第十七波「流星両断の一撃拳」
今まで見せていた『トライバル・X』の姿とは、類似する部分はあれど、同一の姿ではなかった。
今まで肉体を拘束するように密着していた『X』型の外装は、尾の切断された包帯のようにたわんでいる。
それらが隠していた地肌は紺青、修道僧のローブのように分厚い衣状。
ほどけかけた赤銅の奥で、上弦月の形の単眼が、ターコイズブルーの底光りを見せていた。
――これが、『トライバル・X』の真の姿。
膨張する存在感、威圧感。その孤影は、雪夜に浮かび上がっている。
その全てを、肌で余さず感じ取る。
……留めようもない歓喜が、頬を緩ませた。
転瞬、
まばたきのわずかな間を縫って、強烈な姿が消えていた。
「ッ!」
――左。
直感は、追いついていた。
だが、身体がそれを理解し、反応するよりも速く、左脇腹を打たれた。
「……は……っ」
部屋の壁を破る。船の先端から、奥へ。ついには、船外へ。
横一文字に『アヴァロン』を突き破り、海に達した。
『爪』を海面に突き立てる。氷の足場を、道を作り、島津はその上を滑走した。
その道を風圧で砕きながら、閃光にも似た紺青が追った。
体勢が整うよりも先に、撥ねられるように、一撃を見舞われる。
宙を舞う彼女の肉体を、暴れ風のような、流星のような連撃が打ち上げる。
一撃目は、肋骨にめり込んだ。
二撃目は、なんとかいなした。
三撃目で、目が慣れた。
四撃目で、魔人の姿がはっきり見て取れた。
五撃目で、繰り出された拳は、受け止めた。
六撃目……打たせる前に、殴り返した。
「……っ!?」
分厚い装甲越しに、肉体に達する直撃を与えた感触があった。
そして、そのことに驚愕する少年の、確かな息づかいを聞いた。
再び海へ向けて急降下する切絵は、その細身をくるりと縦に回転させ、海の上に立った。
いかなる邪法か、そのまま沈むことなく、まるでそこに透明な土でもあるように。
彼の足下は、蜃気楼にでも包まれたように輪郭がはっきりとしない。
その浮遊能力の一種のようなものが、他の能力によって封じられていたNo.1本来の特性だろう。
――天から海に堕ちてなお、一人で立てる程度にはなったか、小僧。
名状しがたい感傷と共に、島津もまた『爪』を海に立て、氷塊の上に立つ。
間を作らずに、激闘は海上にて再開された。
それは傍から見れば、星の輝きが突発的に生まれては、消えるさまにも似ていただろう。
黒く広がる天と、黒くたゆたう海を挟んで、旋風が巻き起こる度に、明暗二種類の青い火花が散って、残光が尾を描く。
そこに人の姿はない。
そこは、人の領域ではない。
光芒が、未踏の世界で攻防を、応酬を繰り返している。
激しく蛇行しながら肉薄する切絵に対し、島津は正拳を用いて叩き伏せる。
「この程度で真実にたどり着くだと? ……出来はしない。そもそも、お前はそんなことを望んではいない。お前はなんのためにここまで来た?」
「……助けるためだよっ! 天佳も、あんたもっ!」
「本当にそうか?」
島津は切絵の訴えに、懐疑で返した。
「お前はわたしたちに何も感じていない。いや、だからこそ焦っている。『人として当たり前』のことを感じられない痛みが、お前の中にある。それが、お前をここまで突き動かした。『人として当たり前』のことを、行うために」
確信を持って、島津が言った。
瞬間、光速で動いていた切絵の動きが鋭さを失った。
図星。
少なくとも本人は、そう考え、それによって精彩を欠いた。
その隙は島津にとっては格好の好機だった。
奥歯に力が入る。強く踏み込み、強く蹴りつけた。
己の肉体もろともに、切絵を船の甲板まで押し戻した。
サーフボードのように、潮と雪で濡れた鉄板の上を滑った。
もはや、最初の攻勢が嘘のように、二人の立場は逆転していた。
「……違うかっ!」
「それでもっ!」
己の胸板を踏みにじる彼女の足首を掴み、彼は叫んだ。
氷の爪痕が、彼をえぐる。
出血し、よろめき、立ち上がり、肩を上下に、左右に揺らしながら、それでも切絵は立ち上がる。
「……やっと、分かった! 俺は、空が青いと感じたいわけじゃない! 空の青さと美しいと感じたいんだっ! そうすることじゃなくても……そうありたいと願う気持ちも人の心なんだ!」
「…………っ、だったら!」
打。
水月への攻めは、腕で防がれ、隠し玉の二度蹴りは、右脚で迎撃される。
その衝撃を糧に島津は天高く、飛翔する。
「その覚悟でもって、この無二の一打、受け止めて見せろ!」
熱と冷気が渦巻く右拳が、切絵に向けて振り下ろされる。
神が振り下ろす斧にも似ていた。
あるいは雷のようで、神罰のようで、悪夢のようでさえあった。
少年の覚悟を問う桁外れの一撃は、見上げる切絵を巻き込んで、ミサイル巡洋艦を真っ二つに叩き割った。