後日談「初夏五月の或日(中編)」
「……で、探すと言っても」
切絵は伸びをしながら、『ぎゃらりー鉄鍋』を出た。
「場所に見当ついてんの?」
「はい。さきほども言いましたが『ユニコーン』は戦闘向きではないので、この島に学生として潜入し、そこで諜報活動や連絡の中継を行っていました」
「そういうことだ」
かすみが答え、島津が同調する。
「じゃ、センセは面識あるんだ?」
「いや、ヤツの『トライバル』はできることなら忌避したい類のものだ。だから連絡は携帯で取り合っていたし、『アヴァロン』でも会ってはいなかった。実名も、学校で使っている偽名も知らん」
「うーん……でもこの島にガッコなんて、ウチしかねーし、そこから探ってみるといいのかな」
そうだ、と彼女は頷いた。
「よっし! じゃあ俺らでそいつ探しに行こう! センセ!」
「いや、悪いがわたしは力になれない」
あまりに呆気ない拒絶の言葉に、切絵は踏み出そうという力を持て余して前のめりに倒れた。
「な、なんで!?」
「面識ないが、向こうは流石に副団長の顔ぐらい見知っているだろう」
「私は知らなかったけど」
「木っ端が知ったところでどうする?」
瞬間、冷たく冴えた視線をぶつけ合う女性二人に「まーまー」と切絵が割って入る。
「そもそもわたしは既に『マルコキアス』の大半を失っている。切絵、ちょっと変身してみせろ」
「え? あ、あぁ。……Mixing No.1×No.9」
赤銅色の魔人になった切絵に、島津はさらに指示を重ねた。
「お前、『マルコキアス』コピーしてるだろ。それ出してみろ」
「ん? んん? ……わかった。No.1×No.X『マルコキア……」
ガシリ、と。
アイスブルーの刻印が浮かび上がった腕を、島津が掴み上げた。
そして、
「ふん」
ひっぺがした。
『トライバル』を、
『マルコキアス』を、
冷たく輝く刻印は、まるでシールか何かのように、元の持ち主の右腕へと貼り直されて、当人は、涼しい顔でその右拳を開閉したり、裏返したりしている。
「ったぁ! 痛い! ってちょ!? え!? えぇー……」
物の貸し借りのように所有権が移ったそれを、変身を解いた切絵は呆然と見ているしかなかった。
「……まったく、これでも全盛の八割程度しかない。というわけだ。本調子が戻るまでは、わたしが協力しても足手まといになるだけだ」
なげかわしい、なげかわしい
ぶつぶつと、繰り返し呟きながら、まるで老婆のような足取りで、片足一本で戦艦を吹き飛ばす女は去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、切絵もまた
「……もうやだ、あのヒト」
と嘆いた。
「足を引っ張るって、むしろ校舎ごと吹っ飛ばすと思うけど」
「あのヒトおかしいって! 皆川漫画みたいな強キャラだし、平松漫画の主人公みたいなバカ強さだし!」
~~~
……そんなこんなで、
切絵、かすみは島で唯一の公立高校にやってきた。
中間試験も終わり、すでに放課後ということもあり、校舎にいる人間はぽつぽつとまばらだ。
熱心に部活動にいそしむジャージ姿の少年少女たちが狭いグラウンドを往来しているのが、切絵たちのいる校門からも見えた。
「って、グダグダ言いつつ、お前も来るんだ」
腕組みして、私服姿で隣に仁王立ちする天佳に切絵は苦笑した。
彼の方をギロリと横目で睨みつけ、「勘違いしないでよね」と言い添える。
「忘れ物取りに来ただけよ」
その言葉に対し、切絵の表情は笑い五割苦味五割から、笑い一割苦味九割へとシフトしていく。
――普通の女の子だったら「ツンデレ乙」で微笑ましく終わるけど、多分この娘さんはマジで忘れ物取りに来ただけなんだろうなぁ。
と。
「……にしてもお前、学校入るならちゃんと学生服着てこいよ」
詰襟の制服姿の切絵がたしなめると、
「そんなルール誰が決めたのよ」
と轟然と言い放つ。そう返されては切絵も、
「校長先生たちだと思うよ」
としか言えなかった。
「そんなこと言ったら、そこの女はどーなのよ?」
天佳が指で示したその先に、ジャケットを羽織った美人モデルがいる。
制服ではないどころか、関係者でさえない。
はっきり言えば不審者扱いである。
「ご懸念には及びません。すでに許可はとっています。それに他校とはいえ、自分は教育実習生。教育関係者には違いありません」
「じゃ、その実習は今日どうしたってのよ?」
「父に代わりを頼みましたが、二つ返事で快諾していただけました」
「俺がガキの頃と変わらねーな、あの人」
悪びれず、そんなことを言うあたり、この女は紛れもなく鈴目天佳の友人だ、と切絵は思った。
あるいは『キャラバン』とは、日本の常識をものともしない、強靭な女傑を生み出す教育プログラムでもあるんじゃないか、と。
「まぁ、学校側が納得してるなら良いや。それじゃま、とっとと『保管者』を探して」
と、何気ない気持ちで足を踏み入れる。
それが、異変の始まりだった。
「!?」
踏み込んだ足元が、色づいて輝き始めた。
島ではすでに散り去った、桜の花弁のような、薄紅色。
見れば彼の両足を囲むように、三角形の角を模した刻印の輪が浮かび上がっていた。
切絵だけではない。
他にも校内の人物余さず、その足元に刻印がある。
切絵のように桜色か、それとも絵の具のような、人工的な青色か。
昼下がりの空を見渡せば、一角獣の横顔が、凛々しくドームのように学校全域を包み込んでいた。
「切絵、大丈夫? って、何これ?」
自身に続いて校門をくぐった天佳が見せた、同様の反応で、切絵はその怪現象に当たりをつけた。
外からあの刻印『ユニコーン』を見落としてたわけじゃない。学校一帯をある種の異界化させている!
切絵はあわてて立ち戻る。
だが、何らかの妨害があるわけでもなく、自分も、他の生徒も自由に学内外を出入りできるようだった。
「先ほども申し上げましたが」
と、切絵の危惧を払ったのは、校門の外側に控えたままのかすみだった。
「『ユニコーン』は心身に異常をもたらす代物ではありません。あくまで本来は一見して判別できない身体的特徴を、『トライバル』により可視化させているにすぎません」
「じゃ、なんであんたは入ってこないのよ?」
切絵が内心感じていた矛盾を、そのまま天佳が指摘した。
かすみはふっと目をそらすと、
「自分は裏手から『ユニコーン』を探そうと思います。お二人はそのまま正面から挟み込むように進んでください」
と言った。
ますますそこに、違和感を感じていた。
そもそも彼女は、肝心のところに触れていない。
すなわち、この刻印、その色分けが、何を意味するのか?
――男女?
否、そもそも入ってきた天佳の刻印も同じ薄紅色だ。
――年齢?
否、教師や用務員は確かに青色が多いが、それに負けず学生も同色が多い。
むしろ行き交う人々の大半を占めているのは、鮮やかな青色だった。
――『トライバル』の才能の有無?
否、そもそもコレが見える人間がいたならば、騒ぎになっているはずだ。
可能性考えればキリがない。
そこで切絵は両手を掲げた。
この現象の正体を唯一知る小山田かすみに直接問うほかない。
例えそれが彼女の気分を害することになっても、だ。
「あのーぅ、ズバリ聞くけどさ、『ユニコーン』の能力って、なんなの?」
始め、目の前の美女は困惑したように整えられた眉をひそめた。
その顔のまま切絵から目を外すと、ボソボソと、何かを呟いた。
「え? なに、聞こえん」
無遠慮に聞き返した切絵に、かすみは明らかな敵意と嫌悪感を以て睨みつけ、逆に彼を困惑させた。
それから、さっきよりは大きな声量、それでも声と感情を押し殺して、言った。
「『ユニコーン』が表示するのは、過去、性的交渉、その経験の有無です」
「…………はい?」
予想外の返答に対し、切絵はその意味を咀嚼することができなかった。
即座にその意味に
「ああ」
理解を示したのは、校門の外から出た天佳だった。
「回りくどくお上品に言ってたけど、つまり」
次に天佳の口から出た、実にシンプルで羞恥心の欠片も見せない解答は、切絵の表情を凍りつかせた。
「処女童貞かそうでないか、色分けしてるってわけ」
しばらく、あんぐりと口を開けたまんまの切絵に横目を向けた天佳は
「で、ピンクは童貞ってわけね」
「俺見ながら言ってるけどお前も同じ色してたかんなァッ!?」




