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後日談「初夏五月の或日」

 そして桜が散った。

 五月になった。

 五月病に限ったことではなく、時節の変わり目に不調を来たしたり、当然と思っていたことに突如として不安を覚えたりするのが人間である。


 そしてそれは、普段他人から能天気者と思われている人間もまた例外ではない。


 来栖切絵もまた、鬱屈を抱えていた。


 ――果たして俺は、『トライバル・X』の呪縛から抜け出ることができたのか?


 と。


XXX


 『トライバル』を悪用する組織、『キャラバン』との戦いから数ヶ月が経過した。

 首魁である黒米金充は本土にある母体組織に拘束され、彼の部下も洗脳を解かれたうえで引き渡された。


「確かに一般的には法で捌けぬ事例だ。だが、餅は餅屋。狂犬は保健所と言ってな」


 とは、島津の言。

 彼女自身を含め、それぞれ相応の報いを受けたようだ。


 それからしばらく、切絵は『トライバル』を使い、異形の姿へなっていない。


 使う必要がない、と言えばもっともらしく聞こえるが、正直なところ、使いこなせるか、再び使っても自分はなお、自分でいられるか。

 ……その姿は、今でも彼女、鈴目天佳たちに受け入れられるのか。


 不安だった。


 ――けど、いつまでもそんなビビってばっかもいられないよな。


 そんな決意を新たに、




「天佳ァァ! 俺のこの姿って怖くないよなーッ!? 普通だよなー!?」




 『X』の姿で、天佳が絶賛入浴中の風呂場に突貫した。


XXX


「ただいまー」

 『鉄鍋』の戸を開いて入った島津新野がまず目にしたのは、バスタオル一枚という姿の美少女が、ボコボコにヘコまされた赤銅色の魔人を吊るし上げる姿だった。


「何してるんだ……お前ら」


 呆れたような口調でそう尋ねると、濡れた髪をそのままに、


「この変態が自分のこと怖いか、だの自分は正常だ、だとかのたまうから、こっちから恐怖を叩き込んでやってんのよ」

と、さもそれが当然の行動であるかのように言った。


 つまりそれは、いつも通りの二人、ということだ。


「ま……なんでもいいがな。客の前だぞ」

 ため息混じりに呟いた後、島津はアゴで入り口を示した。


 そこには、ライダージャケットをワンピースの上から羽織った、モデル体型の美女が正中線をぶらすことなく立っていた。


 いや、事実雑誌モデルだった。

 ……この、小山田かすみは。


「お久しぶりです」

 あいさつもそこそこに敷居をまたいだかすみを見た瞬間、切絵の身体が彼女の腕からすり抜けて、ぐえっと短い悲鳴をあげた。


 旧友同士の再会。

 しかし、両者の間には簡単に割り切れないわだかまりがあることを、島津は知っていた。

 心ならず裏切ってしまった後ろめたさが、かすみの無愛想な面の奥に隠されている。


 その緊迫の中で、


「あ、裏切り者」


 まるでカタツムリを路上にいるのを見つけたような気軽さで、その地雷をためらいなく踏んだ。


「ってうおおおおい!」


 と、あまりの言い草に異を唱えたのは、天佳の足下に沈んでいた切絵だった。変身を解き、勢いよく跳ね起きる。


「そーゆーこと思ってても口にしないの! なんでお友達のトラウマをアリの巣感覚でほじくるの!?」

「トラウマも何も、事実じゃない」


 何の臆面もなくそんなことを言う天佳の表情には、怒りも不満もない。

 その言葉どおり、あくまで事実を口にしたまでのことなのだろう。

 相手を糾弾しようとか、今更蒸し返そうとか、そんな様子はなかった。


 島津はかすみの肩を叩き、「気にするな」とフォローした。


「お前も知ってるだろ。ああいう血も涙もないことを平然と言えるのが、鈴目天佳という女だ」

「うっさいわね、裏切り者二号」

「……よし、死ぬか。お前」

「意外と沸点低いなぁこのヒト!」


 切絵の声の声に反応し、おほんと咳払いしてかすみも同調する。

「そうだった」と島津が我に返れば、天佳も何事もなかったかのように裸足で着替えに戻った。それを切絵が、名残惜しげに見守っていた。


「それで」

 と、島津はかつての後輩に目を向けた。


「まさか謝罪の通じない相手に頭を下げに来たわけでもないだろ。ここ最近は先輩の下で働いていると聞いたが、用件はその関係か?」

「……アレの指揮下に入ったつもりは毛頭ありませんが、本日はまた別件で参りました」

「別件、な」

「単刀直入に言います。『キャラバン』、その残党がこの筆島に潜伏しています」


XXX


「残党?」


 険しい表情をかすみに向けた『マルコキアス』、島津新野横顔を見ながら、切絵は口を挟んだ。


「でもさ、『キャラバン』はもう倒れたんだろ? だったら」

「 えぇ、切絵さまのご活躍もあり、『キャラバン』は解体されました」


 その組織に属していたことも、その切絵にボコボコに打ち負かされたことも忘れたような顔つきで、かすみはしれっと答えた。


「ですが、当然『アヴァロン』船内に詰めていた構成員の他にも、『トライバル保管者』は各地に配置されていました。もっともそれも、本島の討伐組織に狩られていきましたが」

「で、その生き残りの、生き残りがこの島に逃げ込んできた、ってわけ」


 着替えを終えた天佳は、薄手のポンチョの下で腕組みしながら戻ってきた。


「はい」

「それで、潜伏した人数は?」

「一人です。個体名は、『ユニコーン』」

「『ユニコーン』!?」

 その名を聞いた切絵の脳裏に、荘厳なBGMと、純白の一角獣の姿が浮かび上がる。


「あいつか……」

 と嫌そうに島津が呟いたところからして、組織内でも相当名の知れた存在であることがわかる。


「なんか、名前からして強キャラっぽいぞ」

「いえ、直接的な戦闘能力も、『ベリアル』のような精神操作能力もありません。それゆえ、本土の方々はその追討に本腰を入れていないようで」

「だからその役目をお前らに押しつけた、と」

 島津の皮肉たっぷりな口調に対し、無表情を保ったまま小山田は頷いた。

「そこでお願いがあります。生死は問いません。この『ユニコーン』を発見次第、身柄を確保してください。自分も協力いたします」


 ぺこりと、二人の前で

 美人モデルに頭を下げられ懇願される。それ自体は、切絵としても悪い気はしない。

が、その頼まれごと自体は、剣呑だった。


「わっかんないわね」

 と、腕を組んだまま壁にもたれて天佳は尋ねた。

「なんであんたがその一角獣に関係するのよ」


 そこでようやく、旧友二人は視線を交わした。いや衝突させた。

 睨み合いに近い無言のやりとり。数秒が過ぎた後、


「理由は三つ」

 と、かすみが答えた。


「一つ、彼の能力が、自分にとっても好ましくないという点、一つ、『キャラバン』の暴走には、走狗となってしまった自分にも責任の一端はあり、決着をつけなければならぬ問題です」


 そして第三の理由。

 軽い息継ぎの後で、


「この一件は、自分や、多くの『キャラバン』団員の減罪がかかっています」


 かつて『フルフル』として切絵の前に立ちはだかった彼女は、彼に挑むような目つきで言った。

「……それはつまり、『生きたければかつて仲間を討て』と、そういうことか?」

 低い調子でそう呟いた島津に、かすみは無言で頷いた。

「本土か何だかしらないけど、あちらにもずいぶん性根の腐った人間がいるみたいね」

 天佳も珍しく不快感をあらわにした。


「……良いよ」

 しばらくの沈黙の後、天佳は腕組み脚組み、どっかりとカウンターに腰を下ろして言った。

「命賭けてやったろうじゃないの。切絵が」

「え!? そこ勝手に決めるんだ!?」

「良いじゃない。このまま生きててもロクなことしないんだから、たまには人様の役に立ってみなさいよ」

「……泣きてぇ……とは言え、俺もまだ『X』の力に不安があるし、練習として付き合ってもいいべさ」

 ありがとうございます、と頭を下げようとする小山田かすみに対し、「ただし」と切絵は手で制して付け加えた。


「条件がある」

「条件、とは?」

「まず、謝って欲しいんだ」


 つかつかと、切絵は天佳の背後に回り込んで、

「こいつに」

 ポンと、両肩に掌を置いた。

「……それは……」

「島津センセはあぁ言うけど、これでもこの娘さん、あんたのこと心配してたんだぞー? 確かに時間が修復してくれるかもしれないけど、いつまでもお互い避けてたら、進む針も進まねーべさ」

 な? と、念押しするように二人の浮かない顔を見比べる切絵に、かすみはわずかな戸惑いを見せた。

 それから、長い時間を費やしてから、

「……そうですね」

 と一人ごちるように言った。

「……天佳……」

 向き直り、切絵達の前で、初めて彼女の名を呼んで、


「ごめんなさい」


 か細い声で、しかし情感をしっかりと込めて、旧友は少女に謝った。

「ハッ! そんなに詫びたきゃ熱した鉄板十枚重ねの上で焼き土下座でもすることね」

「……重ねたら意味ないだろう」

 島津のツッコミが的確に入る。

 切絵は背後から天佳の頬に手を回すと、


「素直になぁれ」


 ぶにゅっと、彼女の顔を挟み込んで潰した。

「ほらほら、ちゃんと言わんとご自慢のお顔がもっとタイヘンなことになるぞよー」

 と、柔らかくすべすべした肌をもてあそびながら、切絵はさらに動きを激しくしていった。


「……わかっは、わかっはわひょ」


 文字通りに顔を歪ませ渋々頷いた天佳は、解放されてようやく小山田かすみと向き合った。

「……別に気にしてないわよ。つか、いちいちそんな前のことを蒸し返すとか、どんだけ陰湿なヤツよ」


 控えめに微苦笑するかすみに対し、腕組みしたままプイとそっぽを向いて、天佳は彼女を、赦した。

 最後まで素直になれない意地の張りように、切絵は苦笑しつつ、ふと表情を曇らせる。


 それでも、二人の関係が完全に修復されることはなく、本来のあるべき形より、ちょっと違う道を進むことになるのだろう。

 それが吉と出るか、凶と出るか。切絵にはなんとも判断しがたく、そして干渉のしようのない問題だった。


 ――あとは……


「あと切絵、そこ動くな」

 静かに殺意をたぎらせる少女、数秒も経たず始まるであろうその逆襲から、どう逃れようか。


 切絵の最大の関心は、現在そこにある。

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