神経、治癒能力、他『トライバル』に対する抵抗力エトセトラ……様々な力を与えてくれる。つまり『トライバル』使用中は、その主は超人になれる、ってわけよ」

「なるほど!」

 感慨を込めて、切絵は頷いた。

 だが、この様子もいちいち真剣さに欠けるのか、また、吐息が形の良い唇から漏れる。


 歩き出し、港湾へと向かう。

 切絵は本当は病院に連れて行きたかったが、天佳がそれを拒んだ。


「命に関わる精密機器がある場所に、あんな電気ウナギ、連れて行けるわけないでしょ」と。

 それを聞いた瞬間、

「やっぱ優しいよな、お前」

 切絵は笑み、それを見た天佳はかえってブスリと、憮然とした表情を浮かべた。

 ……だが笑顔の反面、切絵の胸中には暗いものが差し込んだ。

 気づかされたからだ。

 この自分と同じくらいの歳の少女は、自分がのんびりとデートだなんだのと浮かれている間に、こんなにも苦しい状況下にいたのだと。

 いくら傷つけられても、心も、身体も、救ってもらえない。

 ――いや

 救いの手を差し伸べることすら、今のように「迷惑がかかるから」と、自らためらい、拒んだはずだ。

 ――なんとか、してやんないと。

 切絵は決意を新たに、少女を望む場所へと誘う。


XXX


 海に出た。

 振り返ると、闇の幕が下りた町の喧噪が、遠くなっていた。

 あてもない道のりだったが、開けた場所に出て。なんとなく落ち着いた。

 だが電気はここでも完全に供給を絶たれている。

 いつもより大きく聞こえてくる、海神の鼓動の如き荒々しい波の音と、ツンとする磯の香りが、その存在を誇示する一方で、威圧もしてくる。


 波止場に片足つけて周囲を警戒する天佳の背に、切絵は疑問を投げた。

「で、お前さんとあの女の人は『保管者』として。なんで追われてるんだ? やっぱ、探してる『X』と関係あるとか」

「そいつは直接的に関係ないわよ。ただ個人的理由で探してるだけ。……逃げたのよ、あいつら『キャラバン』から」

「なんで?」

 邪気もなく、好奇心の赴くままに追及する切絵。少女は、不本意そうな調子の声を発した。

 円の刻まれた手の甲。振り返らずにそれをヒラヒラとかざしながら、

「このみみっちい力が、連中には聖剣の入った宝物庫の『鍵』に見えるらしくてね。でも、私は意地でもその剣を奴らには渡したくない。だから、裏切ったの」

「宝物庫? 聖剣?」

「……追ってるバイレンス女は、私だけが目当て。それを聞くとあんたも感電死するハメになるけど、聞く?」

「……」

 切絵が黙っていると

 それが懸命。

 そう言いたげに、無言で、真顔で天佳は頷いた。


「でも」

 後頭部に両手を当て、切絵は言った。

「個人的な理由、っていうのなら、『X』の『トライバル』に会いに来た理由ぐらい、聞かせてくんねーかな」

「……別に、大したことじゃないよ」

「でも、気になるべさ」

 ほんのりと、雪と刻印で輝く少女の背。目元は影の加減で切絵からは見えなかったが、横顔は、こちらを向いていた。

 笑っている。

 それでも切絵は気がついた、気づいてしまった。


「救いが欲しかった」


 ……自嘲、なのだと。


「誰も助けてくれないけれど、助けなんて必要ないけど、追われる中で救いは欲しかった。姿形まで変わるほどの『保管者』。見つかれば手段を問わずに組織が追ってくるでしょうし、親しい人に怪物呼ばわりされるかもしれない。さぞ辛い思いもしたでしょう。そんなヤツなら、私の悩みや境遇なんて、大したことないなんて、笑って言ってもらいたかったのかな。……でも、他に目指せる場所は、ここしかなかった」

「家族は?」

「……だいぶ前に、事故で死んだわよ。それで食い扶持求めて『キャラバン』に」

 切絵も天佳も、そこで、口を固く閉ざした。


 かつて仲間と呼んだ者たち、あるいは共に飯を食べて、風呂に入り、好きな男子や流行のファッションについて談笑、したのかもしれない。

 それが、自分の力だけを求めて、見知らぬ町にここまで被害を与えながら、自分に傷まで負わせて、なおも迫ってくる。

 自信家で気位が高いこの少女が「救いが欲しかった」と、そう言わせるまでの断腸の決断と、辛い逃避行だったのだろう。

 空から落ちてきて、殴られた時は「なんて理不尽な娘だ」と思った。

 しかしあれが実は、彼女なりの精一杯の拒絶と、虚勢だったとしたら……?


「天佳」

「なによ。気安く」

 振り返ったその頭を、切絵の伸ばした掌が、親しみいっぱいに撫でた。

 くしゃくしゃと、愛犬に接するようにして、

 少しでも、彼女の心を凍えさせるものを除けるようにと、祈りながら。


「大したもんだ」


 ……瞬間、拳が飛んできて、

「ぶへぇっ!!」

 真正面から食らってしまい、切絵はのけぞって倒れた。

「気安い! 軽い! 甘い、ぬるい、青い! ってかバカ丸出しっ!」

 撫でただけなのに、拳の次は思いつく限りの言葉の暴力が、切絵に叩きつけられる。

「誰もあんたみたいな苦労知らずの脳天気な色ボケにそんな慰め方されたくなかったっつーの!」

 本来、決めるべきところで決められなかったのだから、泣くべきところだが、切絵の顔にも、笑みが戻った。

 目の前の天佳が顔を真っ赤にしているのが、皮肉にも彼女の刻印の発光でわかったのだから。

 その事実と顔の熱を隠すようにふいと視線をそらし、ぶっきらぼうに彼女は尖らせた唇を開いた。

「でも……殴ってスッキリした」

「そこは『話せて』じゃねーかな……」

「むしろ不安材料が増えたわ。……ありがとう。それと、一緒にご飯食べてあげられなくて、ごめん」

「い、いやぁ、まぁそんな謝るぐらいじゃ」

 なんだか、ほんの少しだけこの女の子のことが、切絵にはわかった。

 良くも悪くも、表裏のない人間。


 ――いや、やっぱ落ちてきた時のアレ、素なんだろうなぁ……

 

 苦笑する切絵は、一瞬気づくのが遅れた。


 ……ほとばしる紫電が、闇の中から伸び出た手より、自分に向けられていることに。


「……ちっ!」

 先に動いたのは、天佳だった。

 舌打ち一つ、その紫電から、切絵を庇うようにして回り込む。

「っ、天佳!?」

 直撃を受けたのもまた、天佳だった。

 電光が直撃し、悲痛な声が彼女のさらされた喉がこぼれ出る。

 雷に打たれたことなどない切絵にとっては、その苦痛は想像すらできないものだった。

 膝から崩れる彼女を抱きかかえ、

「天佳、おい天佳っ!」

 口をわずかにパクパクさせるだけの少女に、必死に呼びかける。

 目はうつろで、半ば、というより九割方意識が失われているようだったが、それでも口だけが、動いている。

 痙攣ではなかった。

 ただ、一心に伝えているのだ。

 無関係の、

 いやむしろついてきたせいで自分が危機に陥っているという相手に対し、


「私を置いて、逃げろ」


 ……と。


XXX


 『フルフル』は、自らが放った電光弾が、その背の高い少年を直撃から庇うために、鈴目天佳が動くことは予測していた。

 予測していて、撃ち放った。


 ――あれは、そういう女だ。

 

 自分のつまらないプライドのために、結果他人を犠牲にし、自分すらも犠牲にする。

「まったく……人体に干渉する威力なると充填して腕部よりの射出動作が必要なのが、この力の難点ですね」

 本来なら、この手で直接殴っているところだ。


「無駄ですよ。彼女の神経系と生体パルスを支配下に置きました。自分がそう命ぜぬ限りは、お目覚めにならないかと」

 彼女の声に驚いたのか、目を見開く少年がコンテナより現れた『フルフル』を向く。

「逃げるなら追いません。素人を巻き込むのは我が家の主義に反しますので。そこの鈴目天佳とは違い」

「……っあんたは」

「名乗れば、貴方は無関係者ではなくなります。それでよろしければ、名乗らせていただきますが?」

 と、威圧する。

 見たところ、臆病で無害な一般市民が、ヒロイックに酔いしれて、事の重大さも知らずに脊髄反射的に粋がっている。

 それだけのことだ。


「小山田かすみ」


 少年は、少し怯んだその弱々しい目で、しかし『フルフル』……小山田かすみをまっすぐ見据えながら言った。

「おや、ご存じでしたか」

「あぁ。あんたをセンセイが撮ったことあってさ。あの人の家にその雑誌の校正刷り、置いてあった」

「世界のなんと狭いこと……世を忍ぶはずのモデル業も楽ではありません」

 しみじみと、実感を込めてかすみは呟いた。


 十九歳。

 切り揃えられた黒い前髪。天佳に負けず劣らぬプロポーション、加えてライダースーツにくるませた、彼女にはない一七○近い長身が、このかすみの特長だった。


「でもなんでだ!?」

 少年は吼える。

「でもなんで、あんたが……こんな娘を」

 後に続くほどに語気が弱々しくなっていったのは、怯懦のせいではなさそうだった。

 悲憤。

 少年の目も、眉も、唇も、悲しみに満たされながらも、理不尽な事態に対する怒りが滲み出ていた。

 価値のないものだ、とかすみは思った。

 あくまで武力による鎮圧もやぶさかではないが、自分たちの道理によって、この少年に、自分が何と関わったのか、そのさわりだけ伝え、退かせるのも手だと思った。


「大義のため」


「……大義?」

「えぇ。我ら『キャラバン』はさる由緒正しき一族の流れを汲む組織でしてね。目的は力と財産の悪用にあらず。ただただひとえに、同等に異能の力を持つ者の抑制、沈静化、その維持。すなわち世の中の平和のために使われております」

「ウソだ」

 低い男の声で、少年は断じた。

「確かに。貴方より見れば確かにいたいけな少女を、暴漢が、平穏な、それも聖夜の町の風紀を乱しながら追いつめているようにも見えるでしょう。ですが貴方は少なからず、彼女の力の一端を見たはず。そんな力が束縛より解放されて出回れば如何でございましょう?」

「……あんたらは、彼女に何かを開けさせようとしていた。それは世の中に干渉するような代物じゃないのか?」

「……そこまでしゃべりましたか。まったく……良いですか」

 まるで自分が新任の教師にでもなったかのように、小山田かすみは、滔々、しかし自分の頭にある語句を一字一句漏らさぬ丁寧さで、組織の理念を語った。


「力は、より強力な力でねじ伏せるもの。数多の創作物で幾度となく否定されてきましたが、現実世界では陳腐なほどにその理屈がまかり通っておりましょう。それが真理ゆえです。腕力、財力、知力、政治力、コミュニケーション能力その他もろもろと。問題なのはそれらを手にした時、邪な気持ちを持たないかどうかでございます。そして強大な力を前にして、私心なく、ブレることなくそれらを管理・統括できる信念の強さが我々『キャラバン』にはございます」

 少年の、自分を見る目は変わらない。


 ――ここまで語って、まだ分かっていただけないとは。


 呆れは吐息に変わる、なお少年を説く言葉へと続く。

「現に、私と彼女は父親同士友人で、個人的にも親しくしておりました。……なので今回の件、裏切られたという憤り以上に、心苦しい。ですがそのような葛藤を乗り越えてこそ、我らの団結と意思はさらに強まることでしょう。そのためならこの小山田かすみ、この友を地獄の鬼にも捧げましょう」


 しん、と場が静まりかえる。

 しんしん、と雪は降る。

 

「っ……」


 と、少年は呼気を喉に詰まらせた。

 肩の雪が、小刻みに揺れた。


「いま一度、申します。彼女を渡しなさい。これ以上踏み込めば、命の保証はできかねます」


「…………ごめんな、天佳」

 俯き、目を伏せて隠す少年は、震える声をかろうじて絞り出し、一度だけギュッと、少女の身を抱いた。

 それから優しく、地面へと下ろす。

 少女を見捨てる決心がついた。

 小山田かすみはそう決めつけて、前へと一歩踏み出た。


「俺は、お前の辛さを『大したことじゃない』なんて、笑うことなんて、できないよ」


「往生際の悪い」

 紫電が再び、腕に絡みつく鹿の刻印に絡みつく。

 今度こそその一撃は、少年を狙い澄ましていた。


「動くな」


 脅しをかけたのは、少年の方だった。

 なんの異能も持たず、臆病で、圧倒的に立場が悪いはずの、無力な男の子。

 そのはずの、彼が……

 軽く驚くかすみだったが、程度の知れた文句に歩みを止めるはずもない。

「彼女は渡さない」

 強く、高らかに、幽鬼のように起き上がった少年は、自分の決意を響き渡らせる。


「お前は、俺が倒す」


 ――倒す?

 能力抜きにしても一般人より抜きん出た力を発揮する自分のような存在の打倒を、勝利を、この少年は戯れる様子も奢る気配もなく、真剣味を帯びた眼差しで、はっきりと告げてきた。

 笑うことなくひたすらに呆れ、かすみは、ため込んだ雷撃を少年と、少女へと向けて放った。


 光速の一撃。


 当たったと知るよりも先に、当たるはずだった。


「Mixing」


 転瞬、

 かすみの歩みは、張り付いたように止まった。

 闇の中、研ぎ澄まされた第六感が理屈と彼女の意思を無視して、静止を全身に命じたのだ。


 バチン、と

 まるで蠅でも払うような簡素な仕草で、

 かすみの放った矢の如き『フルフル』の雷光は、たやすく彼の手に弾かれた。

 光線が脇にそれ、海中へと沈んで消える。


 X


 それを刻む、彼の手によって、


「Mixing……No.1×No.9」


 神託のような厳かさで、理解不能な文字の羅列を並べ立てる少年の輪郭が揺らぐ。

 目の錯覚ではなかった。

 蜃気楼でもなかった。

 ……己が発狂し、正気を失ったわけでもない。


 この少年の……この『トライバル保管者』のエネルギーが、規格外に高濃度なのだ。

 実体として視認できるほどに

 ――外皮のように、まとえるほどに。


 双眸に映るは、異形の魔人。

 赤銅色の身体のラインは細い人間のものだ。

 X

 その文字が幾重にも折り重なって交叉するような外殻。どこが顔で、目で、鼻で、口で……どこで視認しているのかまったく見当がつかない。

 コートの裾のように膝の辺りまで伸びている。

 虚空に渦巻くX型の『トライバル』が、形を変えて鈍い色の槌を作り出す。

「No.9、刻印槌『ソロモン』」

 その細長い柄を手にし、先端をかすみに突きつけた。

「……『X』……ッ」


 詮無い都市伝説だと嗤笑していた、『トライバル』の王。

 その伝説が現実生きて目の前に存在し、畏怖の塊の如く、君臨している。


「さて、と」

 いつの間には雪は止み、暗雲は晴れていた。

 隠されていた月光が、少年少女に向けて病的なまでに青白い光を照射していた。

 魔王の住処の如き漆黒の海が、それの背後、さざなみを立てて押しては引く。



「バツを受けてもらうぞ、『フルフル』の女」

同姓同名の同一人物が出てきましたが、まぁ気にしないでください。

今回は本気で中二チックになってしまいましが、まぁ気にしないでください。


……たまにそういうことをしたい病気なんです!

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