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異聞 真田信繁伝  作者: どたぬき
第一節1614年二月
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第四節 半蔵が見せたかった物

半蔵の見せたかったもの・・・それは何尚加、考えながら帰る信繁を待っていたものは・・・。

第四節 半蔵が見せたかった物


「おっそーい!」

 しまの声は朝霧の奥から信繁達にきつく突き刺さった。

「なーにやってた!?」

「まあな。ちょっとこいつらが調子乗って酒飲みすぎてな。」

「だって・・・。あれから真田様がぁ、帰ってきたらぁ、飲もうぜーとか言って、起き酒させたじゃないっすかぁ。」

 フラフラになりながら、筧は門までたどり着くと門に寄りかかり、真っ赤な顔を押さえこめかみを押さえていた。

「だぁかぁらぁ、俺は言ったんだって。こいつは強いって。」

 そう言うと信繁に肩を担がれている青海はしまに負けぬ大声を上げていた。

「サケ・・臭い!」

 しまは筧に顔を寄せると顔をしかめた。

「にゃろ、とっとと寝ろ!」

 バシッ!

「いた、しぃまぁ・・・。ま・・・寝るぞ。俺は・・・。」

 筧は、蹴られた尻をさすりながら奥へ一人消えていった。

「でも・・・まあ・・・珍しいよぉな。信繁ぇ様が起き酒でもぉ・・・酒誘わぁれたの初めてだ。」

「ま、俺もあの酒は一度飲んでみたかった。押し、しま、手伝ってくれ。こいつ重い!」

 そう言うと、しまは掛け寄り青海を反対側から支えた。

「でも、どこ行ってたんだ。本当に。」

「ま、丁度季節だから。ちょっと夜桜でもと探しに行ったけど・・・。見つからなくてな。その辺で酒でも飲んでた。」

 だがそう言う信繁の顔は笑っていなかった。その表情をしまは口をとがらせて見つめた。

「ま、俺はまだ坊主だからいいけど、次置いていったら本気で怒るぞ。」

「・・・すまない。」

「いいけどさ。」

「そうだ。天海殿は帰っているか?」

「?・・・なに言ってる?天海様は早くにお休みになって今朝も早くに起きてたぞ?」

 しまは不思議そうに信繁を見つめる。

「は?よーくわかんねぇけど。じいさんなんかぁ。みてねぇぞ。」

 青海の口が開くとその臭いにおいが二人の鼻を突く。

「お前は!早く寝ろ!」

 そう言うと信繁は、青海を部屋に連れ込むとそのままほおり投げ、上から布団を投げかけた。

「ま、これで大丈夫だろ。」

「お連れ様は・・・。大丈夫・・・ですか?」

 開けた障子を見ると、一人の小坊主がこちらを見ていた。

「まあ、大丈夫だろ。酒に飲まれるほどの男じゃないしな。すまないが起きたら、世話を頼めるか?」

「は、はい。」

「で、信繁様はどうするんだ?」

 しまは不思議そうに見ていた。

「そういや、お前、昨日どうしたんだ?」

「まあ・・・朝さ、半蔵殿に言われて、まずは字だと。だから、俺も学堂に籠もってガキと一緒にピーチクしてたよ。」

 しまは不満そうな顔をしていた。

「字は読めるようになれば、仕官しやすいからな。やっといて損はない。それに書いてある表札には意外に重要な事がかかれている事が多いから読めれば、便利だぞ。」

「だが、信繁様と一緒に出かけるって言ったら、抜け出せたんだ。だから・・・一緒に江戸、まわんねぇか?」

 あの衝撃の本能寺を聞いた後、船室に帰った信繁は西洋の酒を飲んでいた為、按針達とほぼ寝ずに酒を飲んでいた。そのためか、今でもあの船室には按針が寝ているはずだ。まあほぼ徹夜の信繁にとって今の日光すら目がくらむが・・・。

「ま、いいだろ。ただ、あんまり頭が回らないが・・・いいか?」

「いいよ。行こう。こんな大きな町、見るのは初めてなんだ。ちょっと準備してくるから待ってな。」

 そう言うとしまは走って外へ行ってしまった。

「ま、あいつも子供という事か。だが・・・。」

 欠伸をすると、信繁は腕を回し首を回す。気合いを入れていないと寝てしまいそうだ。だがあんなにはしゃいだあいつの顔は珍しい。

「ほら、行くぞー。信繁ぇー・・・様。」

「・・・あいつ、絶対敬意とかという言葉・・・しらんな。」

 呆れながらも信繁は近くにあった刀を下げ、入り口に戻っていった。


「本当に・・・人がほんに多いなぁ・・・ここ。」

 しまは好奇心で周囲を見渡していた。

「まあ、これでも京や堺ほどじゃあないがな。」

 人通りは確かに駿河や三島よりは多いが、こういう大都市では多い外国人や宣教師の姿はほとんど無かった。それよりも寺社仏閣の数の多さに驚いていた。新しい都市(岐阜、堺)などではほとんど影も形もない寺社仏閣が多いのともう一つ、水路と小舟の行き来が多い事に驚かされる。確かに多くの物を運ぶときは船が楽だが、この水路の多さは驚いていた。

「確かにここは変わっている町だ。だが、はしゃぐなよ・・・!」

 しまのいたところを見ればいつの間にかしまの姿がない!

「お前!それは人が廃るっちゅうもんだろ!」

 声の方を見ると、数人のごろつきに絡むしま一人の姿が見える。しまの後ろには女の子の姿がある。

「アン・・・馬鹿ぁ!」

 信繁は声の方へ走っていった。

「だからといって、子供一人に大人が囲むんは、人じゃないぞ!」

「このくそガキ!そいつの懐!俺らに見せればいいんだよ!」 

 ごろつきの内の一人が、いきり立ち、殴りかかる。その瞬間にしまは男の身体の下に潜り込むとすねを思いっきり蹴りつける。その蹴りの重さに崩れ落ちようと前屈みになる瞬間下がった顔に拳を叩きつける。その勢いに男は大きく吹き飛ばされた。

「情けなくないだか。お前ら!」

「よくもぉ!やりやがったな!」

 そう言うとごろつき達は腰に差した刀を全員が抜きはなった。

「お前ら、刀を抜くとはどういう事か・・・わかってるだろうな。」

 駆けつけた信繁が刀を抜きごろつき達に突きつける。

「お・・・お前・・・お前ら!」

 ごろつきの頭と思われる男は抜いた刀をかたかたと振るわせていた。

「なんで。」

「お前ら!」

「応!」

「逃げるぞ!お、お前、覚えてろよー!」

 そう言うと頭らしい男は一目散に逃げていった。それを見た全員はそのまま、頭の方向へ逃げていった。

「お前、大丈夫か。」

「うん。」

 薄汚れた少女はふるえながらコクコクと首を縦に振った。信繁はその様子を厳しく見つめながらしまに駆け寄る。

「信繁様。アリガトな。」

 パン!

 信繁は無言でしまの頬をひッ叩くと、しまを無視して少女の前にしゃがみ込んだ。少女の握った手を見ると、少女に手にはひもにつながったお金が見え隠れした。その視線に気が付いた少女は、握ったままの手を後ろに隠した。

「何する!」

 しまは怒ってのび下に詰め寄ろうとする。

「お前、何したか分かっているのか?」

「子供をを助けたんじゃ!」

 その瞬間、しまは水路にはじき飛ばされるように飛んでいった。水路は浅く、おぼれる事はなかったが、その顔は腫れ上がっていた。

「お前・・・。殺されたくなかったらそれを持ってどっか行け。・・・わかったな。」

 厳しい顔に気圧され少女はコクコクとうなずき、走って去っていった。

「何するんだ!」

 呆れた顔をして立ち上がるとしまの襟首をつかむと、一気に水面から引き上げた。

「お前!あんな危ないマネ、絶対するな!」

「なんで?」

 信繁は首根っこをつかんだまま裏路地に引っ張り込んだ。あのままだと野次馬に目をつけらると思ったからだ。

「状況を見る。考えろ。」

「何を・・・。」

「あの子供はあのごろつきから金を盗んだ。」

「それが?だとしても囲むほどじゃあない。」

「お前は盗みの片棒を担ぐのか?」

「・・・。」

「お前はお前の村を襲った連中助けているのと変わらないぞ。それは。」

「それは・・・。」

「それに。人数とか状況を見て考えろ。あの人数だと、下手すればお前も死んでいた。」

「でもあれは許せない。」

「草とかになるなら、まずは覚えろ!1に任務だ!2に命だ!」

 信繁の迫力にしまはうつむく。

「自分の信条を押し殺せねば、いつかはお前・・・死ぬぞ。」

「・・・分かった・・・。ごめん・・・。なさい。」

「じゃ、行くか。もう少し回ってから。帰るぞ。」

 顔を上げると、信繁はそのまま大通りに戻っていた。その後を小走りでしまは付いてくる。

「一つ・・・聞いていい?」

「なんだ?」

「信繁・・・様は同じの見たら、助けに行った?」

 しまはそっと信繁の顔を覗くが、その顔はもう通常の物と変わらない。

「さあな。ただ・・・俺ならもう少し様子を見てから飛び込んだ。」

「・・・。本当に・・・そう?。」


 帰ってきて部屋を見ると、まだ青海は寝ていた。

「べちゃべちゃ。」

 確かに水路に突き落としたのは事実だったが、その水路は水草やもで一杯だった為、しまの身体の各所にもが入り込み、服は文字通り”べちゃべちゃ”になっていた。

「すまんな。そこまでもが生えてるとは思わなくてな。」

 信繁はすまなそうにしまの・・・。

「ちょ!おまえ!」

「ん?何。」

 ちょうどしまは上着に手をかけたところだった。

「お前、女ならもう少し恥じらえ!」

 信繁は顔を赤らめるとそのままうつむいてしまった。

「ん?ハジ?何それ?」

「・・・。あぁ・・・な。」

 呆れた顔で向き返ろうとする瞬間ハッと何かを思い出し、下を向いた。

「ああ・・・。はじぃ。端っこねぇ。」

「・・・さすがに・・・それは・・・。」

「でもさ。」

 しまは不思議そうに信繁の前に回り込みのぞき込む。その瞬間、しまから顔をそらす。

「お、お前なあ・・・。」

「水場、どこだっけ?洗えねえよ。」

 その言葉に・・・信繁はしまを見つめると、まだ服を着たままだった。

「それは裏手にあるだろ。・・・。服・・・脱いで行くなよ。坊主達がうるさいぞ。」

「よくわかんないけど・・・分かった。」

 そう言うと、走って裏手にしまは走っていった。

「こどもは・・・いいですのう。」

 その声に振り向くと、天海がにこにこした顔で信繁を見つめる。

「それは・・・どういう意味かな?」

「あの無邪気さ。子供は・・・やっぱり無邪気がいい。」

「言いようによっては・・・!」

「まあ、ああいう子が安全に生きられる世こそ、平和な世ですな。邪気なぞ、私たちで・・・十分だと思いませんか?」

「・・・。ま・・・確かに・・・。」

 軽く手にかけた刀を戻すと、近くに腰をかけた。

「昨日は?」

「あれからすぐに戻り、寝ました。」

 そう言うと近くの場所を見繕い、天海も腰をかける。

「確かに、ここは平和だ。だが、全ての場所が平和ではない。」

「私も、ここに来る前ではいくつもの争いを目にしました。だが、どんな報償も、子供達の笑顔・・・や、親子の笑い声はそんなに聞ける物ではありません。こういうのが普通になる世なら、きっとやりたことができる世になる事でしょう。」

「あんた。こうなる前にやりたい事があったのか?」

「拙僧は・・・そうですな。・・・確かに・・・ありませんな。」

 そう言うと天海は裏手の方を見ながら、考えにふけっていた。その裏手からは水の飛び散る音が聞こえた。

「そうか。」

「強いて言うなら、あの方と一緒だった事・・・あの方の願いが私の今の願いですからな。だから今でもそうですな。駆け抜けている気がします。」

「そっか。それはいいな。俺にはそう言うのが無い。」

 そう言うと、信繁は空を見つめた。空は晴れ渡り、その日差しは暖かだった。

「それはおもしろい。」

「俺は・・・親父に戦を叩きこまれ、上杉の旦那に寒い中を引きずられ、太閤の叔父貴のところで、さんざん礼儀をたたき込まれ・・・」

「ほぉ。」

「それから叔父貴が死ぬ頃には城を出され、帰ってこれば戦の日々。勝っても結局は降伏し、親父は泣きながら、寺で死んでいった。そんな俺のやりたい事なんて・・・わかんねえよ。」

「それなのに何でそんなに必死そうな顔をするんです?」

「知らねえ。俺はわかんないけど、何かこう・・・みんなの思いみたいなものは分かる気がするんだ。だから、こう・・・何かしなきゃいけなかったんだ。」

「そう言えば、一昨日の夜、どうしてあんなに混乱したんです?」

 天海は思い出したように言った。向こうでは何故か、水を掛け合うような音が聞こえてくる。そう言えば、子供らは休憩をしているところだったような・・・。

「あの日か・・・。あれは・・・。ちょうど、満月だったかな。その日は。叔父貴が泣いてるのを見つけてすり寄ったんだ。」

「そんなことが・・・。」

「あの時、叔父貴がこういっていたんだ。”光秀・・・お前はこういう時どうするんだよ。お前なら・・・。”とか言ってたんだ。だから、死んだと思っていた。」

「それはぁ・・・。」

「それを裏切られている気がしてな。だから、やるせなくなった。何か・・・思い出を踏みにじられた気がしたんだ。」

「それはすまない事をしましたな。」

「いや、生きている事は・・・関係ない。それよりも心の整理が付かない俺が許せなかっただけだ。」

”信繁サマー!”

「ご老体にあんな事をしてすまない。」

「信繁サマー!」

 信繁が裏手を見つめるとびしょぬれのしまが子供達に追いかけられていた。

「何してる。」

「いやあ、井戸とか言うのがあったから、服ごと身体を洗っていたらこいつら来て・・・。」

「なーに言ってる!お前水浴びて”チベタ!”とか言ってたから。」

「しるかよ。で、お前ら、水をこっちにばしゃばしゃ掛けてきたくせに。」

 いつの間にか、信繁を挟んで子供達がにらみ合っていた。

「お前達。そろそろ住職が探す頃ですよ。戻りなさい。」

「あ・・・天海様。分かりました。」

 そう言うと子供達は天海に一礼して、学堂のある入り口方面に走っていった。

「ぬるぬるはとれたか?」

「ああ。」

「なら、奥行って着替えてこい。折角だから、一緒に習ってこい。絶対に字は覚えてこい。後悔はしないから。」

「あ・・・はい。」

 そう言うと、しまは慌てたように寝床の方に向かっていった。

「いい子ですな。」

「ああ。いい子だ。ま、喧嘩っぱやいのが玉に瑕だがな。」

「それは・・まあ・・・。」

 照れた顔をした信繁を暖かく天海は見つめていた。

「お、信繁様。お帰りなさいましたか。」

 声を見ると、本を抱えた筧の姿があった。

「それは?」

「ああ。この書庫にあった本です。出来れば今日中に幾つかまとめておきたいので、お借りしてきた。」

 そう言うと、筧は両手に持った本を見せる。そこには幾つかの戦略書の姿があった。

「大丈夫か?」

「流石に私は青海と違います。ま、暇というのもありますが、飲んだくれではいられませんからな。それにこういう本はおもしろい。あ・・・そうだ。さ・・・信繁様。」

「ん?」

「食堂の連中が、信繁様の食事・・・残しておいたそうです。後で、お食べください。」

「分かった。って言うか、もうそんな時間か?」

「上をご覧くださいませ。では。」

 そう言うと本を抱えたまま、筧は奥に入っていった。空を見つめると太陽は頂点近くにあり、もう昼である事を示した。当時は一日2食なので、朝を食べ損ねるともう晩までは食事はなかった。

「あ・・・。」

”お前!何やってる!そんなトコで脱ぐな!”

”よく分かんないけど、何かあるのか?”

”恥を知れ!恥を!端で着替えてこい!端で!”

”ハジハジハジハジ・・・うるさぁーい!”

「確かに飯は忘れてた。」

「行きますか。」

 そう言うと二人は立ち上がり食堂のある裏手に歩いていった。


「遅かったな。」

 食堂に着いた二人を待っていたのはお椀の飯をおいしそうに頬張った半蔵の姿だった。

「「・・・。」」

 二人は唖然となって見つめいていた。

「半蔵殿・・・。」

「いやあ。食堂に来るとちょうど飯が置いてあったのでな。おいしく頂いておいた。カピカピにするのはもったいない。そうだ。相変わらずここの飯は旨い。まだありますかな?」

「いや、まあ・・・。」

 後ろの掃除中だった坊主達の顔は何か呆れていた。

「それ・・・おれのじゃあ・・・。」

「なら遅かったな。惜しかったな。感謝。」

 そう言うと半蔵は膳に向かい手を合わせ、合唱をした。

「で、何のようだ。」

 不機嫌そうに半蔵を睨みつけていた。

「そろそろ起きた頃だと思って参った。拙者もまた忙しいのでな。」

「・・・俺の昼飯食うやつがか?」

「・・・しっつこいな。嫌われるぞ。」

 半蔵も半眼で信繁を睨む。

「食い物の恨みは恐ろしいという。あまりそう言う恨みでも買いに行く物ではないが?」

「確かに。」

 そう言うと半蔵は立ち上がり、懐から何かを取り出した。

「これは?」

「干し芋。結構旨いぞ。」

 そう言うと、幾つかの茶色の固まりを取り出して手渡す。それを信繁は無言で口に入れた。

ふと、故郷の事が思い出された。ちょうど芋が乾いた頃に親父は嬉しそうに持ってきたっけ。

「おぬし・・・これ・・・。」

「俺の田舎とかだと、これは非常食でな。いつも幾つかは持っている。どんなときでも生き残れるようにな。」

「そうか・・・。」

 そう言うと干し芋を口の中に入れる。かみしめる味はいつもの・・・微妙に残るほのかな甘みだ。

「今夜、江戸城の門番には話がつけてある。正面から来い。そこで、待っている。ただし、あんた一人だ。」

「わかった。」

 そう言うと半蔵は立ち上がり、つかつかと外に出て行った。

「あ・・・あの・・・。めし・・・。」

「ん?」

「どうした?」

 天海は不思議そうに坊主の方を見つめた。

「半分ぐらい残ってますから、軽い物・・・お作りしましょうか。」

「すまないが頼む。」 

「ワシの部屋で頼む。」

「はい。」

 天海はそう言うと振り返り廊下をすたすたあるいていった。その後を黙って信繁はついて行った。

「どうなさいました?」

「まあ、折角だから、一緒にどうですかな。」

「ま、いいが。」

 そう言うと天海は近くの部屋に入る。

「おおかた・・・。」

「分かってはいる。どっち向きでも覚悟ぐらいはしている。」

「まあ・・・私もどっち向きでもかまわないと思います。半蔵殿から聞かされる内容は、今まで前提を覆すほど物でしょう。それを聞いた後の決断はあなたにお任せいたします。」

「知っているのか?」

「まあ。」

 落ち着いたように座布団を取り出し、信繁の前に置くと、自身も座布団を置き、その上にすとんと座った。

「大方は。」

「ただ、私はあなたが気に入り申した。だから・・・。」

「すまない。」

 信繁はその言葉を聞いた瞬間、頭を下げた。

「ん?」

「どうしました?」

 不思議そうに天海は、信繁の顔を見つめた。

「俺は・・・あんたの言うような・・・気に入られるほどの立派な男じゃあない。上杉の旦那も、叔父貴も、あんたも・・・みんな・・・そう言う。俺に・・・!俺に何がある!」

「・・・。それですよ。」

 天海は落ち着いた顔で見つめてきた。

「普通の人間は気に入ったと言えば、喜び有頂天になりましょう。だけどあなたは違う。」

 その言葉にじっと信繁は唾を飲んだ。

「それに重圧を感じ、悩める人間だからこそです。後・・・もう一つ言うなら気に入ったいらないは私の自由。あなた様ではありません。」

「それは・・・。」

「相手がどういおうとも、あなた様はあなた様であればいいのです。だからあえて申します。もし気になさるようなら、それだけの活躍をこれからなさればよい。お世辞の1回や2回で一喜一憂するようなら、それだけの者だったと言う事です。」

「・・・分かった。」

「すいません。お持ちしました。」

「ああ。ありがとう。」

 そう言って信繁は膳を受け取り、たくあんと冷めたご飯を口にした。その時のたくあんの味は少し・・・いつもよりしょっぱかったのを覚えている。


「よお。信繁・・・殿。どうした?」

 部屋に帰ってきた信繁を一番に迎えたのは青海だった。

「あれ、筧は?」

「ああ。俺をたたき起こした後、どっか行きやがった。」

「そうか。で、どうした?」

 青海は信繁の神妙な顔を見つめていた。

「少し・・・出掛けてくる。頼んだ。」

 そう言って信繁は背を向けた。この頃には夕方でもう日は暮れかかっていた。

「・・・ちょっと待て。」

 青海は少し声を荒げていた。何かに気が付いたようでもあった。

「どこ行く気だ?」

「いやあ・・・ちょっとな。」

 その信繁の声はどこか上の空で、声に張りはなかった。

「あんたは俺たちの親分だ。どこに行こうが気にしねえ。だがな、一人で背負い込むのだけはやめろ。」

「・・・ああ。」

「行ってこい。予想は付く。半蔵だろ。行ってこい。ただ・・・。」

「何だ。」

「危ないは助けに行ってやる。だから。安心して行ってこい。そして・・・そんな不吉な事は決して言うんじゃねえぞ。」

「分かった。」

 そう言うと、走って信繁は去っていてしまった。その背中は・・・何かを振り切ったそんな感じだった。

「ん?青海。」

 筧は廊下をゆっくりと歩いてくる。その手には大量の本が積まれていた。

「今、誰か走っていかなかったか?」

「ガキじゃないのか?それよりも飯はまだか?流石に腹がすいちまってな。」

「そう言えば、今日、私が腕を振るうのでな。懐かしの味噌鍋だ。今日は。」

「そっか。今日は味噌鍋か。今日は楽しみだな。」

 そう言って青海は舌をなめずる。

「信繁様が帰ってこれば、喜ぶだろうに。そうだ。信繁様はこっちに来なかったか?」

「・・・いや。知らんな。それより今日は早く飯にしよう。朝から飯を食っておらんのでな。」


「こちらでお待ちください。」

「分かった。」

 信繁が頷くと、兵士はそのまま歩いて帰った。外を見渡すと、遠くには明かりがついた大きな船があった。信繁が江戸城の門番に案内されたのは、外壁に建てられた兵士詰め所だった。中の戸を開けると、番所みたいな簡単な畳作りとなっており、その縁に座ると、何気なく見渡していた。明かりなどが備えられ、城に目を向けると、城の明かりは煌々と照らされていた。

「待たせたな。」

 戸の方を見ると幾つかの書面を抱えた半蔵の姿があった。手には包みと酒が握られていた。

「どうしてここに?」

 信繁は不思議でならなかった。内部工作を仕掛けるなら、普通城内に入れる物だ。

「まあ・・・な・・・。秀忠様はな・・・器量がある程度狭いのでな。」

 半蔵は荷物を信繁の目の前に積みかさねた。

「・・・。そうなのか?」

「昔、関ヶ原の後で降伏したときにお主らの首を斬れと言い出したのが、秀忠様じゃ。押しとどめるのに時間がかかった。だから、もし見つかれば、速攻でお主の首が飛びかねない。」

「確かに。」

 信繁はふと九度山を思い出す。あのとき聞いた徳川方の大将が秀忠だった。あの時に戦功を立てられなくて、窮地に立たされたとは聞いていたが。

「だからこういう所しかなかった。すまない。」

 半蔵は軽く頭を下げる。

「気にしなくていい。だが用とは?」

「本来ならお主の連れ達も連れてこさせなければ何か勘違いされるとも思ったが、これだけは知られる人間の数を最小に留めたかった。」

 そう言うと半蔵は包みを開けた。そこには乾物の小魚があった。それを信繁の前に置くと、酒をお猪口についだ。

「で?」

「お主に伝えたかった事・・・それは・・・宣教師の陰謀についてだ。この話、流石にここでなければ、伝える事は出来なかった。」

「そうか。」

「先日、本能寺の変は聞いたな。あれには続きがある。それは、その時報告を受けた秀吉殿の周りの人間に不思議な人間達が増えていった。当時、織田家という囲いしかない小国の大名ともいえる各武将達は一度集まり、領地を再編した。だがこの後、どうも相変わらずの手紙操作や偽手紙などで攪乱を始めた。この頃私たちはある噂を耳にしていた。」

 その間も信繁は周囲の監視を怠る事はなかった。

「ジャワ王国が、内乱の末滅びたという物だった。しかもその後、ポルトガルに占領されたと。それを聞いた我々は、先に海外に出た日本人達を通じて、調査を行った結果、ある事が判明した。」

「内乱で疲弊させ・・・。又は都合のいい国だけ残して・・・・占領。」

「そうだ。その後の按針の報告では、我々が考える宣教師の神とはなんだ?」

「ん?それは・・・デウスか、基督・・・。」

「それを按針は不思議がっていた。按針の国も基督教を信じてはいたが、デウスという物は知らないそうだ。」

「ん?」

「単純に言えば宣教師でも二種類いる。そして・・一方は・・・。」

「偽物・・・か。」

「だが、ここから様子はおかしくなる。どうも、毒殺などをしてきたのは・・・本物の方だ。」

「は?」

「どうも彼らは自分の思い通りの国を作る為に国を破壊するのを厭わないらしい。」

「坊主達とは全く違う考え方だな。」

「で、そいつらは、最大勢力である織田家の勢力を削ぐ為に、最初にわざと手紙で攪乱を行い柴田勝家達のいる北陸を狙った。そして文字通り、壊滅した。」

 その言葉に信繁は黙ってしまう。ちょうどその時には大阪にいたからだ。

「・・・ん?全滅?あの時・・・淀君は残ったのではないか?」

「それが・・・秘密の一だ。どうも・・・我々が不審に思い調査したとき、城の武器庫周辺で、子供達の死体を発見した。しかも三体だ・・・。」

「え・・・。」

「そう。我々の推論が正しければ城の爆破の際、逃げ出した者はいなかった。と言うのも、城の隠し通路は何故か土で埋まっていた。」

「だがあの時三人は救出されていた。」

「それが問題なんだ。その時幾つかの部下達とともに三人は救われていった。だがこうとも考えられる。元々すり替える気なら・・・。あり得ると。」

 その時信繁は愕然としてしまった。どう見ても半蔵が嘘をついているように見えなかった。

「どうしてそこまでする必要があった?」

「あの報告以来、秀吉は扱いやすいと考えられ、そのためにつけ込まれたと思われる。」

 そう言うと資料の一部を取り出すと、信繁に手渡した。

”すまない、母ちゃん達を頼んだ。日々城の中が怖い。俺が狙われたのだ。”

 この手紙の筆跡に覚えがあった。これは、叔父貴の物だ。

「これは、母上殿が来たときに髪留めに縫いつけられた手紙だ。」

 母上というのは秀吉の母の事だ。

「その前後に何故か大阪城に来るように秀吉から頻繁に手紙が来るようになっていた。本来この二人は信頼関係があつく、信長様がいるときには何かの祝いや相談時には、いの一番に駆けつけるほどの仲良しだ。本来来なくても気に掛ける話ではない。」

 そう言って大きめの書状を見せる。そこには確かに太閤の判子はうたれていたが、筆跡は・・・少し違っていた。

「ということは・・・。」

「そう、あの連中は家康様を誅殺する気だったのだ。実際謁見に向かった時に確認もしたが、そのような手紙を出した事はない・・・そうだ。」

「そうか。ちょうどその頃には何故か俺とかも領土に戻されていたからな。」

 信繁はあの怖い太閤の顔の事を思い出していた。

「そして、その時に確認したところによると、この頃の太閤は何か決めようとすると部下に阻害され、ほぼ一人では決められなくされてしまった。」

 ・・・。

「そして秀頼様が生まれた・・・。」

「これもどうも様子がおかしい。わざと太閤殿に会いに行ったとき、変な話を聞いた。それは色々警戒してか、淀君の部屋にさえ近づかなかった秀吉殿との子供が淀君に宿ったのだ。」

「は?」

 自分も子をなした事があるから分かる。相手とふれる事が無く子を成すという事はあり得ない。

「ま、キリシタンの連中はばかばかしくもこれも神の子だとかのたまい、あり得るとか言っていたが、それに勘ぐった我々は調べる内に、大方その子は不倫の末に出来た子だという事が判明した。」

「それは・・・。」

 最早、それは淀君が謀略の末にやりたい放題していたという事だ。

「それを我々は太閤殿に伝えていた。だがあの方はこういったよ。”あの子は誰の子だろうと関係はない。このような世界で唯一愛せる事が出来る物が出来たのだ。誰の子でもワシの子だ。”とな。」

 その頃には信繁の頬に涙が伝っていた。確かに俺も確かに言われた事がある。

「俺も驚いていたが、もうそれ以上口を出す事はなかった。それからもキリシタンが徐々に豊臣家に入り始め、そしてあのようになってしまった。」

「そして、傀儡化させた豊臣家から金とかは船で外国に売り渡され、数多くの資産は海を渡った。」

「それが本当なら・・・。」

「だが、秀頼様を傀儡に淀君が権力を握ればどうなるのか、それは分かり切っていた事だ。我々が戦ってきたのはそんなわけも分からない奴らに国を盗られる為じゃない!だから、無理矢理でも喧嘩をふっかけた。」

「それが・・・関ヶ原・・・。」

 あのころはお互いが疑心暗鬼となり、戦国大名の命運が決まったともいえる一戦だった。

「その話を父上が知っていれば結論はちがっていたかもしれないな。」

 こんな話、信繁には大きすぎて信じられ・・・いや納得できるところが幾つかあったので、何となく頷いていた。

「その後の情報はまだ集めきれていない。一説には妖怪を呼び込んだだの、様々な噂があり整理に時間がかかっている。」

「と・・・言う事は・・・もしや俺を妖怪かなんかだと思ったのか?」

 信繁は何となく思い当たる節を探してはいたが思い出せなかった。

「それはない。」

「は?」

「最初の真田のおじさんが来たときにある確認をしてもらっていた。本物かどうかだ。」

「え・・・あれが?」

 そう言えば何か様子がおかしいと思っていたが・・・それか。まず本人かどうか確認を取っていたのか。納得がいった。

「だから二回目では、人間性を試させてもらった。」

「はは、とんだ笑い種だな。散々試されていたわけだ。半田山もか?」

「あれは・・・予定外だ。予定は普通に歩いて行くだけだった。だが、あのような事になったのは自分でさえも悔しい。」

 半蔵はそう言うと自分のお猪口についだ酒を一気に煽った。

「そこでお主に頼みたい・・・」

「断る!」

 その瞬間、半蔵は唖然となった。

「・・・。何を言っているのか分かっているのか?」

「例えそうだったとしても、家族は今、大阪で俺の帰りを待っている。そして俺の少なくてもかけがえのない家臣達が大阪にいる。そのような状態で、そんな奴らの元にいるのなら、なおさら裏切れば殺される可能性が高い。」

「・・・流石真田殿だ。・・・確かに家臣に裏切れとは・・・言えないか。」

「例え、裏切ったとすれば最早相手も手段を選ぶまい。内部から押さえる者が必要ではないか?」

「確かに・・・。もう説得しても無駄だろう。」

 その瞬間、周囲から殺気が放たれるの信繁は感じていた。そのざわめきは周囲を多い、今にでも襲わんばかりであった。

「そう言えば、あの時帰してくれると言ったよな。あれは嘘か?流石にそれを違えるなら・・・」

「退け!」

 そう言い、半蔵が手を挙げると殺気は何故か退いていった。その言葉に刀に掛けた手を元に戻した。

「元よりお主を殺すつもりは毛頭無い。例え捕らえてもすぐに抜けそうな男に縄なぞ無意味。」

 そう言うとあきらめた顔をして半蔵は信繁を見つめた。

「だが・・・あのような女に忠誠は無意味。」

「分かっている。こっちとかは単なる兵士にしか見ていないだろうよ。今まで散々忠告とかしても聞き入れた事はないからな。だがな。それでも今できた家族を棄てるのは出来ん。ま、戦争が終わったら、手助けでも何でもしてやる。今少しはまってくれ。」

 そう言うと信繁は立ち上がった。その戸を開けるともう外は真っ暗だった。

「そこまで明かしてくれた事に感謝する。では。」

 そう言うと、信繁は歩き始めようとした。

「しばしまたれい!・・・せめて出口までは案内する。こっちだ。」

 そう言うと半蔵は走って信繁の前に躍り出た。詰め所には空のお猪口と手のつけられていない小魚・・・そして一口も手のつけられなかったしびれ薬がそこにはあった。


 信繁はゆっくりと歩いていた。月は少し欠けていたが美しかった。・・・あんな話をされて俺は何をすべきだ。叔父貴の仇か?信長殿の仇か?言っては悪いがそれも戦場の習いだ。

どうと言う事はないが・・・でもそれでも俺はどうしたらいいのか・・・。

「信繁さまー。探しましたぞー。」

 暗闇の武家屋敷通りに声が響いた。

「筧。どうした?」

「どこに行ってらっしゃったのです?探しましたぞ。」

「いやあ・・・月がきれいでな。つい散歩しておった。」

 そう言うとほっとした顔で筧を見つめていた。

「今日は、信濃の味噌鍋。拙者が腕によりを掛けた物。そろそろ奥方の料理が恋しいでしょうが今日は拙者ので元気になってくだされ!ささ、冷めてしまいますぞ。」

 そう言うと信繁の袖をひっぱり、筧は小走りで寺に向かっていた。つい信繁の顔に笑みが生まれた。こういう事が幸せな事だとこの時初めて感じたのだった。


一度不手際で消えたため復旧に遅れが出てすいませんでした。

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