外伝2-5 座敷牢に凛と咲く
緊急指令をうけっとた半蔵は旅を早め、旅路を急ぐ。そして最所の目的地”京”へと向かう。
外伝2-5 座敷牢に凛と咲く
「結構・・・もう・・・歩けないよ・・・。」
ソラはじっと橋を見つめる。大阪の大都市を抜け、ずっと川を上って・・・大都市を完全に無視する形で山奥まで抜けてしまった。流石に・・・大阪の町は大きかったけど・・・なんか・・・。
「そう言うな。急ぎの旅だと言っただろうに。」
半蔵はここ十日ほど、旅を続けている間もほぼ歩きっぱなし出、流石に健脚である。忍者の業務のほぼ半数以上は飛脚と同じ、いやそれ以上の移動(山野含む)を要求される。と言うのも至極単純だが”○○に行って偵察し、詳細を知らせよ”という命令が多い。この頃はまだ手紙さえ中々届かぬ世の為、その度ごとに現地に行かなくてはならない。そして、情報を聞いて歩いて、歩きながら整頓してまた帰る。帰る間に情報を整頓して報告する。ここまでが要求される。その間偵察に二週間以上人に見つからない為に山道を強行軍する必要があったり、様々なことが要求される。その為、忍びの仕事に慣れれば慣れるほど持久力は要求される。またその為の手法の研究や新しい技法はすぐに試され実用化する。この素早さ事が忍者が忍者たるゆえんである。それに慣れた半蔵からすれば、一週間ぐらいの強行軍は慣れた物であった。だが、あまり長時間歩く事になれていないソラからすれば、この強行軍は全力で走った十日と一緒である。
「でも・・・これは・・・。」
実際ソラは宿を出発してから一日で歩き疲れ動けなくなり、それ以来大阪に着くまでの間ほぼずっと半蔵がソラを背負って移動し、大阪から再度歩くが、もうソラの足の皮がめくれそうになるほど、歩けなくなっていた。
「わかっている。無理するな。拙者でも・・・ほら・・・あれが・・・。」
半蔵は優しく言うが、実際ソラの体力もかなり無くなっていた。実際野宿しているときに半蔵はソラの足を揉んだり、手持ちの傷薬を塗ったりしていたが、静養が必要であっても・・・任務とは半蔵にとってそう言う物である。
「京だ。」
川向こうに大きな・・・塔が建っているのを、そっと歩くソラが見える。大阪にも少し小さくとも塔は・・・。
「あれが・・・京。」
ソラは更に歩こうとするが・・・痛みで顔を歪める。流石に大阪から出発して二日の旅路で出来る限りは歩いたが、足が止まると半蔵が背負っていった・・・だが決して旅自身は以外で休む事はなかった。江戸初期の旅行では普通、一刻(二時間)前後で小休憩を挟むのが通例だが、それをしなかったのも原因の一つである。
「背負うか?」
ソラは最初いやがったが、そうせざる終えない自分が・・・歩けないから仕方がないと言えば仕方がないのだが・・・。
「ウウ・・・ん・・・お願い。」
申し訳なくて嫌がる事も考えたが・・・ソラの体力的に無理だった。半蔵はもう慣れたのか、ソラを背負い、先を急ぐ。
「先を急ぐ旅になるとは・・・。」
「いや・・・いいんです。」
ソラは寂しそうに答える。
「でも・・・あれが京の町?」
背負ってもらって、目線が高い位置から街道の先を見つめる。確かに細々とした建物などがひしめく、山間の町だ。
「ああ。あれが京の町だ。」
何か思い入れがあるように京の入り口を見つめる。
「半蔵はさんは京都に来たの?」
「よくな。」
半蔵は少し歩みを遅くして、負担を掛けないように歩く。流石にこのあたりから人通りも多く、速く走ればそれだけで目立ってしまう。
「大阪と・・・どっちが大きいの?」
道すがら見た、あの大きな都市を思い出す。
「京都はこう見ても・・・。」
半三は前にある都市を見つめる。多くの死人や、戦争があっても・・・この年は生き延び、何事もないように生きている
「500年・・・だったかな・・・それ以上前からある。」
「でも・・・。」
ソラは前の都市を見つめる。川越しのあの山間の都市はいかにも小さくも見えるが・・・。
「京は大阪とかみたく・・・正確に言えば陰陽師達が作り上げた一大都市だ。今でも、天皇の住まう俺の知る・・・もっとも美しい都市だ。」
そう言うと半蔵は街道沿いを登り始める。
「大阪・・・大きいじゃん。」
ソラはあの・・・街道から見えた平原いっぱいの・・・リスボンなどと同じぐらいの町を思い浮かべる。石でないのが欠点であるが。
「昔聞いた話だが・・・。」
半蔵は周囲を見渡す。ちょうど・・・岩があり、座れる場所でもある。半蔵はそこまで行くと、ソラを降ろした。
「休むの?」
「目的地はもう・・・すぐそこだからな。」
半蔵はソラを見つめる。日は高く、宿はすぐにでも取れる。
「昔、この国の首都はもっと・・・港に近かった。」
ソラは半蔵を見つめる。
「だけど、数多くの妖怪が訪れ、殺戮を行い・・・荒廃し、死の町になった。だから」
「だから?」
「二度、首都の位置を変えて・・・その度に多くの人足をつかい・・・それでも・・・何か難がある度に・・・町は荒廃した。ある日は病が流行り、死の都市になり、ある日は盗賊に町が荒らされ・・・そして町に住まう民は嘆き悲しんだ。」
・・・ふと・・・ソラは自分のふるさとを思い出す。確かにあの町ではたびたび盗賊に襲撃されていた。
「最初の町は今で言う清の国の技術をそのまま使った。だが盗賊は跋扈し、夜になれば妖怪が跋扈した。」
半蔵はじっと京都の町を見つめる。
「二番目の町は地形が原因だと言って・・・それでも収まらなかった。」
ソラは・・・じっと半蔵を見つめる。その間も・・・ずっと・・・思い出しては語り続けた。
「そして・・・陰陽術と、武人達が力を合わせ・・・それでも・・・まだ少し・・・病は残った。そこで・・・町を守護する物を作った。」
半蔵の顔はまじめそのものだった。ソラはじっと半蔵の顔を見つめる。
「それが・・・”結界守護”と呼ばれる物だ。それの・・・。」
ソラは・・・じっと・・・難しそうに・・・半蔵を見つめる。
「すまない。」
「・・・。」
更に訳がわからない顔をしているソラをじっと見つめると、半蔵は無言でソラを抱え上げ、肩車をする。
「みて見ろ。今日は、大阪に負けない大きな町だぞ。」
半蔵の声にソラは少し背伸びをする。確かに、大阪と同じように広い盆地の中いっぱいに町が広がる・・・。
「大きい。」
ソラは素直に感想を漏らす。
「それでは行くか。その足、医者に診せねば成るまい。」
「うん。」
ここ数日のソラの足の痛みはひどいが・・・それ以上に京の町が楽しみでもあった。
京の冬は寒く冷える。京の町中を歩く半蔵達がふと足を止める。雪も多く、実際雪が止んだこの町では雪が所々積もっている。
「これは?」
ソラが不思議そうに地面に転がっている雪を見つめる。確かに雪は西日本でも降っていたが、雪がこうも積もっているのはここまで無かった。半蔵はその言葉にソラを地面に降ろす。
「雪。初めてか。」
ソラのいたリスボン近郊では山間でもそんなに雪が積もる事はなかった。
「うん。こんな白いの初めて。」
「もう少しで着くから、そこで・・・ほら・・・あそこ。」
半蔵が指さした先に多くの建物が並ぶ大きなお屋敷がそこにはあった。当時の武家屋敷は多く、公家屋敷も存在する。その多くは別邸であり、京に来た際に滞在する拠点になっている。
「あの・・・壁?」
ソラがその建物を不思議がるのは・・・門はあるものの後は壁で・・・その向こうが見えなかったからだ。
「屋敷だ。」
半蔵の言葉にソラはいぶかしがる。
「だって・・・。」
ソラはあまりにソラの・・・上方向に建物がない為に何があるのかわからなかった。ヨーロッパでは大きなお屋敷は上にも高いのが普通で、三階以上は当たり前である。だが、日本の屋敷で二階は珍しく、平屋が多い。その為、日本では二階がある設計自身が珍しいが、西欧ではそれが逆転する。
「中は広い。」
半蔵達が門の前に来ると門番が二人棒で行く手を遮る。
「お前達。ここはどこだかわかっているだろうな。」
屈強な男達がじっとこちらを睨む。
「拙者、見張りやその他には用はござらぬ。拙者は只一人、凛殿に。」
その言葉に門番達が驚いていて・・・お互いを見つめる。
「すまないが・・・中で確認を取る。」
そう言うと一人が走って建物の中に入っていく。
「どうして・・・。」
半蔵が門番を注視している間にソラは半蔵の裏からじっと奥の建物を見つめる。確かに大きいが、歩いてすぐに玄関があり、その奥の様子はわからない。只、横に広いのはわかる。半蔵達の話し声が止んだのを見てソラは上を向く。
「横に・・・広いの?」
「みて見ろ。」
そう言うと半蔵はわざと門の外の壁沿いを指さす。そこには入ろうとした時にはわからない、視界の果てよりも長い壁がずっと張り巡らされていた。
「広いだろ。」
京都の町は建物自身がかなり小さいが、貴族の建物となると話は違う。その大きさは一つの町を越すほどに大きく、また、空間の使い方の贅沢さは他の建築を上回る。
「すいません。」
その声に正面に二人が向き直ると、門番の男が礼儀正しくお辞儀をしている。
「何用か聞いて参れと。」
もう一人の門番が帰ってくると、息を切らしながらもじっと半蔵を見つめる。
「それは・・・。」
声を出そうとしたとき、門の奥から老人が一人、表に出る。
「ほう・・・。」
門番達が老人の姿を確認すると、慌てて背筋を伸ばす。
「お主・・・珍しいのお。」
じっと老人は、半蔵を見つめる。
「お久しぶりです。翁。」
「挨拶は良い。何用だ?」
老人は厳しい目で半蔵を見つめる。
「だから・・・凛殿に・・・。」
「あいつが今どんな感じなのか・・・お主が一番知っておろう。」
「知っていても・・・会いに来るのは、自由でございましょう。」
半蔵が翁の声に食い下がる。
「まあよい。あ奴も暇をもてあましておろう。本来なら・・・。」
「だから・・・。」
「ついてこい。」
そう言うと老人はくるりと背を向け、建物の中に入っていく。その後を半蔵は付いていく。ソラも一緒に付いていくが、壁の向こうは立派ではあるが今までの建物みたいな・・・。少し歩くと門から見えた玄関にたどり着く。玄関は先日見た宿の大きさの半分ほどの大きさもあり、無駄に広い。半蔵は端によると、ワラジを脱ぎ始める。それを見てソラは靴を脱ぎ始める。その様子を老人はじっと見つめる。
「何か・・・。」
ソラはブーツを脱ぎながら周囲を見渡す。広い割になにもない・・・王宮みたいな絢爛豪華さはない。むしろ・・・素朴で質素に見える。
「さて・・・。」
半蔵が立ち上がろうとするとそれを老人の手が制する。ソラもブーツを脱ぎ終わり・・・ブーツを半蔵の横に置いた。
「お主・・・足を見せて見ろ。」
そう言うと老人はしゃがんでソラの足を見る。先日も皮がむけ、傷が付いている。
「これでは床の間も汚れよう。この子も会わせるのか?」
「はい。この子は珍しい・・・」
そう言い説明しようとするのを翁がまた手で制する。
「確かに珍しいが、それと畳を汚すのは違う。おーい!」
その声に奥から女中が一人走ってくる。
「はい。」
「足袋を持って参れ。」
「はい。」
そう言うと女中が、すぐに・・・いや建物に入り笠を脱いだソラの金髪が目にとまり、じっと見ながら奥に走っていく。
「これは・・・半蔵殿。これはかなり無茶をさせましたな。」
翁はソラの足を見つめている。かなり傷跡が多く、生々しい。
「それはまあ・・・。」
「薬はまたいずれとして・・・しばらくここで滞りなく事を済ませますかな?」
「いやそのつもりはない。伊賀の山中で所用があるので今日は拙走に。」
「そうか・・・なら、また寂しくなるな。」
「はい。」
奥から女中が、真っ白い足袋を持ってくる。それをソラの元に来ると、手際よく履かせていく。当時靴下はあったが贅沢で、ブーツに素足の方が多かった為、ソラにとって足袋は事実上初めてである。ソラはじっと足の足袋を見つめる。白く、女中用のものではあるが、ソラにとってはぴったりである。
「そいつはくれてやるから・・・行くぞ。」
そう言うと翁は立ち上がり、ゆっくりと建物の奥にあるいていった。
「これ・・・。」
「畳が汚れぬようにだが・・・そいつは畳で足をすり切れなくても良い。重宝するぞ。」
そう言う半蔵の足は素足ではある。だがこの室内用の足袋は実際武家社会でかなり重宝している。と言うのも当時の畳の目は細かすぎて、子供の足がすり切れる事態が横行していた。掃除をしても怪我による血や足の膿まで一緒にこすりつけ、匂いがきつくなる(頻繁に代えるほどの財政的余裕は当時の貴族等にはなく、侍は気にはしなかった。)
「うん。」
そう言うと二人は急いで老人の後を付いていった。
建物の中を歩いて二十分ほどくと流石にソラも疲労の色を隠せない。その間多くの部屋を横切り、またその大きさは無駄に広い。また中庭をまたぐ為、実際かなり広かった。
ソラの顔にまたも疲労の色が濃くなる。木の床は滑りやすく、神経を使うのに、更に道のりは長く、緊張を強いられる。
「ここだ。」
そう言って老人が足を止めるとそこには中庭の奥の部屋にふすまがあった。あまりにも似たようなふすまが多く”ここだ”と言われても、それを判別する事はソラにとって難しかった。
「拙者達は・・・」
「わかっている・・・後はどうぞ。」
そう言うと翁はくるりと背を向け、奥に引っ込んでいった。残ったのは二人だけである。
一息呼吸をおき、ふすまを開けるとそこには木で出来た格子があり、出れないようになっていて、中に一人の女性が座っていた。その女性は清楚で、美しい着物をまとい、じっと部屋の中央で座っていた。
「お久しゅう。」
女性がこちらを向いて声を掛けると、その女性の流れるような黒髪と、美貌に思わずソラは息を呑む。髪の毛は腰よりも長く、座った姿では一部が畳にかすり、細長い顔は少し寒さで白いが、その分蒼白さを際だたせ、顔の端正さを引き出していた。体は着物の外観からは判別出来ないが、細身である事は分かる。正に京美人の装いであった。
「久しぶりだな。凛。」
「はい。半蔵様。」
半蔵は座敷牢の前で、座ると、ソラは格子を掴み、じっとその女性を見つめる。
「この子は?」
女性は変わった物を見るようにソラを見つめる。
「異国の子でな、幹花に救われたとか言っておったぞ。」
半蔵が笑いながら話すと、凛の顔がきらきらと輝く。
「へ、幹ちゃん。こんな子まで・・・。」
「いや・・・そうではないが・・・詳しい事はこれで。」
そう言うと半蔵は手紙を座しきろうの中に少し折り曲げて、入れてみる。それを見た凛が、ススッと近づいてくる。実際近寄ってみると・・・かなり大きい。大の大人ほどの大きさもある・・・。その様子に更にソラは驚き、呆然としてしまう。
「この人は?」
ソラは口を開いたまま・・・目線の先をじっと彼女に合わせたまま、しゃべっていた。
「この方は、凛殿と言って、幹花殿の妹君で、この屋敷の主の側室になりかかった娘だ。」
「そくし・・・つ?」
「わからなくて良い。」
半蔵が即答する間も凛は手紙をじっと読んでいる。その最中に頬から涙が時折こぼれてくる。
「あの子らしい・・・。」
ぼそっとつぶやいた後・・・凛は目の前の少年を見つめる。金髪で活発・・・そうには見えないが落ち着いた良い子だ。
「半蔵はん。」
「ん?」
「この手紙によると・・・この子・・・ワシん所で引き取れ・・・言ってますのんが・・・。」
「そうか?」
半蔵が不思議そうな顔をして凛から手紙を受け取ると、その部分をみる。
”この子は筋も良く、勘も働きます。もし半蔵様が引き取らないようであれば・・・この子の事をお願い致してもらえないでしょうか・・・。”
「確かに。」
半蔵はその部分をあえて読んで、ソラに聞かせる。まだソラは日本語は聞いたりある程度話す事は出来ても、文字まではわからなかった。
「でも・・・幹ちゃん・・・今のこの状況・・・知っていまっしゃろうか?」
凛は周囲を見渡す。周囲は確かに座敷の中に牢が組まれ、早々でる事はできない
「それは・・・無い。」
半蔵は断言する。もし日本を発つ前にこの状況を知れば、幹花は全てを捨ててでも助けに来ようとするだろう。それほどまでに彼女はこの妹や姉を愛していた。
「だとすると・・・どうします?」
「元より・・・この子が自分から拙者を離れるまでは置いておくつもりだった。だからもしその時があれば・・・。」
じっと側でソラは、半蔵を見つめる。
「その時はそっちに無理矢理にでも行って・・・。」
「行けばどうなるのか・・・。」
そう言って半蔵はわざと顔を近づける。実際には確認しづらいが、この広大な敷地の中に、ほんの少し・・・監視の視線を感じる。
「分かっていますし、拾ってくれた旦那さんへの恩義もあります。だから・・・お気になさらない・・・でしょうか。」
「そうだな・・・すまない。」
半蔵はに頭を下げる。
「そうだ・・・ソラ・・・。」
「はい?」
「少し、凛の相手をしてやってくれ。異国の話でも聞けば、気も和らぐ。拙者はこの家の物から薬を。」
「それなら・・・清十郎さん!清十郎さん!」
その言葉にすり足で、先程の翁がやってくる。
「凛様。どうなさいました?」
翁は凛の前で片膝を付く。
「半蔵殿と一緒に、薬を取ってきてくれまへんか?この子の足に薬を塗ってあげたいのですが・・・。」
「・・・在庫は・・・少しありますな。では半蔵殿・・・こちらへ。」
そう言うと翁と半蔵は奥へ言ってしまった。
「お姉さん?」
ソラは驚いた顔で、凛を見つめる。凛はソラを牢屋越しに頭をなでる。
「ほんと・・・綺麗な髪。変わった色ね・・・。」
優しく、優しく、ソラの頭を撫でる。まるでいとおしい子供をなでるような優しく、ゆっくりと凛は撫でる。
「お姉さん・・・何か悪い事したの?」
「悪い事?」
「だって牢屋・・・。」
「そうですな・・・。少し昔話をしましょうか。」
そう言うと凛は
私たち3人は昔、ある武家の娘でした。戦乱の中に母と一緒に数多くの国を渡り・・・生きていました。父は戦争で滅ぼされたり、再婚相手は反逆者として討たれたり・・・。でも最後に母は父と残って、死んでしまいました。その時逃がされた私たちは飲まず食わずの生活をしていました。その時はちょうど人に出会わぬように、人から逃げるように森の中をさまよっていました。
「もう・・・歩けないよ。」
「何言っているの?歩かないと敵が!」
一番上の姉は小刀を手に提げ周囲を見渡し、様子を見ていた。
「だってこの子が・・・。」
私はもう飲まず食わずに三日も夜通し歩き・・・もう体力的にも限界でした。
「もう歩けないよ。」
真上の姉に同調し頷いて見せた。
「でも・・・分かった。そこで。」
そう言うと、森の中にちょうどあった切り株を指しました。それを見た二人はよろよろと切り株の上に座りました。姉も、一緒に腰を下ろしました。
「もう・・・どうしよう。」
当時、戦国中後期ではこうして逃亡中にのたれ死ぬのは普通であった為、食べ物の知識はれっきとした生存術なのですが、なにぶん私たちは何が食べられ、何がダメなのか、分からなくて・・・もう足も動きませんでした。
「もう動けないよ。どうしたらいいの?どうすればいいの?」
ぼろぼろになった着物は草の汁で汚れ、ぼろぼろであった。それは3人とも同じ装いであった。真上のお姉ちゃんは切り株に寄りかかり、地面に腰を下ろし、ソラを見上げる。雨でも降れば水がとか言うだろうが・・・。それも数日無かった。泣きそうな声で言う姉を私は只みているしかありませんでした。
「そんな事言ったって分からないじゃん!私・・・かあさ・・・。」
一番上の姉は涙をぽろぽろと流していました。もう私も泣きそうでしたが、私の頬から・・・喉が渇きすぎて流れる事がありませんでした。
「お姉ちゃ・・・!・・・あれ・・・!」
真上のお姉ちゃんが、指さした先に誰かがいた気がしました。私は立ち上がりフラフラとそこに歩いていきました。
「待ってよ・・・。」
その後を付くように三人は歩いていくと、そこには木々の間の切り株に花が生えていました。その花は光が差して凄く・・・綺麗でした。
「桔梗?」
一番上の姉が言うと三人はその側に寄り、花を見つめました。ちょうどその時は春の初めで花は生えていないように見えました。
「桔梗の花だ・・・。」
真上のお姉ちゃんもその言葉を思い出しました。そう。父と母が好きな花でした。
「春の日の・・・。」
一番上の姉がまるで譫言のように口から漏れるように言葉が出てきました。それは思い出深いものでした。
「大木の幹に咲く花よ・・・。」
真上のお姉ちゃんがぼろぼろ涙を流して次の句を言いました。
「凛と咲く花、我らは生きる。」
『母様!』
声を震えさせつつも、最後まで言い切った時、三人は抱き合って泣いてしまいました。私たち三人が再婚相手の元へ行く時に、三人と私たちの心意気を詠ったあの詩でした。
「花の命は短けれど、人の命をかくいうや。我らは泥をすすりても。」
「生きて恥をさらしても、生き延びてこそ花は咲く。」
「だから・・・私たち・・・は・・・生きて・・・。」
三人は抱き合って泣いていました。その時、一番上の姉がハッとした顔で周囲を見渡しました。そこには幾つかの花が咲いており、それは綺麗でした。
「お母様が昔・・・。」
”昔ね、私が遊びに行った時に花の蜜を飲んだ事があるの。”
”どうやって?”
”こうやって・・・こう。只・・・毒の花もあるから、気を付けて。これは大丈夫だけどね。”
そう言って母がみつを飲んでいた・・・あの花でした。
「花の蜜をのんで・・・。」
そう言うと姉は近くに生えた花を摘み、母に言われた手順通りに花の蜜を吸いました。確かに甘くはないけれど・・・食べれない事はない!
「これ・・・食べれるよ!」
「え!」
姉の声に私たちはよろよろと花に寄りました。一番上の姉は一心不乱に花を摘み、その時初めて花の蜜の味を知りました。それは・・・今でも思い出せるほどに・・・味が薄く・・・それでいて生きていた命の味でした。それで腹を少し満たし、しばらくすると・・・どうにか歩けるまでに回復してきました。でも足はまだ痛む為に、切り株のそばで日に当たり、体を温めていました。
「私たち・・・いきましょう。」
「どこに。」
「いえ・・・私たちはもう、家も何もありません。」
一番上の姉の言葉に驚いてみました。
「もう一人って事?」
真上の姉が不安そうに一番上の姉の顔を見ました。その顔は決意に満ちた顔でした。
「男子には、元服の儀なるものがあるそうです。私たちももう三人で生きていくために・・・。」
「名前・・・変えるの?」
私は不安でした。その時まだ私には、母からもらった名前がありました。
「もし私たちの出身がばれれば、あのサル共めの事です。きっと殺しに来るかするでしょう。ですから・・・。」
「名前を変える・・・か。」
そう言って真上の姉は切り株の上の桔梗と呼んだ花を見つめます。
「だけど・・・私達・・・いえ、私は母様が好きです。ですから・・・さっきの詩の上から順の名前にしませんか?」
「え?」
「私が上の句・・・春の日。」
そう言って一番上の姉、春日は自分を指さしました。
「じゃ・・・じゃあ・・・私が・・・幹の花・・・幹花?」
そう言って素っ頓狂な顔で、真上の姉、幹花は私たちを見渡しました。
「じゃあ、じゃあじゃあ私は生きる?」
私の言葉に姉たちが笑っていました。
「凛ですよ。」
「凛?」
「凛というのは背筋を伸ばしてきっぱりとした様の事。あなたにはその名前が似合いますよ。」
「姉様。」
私たちはもう一度抱き合いました。
「もし苦しい事があったら・・・この言葉を思い出して・・・立ち上がりましょう・・・そろそろ行きます。もう・・・」
そう言うと三人はよろよろ遠き、今度はゆっくりとした足取りで、踏みしめるように歩いて・・・その場を去りました。
「ありがとう・・・母様。」
そう言ってお辞儀をしてその森の切り株を去りました。それからして、私たちは人家にたどり着き、そしてこの町まで来ました。そこでここの旦那様に拾われ、半蔵はんに助けられました。しばらくこの家にいた後、三人は様々な修行をし・・・ちょうどその頃は半蔵はんの息子さんも一緒だったでしょうか。その方達と修行をしました。それは厳しい修行でしたが、私たちは歯を食いしばり、生きてきました。そして・・・
「どうした?」
半蔵が声を掛けると、凛達は驚いたように振り向いた。
「いえ・・・話し込んでいたもので。」
凛が申し訳なさそうに答えるが、ソラはびっくりした顔で見つめていた。
「それなら・・・と言いたいが、その床の間で話すのはちとな。」
そう言って半蔵は廊下を見つめる。冬も寒く冷える床の間では白いソラの肌が更一層に冷えてしまいます。
「でもここは・・・。」
凛は中を見ると、そこには七輪はあるが・・・。牢で中に入れない。
「すまない。」
半蔵は頭を下げる。
「半蔵はん。」
凛はじっと見つめるが・・・少し諦めたような目で、見てくる半蔵をどうにも出来なかった。
「分かりました。後はゆっくりさせてもらいます。」
そう言うと凛は体半分ほど、後ろに下がる。
「そう言えば、さっき女中達が・・・このあたりにまた旅芸人の一座が来ていて、浄瑠璃をしているとか・・・その子にそう言う所に連れて行ってください。きっと喜びます。私からは何も出来ませんが・・・せめて・・。」
「分かった。そうさせてもらおう。」
そう言って半蔵はソラを立つように手で合図をする。
「そう言えば、この手紙があるのなら・・・お姉様にも会われるので?」
「そうだな。そのつもりだ。」
この時の姉は一番上の姉、春日を指す。
「・・・まあ皆さんと違って私はのんびり屋やから・・・。」
「そうか?」
優しく答える半蔵の顔は・・・微妙でもある。実際には彼女の監禁の理由を知っているだけに、彼にとってはこの状態は心苦しい。
「手紙は書いて・・・後で。」
「分かり申した。ではこの子の手当を終えて、しばらくしてから発つとしよう。」
「半蔵はん・・・。」
「でも・・・。」
半蔵はソラを連れて無理矢理・・・その場を去った。分かっている。自分が原因だと言う事も・・・。でも、それでも・・・。この場にいる事さえ心苦しかった。ソラの目から見ても、半蔵の顔は泣きそうであった。
「これで・・・手当は終わりました。」
そう言うと翁は足袋を脱がせたソラの足を見つめる。薬が塗り終わり、足は痛みがあるものの、前ほど芯まで響く足の痛みはなかった。
「すまないな。」
「いえ。」
翁は固く口を締め、答えた。
「これでしばらく歩けるの?」
「いや、また背負って行くさ。薬を塗ったら、本来は半日から一日放置せねばならない。歩かないでな。」
「そうなんだ。」
ソラは感心したように答える。確かに今までがいかに強行軍だったかが思い知らされる。
「半蔵殿・・・。」
「何でしょうか。」
「いつまで・・・あの状態を続けなくてはならないのですか?」
翁はぼそりとしゃべった。
「奥方様の危機の表れだ。止めようもなかった。」
「分かっています。」
「だから・・・分からないとはいえるが・・・。どうしようもないと言えばどうしようもない。」
「分かりましたが・・・側室殿・・・いや凛は私たちが守ります。」
翁にとってもあの子は大切でもあった。彼が勤めてしばらくして来たこの子達は、本当に孤児であったが・・・それがこうも綺麗になり・・・旦那様も嬉しかった。翁も感動するほど美しかった。だけど・・・。
「そうか。」
「親方様もそのおつもりです。」
半蔵は詳細を調べただけに、それが辛かった。だが今はそうなるしかなかった。
「ではこの子を連れて・・・もう行きます。」
「分かった。」
翁は頷くと立ち上がり、薬箱をしまう。
「これからも・・・すいませんが・・・。」
「分かっている。暇があれば寄って・・・。」
「お願いします。表だっては言えないので。」
「分かりました。」
半蔵は立ち上がると、ソラを背負う。最近ソラを背負うのが慣れてしまった気がする。
「ありがとう・・・おじさん。」
「うむ。ではな。」
戸を開けると、すぐ側の玄関で一度ソラを下ろし、ブーツを履かせる。半蔵も急いでワラジを履く。
「お主ら・・・気を付けて帰れよ。」
「世話になった。」
「ああ。」
そう言うとソラがブーツを履いたのをみて、またソラを背負った。
「では。」
そう言うと半蔵はソラを背負ったまま、軽く挨拶をして、京極家の門を出た。
「で・・・どこに行くの?旅芸人って?」
「そうだな。言って休ませるか。拙者も旅芸人の一座は珍しいからな。」
と言ってしばらく、京の大通りを歩いていた。人の数は多いがあまり周囲に気に掛ける人は少なかった。ここは天下の往来でもあり、いろいろな人が通るからだ。
「芸人・・・みてみれば分かる。」
「そうなの?」
「派手な・・・あれか。」
指さした先にはのぼりが掲げられており、大きく一座と書かれている。
「あれ?」
ソラが指さした先には確かに旗があり、きらびやかでもある。
「行ってみるか。」
そう言って入り口に立つとそこには広場に仮組みした小屋があり、簡単に組まれた舞台があった。まだ人はおらず、準備中にも見えた。
「そうだな・・・。」
半蔵は手持ちの財布の中身をみる。もうそろそろ路銀もつきかねない。元々飲み道楽する為の路銀分しか無く、強行突破して更に野宿でしのいだが・・・流石に心許ない。だがまだ、目的地である地点までは遠い。二日以上はかかかる。しかも大阪、京都区間での野宿は出来ない(治安問題があり、盗賊に襲撃される可能性がある)為、宿には入っておきたい。
「お客さん・・・見そびれた口で?」
半蔵は思いにふけっていると、入り口で声を掛けてくる男がいた。
「見そびれた?」
「はい。今日の分は終わっているのでね。」
半蔵は思い出したように空をみる。もう西日に傾き始め、もう一刻もしないうちに夕暮れになる。今日はここで一泊か。目の前の男は派手な衣装をしており、どう見ても旅芸人の一人であろう。この当時の旅芸人は昼間に講演を行う時が多い。特にこの冬では午前にやって終わりな時さえある。その為、芸の時間は分からない事が多い。
「それは残念だ。この子にな。旅芸人を見せてやりたかったのだが・・・。」
半蔵は残念そうに中を覗く。中には腰掛けがあり、演芸舞台が設置されていた。だが屋根はなく、青空での見学であった。
「それは・・・そうですな・・・拙者とかで良かったら・・・簡単なもので良かったら・・・。」
「それはすまない。行くぞ。ソラ。」
そう言うとソラを下ろし、歩いていくと近くの席を指さす。そこにソラが座り、半蔵は横に座る。
「演目は何がある?」
「拙者が出来るのは・・・白雪の舞い。ですが、楽団衆は今、飯に行っておりましてな。」
旅芸人は基本的に勧業主、座長、団員、楽団員に分かれている。場所を手配する勧業主、人寄せなどの裏方を行う座長・・・これは団員と兼用する事が多い。芸をする団員、そして毎などの踊りで必要な音楽を裏で行う楽団員である。
「それは・・・芸が出来るのは・・・。」
「後はこれぐらいですな。」
そう言うと旅芸人は三つの輪っかを取り出す。
「さてはさてさて、ご笑覧ください。手酌の輪の舞。」
そう言うと横に向き、輪を次々に上に投げる。輪っかが空に舞うと、次々と落ちてくる輪っかを受け止めては投げるを繰り返し、輪っかが空中で幻想的な風景に見えてくる。
「おおー。」
半蔵が驚くと・・・ソラはぼーっとみていた。あまりの事に驚いているようだ。
「驚いていただいて光栄です。本来なら20人ほどが立ち替わり、芸を行うのですが・・・。」
「分かっている。でもまあ・・・この子もほら。」
あまりの事に呆然としているソラがいた。確かにリスボンとかにも大道芸人はいたが・・・。それはあまりみた事がないソラにとって新鮮な感覚であった。
「そうだな。拙者もまあ何か・・・。」
そう言うと半蔵は立ち上がり、周囲を見渡す。だが、芸に使えるものはなかった。
「どうした!何してる?」
声が聞こえる遠くから男が一人・・・。
「すいません座長。ちょうど子供が一人いたもんでつい。」
奥から出てきたのは少し歳がいった大男である。
「またおめえ、只で芸を見せやがって。安くなるぞ。」
そう言うと大男は観客席をみる。
「すまえねが・・・え・・・は・・・半蔵様?」
「ん?おお・・・。久しいな。」
そう言うと慌てて演舞台をおり、男は半蔵の前にひざまずこうとするのを半蔵が手で制する。
「ど・・・どうしたんですか座長。」
「てめえ。つべこべ言わず・・・。」
「拙者もそういうつもりで来たのではない。」
半蔵は改めて手で制した。旅芸人の一座という者の多くは忍者崩れがいたり、情報収集や人集めの手段として用いられる事が多く、忍者とのつながりも多い。また芸の一部は忍者等の修業時代に身につけた者が多く、この頃は忍者の頭領ともなれば大上司か大恩人である事が多い。
「この子に芸を見せて・・・やりたくてな。こういうのは大きい所を中心にまわるのだろ。」
「は・・・はい。」
男は慌てて頷く。
「この子は?」
「ん。今の旅の連れだ。」
そう言って半蔵は壇上に上がると周囲を見渡す。
「どこまでやれるか分からんが・・・おぬし。」
そう言って半蔵は先程芸をやった男を指さす。
「何でしょうか。」
「先程の輪っか予備含めいくつある?」
「十程は。」
その言葉に何かに気が付いて、奥に男が走っていった。
「でも半蔵様どうして・・・。」
「そうこう言うな。旅芸人とかをみるのが珍しいのは本当だ。楽しそうではないか。」
奥から走って男が輪っかを銃程持ってくる。それを半蔵が受け取ると、少し揺らして重さなどを確認する。
「これなら・・・いけるか。」
そう言うと軽く投げる。
「ソラ。見ていると良い。」
そう言うと半蔵は輪っかを投げ始める。先程の男と同じように最初は三つの輪っかでジャグリングを行っていた。
「さて・・・行くか!」
そう言うと半蔵は一部の投げ方を変える。そうすると三つで回っていた輪がこっそりと一つ増え、しかもそれが輪の外に漏れ、後ろ側に落ちようとしているのを、後ろを見ずにキャッチする。そしてもう一回投げると今度は前の方から飛び出し、何故が空中で輪っかが戻ってきてキャッチされる。しばらくこれを繰り返すと半蔵は輪っかを投げるのをやめ、
呆然となっているソラを含めた4人の様子を見つめる。
「すご・・・。」
パチパチパチ。
「流石・・・。」
全員がが驚いた顔でなかで中一人だけ、手を叩いて喜んでいる者がいた。
「ほんまに・・・相変わらず凄いお方。」
その言葉に三人が横を向くとそこには女性が一人、いつの間にかソラの横に座って、手を叩いていた。
「お主・・・。」
ソラが横を見ると、もっと驚いてしまった。それは・・・。
「凛・・・さん?」
着物は質素となり、髪の毛は後ろで髪留めでとめているものの、その顔は間違いなく凛だった。
「ほんとに、半蔵はん・・・芸人も。」
「そう言う物ではない。でも出てきて良かったのか?」
「いえいえ、ちょこちょこ外に出なければ息苦しゅうなります。」
ソラはもう・・・あまりに驚きが多すぎて・・・何を言ったらいいのか・・・分からなくなった。あの牢・・・木の柱で出来ており、自分が見ても脱出不可能に見えた。でも・・・ここにいる。
「いつもこうなのか・・・ァ・・・すまないが・・・そこの二人。」
「あ・・・はい。」
旅芸人の二人もあまりの展開に唖然としていた。
「少し席をはず・・・。」
「すいませんがこれ・・・これで少し餅でも食べて来まへんか。」
そう言って凛は懐からお金を取り出すと、二人に手渡す。
「ァ・・・はあ・・分かりました。」
「すまない。用が終わったら。」
「分かりました。ではごゆっくり。」
そう言って二人は演舞場から奥に行った。奥には芸人達が仮に泊まる宿泊所がある。
「お主・・・。」
半蔵は凛を見つめる。
「何を驚かれはるんですか。」
ソラも驚いた顔で見つめる。確かにそれほど・・・時間はかかっていない。
「いや・・・まあ・・・追っ手が来なければいいなと思っただけだ。」
「どうやって出たの?」
ソラは目を丸くして凛を見つめる。外見だけで言えば、お姫様みたいで何も出来なさそうに見えるが・・・。
「それはちょっと・・・教えてもうたると・・・ちょっとね。」
凛は口を濁すものの、半蔵は理解していた。
「早々。これ・・・。」
そう言うと凛は持っていた鞠をソラに手渡す。
「これは?」
ソラに見覚えがあった。しま達が使っていた玉だ。色は違うものの、大きさは一緒ぐらいだ。
「これ、欲しいのやろ。少し奮発して買ってきましたん。」
「いいのか。」
「何を言います。あと・・・これ。」
そう言うとソラに一緒に手紙を渡す。
「春日姉さんに渡しておいてください。」
「お主の姉さんは今・・・。」
半蔵は輪っかをその場に置いて、舞台を下りる。
「分かっています。ですけど・・・幹ちゃんががんばって私が何もしないのは、おかしいです。」
「大恩あるあの家に恩返しがしたい。只それだけです。それに・・・。」
「それに?」
半蔵が聞き返す。
「あの人を愛してもいます。離れるわけにはいきません。・・・もう少しあそこにいようと思います。」
「お主も人をやっと愛せるようになったか・・・それがいい。只・・・つらいぞ。」
半蔵が答えると凛もまた頷いた。
「これからどうするんです?半蔵様は。」
「それはちょっとな。只・・・ソラは連れて行くつもりだ。お主の身の上を・・・この子にさせるわけには・・・。」
「まあ・・・そうでっしゃろ。」
凛は頷くと、半蔵にも、少しお金を渡す。
「これは。」
「半蔵はんは大丈夫でも・・・この子には贅沢をさせていないようで。少しこれで身支度・・・してやってください。幹花ちゃんも喜びます。」
「あ・・・わかった。」
そう言うと凛はしゃがみ込み、ソラを見つめる。
「ほんま・・・姉様好みのいい子供。」
そう言うと突然、凛はぎゅっと、ソラを抱え込むように抱きしめる。
「本当に幹ちゃんも、素直になればいいのに・・・。」
ソラは抱きしめられている間・・・髪の毛の花の匂いを忘れる事はなかった。
「でもまあ・・・程々にな。」
「見せてな。」
半蔵が呆れる中、凛はソラの笠を取ってみせる。そこにはやはり、金髪の髪の毛があった。だがしばらく眺めると、凛はまた笠をかぶせる。
「姉様の前にも連れて行くの?」
「分からん。あそこに入れるか・・・分からないのでな。」
「でしたら・・・まあ・・・いいです。」
「すまないが今夜は宿を取る。これで。」
「分かりました。私もそろそろですんで失礼します。只・・・幹花の事・・・頼みましたよ。」
「ああ。」
頷くと凛は名残惜しそうに二人を見つめ、去っていった。
「あの人・・・本当に・・・あの家に囚われているの?悪い事・・・しているの?」
ソラはフラフラと、いろんな店をちょこちょこ見ながら帰って行く凛の背中をじっと二人で見送っていた。
「ふ・・・他の者からするとそうかもしれん。でもな・・・いつでも出られる、あの家でも・・・牢に入れられても・・・あいつは帰って行ってしまう。それが俺はありうるんじゃないかと思う。それぐらい・・・。」
「愛って事?」
「まあな。」
そう言い見送る半蔵の目には、実際凛の固い決意が見て取れたのであった。
今回はかなり変わった時間に投稿してしまい・・・又遅れて申し訳ありませんでした。