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異聞 真田信繁伝  作者: どたぬき
第一節1614年二月
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第六節 徳川家康という男

真田御一行は只とりあえず北へ向かった。だが無目的に見える真田御一行に何者かが近づいて来る。それは・・・。

第六節 徳川家康という男


 本当に真北に向かった真田信繁一行は朝は、話しながらのゆっくりとした歩みで、しまや少女に様々な事を大人達が聞かせながら歩き、夜の宿泊では半蔵が、子供達に武術や技術を仕込む様を肴に信繁達が酒を飲んでいた。そう言う旅だった為か、普通の旅人よりは遅い歩みで北に向かっていた。と言うよりも全員が天海の身体を気遣っていた。流石に齢九十を超えるご老体である。気を遣わない者はいなかった。

「でもまあ・・・これはこれだな。」

 青海はゆっくりと宿から街道を見つめ、つぶやいた。ちょうど二階を一面借りていた彼らにとって下を歩く人々は、せわしなさそうに見えた。

「どうしたんだ?青海?」

 不思議そうに信繁が聞き返す。

「今まで何というか、行き急いでいたからな。こうゆっくりとした時間も悪くないかと思えてきてな・・・。」

「お前らしくもない。」

 筧の呆れた顔ではあるがその着物は着流しであり、宿で提供された物だ。

「風呂・・・入って来いよ。滅多に入れん。」

「いやあな。半蔵はどうした?」

「あの方なら・・・。」

「よ。拙者の事がお気に入りなら、そう言えば。」

 笑いながら入ってくる半蔵の手には川魚が握られていた。

「それは?」

「ああ。近くの漁師に掛け合って酒の肴をゆずってもらった。」

「いいのかよ。」 

 呆れた顔で半蔵を見ながら筧の背負子の中に手を突っ込む。そこには酒の瓶が一本とっといてあった。

「でもまあ・・・いつも思うのだが・・・お主・・・ワシ以上の飲み道楽・・・食い道楽だのう。」

 青海が呆れた顔で半蔵を見つめる。確かになんだかんだ言って半蔵は食料の調達に事欠かない。

「まあな。生きている楽しみの一つだ。気にするな。」

 無邪気に笑い、七輪を外側に起きながら火種を取り出す半蔵の姿は無邪気そのものだった。

「おーい。でたぞ。」

 そう声が聞こえてくると、下の階から一気に駆け上がってくる声に半蔵は邪魔されたようなむっとした顔になった。

「早いな。」

「ああーな。あっついのは苦手じゃ。」

「待ちなさい。まだ頭拭いてないですよ。」

 天海僧正の慌てた声が聞こえる。こういう声が聞けるのもまた、この旅の醍醐味だ。

「ま、そう言う事だと思った。」

 呆れた顔で立ち上がると、半蔵はふすまを開けるとちょうどふすまに手を掛けようとしたしまの姿があった。頭は・・・何とも言えないほどにぼさぼさだ。

「そうそう、風呂は貴重だ。戻れ、戻れ。」

「そんなこといってもなー。」

「そうだ、天海殿。」

「ん?」

「連れは?」

「あ・・・まだ風呂ですな・・・。来い!しま・・・。あの子に謝るんだ。」

 慌てた声が、下に降りていった。天海じいさんもまた・・・大変そうだ。

「さて私は、下に行って少し、しま達に稽古でつけてきます。後はお願いいたす。」

 そう言ってちらちらと七輪を見ながら半蔵は下へ降りていった。

「でもまあ・・・。大所帯だな。」

 青海は呆れた顔で手持ちのひょうたんを覗いていた。

「でもまあ、こうなる予感はしていました。」

「すいませんねえ。」

 そう言う声に入り口のほうをみると、天海が手ぬぐいで頬をこすりながらあがってきた。

「いい湯でしたな。ささ、他の方も入られませい。」

「おう。」

「先行っています。」

「分かった。」

 そう言うと二人は手ぬぐいを片手に下に降りていった。

「いい風ですな。」

「確かに。」

 町は夕暮れで下を見ると、呼び込みの女達が旅人の腕を持って引きずり込んでいる姿が見える。皆が皆、生きるに必死なのだ。

「平和な物だな。」

「ですな。」

「そうだ・・・。天海殿に相談しておきたい事がありましてな。」

「どうなさいました。」

「あなたほどの博識な方ならお築きかと思うが、この先の道中・・・。」

「どちらをお通りになるおつもりで。」

 天海は側により声を潜める。それに合わせ、信繁は声を小さくする。

「このまま北に行く振りをして中仙道を通るつもりだ。ま、本来はこれが目的で来たような物だ・・・。」

 信繁は遠い山を見つめる。ちょうどこのあたりで西へ向かえばちょうど中山道だ。ふと天海は頭を巡らせてみる。確かに、徳川に従ってはいる物の、あの地域は武田家遺臣団とかがいる地域、そうそう襲撃も出来ない。それに・・・。

「兄上・・・ですか?」

 天海はちょうど上田の地にいた、真田家の当主の事を思い出す。

「まあな。半蔵とかが関所を通してくれれば後はどうにかしてあそこに行くつもりだった。だが今回の通行書のお陰で、行けそうだったからな。目的を果たすつもりだ・・・。」

「では・・・。どういった相談で。」

「まあな。そこでは俺たちの名前は知れ渡っていると思うんだ。」

 確かに真田の物が徳川軍に大立ち回りしたのをむろん上田や信濃の人々は聞き及んでいる事だろう。

「だが、事がおおっぴらになれば半蔵でもかばいきれなくなってくる。」

 むろん、書があるとはいえ、名前を明かせば豊臣方だとばれている人間がいればよからぬ事が起きる可能性がある。

「でだ。名前とかを考えていただけぬか?」

 天海はその言葉に頭をひねってしまう。

「どうしてそうなりますかな?」

「いやあ・・・。まあね、偽名を旅の間考えてみたんだが・・・なかなか思いつかなくてね。」

「とりあえず思いついたのを一つ言ってみてはくれまいか?」

 天海はいぶかしげなかおをして、信繁の顔をみつめる。

「うーむ・・・。真田信の繁・・・とか?」

 その言葉に突っ伏すのをぎりぎりこらえる天海は近くの柱に頭をこすり当てる。

「で・・・筧がカッケルだろ・・・青海は・・・セィーカイだろ。」

「少しお待ちくだされ。それではほぼ変わらぬし・・・。それにあまりに酷い。」

 信繁のあっけらかんとした顔に一抹の不安を覚えてしまう。

「こういう事に不慣れでしてな。それに僧正様に名前を付けてもらえばそれだけでも縁起物という物だ。何か・・・こう・・・お願いします。」

 そう言うと大きく信繁は頭を下げた。

「ま・・・。たしかに名前を付けるのはやぶさかではないが・・・。わかり申した。考えておきましょう。ただ・・・。」

「なんですか?」

「流石に・・・青海殿や筧殿はそのままでもいいかと・・・。」

「あ・・・そう・・・わ・・・分かったよ。」

 信繁のなんともも間の抜けた声は、天海の心に何故か心地よく染み渡った。


 次の朝は晴れ渡っては・・・・いなかった。どことなく曇り空であり、雨の予感さえした。春の雨は山に暮らす者にとっては危険でもある。雪解けを加速させ、また山崩れの危険もある。

「で・・・だ。信繁殿。」

 半蔵は声を急に低く下げる。その感じに筧達も身構える。

「急で悪いが・・・ここにもう一泊・・・。いいかな。」

「どうか・・・したのか?」

「俺もまあ・・・な・・・。」

 半蔵が歯切れの悪い声を上げる。

「で・・・どうしたんだ。」

 半蔵のその顔では想像が付かない。

「それについては聞かないでくれ。俺も信じがたいと思っているんだ。旅費は俺が払っておいたから、飯ぐらいはでる。だからな。」

「ま・・・かまわないが・・・。」

 信繁はあまり気にしていなかった。と言うのも、このゆっくりした旅はある意味目的通りだからだ。本当にこの男が忍軍の長ならば、この男の足止めは百日の軍備より効果があるからだ。それに言っている通りなら、帰る時間を遅くすれば、それだけ時間が稼げるという物だ。だが、それでも遅すぎる。

「歯切れの悪い半蔵というのも珍しい。どうしたんだ?」

「いやあ・・・な。あ・・・この天候だろ。危険かなと思ってな。」

 確かに空の様子は不安だ。だがこの程度でひるんでいては山越えなぞ出来はしない。少し詳しく言うなら、この頃の街道と言っても木が切ってある程度な事が多く。街道整備が本格化したのは江戸中後期がほとんどである。ましてやこの時代で整備とは木がない程度でしかない。それでも獣道よりかは大分歩きやすいのだが。

「ま、そこまで言うなら・・・すまないが頼む。」

そう言うと、履いた草履を元通りにすると信繁は宿屋の中に戻っていった。

「え・・・今日は行かないん・・・。」

 少女が寂しそうに空見つめていた。

「今日は、家の中で勉強だよ。」

 天海は優しく諭すと、少女に優しくほほえんだ。

「そうだ・・・。」

 信繁は空を見つめながら少し考えると、またわらじを履き始めた。

「青海。」

「おう。」

「ついてこい。魚・・・取り行くぞ。」

「あ、おう。」

 青海は頷くと荷物をおいて、外に?けだしていった。

「お・・・俺は?」

 しまは驚いたように周りを見渡すと各自、行動を起こしていた・・・・あれ・・・半蔵の姿が見えない・・・。

「ん。こういうときは信繁様の後について行ってこい。」

「おいよ。」

 掛け声をあげると、しまは掛けだして外に行った。

「あれ?半蔵殿は?」

 筧が慌てて周囲を見渡すと半蔵の姿が見えない。

「さあ?」

 天海は首をひねるが、いつの間にか・・・姿が見えない。

「そうだ。天海様。せっかくの機会です。幾つかお聞きしたい事が・・・。」

 筧は背負子をおろすと、そこには手書きの書があった。ふと天海は少女の方を見つめると、うずうずした顔でこちらを見つめていた。

「そうだ・・・ミリア・・・。信繁様のところに行って、魚取りでも見てきておいで。」

「は・・・はい。そうじょう様。」

 そう言うと嬉しそうに少女は走っていった。

「珍しい名前ですな。」

 筧は感心した顔で、嬉しそうに少女が走っていく後を見つめていた。

「ま・・・確かに・・・。で聞きたいのはどこですかな?」

「ここの所なのですが・・・そちらの本に書かれていたのは・・・。」

 筧は本を手に階段を上がるのをそろりそろりと天海がついて行った。


「でだ。久しいのお。」

 信繁は川に仁王立ちしていると青海は呆れていた。

「大阪の河原につっこんだあんたが言う事じゃあないな。」

「まあな。」

 青海は笑っていた。

「よ。」

 その声に河原を見つめると、しまがにこにこしてこちらを見ていた。町にも活気が取り戻せて来たらしく、馬の駆ける音とかが聞こえてくる。

「お前らー。魚・・・とれっか?」

 信繁は憮然とした顔でしまを見つめる。

「こう見えてもなー・・・。こう見えても・・・。」

 そう言って声が先細りになる中、川を見つめると確かに川魚が幾つか泳いではいた。

「いじめてくれんな。こう見えてもお偉いさんの息子なんだ。」

「ま・・・お手並み拝見。」

 しまは歩いて川側まで来ると、その場で座りじっと川面をもにやにやと見つめた。

「こうやってな。」

 そう言うと信繁は川面に乱暴に手を突っ込むと魚はさっと逃げ出していった。

「・・・こうやってな。」

 そう言うと信繁は荒っぽく手を突っ込むが、魚は手に一匹も入っていなかった。その様子にしまは笑い転げていた。

「ま、見てろや。兄貴達の所で教わったのはな・・・。」

 そう言うと青海は両手を上に上げ、息を潜めててじっと動きを止めた。

「こうだーーーーー!」

 そう言うと身体を大きく動かし、魚を捕ろうとするが、寸前のところで逃げられる。その様子を見ていたしまは更に腹を抱えて笑い転げる。

「まあ、流石・・・武士様。俺が手本見せてやるよ。」

 そう言うとしまは河原から石を一つ拾うと立ち上がり、川面をじっと見つめる。その瞬間張りつめる空気みたいな者を感じる。しばらくじっと構えるとしばらく空気が凍り付いたようにしまの様子を見つめていた。

”びしゅ・・・・。”

 石をしたから這わせるように投げると石は川面にスポッと入ると音も立てずに川に沈んだ。次に浮かんできたのは川魚だった。

「おお。すげーなー。お前。」

 感心したように魚を拾い上げるとそれを河原にあげた。

「・・・。そう言う感じなら行けるのか。やってみるか。」

 そう言うと、信繁は感心してみつめると、何かひらめいたように足を構えじっと水面を見つめる。

「どうした?」

 青海は見つめるが、信繁はじっと水面を見つめたままだった。次の瞬間からだがすっと動くと、信繁の手が水面を叩く。

「「は?」」

 その次の瞬間、魚が水面から河原に飛び出していった。・・・しまはおっかなびっくり見てみると魚は気絶しているようだった。

「すごいな。」

 青海は感心して信繁を見つめた。

「ドンだけ怖い顔して漁してるんだよ。漁師は。それじゃ疲れるだけだよ。」

 そう言って川下を指さすと、漁師が魚籠を持って水の中につけていた。

「のぶ・・・しげさま・・・。」

 その声に河原を見つめると息を切らした少女の姿があった。

「お・・・どうした。」

 そう言うと少女がと手と手と歩いてくると、信繁達がいる河原に入ってくる。

「僧・・・上様が・・・。魚の取り方・・・見て・・・って。」

「取ってみるか?」

 そう言って信繁は河原を見つめると魚たちが岩苔とかをついばんでいた。

「うん。」

 そう言うと、少女はしゃがみ込み手を水の中につけるとじっと待っている。その間にも遠くでは青海や、しまが各自それぞれの方法で魚を捕ろうとしていた。

「それだけじゃあ・・・。」

 少女の手の中を見ると魚が数匹手の中に収まってるのが信繁には見えた。


「何とかしないとぉ・・・。」

 半蔵は焦っていた。その報告は昨日の夜には届いていた。

「内府様って人はぁ・・・。」

 馬が街道を全速力で駆ける。このまま行けば一刻前後で次の宿には着くはずだ。

”内府様の姿が見えない。”

”いつからだ。”

”それが・・・半蔵殿の手紙を見てからだ。この報は昨日あたりに届いた。”

”は?”

”で、秀忠様は内密に半蔵を捜しておられる。せめて事情だけでも・・・。”

 その言葉を聞いてじっと昨日一日布団の中で考えていたが・・・どういう事か理解出来ない。・・・このまま布団の中にいれば幸せそうだ。

「もしかして・・・。」

 走りながらも半蔵はある事が頭をよぎる。

”昨日・・・信繁殿をやっと三島までお連れ申した。もう少しで目的の江戸にお連れ申す。私から見ても好青年・・・。きっと日の本の礎になりましょう・・・。”

 確かにそう書いたが、説得は不調。念のために預かった手形を使う羽目になった。

「あの方の事だ・・・大方・・・。」


「こんな小さな魚・・・川に返せよ。」

 そう言って魚籠を持った漁師に手に持った魚を捕られた信繁は意外そうな顔をした。

「どうしてだ。お主も魚を捕るだろう。」

「お侍様だけど、そんな事も知らんのかぁ。」

 呆れた顔で魚籠の中を見せる。中には大きな魚しかいない。

「そんな小さな子まで奪われたら、親は怒るだろうさ。」

 漁師は河原にある大きな石に腰を据えて、腰からキセルを取り出した。

「子供がいなくなれば親もいなくなる。」

 その言葉に二人の子供は真剣そうに聞いていた。

「ま、言ったとおり、魚籠は貸してやるけんど。少し話さ聞いてくれ。」

「お・・・おう。」

「まあな。お侍様は皆が皆・・・戦ばっかすんだけど。なんだかいねえ。」

 漁師は遠くを見てたばこに火を入れた。

「・・・。」

「おさむらい・・・。いくさ・・・。」

 少女のつぶやきが聞こえる。

「だな。」

 しまは大きく頷いていた。

「・・・そうだな・・・。つまらないことさ。最初はな。」

 信繁は河原に腰を下ろすと対岸を見つめる。対岸は小さな小屋が幾つか見えた。

「例えば・・・あそこに小屋があるだろ。」

「おう。」

「そこの住人が対岸を見ると誰かが洗濯していた。でだ。対岸の奴に言うわけさ。」

 その言葉に信繁をみんなが見つめた。

「”俺んちの川上で洗濯するんじゃねえ。汚れる。魚が捕れねえ。”ってな。それで怒ったとする。」

「ああな。」

「それで対岸の住人同士が諍いを起こす。で、呼ばれるのが暇な衆さ。それが俺たち”侍”って奴さ。」

「だけんど、戦ばっかしていて、みんな幸せじゃないべ。」

 漁師は煙草をゆっくりとくねらせ、川を見つめる。暇になった子供対が、魚相手に苦戦する青海の所に行っていた。

「それはみんな分かっている。最初は喧嘩でも、大きくなれば戦さ。誰かがやられれば、どっちかがいなくなるまで戦は続く。だから終わらない。誰かの名の下に統一しない限りはな。全員が同じ所に付くその時まで。」

「あんちゃん・・・おもしろいな。」

 感心したように漁師は信繁の顔を見つめていた。

「そうか?」

「よく分かんないけど。ここは魚を旅館に届ける仕事が多いんだけど。こういうのばっかりしていると・・・どっかこったで刺しただ、刺されただって聞くと訳分かんなくてな。」

 少し悲しそうな顔で、空を見つめる。空は青くて輝かんばかりであった。

「そうだ。ご老人。」

「ん?」

「折角だから、漁の仕方とか教えていただけませんか。」

「ま・・・普通に採るよかおもしろい・・・。いいだよ。」


 半蔵はもう少しで本庄と言う所まで来ていた。

「予測が正しければ・・・。」

”でだ・・・何か聞いていなかったか?行き先について。”

”んー。何か、鶏卵を探しておられたような・・・竿は持って行かなかったぞ。”

”で、いつからいない?”

”手紙をもらった直後だから・・・十日前ぐらいか?”

 頭で思い浮かべる。あのお方の行動はよく一緒にいただけの予想が付く。だから・・・。

『ここら辺で休みませんか?。』

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。半蔵は即座に馬を走らせ、高台で馬を止める。そこから目の届く範囲に街道を進む、馬をゆっくりと歩かせた三人組が見える。老人を馬に乗せ、二人は馬を引いていた。その様子を見て半蔵は頭を抱えた。悪い予感がしたからだ。

「だから・・・。さっきのところで休めばよかったでしょうに。」

「そう言うな。ほれ・・・。釣れた魚が逃げてしまうから急ぐぞ。」

 老人が疲れ顔の二人の若者を手に持った杖でせっついている。

「でも・・・。」

「でももくそもない。」

 半蔵は念のためにゆっくりと馬をあるかせ、近づく。このご時世・・・確かに多くの地域では平和になったとはいえ、まだ旅人は少なく、街道の宿屋とかも何件かは頼みこんでしてもらっているところだ。だから旅人というだけで珍しい。しかも当時の馬というのはとても高く、街道で馬を借りるのはどんな駄馬でも結構な値段がしたのは事実だ。それだけで珍しい。わざと街道に降りると、静かに馬を歩かせる。向こうもこちらに気が付いたらしく。急にだまり込むと、ゆっくりと歩いてくる・・・。

「御老じ・・・。」

「久しいの。半蔵。」

 その声に半蔵の偏頭痛は三倍ましとなる事になった。


”お前ら・・・何で来させた。今は大事な時期だろうが・・・。”

”だって・・・。発見したときには行く準備万端で・・・。”

”行く気満々で、早馬でとばす予定なのを無理矢理付いてくるだけでも手一杯・・・。”

「何話しておる。」

 老人は後ろ向きでひそひそ話している男達三人の顔を覗きこむ。

「あ・・・あ・・・いやいやいや。」

 半蔵は慌てて、老人の方を向き返る。

「半蔵・・・流石にあった直後に背を向けるとかは失礼だぞ。」

「今・・・こんな所で会う自体も失礼です!」

 呆れた顔で半蔵は言い返すが、老人には効いた節もない。

「そう言うな。お主の話を聞いていても立ってもいられなくてな・・・あの小倅どう成長したのやら・・・。」

「いや・・・。ま・・・。」

 老人の楽しそうな顔とは裏腹に半蔵は焦っていた。

「そう言えば・・・どうしてここにいる?」

「いや・・・ま・・・せっと・・・」

「どうした?」

 不思議そうに効こうとする老人の前に急に半蔵は片膝を付く。

「誠にすいません。」

「ん?」

「説得には失敗しまして。現在は監視中です。」

 半蔵は申し訳なさそうに頭を下げる。

「だろうな。予想通りという事か。だろうと思って来たんだ。」

「すいませんでした。」

「でだ。」

「は。」

「半蔵・・・。あの男・・・どう見る。」

 その時の老人の顔は温厚そうな顔から一転思慮深い瞳に切り替わる。その頃には脇の二人の立て膝を付き、神妙そうに頭を下げる。

「流石に将の器と・・・」

「だろうな。」

「ただ、家族が肝要と言ってくるあたり・・・。」

「それは違うぞ半蔵」

「は?」

「家族とかを守る思いがない者は結局部下でも何でも切り捨てる愚か者になる。それに比べれば。」

「は。」

「で、真田の小倅は?」

「いや・・・あ・・・何をなさるつもりで・・・。」

「当然だろうが。ここまで来たらやる事は一つだ。」


「結局漁師が一番だな。」

 そう言って歩くしまの手には魚が幾つか握られていた。

「そう言うなよ。」

 信繁はとぼとぼと歩いていた。少女はその後をにこにこしながら歩いていた。

「そうだぞ。酒の肴とはこうもありがたい物だ。」

 そう言う青海の服はびしょぬれだった。

「結局酒かよ。」

 しまは呆れながら、手元の魚を見つめる。

「ま、俺が傭兵でうろうろしてた頃がある。」

 青海はと遠目に見える夕日を見ながらつぶやく。

「食うに事欠き、一握りの米を仲間と奪い合った事もある。」

「・・・。」

「変な話なものさ。そう言うときに限ってそう言う小魚とかを捕ってくるとかの事には知恵が回らなくてな。」

 夕方の涼しさと合間って、寂しさが漂う・・・感じがした。

「それで死んでいった連中をいくらでも知ってる。飯にありつけるのはこの時代当たり前かもしれないが、それで死んでいった奴らがいた事は忘れちゃあいけねえ。」

「そっか・・。すまない・・・。」

 しまは神妙そうにうつむいた。

「ま、ただ普通に酒飲むよりかは、つまみがあっ方が旨いと言うだけだがな。」

 と青海はがはがはと笑っていた。そう言えば・・・信繁自身あまり青海の過去を聞かされた事はない。

「おま・・・っ、結局ただの酒飲みじゃねえか。」

 しまは顔を真っ赤にして青海に詰め寄る、それを見た青海も駆け足で逃げようとする。

「あっはっはっは。肴に追い回されるのもまた、たまらん。」

 そう言って宿に向かって青海は走っていった。ちょうど宿ではまた呼び込みを・・・。

「こちらは部屋が空いていますかな。」

「一部屋だけど・・・空いてるには空いてるよ。」

「で、食事は・・・。」

 ちょうど自分たちの宿の前で交渉をしている一人の老人とあきれ顔で見つめる二人の付き人の姿を見かける。格好だけを見ると商人にも見える・・・。あまりみすぼらしくなく、それでいて、武士みたいな堅さもない。だが、その商人を見た瞬間信繁には悪い予感を感じた。

「足湯とか・・・。」

「おう。女将。」

 青海は店前で交渉している一団を無視するように女将に声を掛ける。

「今日はこいつを頼めるか?」

「これ、これ!」

 その声にしまは前に出て魚を突き出す。その瞬間・・・商人の付き人達の異常な殺気を信繁は見逃さなかった。それを小さな身振りだけで商人らしき老人が制した。

「それを見せてもらえるかな?」

 老人はしまの前にしゃがみ込む。その時の老人の瞳に何故かしまは固まってしまった。ただ・・・青海はその様子に気が付いていなかった。

「あ・・・ああ。」

 そう言ってしまは魚をすっと目の前に突き出した。

「これは・・・。」

「今日俺たちが採ったんだ。」

「そうか・・・おいしそうだね。」

 そう言って老人がほほえむと、それで一気に老人ではなく、周りの人間の緊張がはれていく。

「これを・・・。」

「ん・・・。」

 そう言うとしまはその魚の半分を突き出す。

「ん?」

「やるよ。疲れてきたんだろ。今日ぐらい旨い魚でも・・・食えよ。」

「そうか・・・ありがとな。少年。」

 そう言うと付きだした魚を受け取ると女将に渡す。

「これ・・・おいしくしていただけませんか?」

「あ・・・はい・じゃあお泊まりで。足湯はすぐに持たせますので。」

 そう言って女将は嬉しそうに奥に向かった。

「さて。俺は上で、涼んでる。じゃあな。」

 そう言って青海は、商人に一例をすると、そのまま店内に行った。その間近づいた信繁はじっとその商人を見て固まっていた。この人と・・・昔会った事がある・・・ような気がする。

「すいません。」

 信繁は優しく声を掛ける。その瞬間一瞬だけ、獲物を見るような刺す瞳になった事を信繁は感じていた。普通の顔を見る限りでは温厚そうな顔なんだが・・・。信繁の直感が告げる。直感が合っているならここにいるはずのない人物だ。

「どうかなさいましたかな。」

「もしや・・・。」

「そうだ。こちらの宿にお泊まりになるのでは?」

「あ・・ああ。はい」

 商人の老人は大きく頭を下げる。

「私。長野で絹糸を扱う商人の徳左右衛門と申す。」

「ああ・・・。」

 その言葉に面食らうように頭を下げる。

「拙者・・・真田・・・と申す。」

 そう言って礼儀正しく頭を下げる。

「それは・・・。それは・・・。」

 目を細めてじっとこちらを値踏みするように商人は見つめてくる。

「で、どうしてこちらに?」

 信繁は顔を上げると、じっと付き人を牽制するように見つめる。付き人は何かを警戒するように顔を強張らせた。

「私ですか。商人ですから・・・。大商いの香りを感じては放浪する日々です。」

「そうですか。私は連れが先に中に入ったので、こちらで失礼いたす。」

 そう言うと信繁は一礼すると、そくささと奥に逃げ込んでいった。

「流石・・・。」

 老人は小さくつぶやいた。


”あの男・・・いや・・・老人は大方・・・。あの人に間違いない・・・。”

 信繁は湯船に深くつかりじっと考えていた。この地域には川がちかく、宿に温泉は完備されていた。それを見越してこの宿に決めていた。その分周りの宿に比べればかなり高い。

”だとして・・・何故・・・あ・・・ま・・・そうか・・・だから半蔵が慌てて・・・。”

 信繁はぼおっとしながら風呂の縁を見つめる。ちょうど岩場で、離れで、落ち着いて考えるにはちょうどよい・・・温泉だ。

「失礼してよろしいかな。」

 遠くから声が聞こえてくる。先ほどの老人だ。

「私は出ましょうかな?」

 そう言って信繁は立ち上がろうとする。その時老人のからだが見える。商人にしては所々に切り傷がある身体だ。

「いや、折角ですから。」

 老人はそう言うと、小走りで近づくと桶を抱え、湯船にはいる。

「ま、ここでは無礼講と言う事で・・・お願いします。」

 湯船に入った老人うっすらと笑みを浮かべ、ほほえましくこちらを見つめる。その顔に信繁はある確信が持てた。

「ですな。内府殿。」

「・・・。」

「・・・。」

「いつから・・・と言うわけでもないか。」

 声が先ほどに比べて濃く、どす黒くなる声が風呂場一面に低く響く。

「ま・・・昔、一度お会いいたしましたぞ。」

「確かに。」

「で、何用かと。」

 信繁にはだいたいの予想が付いていた。大方半蔵の穴を埋めに来た・・・気がする。

「物見遊山だ。」

「え。」

 そう言うと桶から瓶と猪口を出すと、すっと信繁に差し出す。

「お主といういい男を見に来たんだよ。」

「あ・・・ああ。」

「でも本当に・・・いい男に育ったな。」

「それはありがとうございます。」

 そう軽くお辞儀すると手を差し出す。そこに猪口を置くと老人が酒をついだ。

「大丈夫だ。さっきそこで入れてもらった奴だ。」

「あ・・・。」

 そう言うと老人は自分についだ酒をクイって煽る。

「でだ・・・お主、江戸を見てどう思った?」

「いい町ですね。水路があって、みんなが幸せだ。」

「ほう。」

「ただ・・・光が濃ければ闇も深い。」

「そうか。」

 その言葉に何かを感じ、老人は考え込んでいた。

「だとして・・・それはもう俺の仕事ではないな。」

「どうしてまた?」

「単純だ。俺はもう年を取りすぎた。老体に鞭打ち、戦場を駆けても、昔ほどの動きは出来ない。やはり私は・・・。」

「だとして、あなたは様々な事を成し遂げた。これぐらい。」

「かもしれんが、お主のような男にはかなわないよ。」

 そう言って老人は信繁の身体を見つめる。信繁の肉体は他の者のようにそれほど筋肉があるように見えないが、ちゃんと付いているところには付いている、そう言う身体だ。

「それでもあなたほどの男なら・・・。」

「分かっていても年を取るのをやめる事は出来ん。それに・・・年を取るのをやめた奴らの悲惨さも知っておる。人間は人間だよ。」

「ですな。」

 そう言うと、お猪口に入った酒を少し口に入れる。

「お主、半蔵の報告は受けたよな。」

「はい。」

「それでどうして・・・。どうして・・・。何も感じなかったのか?」

「感じないわけはありませんが・・・。話が大きすぎて見当が付きませぬ。それに家族が大阪にいます。」

 そう言うと信繁はわざと風呂の縁に腰掛け、半身をさらした。

「それは知っている・・・。彼らを江戸に呼べば来てもらえるか?」

「それは・・・。」

「この通りだ。この日の本の為・・・俺の為、徳川の為とは言わん。日の本の為にお前の力を貸して欲しい。」

 そう言って信繁に大きく老人は頭を下げた。

「頭をお上げください。」

「今の俺にはいくら人材があっても足らん。頼む。」

「・・・。」

「頼む。」

「私は、あれから旅路の中で考え申した。」

「・・・。」

「半蔵殿に聞かされた事、この世を覆う大きな闇の事。確かにその前では些細な忠義は霞み、大儀の為には全てを捨てねばならないかもしれません。ただ・・・ただ・・・。」

 その言葉に老人は唾を飲んだ。

「私が旗揚げしたときに付いてきてくれた皆がいます。そのみんなに恩返しがしたい。そして・・・。」

 その言葉に温泉内は静かな重みに包まれている・・・そんな感じがした。

「あなたが許しても、きっと息子さんは私を許さないでしょう。」

「それは俺がどうにかしてみせる。」

「二君に仕えたとあらばいつかは誰かのそしりを受けましょう。それに、そう言う裏切った男を貴方が必要するとはとうてい思えない。」

「・・・。」

「と言うよりも・・・。一度確かめとうございます。」

「何を?」

「内部から、どこまでが真実なのか。」

「内部からか?連中は手強いぞ。」

 そう言うと手に持った瓶を老人はつきだした。信繁はそれに呼応し猪口を差し出す。まるで長年つきあった仲のようにも見えた。

「だからこそ見える真実があります。」

 そう言って老人を見つめる信繁の顔は真摯に前を見つめていた。

「ふ。負けた。」

 その瞬間、老人は大きく笑い出した。

「行ってこい!ワシはいつでもお前を待っている。危なくなったらいつでも庇ってやる!だから行ってこい!そして思いっきり見てこい。」

「はい。」

「やはり。今日は無礼講だ。後でそちらに向かう。今日は一杯やろう。」

”徳左右衛門さまー。そろそろ出ないとゆだりますぞー!”

 遠くからの声が聞こえる。きっとお付きの人だろう。

「わ、わかったー、今行く。」

 そう言って立ち上がる老人の目もまた、輝いているように・・・きっと湯があって湿っぽいせいだろう。老人は立ち上がると、急いで上に歩いていった。

”あれが、徳川家康・・・か・・・。”

 信繁はつぶやくと、温泉から上がり、じっと待っていた。流石に自分もまた、茹で上がりそうだったからだ。


 その夜は、徳左右衛門らがやってきて一緒に食事を取った。突然の事にまわりの連中は喜んでいたが、実際を知る天海や半蔵達は冷や冷やしていた。その日は酒も多分に出され本当に酒宴となっていき、皆は徳左右衛門も含め皆、旨い酒を飲めた。その夜はほぼ皆が寝静まり、信繁はゆっくりと窓から煌々と照る月を見つめ、酒を口に運ぶ。春の夜長は秋ほどではないが、若草が香り、なんとも言えない色合いになる。

「こう月夜も見飽きれば、ただの夜となる・・・。」

 川の音が細かくサラサラと時折響く。夕方はあれほどせわしないこの宿場も、昔をたどれば戦道。整備されて十数年のこの時ですら、感慨に深い。幾多もの人間がここを駆け抜けていき、また、これから駆け抜けるのだ。俺は・・・そう言う仕事を・・・出来るのだろうか。

「いや、考えるまでも・・・無いか・・・。」

「そうそう飽きるほど月を見たのか?」

 そう言い、徳左右・・・家康が近づいてくる。

「そうじゃあないけどな。見る暇が最近はちょこちょこあって。」

「だよな。」

「平和ってなんだと思います。ご老人。」

「ん・・・。」

「平和か・・・。ま、こうやって月を見上げる時間が生まれるという事かな。」

 その言葉に二人は宿の窓から見る事の出来る月を見上げた。その月は白・・・に少しなんとも言えない黄色と・・・何かが混ざったような色合いだった。

「そんな余裕があれば人はきっと・・・そこまで人々を満たせばきっと盲信に頼らなくても生きていける。」

「昔、わ・・・ある殿様がな。父が死に、就任した直後、葬式をあげようとある寺の坊さんを呼んだ。その時の欲深い顔を見て・・・父の死を侮辱されているように感じられた。それに腹を立て、少しの金で追っ払ってしまった。皆は反対したが、それだけを許す事は出来なかった。そしたら、ある内乱が起きた。それは寺が寄進料に腹を立てたのが始まりだった。」

「それで・・・。」

「そしたら、今まで家族のように扱ってくれた家臣達の一部が裏切った。寺を裏切る事が出来ないと・・・。説得に言ったときのあいつの顔を今でも・・・もう時代が違うはずなんだがそれでも忘れる事が出来ない。あの何とも言えない複雑な顔を。・・・そしてあいつを捕らえ、寺の住職に降伏を求めたときのあの情けない顔を見た時に思った。俺の家臣はこんな・・・こんな情けない奴の為に・・・こんな寺の本分を忘れた馬鹿の為に殺されたのかと・・・。」

 その声は今でもどこか、震えていた。

「部下に示しをつける為にお・・・殿様はそいつを斬った。そして寺を焼き討ちにした。私は思うのだよ。盲信が原因で・・・人々が操られる世界なんて・・・どこかがおかしい。」

 その言葉の端々で言葉が震えているように聞こえる。信繁は老人を見つめる。そこにいたのはただ、何かを後悔する老人の矮小な姿にも見えた。・・・いや、だからこそ天下統一とかの考えが揺るぎようがない・・・ようにも見えた。

「宣教師の話を聞いたとき、私は我が目を疑ったよ。何か人の生や死が侮辱されているようにも思えた。そんな・・・もっと腐った連中がどこかにいる。だからこそ、俺は・・・こうして・・・。」

「空はきれいですな。」

 その言葉にハッとなって信繁を老人は見つめた。

「昔・・・上田の地で勝った直後に見た月は・・・もっと赤々しく禍々しい・・・見たくもない月でした。」

 その言葉に全員が押し黙ってしまう。

「血しぶきが天に届いたようなそんな赤い月。叔父貴もそんな月を幾たびも見たのでしょう。大阪での夜で気が付いたとき、月が赤かったのです。だが今の月は白く・・・黄色く・・・寂しくも柔らかい。」

 その言葉に空を見るとその月は白く、煌々と輝いていた。

「だからこそ、この平和こそが必要なのです。」

 信繁はじっと前を見つめた。その姿を見た老人の目にはないか、菩薩みたいな姿にさえ見えた。

「こういう月が見飽きてしまえるような世の中が・・・。」

「だな。」

 じっと月を見る信繁の姿はどこか、寂しそうだった。


「これからどうするんだ。」

 次の朝、それぞれが旅支度を終え、宿の前に立っていた。

「ワシはこのまま江戸を目指す。」

 徳左右衛門は明るい顔で、周りを見渡す。

「私は・・・そうですな・・・一度・・・故郷を目指したいと・・・。」

 信繁は少し考えてから言った。ちょうどこの道は中仙道。このまま街道を行けば、上田の地にも到着はする。

「なら拙僧はこの辺でお別れですな。」

 そう言って、天海は徳左右衛門の方に歩いていった。

「そうか。」

「今後、きつい道のりですが・・・ご精進だけは忘れぬよう。後・・・これを・・・。」

 そう言って天海は書状を信繁に手渡した。

「これは?」

「先日頼まれていた物です。そこに書いておきました。後、しま達には字の勉学をさせるよう、手引き書を筧殿にお渡ししておきました。何かの役に立ちましょう。後一つ・・・。」

「ん?」

「この子を・・・せめて堺までお連れ出来ないでしょうか。」

 そう言って少女を前に押し出した。

「いいのか?」

「ハイ。この子は元より独り身みたいな物。この世に頼る物は少のうございます。この事を考えると、一緒にいればきっと何かの役に立ちましょう。」

 少女を見つめると、少女はにっこりとしていた。きっとついて行く覚悟もあるのだろう。

「分かった。預かろう。ただ堺に着いたらどうする。」

「堺に着いたら、廻船問屋に頼み、こちらに手紙を届けてくだされ。その時に判断いたす。」

「分かった。」

「お坊さんが一緒とあれば何かとおもしろい。」

 わざとらしく徳左右衛門が笑う。むろん何者かは彼自身が一番知っている。

「では。」

 そう言うと、徳左右衛門は深く信繁に礼をして、背中を向けた。その姿に付き人も軽く一礼すると、徳左右衛門と天海は街道を歩いていった。

「じゃあ俺たちは。」

「ああ。このまま上田に行くぞ。」

 そう言いきびすを返し、徳左右衛門達と反対方向に歩き始める。

「俺の故郷。上田城の兄貴の所に向かう。行くぞ。」

”おおー。”

 全員がときの声を上げ、ついに決まった目的地の元、全員が歩き始めたのだった。


「家康様。」

 徳左右衛門が街道の先に進みお互いが確認出来なくなってきた頃、半蔵は息を切らせ走ってきた。

「どうした。」

 今までの温厚そうな老人の顔から一転する。

「本田殿から一報が。内堀工事どうにか押し切る事が出来たと。」

「そうか。淀君は?」

「淀君は最初は渋っていたそうですが、最後は不敵な笑みを浮かべていたとか・・・大方あれを使う気では。」

「あれ封じの手配は?」

「手配済みです。前回みたいな真似は絶対させません。」

「分かっている。後、陰陽衆には出来うる限り金を撒いてでも。」

「手配はしていますが、今のところは・・・。」

 半蔵は不安そうに顔を曇らせる。

「分かってはいる。出来うる限りの不安要素を排除する。全力で・・・今度こそ決着をつける。」

「で、真田はどうしましょう。」

「あの男、殺すには惜しい・・・だがあの様子では自害し兼ねん。流石真田、筋だけは通す武士よの。昨日で話を受けるようなら、飼い殺しするところだった。」

 その顔は穏やかというよりかは・・・悪人にも見えた。

「監視だけをするように。あの様子では本当に淀君を破らぬ限り説得は出来そうにない。後は半蔵に任せた。定期連絡だけは・・・。」

「分かりました。では」

 そう軽く一礼すると、信繁が行った道の方に駆けだしていった。

「今度こそ。終わりにする・・・。今度こそ・・・平和にしてみせる。」

 そうつぶやいた老人の執念に似たうなり声は天海の耳にまで届く物だった。






プロフィールとタイトルが一分違う事をここで謝罪いたします。

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